saderのエッセイ館

saderは自然の中を旅するのが好きです。
四季折々自然が持つ“蠱惑の魅力”を『エッセイ館(やかた)』へとどけます。

多武峰談山から御破裂山へ

2019-11-22 17:22:06 | Weblog
11月11日(月)多武峰談山神社の紅葉がどの程度進んだのか見て、談山(かたらいやま)から御破裂山(おはれつやま)へ行ってみた。談山神社の境内にある十三重塔の西側から山道を登ってゆくと小さな鞍部にでる。右へ50㍍ほど行くと談山である。ここは中臣鎌足(なかとみのかまたり)と中大兄(なかのおおえ)(天智天皇)、大海人(おおあまのみこ)(天武天皇)が蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺する計画を練ったとされる所で、山頂の広場に石碑が立っています。
ここから鞍部へもどり、そのまま山腹を直進すると林道にでる。林道の突き当りに鳥居があり、階段が続いていて、その上が御破裂山の山頂ですが、山頂部は藤原鎌足の墓になっているので三角点は踏めません。鳥居の右側から山道を展望台へ行くことはできますが、残念ながら樹木の生長で展望は得られませんでした。
御破裂山からは林道を戻るようにたどり、民家の横のT字路へ出たら右へ進み、増賀上人の墓とされる念誦崛(ねずき)を訪ねてみる。この辺りは、かつて多武峯奥の院と呼ばれた紫蓋寺(しがいじ)の寺域だったとのことで、明治維新の頃までは念仏常行堂、地蔵堂、鐘楼、僧坊などが建ち並んでいたという。今は廃墟となって石垣や石段が、名残をとどめている。因みに、増賀上人は平安中期の僧ですが俗世間を嫌って念仏三昧の内に入滅したから墓に念誦崛の名前がついたそうです(念誦崛はケルンのように石を積み上げたドーム型)。
念誦崛からは再び林道にもどって、万葉展望台へむかいました。左に万葉展望台への道標が現れたら下がり気味の道をゆく、途中、個性的な三体の石仏がある高家(たいえ)への分岐を見送ると、道の中央に石柱が立つ小広い十字路にでる。直進すれば万葉展望台、左へゆけば石舞台、右へゆけば飛鳥寺方面です。展望台へ上がると金剛・葛城山に雨雲が・・・・。1時間ほどで明日香は雨になりますから大急ぎで飛鳥寺方面へと下りました。(小さい写真はクリックで拡大します)



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