saderのエッセイ館

saderは自然の中を旅するのが好きです。
四季折々自然が持つ“蠱惑の魅力”を『エッセイ館(やかた)』へとどけます。

奈良県長谷寺の秋

2019-12-10 15:06:27 | Weblog
奈良中和の秋は大峰・台高山脈の紅葉時期から、ひと月いじょうも遅い。11月21日(木)朝、晴れ渡った空をみて出かけたいと思ったが雑用が方ずいたら10時を過ぎてしまった。
近場の山でも出かけるには遅すぎる、久しく訪れていない秋の長谷寺を訪ねてみることにしました。長谷寺までの道中、それほど人が多いようには感じなかったのは、時間的に遅かったからで、お寺近くの駐車場はすでに、どこも満車、少し離れた場所しか空いていませんでした。
門前町の通りは人が多く、賑わっていましたが、聞こえてくるのは外国語で北京語、広東語が圧倒的に多い感じでした。山門に掲げられた“もみじ祭り”の幟がベストシーズンで人出が多いことを象徴していたが境内は広いので、さほどの混雑は感じられなかった。冬には冬牡丹が両側に咲く登廊(のぼりろう)の途中から北へ外れると遠く紅葉する室生の山々が眺められ、本堂までのモミジも紅葉がすすみ、見頃をむかえていました。
本堂のポカピカに磨き上げられた内舞台を北側から眺めると、弘法大師像にお参りする人がシルエットになり、内舞台に映り込む紅葉の色彩と見事なコラボレーションを演出。撮影のベストポイントになっていました。定番写真ではありますが思わずシャッターを切ってしまうところです。
本堂の舞台に立って望む景色、何度も眺めてきたはずなのに何故か、いつも新鮮に見える景色でした。(小さい写真はクリックで拡大)

「高見山」令和元年の初霧氷

2019-11-29 12:22:37 | Weblog
週間気象予報で11月15日(金)は大陸の寒気が日本列島を覆い、冬型の気圧配置になると知らせていた。もしかしたら、三方を川に囲まれた独立峰で霧氷の名所、高見山は今年最初の霧氷をつける可能性があるのでは・・・。
11月15日(金)早朝、空を見上げると満点の星、前夜、念のため用意しておいたザックを車に積んで高見山へむかいました。静まり返った高見峠に着いたのは4時過ぎ、気温はマイナス3℃、体が慣れていないうえ、まだ脚力にも反射神経にも自信がもてない。山頂まで休憩を入れないと登り切れないだろうから、1時間はかかってしまうと考え、少し早めに出発しました。
ベンチがある中間地点のススキの広場に着いて振り返ると、台高山脈の山影が黒く波打ち、ようやく三重県側の空が白み始めていましたが、ヘッドランプを外すのは山頂に着いてからになりそうだった。
ブナの樹林帯を抜け、低木灌木帯へでると、木々の梢がライトの光にキラキラ光り、馬酔木の葉が小さな霧氷で縁取りされていた。
頂きが見えるたりで山頂付近をヘッドランプの光が動くのが見えていたが、主稜線へでると人が二人いるのがハッキリ分かった。霜柱で白く凍てついた地面をキックステップで滑らないよう用心して神社の横までゆくと、堺から日の出を見に来たという若者二人が迎えてくれました。
山頂部だけでしたが今年初めての小さな霧氷ができていました。風があるので体感気温はマイナス8~9℃ぐらい、じっとしていると、手の指先、つま先の感覚がなくなり、日の出までの30分ほどの時間が長く感じられた。ようやく陽が昇り始めたが霧が邪魔して、思うような色彩にはなってくれませんでした。
堺から来た二人は、日の出をスマホで撮影していましたが、満足したのか「温泉は、何時からですか~」と聞いて、車を置いてある平野へと下ってゆきました。それを見送って下山しました。(小さい写真はクリックで拡大)


