ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸の神社(3)

2017-10-20 21:00:12 | 水戸

大井神社(飯富町3475)
 平安時代に編纂された延喜式に記載された式内社で、祭神を初代・仲(那珂)国造(なかのくにのみやつこ)建借馬命(たけかしまのみこと)とした神社だそうです。江戸氏の兵火と神生(かみお)氏の乱で2度焼けたそうです。徳川光圀や斉昭による修復もなされたそうです。安産の神様としても有名だそうですが、巫女(みこ)屋敷やお稗蔵があったそうで、大変人気のある神社だったようです。絵馬殿があり、多くの絵馬を見ることができます。

 

素鵞神社(上河内町547)
 上河内(かみがち)神社ともいわれるようです。大掾(だいじょう 馬場)氏が水戸城に守護神として牛頭天王社を勧請したのがはじまりで、その後、斉昭が、素鵞神社と改称して現在地へ移したそうです。かつては、祭に神輿が那珂川を渡って旧地 方面の泉町あたりへむかったそうです。義家伝説もありますが、これはひょっとすると、今の素鵞神社移転前にあった神社にあったものなのかもしれません。

 

竃神社(本町1-2-6)
 もと、三宝荒神といわれて水戸城内にあり、旧水戸七社の一つだったそうですが、寛永3年(1626)に赤沼へ行き、光圀が元禄3年(1690)に現在地へ移し、斉昭が竃(かまど)神社と改名したそうです。昭和20年の戦災によって焼失して、現在の建物はその後再建されたものだそうです。樹齢300年を越える大ケヤキは元気に生き残っています。

 

黄門神社(三の丸2-2-29)
 徳川光圀が生まれた、三木之次(ゆきつぐ)の屋敷はその後、藩主の休息所、子女の居所としての中御殿となったそうですが、その跡に建てられた神社だそうです。ただし、屋敷の中心地は水戸駅構内だそうです。六地蔵寺は仏式に歴代藩主の位牌(戒名でなくおくりなを記す)を供養することを許されていたそうですが、光圀のものだけがここに移されて納められているそうです。

 

伊奈神社
 伊奈氏は信濃国伊那郡に住んでいたので伊奈の姓を名乗ったそうです。家康に仕えた忠次は取り立てられて関東郡代になり、潅漑用水や新田開拓に携わったそうです。藩主が徳川賴宣(よしのぶ)のときから水戸の藩政にたずさわり、頼房の時に備前堀をつくって翌年死去したそうです。神社の創立は昭和10年だそうです。

水戸の神社(2)


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