えすみの日記

ふつーの主婦ですが、日本の未来を真剣に考えたい!

自衛隊についての小話

2011-04-05 00:10:20 | 国防について


がんばれ自衛隊!@2ch
ちょっといい話 03 2ちゃんねる
出典がちょっと曖昧なヤツが・・・
下記から拾った、と思う。

自衛隊いい話
http://himasoku123.blog61.fc2.com/blog-entry-660.html

ある自衛隊員から聞いた話
http://buta-neko.net/blog/archives/2005/04/post_268.html

【自衛隊】 いい話 【逸話】
http://sarahx.blog116.fc2.com/blog-entry-572.html
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 20:38:53.02

広島の平和集会にゲストとして呼ばれた自衛隊員に浴びせられた言葉

市民「自衛隊は無くすべきだと思いますが、自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」
市民「自衛隊が有るから軍事的緊張が発生する、憲法違反だから自衛隊は無くすべきだと思います、自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」

そこで自衛隊員の返事、俺はこの言葉をこれからもずっと忘れないと思う

自衛隊員「そう言う人達も守るのが、自衛隊です」
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 20:40:14.98

良い話かどうかは分からないが

そういや、自衛隊の練度の高さはアメリカでも語りぐさになっているそうですな。

・演習後、アメリカの誇るトップガン出のエリートたちが口をそろえて
 「空自とだけは戦りたくない」と明言。
 エリートのプライドを木っ端微塵に打ち砕かれたか、再教育志願者が続出した。

・実弾射撃演習のためにアメリカ派遣された陸自砲兵部隊。ばかばかしいほどの命中率に
 アメリカ側が恐慌を起こした。
 アメリカ側が、「超エリートを集めた特殊部隊を作っても意味がない」と本気で忠告してきた
 (もちろん陸自は通常編成のまま)。
 ついでに、その演習を見に来ていたWWII&ベトナム生き残りの退役将校が、
 「彼らがいてくれればベトコンを一掃できたし、あんなに死人が出なくてすんだのに」と 泣いたというオチが付く。

・ホークだかパトリオットだか忘れたけど、演習でアメリカ側の発射したトマホークの
 迎撃訓練で、数十発を全弾撃墜した。
 なお、数十発のうち、後半は超低空・対地誘導その他、隠蔽技術をフルに活用した上で
 この成績。 (このエピソードこのスレで知ったんだっけかな?)

スターファイターでイーグル相手に撃墜判定をたたき出した故ロック氏の例を挙げるまでもなく、少数で、様々な制約を課せられているが故に、その制限枠内ギリギリ
まで戦力を高めようとする努力の結果なんでしょうけどね。人種の優越とか、
才能とかじゃなくて、文字通り体が擦り切れるような過酷な訓練の成果だと思うと、
自然と頭が下がります。こんな人々に守られて、私らは平和と繁栄を謳歌してるんだなぁ、
としみじみ感謝の念を噛み締めることがありますよ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 20:47:42.98
>>21
合同演習で、一発外した(無駄にした)だけでお通夜状態になるんだっけ?<自衛隊
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 21:09:52.88

437 名前:おさかなくわえた名無しさん :2005/04/23(土) 08:12:56

1999年の台湾大地震の際、いち早く救援に駆けつけた
日本の国際救援救助隊に関して

彼らは大地震が発生したその日のうちに台湾入りし、災害現場に急行するや
不眠不休で生存者の捜索に尽力してくれたのである。
瓦礫を掘り起こし、最新鋭機材を駆使して懸命に生存者を捜索する日本の
救助隊の献身的な姿は人々の胸を打ち、そして皆は心の中で手を合わせた。
こうした光景を目の当たりにした年配者は「やっぱり日本だ!」と目頭を熱く
するのだった。そして続々と台湾へやってくる日本の民間ボランティア、多くの
台湾人が頼れる“友人”が誰であるかを再認識したのである。
台湾人が心から信用できる国は“日本”なのだ。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 21:12:10.34

940 名前:日出づる処の名無し: sage 03/11/13 16:51

そういえばどこだったか、自衛隊が治安維持に出向いた時に、
「日本軍に発砲した者は我々の敵とみなす!」と指令出した組織があったらしいな。
あれはどこの話しだったっけ?