多武峰談山から御破裂山へ

2019-11-22 17:22:06 | Weblog
11月11日(月)多武峰談山神社の紅葉がどの程度進んだのか見て、談山(かたらいやま)から御破裂山(おはれつやま)へ行ってみた。談山神社の境内にある十三重塔の西側から山道を登ってゆくと小さな鞍部にでる。右へ50㍍ほど行くと談山である。ここは中臣鎌足(なかとみのかまたり)と中大兄(なかのおおえ)(天智天皇)、大海人(おおあまのみこ)(天武天皇)が蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺する計画を練ったとされる所で、山頂の広場に石碑が立っています。
ここから鞍部へもどり、そのまま山腹を直進すると林道にでる。林道の突き当りに鳥居があり、階段が続いていて、その上が御破裂山の山頂ですが、山頂部は藤原鎌足の墓になっているので三角点は踏めません。鳥居の右側から山道を展望台へ行くことはできますが、残念ながら樹木の生長で展望は得られませんでした。
御破裂山からは林道を戻るようにたどり、民家の横のT字路へ出たら右へ進み、増賀上人の墓とされる念誦崛(ねずき)を訪ねてみる。この辺りは、かつて多武峯奥の院と呼ばれた紫蓋寺(しがいじ)の寺域だったとのことで、明治維新の頃までは念仏常行堂、地蔵堂、鐘楼、僧坊などが建ち並んでいたという。今は廃墟となって石垣や石段が、名残をとどめている。因みに、増賀上人は平安中期の僧ですが俗世間を嫌って念仏三昧の内に入滅したから墓に念誦崛の名前がついたそうです(念誦崛はケルンのように石を積み上げたドーム型)。
念誦崛からは再び林道にもどって、万葉展望台へむかいました。左に万葉展望台への道標が現れたら下がり気味の道をゆく、途中、個性的な三体の石仏がある高家(たいえ)への分岐を見送ると、道の中央に石柱が立つ小広い十字路にでる。直進すれば万葉展望台、左へゆけば石舞台、右へゆけば飛鳥寺方面です。展望台へ上がると金剛・葛城山に雨雲が・・・・。1時間ほどで明日香は雨になりますから大急ぎで飛鳥寺方面へと下りました。(小さい写真はクリックで拡大します)



奈良・談山神社の“蹴鞠祭り”

2019-11-12 17:53:41 | Weblog
11月3日(日)文化の日、例年、文化の日は天候にめぐまれ“晴れる”と言われている。多武峰の談山神社では毎年、“蹴鞠祭り”が奉納される。
談山神社で“蹴鞠祭り”が行われるようになったのは蘇我氏の氏寺である法興寺(現在の飛鳥寺)の蹴鞠会(けまりえ)で中大兄皇子と藤原鎌足が出会い、後に談山(かたらいやま)(談山神社本殿の裏山)で蘇我入鹿を暗殺するクーデター計画を練り、「大化の改新」へとつながったと伝えられている。また、談山神社の祭神は藤原鎌足とされている。このような故事から談山神社で毎年、春桜の咲く頃と秋の紅葉の時期に“蹴鞠祭り”が行われるとのことです。
総社拝殿と神廟拝殿の間にある“蹴鞠の庭”に着いたのは午前10時少し前でしたが、幕が張り巡らされた周囲は、もう人でいっぱいでした。案内では11時開催となっていますが、神殿での祈りなどの行事があって、実際に“蹴鞠”が始まるのは11時30分頃です。何処かのツアーで来ていた人達が10時20分ころ、“蹴鞠祭り”を見ることなく添乗員に促され、次の目的地(春日大社)へと向かうというハプニング?があったりで、ざわついていた境内も“蹴鞠”がはじまると、飛鳥時代の雅な世界に引き込まれ、一蹴ごとに“オー!”歓声があがっていました。
雲行きが怪しくなるころ、“蹴鞠祭り”も終わり、紅葉がはじまったばかり残りの談山神社をあとにしました。(小さい写真はクリックで拡大)


