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saderのエッセイ館

saderは自然の中を旅するのが好きです。
四季折々自然が持つ“蠱惑の魅力”を『エッセイ館(やかた)』へとどけます。

「馬見丘陵公園」は春爛漫“チューリップと桜”が満開

2022-04-07 18:58:48 | Weblog

新型コロナの流行で2年余り訪れていなかった「馬見丘陵公園」を4月2日に行ってきました。時間が少し遅かったためか、5ヶ所ある駐車場は一杯で、少し待つことになりましたが、敷地がひろいため、公園の中は思ったより人が多くありませんでした。
     
馬見丘陵公園は馬見古墳群を含む都市公園で、四季折々の花を楽しむことができます。とくに春は公園の5つのエリアに関西最大級と言われる約60万株のチューリップと桜が一斉に咲き、まさに春爛漫となります。



広大な敷地はカリヨンの丘・花の道・花見茶屋周辺・集いの丘5つのエリアがあり、そこに咲くチューリップは合わせて約90種と言われています。また、古代史に興味があれば大和朝廷時代の築造当初の姿に復元されている「史跡ナガレ山古墳」を見ることもできます。(小さい写真はクリックで拡大)

明日香・甘樫丘は桜満開

2022-04-02 12:09:19 | Weblog

「フォトクラブ大峰」の写真展が御堂筋グランドビル2階の“富士フイルムイ メージング プラザギャラリー”で開催される初日(3月30日)、行く事が出来なかったので、甘樫丘に行ってみた。
その時は下のバス停の枝垂桜は8分咲きで、北の展望台の桜は5分咲きと言った感じで、満開には、まだ数日あるだろうと思えた。

風が冷たい4月1日に再度、甘樫丘へ行ってみたら、何と、バス停の枝垂桜は散り初め、北の展望台の桜は満開!でした。風が吹くたび、晴れた青空に “花吹雪”が・・・。

その他、李、ネコヤナギ、梅など色々な花が咲き、春爛漫の感じで最盛期を迎えようとしていました。(小さい写真はクリックで拡大)


三椏(ミツマタ)咲く『鬼の里』

2022-03-26 16:20:47 | Weblog

ガラ系携帯電話がダメになるとか言われ、スマートフォンなどと言う慣れないMobileを持たされたが、電話以外の機能は使った試しがない。いつも眺めるだけの LINEにフォトクラブ大峰から前鬼へのお誘いを頂いた。歩けないジジイを連れていって “ミツマタの花を眺めさせてやろう”と言うのだ、有難い話しである。
早朝、迎えの車に乗せて戴いて出発。大淀町の広域農道あたりから眺める大峰前衛の山々には滝雲が掛かっていたが、上多古を通る頃は川霧になっていた。見上げる山上ヶ岳宿坊と稜線は新雪で白く輝いていた。こ分なら釈迦ヶ岳の稜線も白くなっているだろう。
時間的に釈迦ヶ岳まで行くのはムリかも知れないが、閼伽坂峠から孔雀岳の稜線や五百羅漢を狙えるはず、と提案したが・・・・(私が行くのはムリな話し“お仲坊”周辺で皆の帰りを待つことになるだろうナァ)
    
ご無沙汰していた後鬼助さんご夫婦に、ご挨拶をしてミツマタの開花状態などを聞いた後、閼伽坂峠へ向かう皆さんを見送って、点在する三椏(ミツマタ)の群落を物色してあるいた。例年なら満開の見ごろを迎えている時期だが、今年は雪が遅くまで残ったので、黄色くなった花は3分ほどであるが、この位の方が綺麗な気がする。
因みに、ミツマタ(三椏)は沈丁花(ジンチョウゲ)の仲間で、中国中南部・ヒマラヤ地方が原産地だと聞く。また、ミツマタの名は “枝が必ず三つに分かれる”ことから名付けられたと言い、植物学的には沈丁花(ジンチョウゲ)の仲間だが、花の香りは薄く中国では結香、(ジエシアン)黄瑞香(ファンルイシアン)と呼ばれ、花言葉は今の私には縁遠い「強靭」「壮健」だそうです。
    