941 名前:日出づる処の名無し: sage 03/11/13 16:55

>940
シリアだね。

シリア政府は自衛隊を歓迎した。アサド大統領は隊長である本松敬史三等陸佐(当時)を呼び、
「日本の自衛隊は決して事件に巻き込まれることはない」と約束をしてくれた。
大統領は、シリア軍に対して、その支配下にあったイスラム原理主義組織ハマスとヒズボラが
日の丸と自衛隊に対して一発でも銃弾を撃ち込んだら、全面攻撃を加える旨の命令を出していた。
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 21:19:38.39

960 :名無し三等兵 :01/11/02 00:42
湾岸戦争の掃海艇での会話。

「いいか、もしかすると、お前達が喰う食料の入った冷蔵庫に、お前達
を入れて帰ってこねばならんかもしれん。それでもいってくれるか??」
「はい。」

北朝鮮のミサイル事件での会話。

「北朝鮮のミサイル施設を爆撃できるか?」
「片道でなら出来ますし命令ならばやりますが、片道攻撃を部下に命じる
事はできません。命令が出れば、私が行きます。」

あるイーグルドライバーの言葉。

「私達がミサイルを撃つ時は、私達の作戦は失敗したときです。私たちは
常に抑止力でなければならないのですから。」
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 21:55:28.09

17 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2008/12/20(土) 19:46:26

自衛隊の基地が近くにある田舎なんだが、自衛隊は毎年山で訓練してる。

ある日、下の方の茶畑で知り合いの爺ちゃんの軽トラが道寄せ駐車する際に、側溝に嵌って脱輪。

俺は茶摘みの手を止めて救助に行った。
爺ちゃんは怪我はしてなかったけど、見事にタイヤが側溝にはまって脱出不可能。

何とか側溝から出せないか木の棒を突っ込んでいた時「手伝いましょうか?」声を掛けられた。
振り向いたら迷彩服とリュックを持った男の人が一人。
あ、上の方の訓練地から来た自衛官の人だと思って「すみません。お願いします」って言った。
そしたらその角刈りのお兄さんが大声で「集合!」ドドドドドド(茶畑の横の獣道からゾロゾロと自衛官が出てくる)「整列!」ビシッ!

総勢15名の隊員達が現れた。

マジであれはビビった。まさか山の上から出てくるとは思ってなかったし、全員すげぇ装備担いでるし、さらに模擬銃?を担いでたからテンぱったわwww
爺ちゃんも「おぉぅ…」とか言ってたしw

「5分、脱輪解除。始め!」

キーを渡して4分で軽トラ脱出www
すんげぇ早業で、自衛隊の凄さを思い知ったわ。
こういう訓練もしてるというのにも驚いた。

脱出した後は車両点検してくれて、爺ちゃんが何度も頭を下げてた。
隊長っぽい角刈りの兄ちゃんは「これも我々の任務です」とサラリ
その後は敬礼して農道を下って行った。

自衛隊の凄さと“任務”に感動したわ。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 22:01:41.97

救難のメディックはマジキチ
高山病にかかった女子高生2人を同時に抱えて下山
通常なれた人でも4時間はかかるルートを1時間で走破する
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 22:20:04.93

 自衛隊と米軍が演習をしたんだそうな。
米軍は敵に向かうときに、でかい声を出して騒がしく向かっていくんだと。
しかし自衛隊は、無言でほぼ手振りと目配せだけで隊を指揮し、敵をいつの間にか包囲していた。
日本には忍者がまだ生きていると思われたそうな。
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 22:44:14.68

・アメリカ軍がビビルくらい滅多やたらと士気が高いことでおなじみの海自ですが、イージス艦について、「システムの反応が遅いから手動に出来ませんかね」とのたわる者が居るそうな。

・海軍の蜂のパイロットが「空自はすぐにキルコールしてくる。あんなところにかなう空軍なんているのか。」と言ったとか何とか
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 23:05:08.77