令和元年の藤原京跡コスモス

2019-10-25 16:42:46 | Weblog
台風20号と21号の間、一日だけの晴れ間となった10月24日、自宅から徒歩1時間ほどの距離をリハビリのため、撮影機材を持って藤原京跡の満開になったという、コスモスを見に出かけました。
コスモスが見頃になっていたのは西側と東側の区画で、中央南側の区画の花は散りはじめていて、終盤をむかえていました。
昼ちかくになると青空は少なくなりましたが、気温は高くなり、蒸し暑さが増してきました。この時間帯になると西側の区画は訪れる人の数も多くなってきたので東側へ移動しました。すっかり枯れた蓮の花畑が近い東側の区画には黄色の花など色とりどりに混じった花畑があり、花が水溜まりに映り込んでいる場所もありました。しばらく、眺めていたら人が集まりはじめ、周囲もにぎやかになってきましたので、香久山の麓を通って甘樫ノ丘を経て帰ることにしました。(小さい写真はクリックしてください)


大台ヶ原の撮影講習会

2019-10-21 10:22:09 | Weblog
当初、9月22~23日に予定されていたフォトクラブ大峰の「大台ヶ原・風景&星景写真」撮影講習会が台風17号のため急遽10月13~14日に変更になったのですが、またもや台風、それも世界が注目するほどの超大型が襲来!開催は、もはや絶望的と思われましたが、主催してくださったN、I両氏のNever give up精神と努力に天も味方したのか、台風は紀伊半島を外れて通過。
10月13日の朝は霧雨で早朝の大台ドライブウエイは封鎖でしたが、8時には封鎖が解除され、公共交通機関は大台ヶ原行きのバスも含め平常通り運行しました。参加者もキャンセルは2名のみで、当日1名の参加希望があったので、参加される方は1名減っただけでした。
バス大和上市駅発のバスが予定通り運行となりましたので、駅に用意された車も使わずにすみました。

大台ヶ原での座学は当初、ビジターセンターのレクチャールームを使わせて頂けるようになっていましたが、日程変更が出来ず、上北山村役場のご厚意で物産店「楓」の2階会議室にCTVモニターを手配していただき、予定通り開催されました。
バスが大台ヶ原に到着する頃には霧がはれて、青空に雲海がひろがりました。講座が終わり、宿舎にチェックインしたら大急ぎで撮影ポイントに移動しました。青空の下、西大台の樹海に雲が流れ、経ヶ峰の池へ向かう途中、霧の樹林で虹色の日輪にであう幸運にめぐまれました。更に、帰路、白髭岳方面の雲海がバラ色にそまり、大峰山脈は落日の“かぎろい”に染まるシャッターチャンス。目まぐるしい景色の変化を体験した1日でした。
夜は残念ながら夜半から、また雨、夜の撮影講習は懇親会(飲み会~)に早変わり、星景写真撮影は来年の春に持ち越しになったようです。
14日は朝からドシャ降り~、早朝出発の予定で作っていただいた“おにぎり弁当”に味噌汁を出してもらって朝の朝食でしたが、美味しくいただけ講評でした。午前9時、物産店「楓」のご厚意で予定を変更、昨日の夕景撮影会の作品講評会を午前中に開催できることになりました。
雨は降りやまず、午後、解散しました。(小さい写真はクリックで拡大)

大台ヶ原(日出ヶ岳と苔の道)