沈丁花(ジンチョウゲ)の花言葉「栄光」「不死」「不滅」「永遠」の方が何だか、魅力的に聞こえるのは“願望と未練”なのだろうか?
点在する三椏(ミツマタ)の群落を巡っているうち、昼近くになった。閼伽坂峠へ行った皆は、この時間になっても宿坊へ戻ってこなかった。恐らく、閼伽坂峠で孔雀岳・五百羅漢を撮影し終えて直接、南への尾根を辿り、トチの木の古木群へ向かうのだろう。
トチの木の古木群まで20分ほどである。何とか歩けそうだが・・・、しばし逡巡したが行ってみる事にした。トチの古木群までたどり着いたが、ジッとしていると手袋をしていても、指先の感覚が失われるほど風が冷たかった。苔むしたゴーロ帯のトチの古木の下にキノコの晴雨計と言われ、敏感に星型の外側が開閉する “ツチグリ”が残っていた。だが冬を越し、形だけ残ったのだと思い、囊をツツイたら、何と!胞子を吹きだした。 “ツチグリ”の生命力の強さに驚かされた。

トチの古木群から下る途中、15名ほどのツアーハイキングの団体が登ってくるのにであった。お仲坊に戻って、陽が傾く頃、帰途につきました。(小さい写真はクリックで拡大します)

少し早かった広橋峠の梅林

2022-03-14 12:41:53 | Weblog
天気予報では午前中は“晴れ”となっていたが、3月12日(土)は雲の多い朝でした。前日に、広橋峠の梅が咲き始めたと聞いていたので、時期的にはまだ、少し早い様な気がしたのですがインフルエンザで、弱り切った足腰を少しでも回復したい・・・と、思い出かけてみました。
   
出かけるのが遅かった事もあり、広橋峠の駐車場は満車で路上駐車が、あちこちに・・・。仕方なく、毎年、梅を買うお宅の庭に停めさせて頂きました。梅林の花は、峠付近と乳家辻への散策路の途中にある展望台の東屋付近で紅梅が3~4分咲き、白梅は2~3分咲きの感じでした。
   
広橋峠の茶店の人も、“見頃を迎えるのは早くて1週間後になりそうですね”と言っていました。翳り勝ちの陽射しと空模様を見上げ、梅林の最高点である広橋城跡(標高552㍍)の高峯稲荷神社まで行って見ることにしました。3年ぶりに訪れてみましたが、綺麗に手入れされていて、以前と少しも変わっていませんでした。
広橋城跡の案内板がある高峯稲荷神社の右側から北へ踏み跡を辿れば、高野槙の林を通って、最高点下の広場にでます。梅が見頃を迎える頃なら、ここから金剛・葛城山系が紅梅・白梅の花を前景にして、絶景が眺められるのだが、今は、まだ蕾が硬いようでした。

広場からは、舗装路を少しくだった右の細い枝道を伝い、山蕗の佃煮などを売る家の前を通ったのですが、“今年もワサビの葉は猪に食べられた”とかで買へませんでした。今日、歩いた道では、咲いている花は多くはなかったが、白梅・紅梅、福寿草が、春の陽射しを受けて、それぞれ美しく見せてくれました。(小さい写真はクリックで拡大します)

紅葉の百合ヶ岳(大所山)

2021-12-11 17:27:51 | Weblog
11月1日行った時の写真なので、“大文字火床”のブログより先に書き込むはずだったが、transcendを入手するのが遅くなり、コンデジの画像処理が後になった。
これは、予てからセカンドカメラとして購入しておいたSONYのDSC-RX100の実力を試すため、と言ったら聞こえが良いが( ^ω^)・・・、(ホントは一眼レフ+三脚を担ぐのがシンドイから、何とかコンデジで誤魔化そうと言う魂胆です)。
今更の感はありますが魂胆みえみえ~で、出かけた先が下多古の百合ヶ岳(大所山標高1346㍍)。登山口となる林道終点が標高約700㍍だから標高差は約650㍍のはず、何とか歩けそうだ。訪れる人もいないのでヨタヨタと歩き、ようやく“お立ち台”までたどり着く。