神戸JR三宮駅前の震災と復興の記録を展示しているフェニックス館には、
多くの写真や資料が展示されているが、自衛隊員が写っている写真は一枚も存在しない
記録も自治体、警察、消防、ボランティア等がほとんどで、
自衛隊に関する記述は僅かに災害の状況を示す時程表に「自衛隊災害派遣」の1行しか
認められなかった
信じられないが、神戸市はあの震災で自衛隊がほとんど何もしなかったことにしたいようだ
144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 23:24:39.99

海自の潜水艦乗りはいわく「魚の声」が聞こえるようになるらしい。
雑音にしか聞こえないが聞くだけなら素人にも確かに聞こえるという。

ただベテラン潜水艦乗りになるとその「魚の声」を聞くだけでその種類がわかるようになるという。
276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/17(金) 11:01:58.81

トイレの張り紙。
「初弾必中!右や左に逸らすな」

277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/17(金) 11:04:33.43

>>276
お前の松茸そんなに大きくない。一歩前進せよ!

てのもあった
337 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/17(金) 16:57:47.78

雨の日つながりで発見

雨の日に駆け足させられた時の助教の言葉。
「大丈夫だ、人間は完全防水だ!!」
2005年04月26日
● ある自衛隊員から聞いた話。

ある、一人の自衛官で 一時期、イラク戦後のPKOの部隊員として イラクに派遣されていた知り合いがいる。

彼の職務は 米軍司令部の中に赴き米軍司令部と自衛隊の派遣部隊との間の連絡調整を行う事だったそうだ。

PKOに参加している各国の それぞれの国の部隊からは 彼と同じ様に派遣された隊員達がおり、オランダやイギリス、イタリア等 多国籍集団が顔を揃えていたと言う。

イラク戦を考える時、フセインを代表とするイランという国の考え方や 当時の彼等の主張を理解するには イランとしての歴史観をはじめ、イスラム教の教義というものを理解しない限り、一般的な日本人の知識では荒唐無稽な子供のワガママにしか聞こえない。

それは、日本の教育には 日本の歴史観なんか含まれておらず、当然の事だが 他国の歴史観だって教わりはしない。

テロリストの攻撃方法に「自爆テロ」と呼ばれるモノがある。

爆薬を多量に搭載した車両や 時には 身体中爆薬を巻き付けて、目標に向かって突進し自らを爆弾の信管として爆破するものである。

この手法は 実はイスラム教の解釈の仕方により、「殉教行為」として認められている。

つまり、神のために殉じて死ぬ事は 普通に死んで神の側に行くよりも 数段、格上の死として 死後、神に認めて貰える…という様な意味がイスラム教の教義にはあるのだ。

この考え方は おそらく今の多くの日本人には理解出来ない事である。

イスラム教徒達が 口々に叫ぶ「アラ-・アクバル」 これは「神は偉大なり」という意味。

微妙に違うが キリスト教で言う「ア-メン」 日本風だと「南無阿弥陀仏」と 大いに意味の近い言葉だと思えば判りやすい。

日本は 公明党というクソ学会を除き、一応は政教分離がなされた国である。

だから、基本的にタテマエ上では 政治に宗教観が含まれない、含んではいけない…という倫理観がある。

ゆえに、天皇は人間宣言をして「神」では無くなり、戦没者を祀った「靖国神社」は 宗教物だから 政治家が公務で参拝するのは「政教分離の精神に反する」と批判する輩が多い。

局所的には 異様なまでに拘るクセに、無関心なところには とことん無関心… とでも言うような風潮が招いた結果が 国際的な話の上での「世間知らず」になるのだろう。

さて、そのイラクに派遣された ある自衛官は その在職中、奇妙な事が周囲で起きる事に 嫌でも気づかされる事になる。

たとえば、隊員達が食事をする場で 周囲に米軍や英軍の兵がいるにも関わらず、給仕や雑用で雇用されたイラク人達が 奇妙に彼にだけ愛想が良く サ-ビスが良い。

他の国の兵は 自分で取りに行くか、頼まないと持って来て貰えないコ-ヒ-なのだが、誰かに頼まれて コ-ヒ-・ポットを持って来たイラク人給仕が 彼にだけは 何も聞かずにコ-ヒ-を足していく。

イラクの民間人が多く屯する中を 他国の兵士が戦闘服で歩くと異様に不快な表情をする中にあって 彼に対しては 最初は同様に不快な表情を浮かべながらも すぐさま、不快な表情から 好奇の様な表情や、他国の兵に対する表情とは明らかに違う表情になったという。

