
5月10日(日)のRevengeと言う訳ではないが毎年、一度は訪れる葛城山のツツジなので花の咲き具合、今年はどうなのだろう?と、やはり気になり、熟年登山者には些かハードだが、人様の邪魔にならない様なコースを選んで登ることにして、5月12日(火)ドイツシャクナゲが満開の葛城山麓公園から大和葛城山を往復しました。

葛城山麓公園駐車場から管理棟と墓地の間の道をあがり、葛城山麓公園を一望するバケツ棚を右にみるところまで来ると、正面に獣除けゲートがある。ゲート左側にある小さな出入口から入ったら、左へカーブする舗装林道を道標がある分岐までゆき、左の登山道を選ぶ。

林道を離れ、山道に入るとアオキが下枝を張り、足元の邪魔をする。木の間に下の墓地を垣間見えるあたりの左側に石積みが残っている。このあたりから道は傾斜を増してゆき、U字にえぐれた歩きにくい箇所が現れはじめる。

薄暗い尾根を絡むように登って行くようになると右に岩塊が現れる。「近鉄忍海」の道標や現在位置を示す平仮名文字の標識を拾い進むめば笛吹山(標高568㍍)に着く。樹林の中、展望は得られないが、何やら曰くありげな山名である。

30年以上も前になるが、『奈良県の山』の取材で忍海登山道を千年寺の方から歩いたとき、帰りに山麓の笛吹神社・別名、葛木坐(かつらぎにいます)火(ほの)雷(いかずち)神社(じんしゃ)に立ち寄ったことがある。
この神社、笛・音楽の神様(天(あめの)香(か)具(ぐ)山彦(やまひこ)尊(のみこと)が祭神)が祭られ、創建は神代(かみよ)とも神武天皇の御代とも伝えられる。崇(す)神(じん)天皇(てんのう)の頃には記録が残るというから、およそ1,400年の歴史があることになり、宮司は80数代続くという持田家が務めていた。笛吹山の山名は、これと関係があるのかも知れない。
笛吹山を離れて、さらに続く人工林の尾根をくだり、山腹をからみ登る道はU字にえぐれた箇所が多い。小さな起伏を幾つか越え、林(りん)床(しょう)に‟ビシャコ”が茂る尾根にでたところで、丁度、咲いたばかりの‟花筏”をみつけた。よくみると、そこ此処にあった。

人工林の単調な景色にウンザリするころ、風がよく通る狭い鞍部にでた。鞍部からしばらく登ると大きな倒木が行くてをふさぐ。この倒木を巻きのぼると、やがて道は平坦になり、立派な道標が立つ主稜線(ダイヤモンドトレール)に合する。
主稜線の良く整備された道は緩やかにアップダウンして、道標はあるが今は荒れて通行困難になっている旧忍海道分岐にでる。先へ進むとツツジが点在する自然林を左にみて、緩やかな坂をしばらく行く。階段道を二つ過ぎ、「ごせ市」の石標をみるとケーブル山麓駅からの北尾根コースを左から迎える。ここからコブを二つ踏み越えると弘川寺コースが右から合し、通信鉄塔の横を通ってケーブル山上駅から葛城山頂への道にでる。右上の先にある白樺食堂の前から坂道を5~6分あがったら大和葛城山(標高959㍍)の山頂に着く。
新型コロナウイルスの影響で比較的人は少ないが、それでも山頂部の見える範囲だけで10数人は訪れていました。心地よい風が通る稜線を国民宿舎前へくだり、つつじ園の展望デッキに立つ。今年も‟紅“一色に染まった花の山腹、‟ツツジは裏切らず“絶景を見せてくれました。
名残は尽きないが、ツツジの絶景と金剛山に見送られ、葛城山麓公園のゲートが閉まる17時に間に合うよう、早めに下山の途につきました。(小さい写真はクリックで拡大します)