紅葉した自然林を眼下に、白髭岳の三角錐の雄姿を遠望できました。少し、登った人工林と自然林の境で今年、初めての霧氷を眺めていると、珍しく後ろから登ってくる人に出合った。

人工林をはなれると、紅葉したカエデの葉に小さな霧氷が付いて、美しい景色がひろがっていた。眺めを楽しみながら稜線に出ると、何時の間にか、葉の落ちたブナの木が霧に包まれていた。思えば、この山を初めて紹介したのは30年前、『日本の山1000』(山と渓谷社(刊)だった、もう訪れる機会が無いかもしれないなあ~、と山頂を後に、来た道を引き返しました。(小さい写真はクリックで拡大します)

秋の高円山“大文字火床”

2021-11-21 13:03:42 | Weblog

一昨年の秋、友人と「行こう」と言っていた高円山の“大文字火床”へ、11月15日(月)に2年遅れの約束を果たすために出かけました。
高円山大文字火床は、奈良の夏の風物詩として知られていますが、出来てからの歴史は浅く、太平洋戦争で亡くなった奈良県内3万余人の戦没者慰霊のためと聞いています。また“送り火”の行事があるとき以外は、高円山登山ルートの一部として開放されている。
コースそのものは、“低山歩き”程度の体力と知識があれば登れるコースだが、道が整備されているとは言えず、5月~10月下旬頃まではヤマビルが多い。またスズメバチやイノシシに遭遇することもあると言われています。
私達は破石バス停から能登川沿の道へ入ったトイレの先、「白毫寺への道標」がある最初の分岐を右へゆきました。舗装路の坂道を上がり、左右に墓地を見て坂を下ると左側に登山口があります。手作りの道標のところで道が二分する。右の尾根道は荒れていて倒木などで歩きにくいので左の楽な方、池の縁を通って行く道を選びました。
       
二つ目の池を過ぎると湿気の多い沢沿いの道になって、周囲に大きな実が散乱したところを通る。道の傾斜が急になり、一汗かくころ、行く手が明るくなって大文字の火床の一角に出ます。
秋空の下、180度の大パノラマです。金剛・葛城、生駒の山々、奈良盆地を眼下に京都タワーや愛宕山を一望することが出来ました。三座同定を堪能してから高円山三角点(標高432㍍)行き、高円山ドライブウエイへでました。高円山展望台から道を横断して、かって「高円山ホテル」があった、最高地点(標高461㍍)へ行ってみました。残念ながら樹木の生長で、かっての展望は得られませんでした。
   
帰路は、地獄谷新池から“首切り地蔵”を経て、能登川沿いの滝坂の道を下ることにしました。紅葉には一週間ほど早かったが、少し色づいたモミジ、沢沿いに続く石畳と「朝日観音」「夕日観音」「寝仏」などの石仏群が、変わらぬ歴史ある風情を楽しませてくれました。(小さい写真はクリックで拡大します)


曽爾高原のススキが見頃

2021-11-05 13:12:11 | Weblog
曽爾高原のススキが見頃を迎えたと聞いていたが、雑用を理由にして行くタイミングを逃していた。11月4日(木)になって、思い切って出かけました。
曽爾高原のパノラマ写真がなかったので、雑誌『山と渓谷』11月号に掲載の写真が「二本ボソ」から眺めた大洞山と三重県側の山々になった。曽爾高原を『山と渓谷』誌に最初に紹介させて頂いてから、半世紀近くになる。その間、幾つコース紹介を掲載して頂いたことか・・・。
しかし、思い返せばパノラマ写真を撮る事は稀だった様に思う、パノラマ写真を撮る様になったのは、つい最近の様な気がする。

そうだ、曽爾高原のパノラマ写真を撮ろうと、思いついて長尾峠から亀山、亀山峠へ行きました。亀山峠には小学生が100人近くいて、元気に下から登ってくる者にコールをかけていました。彼らの邪魔にならないよう、少し尾根を「茶店」方面へむかうように、上がったところで撮影することにしました。