その理由は 間もなく判った。

彼が、ある任務により イラク人達の中の族長とか長老と呼ばれる 民間の中でも特に敬われている人物と会合をした時に 会合が終わった直後、同席していた米兵やオランダ兵を差し置いて 彼と彼の上司である自衛官の二人だけに

「残って お茶を飲まないか?」

と、その族長が誘ったのだという。

特別な用事があったわけで無く、会話は 普通の雑談だった。

その時に、日本の自衛隊だけを お茶を誘った訳に興味を持った彼が その理由を族長に通訳を通して尋ねたところ…

「そりゃ アンタ達が日本人だからさ」

と応えたと言う。

で、さらに「何故?」と深く尋ねたところ…

「アメリカの エリ-ト意識の強い白人達は 自分達が世界でも特別な存在だと傲っている。 

だから、彼等は「民主主義」という隠れ蓑を使って キリスト教を世界に押しつけイスラム社会を弾圧する。 

欧米の白人達は 今でも有色民族を蔑み 何か機会を見つけては 支配下に置こうとし続ける。 

それに対して、日本だけは 第二次大戦で敢然と白人社会に立ち向かい、戦いに敗れたとは言え、欧米の植民地支配から 多くのアジアの民族を解放した。 

その戦いの中で 最たる象徴が「カミカゼ攻撃」である。

日本人は 最後には自らの魂を爆弾に変えて戦う民族なんだと 世界に見せしめたからこそ、今でも「日本」という国として存在出来ているのだろ?

日本はイスラム教の国では無いが、その精神は イスラムと同じと感ずる。

イスラム世界の教義では殉教は ただの死とは別、神に近づく尊い行為である。

旅客機をハイジャックして 貿易センタ-ビルに体当たりした行為は 罪の無い無関係な人々を巻き込む…という意味では許されにくい行為だが、イスラムの神を護る行為という観点では許される行為となる。

その事件の時、アメリカのマスコミは何と言ったか?

「カミカゼ・アタックで 貿易センタ-ビルが崩壊」

日本人が起こした訳じゃないのに 何故?そう騒いだのだ?。

それは 日本人が 第二次大戦で行った「カミカゼ・アタック」を アメリカが忘れておらず、トラウマの様に 今でも怖れている証拠だとは思わないかい?

日本人は 最後には自らの魂を爆弾に変えて戦う民族なんだ…とね。

今、そのアメリカと戦っているイスラム社会の人々は そのアメリカ相手に かつて敢然と立ち向かい そんなトラウマを植え付けた日本という国に対して敬服する。

中国や韓国 それにインドが どんなに偉そうな立派な事を言っても、今 国として存在できるのは 日本がアメリカ相手に戦った結果なのだから…。」

そう言われたそうである。

イラクの歴史観から見た 日本感… のひとつの表れが その族長の話した考え方になるのであろう。

であるがゆえに 給仕は 彼の戦闘服の袖に大きく縫いつけてある「日の丸」を見て態度を変えたのではなかろうか?

これが正しい考えなのかどうかは判らないし、論ずるのは別の機会に譲ろうと思う。

あえて、今回 この話を記述したのには 理由がある。

たまたまなのだが、あるサイトを巡って記事を読んでいたところ そこで紹介されていたフラッシュを見て 感じる事があったからなのだ。

そのフラッシュとは

『http://nandakorea.sakura.ne.jp/media/sinjituwadokoni.swf』である。

時間の許す時に 御参照頂けると良いと思う。

私は「神風攻撃」を持ち出して 「軍国主義バンザイ」とか「戦争賛美」を申し上げるつもりは無い。

昨今の、中国や韓国の 日本に対する能書きに 一言、二言 言い返したい気持ちは一杯あるが、だからと言って 即、喧嘩(戦争)と言うつもりも無い。

ただ、申し上げたいのは

「日本としての歴史認識を ちゃんとしようよ」

という点であり、それとは別に

「戦没者も含めて 公務での殉職者に対する慰霊を ちゃんと堂々と行いましょうよ」

という点についてのみ 世間に訴えたいだけである。

日本の歴史認識が いかにマトモじゃ無いかは このところの騒ぎで衆知の事実であろうと思う。(中国や韓国が言う”歴史”が正しいなんて認めないよ。 私の言いたいのは 歴史を日本人が 全く認識していない事をマトモじゃない…と言いたいだけ。)