2019-10-16 10:19:16 | Weblog
フォトクラブ大峰の大台ヶ原「風景&星景写真」講習会が9/22~9/23に開催される予定でしたが、台風17号のため10/13~10/14に変更となりました。そのため当初、使用許可を頂いていたビジターセンターのレクチャールームが使えなくなり、物産店「楓」の2階、会議室をお借りすることになりました。
物産店「楓」の2階、会議室の設備・備品、配線やCTVモニターの使用環境などをフォトクラブ大峰の方達が10月5日の夜から6日にかけて下見に行くことになりました。ついでに日出ヶ岳・正木嶺へ行くというので、連れて行って頂きました/kaeru_fine/}
日出ヶ岳に着いたのは6日の午前2時過ぎでした。深夜にもかかわらず、駐車場から山頂までの道中、数えきれないほどの若い人達に出あいました。半数は星空観察、半数は星景写真撮影というから驚きでした。
日出ヶ岳にも多くの若い人達が来ていましたが、服装・装備が貧弱~!で、寒さに震えあがっていました。この時期、標高1500㍍の高度だと例年10℃度近くの気温になります。風が吹き、霧が流れれば体感気温は一桁になり、初冬の寒さになります。下手をすると低体温症になりかねません。
霧は、なかなか切れてくれませんが、時折、思わせぶりに満点の星空・オリオンの輝きを覗かせます。霧に濡れながら何度か三脚を立ててみましたがカメラを濡らし、レンズを曇らせるだけでした。東の空が白々とあけ始め、展望台の上に富士山が見えないかと登りはじめる人たちもいました。太平洋側は海面付近に雲が残り、薄い霧が断続的に流れるため、ご来光の写真も、あまり期待できない感じでした。
8時頃にようやく大峰山脈の方の雲が沈み、三津河落の大和岳、如来月などの下に雲海がひろがりました。星景写真と朝焼けの写真はダメでしたが、久しぶりに見る大峰山脈の一大陣幕、パノラマ展望は十分に楽しませてくれました。
明け方、正木嶺の方に移動した人達から正木ヶ原・尾鷲辻を経て中道を駐車場へむかう旨、連絡がきたので、苔の道を経て駐車場へともどりました(小さい写真はクリックで拡大)。

彼岸花の飛鳥坐神社から万葉展望台へ

2019-10-01 10:31:01 | Weblog
10日前の“案山子祭り”のときは、稲渕の彼岸花は、まだ花芽が出揃ったところでチラホラ咲き、“チコちゃん案山子”も寂しそうな感じでしたが、例年から10日も遅れて昨日、満開になった。
9月29日(日)歩きに出かけようと玄関を出たら、まだ8時半だというのに真夏日のような強い日差しが照りつけ、決心を挫かれそうになる。甘樫ノ丘を南から東側へ日差しを避け、回り込み、飛鳥川の橋を渡って農道へはいる。
一株の彼岸花が咲く稲田の彼方、秋雲の浮かぶ青空に目指す万葉展望台の頂きがクッキリみえる(行けるのかナ~)。半分凍らせてきたペットボトルは2本、燃えるような彼岸花が続く畦道を、せめて飛鳥坐神社までは手をつけないで頑張ろうと歩きました。ここからは登り坂、万葉文化館から舗装路を横断して小原、東山の集落を抜け、山道に入る。訪れる人も少ないのだろうか、荒れた感じの作業道は夏草が茂りほうだいになっていた。猛烈な暑さ、時折、吹く風も生暖かい。赤土の道が狭くなって左から右へ山腹を回り込むと展望台下の草むす広場に着く。ここは十字路になっていて、左は御破裂山・談残神社、直進すれば石舞台・岡寺方面、右へゆけば展望台になっている。
小広い万葉展望台にはベンチが置かれ、紫陽花が植えられている。初夏なら花が景色を飾る事だろうが、今は雑木に埋もれそうになっている。ここからの眺めは抜群、南の金剛山から生駒山方面まで約180度のパノラマ、眼下には大和三山と奈良盆地が一望される。
万葉展望台からの帰路は展望台下の十字路へもどって、右の石舞台・岡寺方面へ下る事にしました。踏跡程度の道は小沢を左に見て植林の中をくだる。途中、朽ちかけていたが“ツチアケビ”をみつけた。以前、曽爾高原の長尾峠から後古光山への杉林でも見たことがある焦げ茶色の小さなバナナのような形が特徴の植物だ。舗装林道に突き当たるいる所の右に石仏が立っている。左へ少しくだると獣除けのゲートが道を遮断している。ゲートを通って案内板のあるT字路に出たら右へ進む。石舞台から岡寺への舗装広域農道に合し、右へ行くと岡寺の駐車場前から万葉文化館へ降りてきました。
まだ、冷たいお茶を持っていましたが万葉文化館の売店で誘惑に負け、ソフトクリームを・・・という軟弱ぶりを露呈したフィナーレでした。(小さい写真はクリックで拡大します)

大峰・和佐又山“巨樹ふれあいルート”