亀山峠を見ると、いつの間にか生徒たちが、いなくなっていた。峠から下って行く途中、珍しく“お亀池”に水が残っていて、キラキラと水面が光っていた。草原のススキは、もう胞子をおおかた飛ばし、白い穂波を揺らせ、青い空に刷毛で刷いたような雲が美しく浮かんでいました。(小さい写真はクリックで拡大します)

2021年・藤原京跡のコスモス

2021-10-30 17:25:04 | Weblog
藤原京跡のコスモスが満開になりました。10月30日~11月2日位が見頃でしょうか?
例年、コスモス畑が西側に広がっていたが、今年は東側にも植えられ、スケールが拡大しています。
そのため、四面山に囲まれた雄大な風景が撮影できる形になります。ただ、東側の黄色と赤色の混在する畑は、「立入禁止」の立て札がないせいでしょうか、残念なことに踏み散らされ、無残な姿になっています。


耳成山、金剛山、三輪山、竜王山、音羽三山など、周囲の山々を背景にコスモス畑を撮ってみました。(小さい写真はクリックで拡大します)

鉾尖岳への林道をゆく

2021-10-08 15:20:12 | Weblog

台風一過、10月2~3日の快晴を狙って行く予定だったが「土日は避けたい」、と言う相棒の意見で4日~5日(月~火)になった。京都のI氏を誘っていたが、何時も必ず返事が返ってくるのに連絡がなかった。コロナ禍の折り、気になっていたが、携帯電話を忘れて北アルプスの笠ヶ岳へ行っていたと分かって、一安心。
この日も天気は良かったが、午後から雲が現れはじめた。崖又山へは以前、迫西川から登ったことがある。スズタケの茂る山頂からの展望は望めなかったが、稜線付近を通る林道からは展望が素晴らしく良かった。今回は三浦峠から林道からの展望を探すのが目的だ。
最初の展望ポイントからは奥大谷を見下ろす956㍍付近から果無山脈が一望できた。次の“二カケ森”1082㍍三角点の北東付近からは大峰山脈、奥高野の眺めが良く、南股辻あたりからは鉾尖岳の全容を見ることができた。三浦峠から9㎞ほどの林道だが、アップダウンのダートな道で軽四輪トラックなら通れるかも知れない感じの悪路だった。
崖又山は、そう遠くはないと思えたが三浦峠へ引き返すことにした。三浦峠の近くで幕営したが、午後から多くなっていた雲が“夕焼け”もせず、中途半端に陽が沈んだ。星景写真などは望むべくも無く、濃霧に包まれた。


5日の朝も濃霧だったが7時半ころ、朝日が射し込み、幻想的な光芒が熊野古道“小辺路”を演出してくれた。更に伯母子岳から小辺路の山々が雲海で浮かんで、久しぶりに見る景色を楽しむことができました。(小さい写真はクリックで拡大します)


明日香村は彼岸花の季節

2021-09-20 16:59:22 | Weblog

今年、明日香村では“案山子祭り”も“飛鳥光の回廊(9月25~26日18:00~21:00)”など2年間も自粛していたイベントを実施するらしい。

彼岸花は草刈り機で一度、刈り取られた場所もあったが、その後、芽が出て今頃は咲き始めた。
9月17~18日に大阪、奈良を直撃すると予想された台風が急速に勢力を弱め、熱帯低気圧になった様で、幸い明日香方面にも、たいした影響を与えなかったようだ。
18日(土)午後になったら、黒雲は多いものの、時折、陽射しも出てきたので甘樫丘から古宮遺跡(伝推古天皇小墾田跡)へ出かけてみた。ここも彼岸花の撮影ポイントになっているが、刈り取られなかったのか、花の盛りを過ぎようとしていた。近年、畝傍山の手前に建物やビニールハウスが建ち、景観を損ねている。

飛鳥川に沿ってゆき、飛鳥寺の裏から農道を石舞台方面へむかったが、あまりの蒸し暑さに川原寺跡でギブアップして帰りました。(小さい写真はクリックで拡大します)