イラク人が フセインという独裁者の下で 如何に歪められてしまったか…というのも別の話である。

が、そんなイラク人達が 日本を どう見ているのか? そのひとつの見方が 先に述べた族長の見解だとしたら… この会合の席に 日本から取材に訪れていた複数の大手新聞社の特派員達が同席していたのだが、少なくとも このような話がメディアに流れたのを 私は知らない。

世界の人々と解り合って平和を築いていく…というのが ひとつの精神なのだとしたら、そういう族長の話などは 日本人として知らずにおいても良い話なのだろうか?

そんな判断を マスコミが勝手にして許されるのか?

私には 大いに、疑問に感じるので 記述してみた次第だ。

Posted by ブタネコ at 2005年04月26日 20:21

コメント
フラッシュ見ました。
とんでもない爆弾をどうもです。・゜・(ノД`)・゜・。 うえええん

大西瀧治郎中将は、天皇陛下の玉音放送の翌日に割腹自決なさいましたね。
「死ぬ時はできるだけ長く苦しんで死ぬ」の言葉通りに15時間あまり苦しんで絶命しました。

この場をお借りして、大西中将の遺書を少し紹介します。

特攻隊の英霊に日す 善く戦ひたり深謝す 最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり

然れ共其の信念は遂に達成し得ざるに到れり吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす

次に一般青少年に告ぐ 我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ 聖旨に副ひ

奉り自重忍苦するの誡ともならば幸なり 
隠忍するとも日本人たるの矜持を失ふ勿れ 

諸子は国の宝なり 平時に処し猶克く特攻精神を堅持し

日本民族の福祉と世界人類の為 最善を尽くせよ

インドネシア独立戦争でも、日本兵が2千人あまり参加し、千人あまりが陣頭で戦死されておりますね。
戦死した英霊達は、現在でも首都ジャカルタの英雄墓地に手厚く葬られております。
独立記念日の祝典では、インドネシア人が日本兵の服装をして国旗を掲揚されます。

ほんの一例ですが、このような現象が、東南アジア諸国において今でもあるのですね。

私達は、先人達の尊い日本の行く末を思う気持ちをもっと知らなければいけないし、またそれを次世代の日本人に伝えなくてはいけないと思います。

こういう文章を書いて、右よりだとか、鷹派だとか言われない世の中になればいいなって思います。

素晴らしいフラッシュでした。
涙が、頬を伝うのではなく、私の足の上にダイレクトにボタボタ落ちましたΣ(^∀^;)

本当にやられました、ありがとうございます。

コメント投稿者: Wen at 2005年04月26日 23:56
22 名前:1/3[] 投稿日:2009/04/16(木) 20:43:57.02

31 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2007/09/13(木) 00:13:22

 ぶった切って失礼します。
 カンボジアPKOの話が出たので、ROMってた者だけど書いてみる。

 自衛隊がカンボジアに行った年の翌年、観光に足を伸ばした印度のある町で。

 その町から日帰りで行けそうな、目当ての遺跡のある町への鉄道チケットが取れないかと、ツーリストインフォメーションでいろいろ聞いていたところ後ろから声を掛けられた
「日本人か?」
 振り返ると背丈190cmはあろうかと思われる、サングラスにワイシャツ・綿パン、オールバックで髭まで生やした印度の偉丈夫。
「○○まで行きたいのか?」
…てっきり観光地によく居ると噂に聞いたヤウ゛ァイ人…にしては英語が丁寧で、様子も良い御仁。
「ちょっとこっちについて来なさい」
 インフォメーションをちらりと見ると、係の兄ちゃんが「んだんだ、そうすっとええだ」みたいなスマイル。

 半信半疑でついて行くと、駅のチケットオフィスへ。
 当時まだ、外国人用と自国民用で切符売り場は分けてあったのだが
ずんずんと脇のドアからチケットオフィスの内側へ。