2019-09-24 17:13:19 | Weblog
「フォトクラブ大峰」の大台ヶ原・星景写真講座が台風17号のため10月14・15日に延期になったので、台風の影響が弱まるであろう9月23日の午後、和佐又ヒュッテへ常設の写真を下ろしにゆく事になりました。
実は、今年の11月に和佐又ヒュッテが老朽化のため、いったん取り壊しになると知り「常設の写真を下ろしに行く」と言う大義名分の他に、“看板娘のヤヱちゃん”に会いに行くという事と、時間があれば“巨樹ふれあいルート”の様子を見に行く、という二つの裏目的がありました。
“和佐又ヒュッテの顔”だった岩本二朗さんが山を下りたあとを継ぎ、頑張って頂いていた彼女、聞けば和佐又ヒュッテが取り壊された時点で大阪へ転居するという。幼い頃から知っている者には寂しい限りです。
和佐又ヒュッテが中心になって開拓したコースは幾つもあるが、“巨樹ふれあいルート”もその一つです。春は花の散策、夏は日本岳岩稜の下山に、秋は紅葉の鑑賞、冬のスノーシュートレッキングが楽しめる奈良山岳自然ガイド協会も推薦する、まさに自然とのふれあいコースです。
本来、山では午後から新たな行動を開始するのは禁物です。ただし、今回は1時間30分ほどの散策コースの踏査とし、日没までに和佐又ヒュッテへ戻れるという事で実施しました。
今にも降りそうな空模様、雨具は何時でも出せる状態で「見返り台地」の石碑横から、落枝・落葉で道が見分けにくくなっている“巨樹ふれあいルート”に入りました。沢を横切る場所は雨で緩んではいたが、台風の影響は、ほとんど受けていませんでした。
途中、苔の多い古いゴーロで撮影していると、先行したグループから七窪尾根への分岐付近で小熊に遭遇したと連絡が入った。小熊は七窪尾根の方へ立ち去ったが、付近に親熊がいるのは、ほぼ確実ですから、来た道を引き返すことになりました。
コースの半分ほどで和佐又ヒュッテへもどり、行動は中断しましたが、これも山では常識。ほとんど雨に叩かれることもなく、帰途につきました。帰りの土産は林道で車を先導してくれた“ウリボウ”でした。(小さい写真はクリックで拡大)

ソバの花が見頃(笠山荒神)

2019-09-13 12:17:40 | Weblog
9月12日(木)昨日までの猛暑は何処へ消えたのだろう?爽やかな風が吹き、エアコンも要らない快適な朝。昨日までは自分自身に“熱中症になりそうだ”という言い訳を言い聞かせ、外出もせずにエアコンの番人を決め込んできたが、もう、そんな言い訳は通用しない。少しは歩かないと・・・。
山歩きは鈍り切った身体と足ではムリ。ヒガンバナには、まだ1週間早いし、何処へ行こうか思案の末、笠山荒神のソバ畑へゆくことにしました。夕方に出かけても、少し風があるから虫はいないだろう。檜原神社へ続づく「山ノ辺の道」を右に見送り、車谷から笠山荒神へむかう。出合う車もなく笠山荒神を経て目標のソバ畑に到着。
路上駐車している数台の車の後ろに駐車させてもらい、しばらく周囲を歩いて偵察。ゲリラ豪雨の影響だろうか、ソバ畑の北側の地肌が露出して、水の流れた跡が枯れ沢のようになっていました。その付近はソバも育ちが悪く、まだ成長しきっていない感じでしたが、そのほかの畑は満開の状態でした。風が涼しく、散策にはもってこい。しばらく景色を楽しませてもらいました。
撮影の準備をはじめる頃には、秋の気配を感じさせる鱗雲が空に広がり、夕陽ねらいのカメラマン達が続々と車を乗り着け、周囲は賑やかになりました。
残念ながら夕焼けはイマイチでしたが、セピア色の光を受けたソバ畑には赤トンボがいて、昔の田舎の風景を思い出しました。
やがて黄昏の空は、トワイライトトーンの色調へと移り変わって、いつの間にか、まん丸い朧月が鳥見山の上にでていました。(小さい写真はクリックで拡大)