732 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2007/09/13(木) 00:15:33

 承前。
 その印度の偉丈夫は何やら中年の駅員と話している。
 すると駅員がこちらを見て
「明日の朝7時に出る急行がある。帰りは特急で向こうを16時発、ざっと6時間は見物が出来るだろう…○○ルピー」
 予想より遥かに安く、予約も入れていないのに急行+特急で発券してしてくれた。
 謝意を呈すると偉丈夫氏、にこやかに
「まあ、明日無事に帰ったらにしておくれ」

 翌日、目的の遺跡を堪能して戻ると、インフォメーションの兄ちゃんの横に居た偉丈夫が微笑んで待っていた。
 改めて謝意を呈するとはにかんで
「いや、実は去年カンボジアに行っていてね…」
 この偉丈夫氏は地元の警察官。
 印度からカンボジア派遣の文民警察官として行っていた際ににわかに虫垂炎に襲われて苦悶する羽目になった。
 最寄りに駐屯しているのは日本の自衛隊。
 電話で照会するとわざわざ車輛で迎えに来てくれた。
 自衛隊の軍医による手術は成功、その後しばらく自衛隊のところで御世話になっていたらしい。

733 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2007/09/13(木) 00:19:07

「ジャパンのアーミーは、素晴らしい連中ばかりだった…
臥せっている、ゆかりも無い外国人の自分に、必ず誰かが付き添ったり、話をしに来てくれた。嬉しくて、特に親しくなった隊員に自分の○○ (残念ながら、この品物が何だったのかは忘れました)を贈ったところ、
彼はいつも掛けていたサングラスを呉れた…以前冗談で、サングラスを誉めて借りて掛けてみた事があるんだ…

『御礼にお返しは必要ありません、あなたの、いつも使っているものでしょうに!』
と言うと、
『御礼の品は受け取れませんが、
 我々の友情の印に、御互いの愛用品を交換させて頂けるなら嬉しい』と彼は言ったんだ。
『他に出来る事はありませんか』と聞いたら、
『貴方がもし、日本人が困っているのに遭遇したら親切にしてあげて下さい』と言っていた…

 だから、君を見た時に何か出来ないかと思ってね…
 こんな事では返しきれない友情を、日本の友人は示してくれた、だから御礼なんて」

 必死に単語を並べ立てて、御礼を言ったおいらにその人は最後にこう言った。
「それじゃあ、日本で印度の人間に会ったら親切にしてやってくれ、そしてそいつには『次に会った日本人に、そうしてやってくれ』と伝えて欲しい…」。

 その後、帰国して印度の人とは何人か縁もあったが、そう伝える事になった人はまだ居ない。
 けれどもこの約束を果たすのには、やぶさかではないつもりでいる。

…長々、昔話で相済みません。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 21:21:15.77

163 名前: 日出づる処の名無し 投稿日: 2006/01/29(日) 12:08:14

 昨年10月8日に起きたパキスタン地震の被災者を支援した陸上自衛隊のヘリコプター部隊の本隊約百三十人が12月1日、北海道・帯広に帰還した。10月中旬に現地入りし、約一カ月半にわたり、イスラマバード近郊の空軍基地から、約130キロ離れた同国北部のバタグラム地区に陸自ヘリ6機で約百回往復し、援助物資約40トンと緊急患者など約720人を運んだ。

 パキスタン軍の現地旅団長は、「日本隊だけが休まず、毎日来てくれた」「物資を運んだだけでなく、村人に希望と勇気を与えてくれた。おかげで笑顔が戻った」と称賛したという。支援のためにヘリを派遣した国は、日本に加え、米英独など六カ国だ。日本は「真心支援」と名付け、現地の人たちと同じ目線に立ち、住民の信頼を勝ち取った。イラク・サマワでの陸自の人道復興支援活動とも相通じる。誠実、勤勉な「自衛隊流」が、ここでも現地の人々の心をとらえた。

 ムシャラフ大統領が11月12日、陸自部隊を突然訪問し、「私をはじめ、パキスタン人は日本に特別の思い入れがある。日本は偉大な国であり、尊敬している」と述べた。現地の有力紙も報道し、両国のきずなは深まった。(産経新聞、H171203)






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