現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

お江は4回結婚した?

2011-02-16 21:03:15 | テレビ・映画・芸能人
2/13 NHK大河ドラマ「お江」。平均視聴率21% と好調だが、
こんな陰口も。「お市役の鈴木保奈美は、顔のシワがバレない
ように、ニコリともしない能面顔。『恐い』と赤児が泣き出した」
とか。「3人娘もまだ10代のはず。年齢的に相当無理している」と。
なるほど、天正10年「本能寺の変」の時、茶々は13歳。お江は
10歳だ。10歳で馬に乗り、すごい「ジャジャ馬っ娘」じゃ。

本能寺の変の翌年、お市は 柴田勝家 に嫁いで、3姉妹 共々、
越前北ノ庄(福井)に移ったものの、1年あまりで、勝家は秀吉に
滅ぼされてしまう。そして お市は自害。戦火の中生き延びた お江は
秀吉の命で 佐治一成へ嫁ぐ。天正12年(1584)。お江は まだ12歳。

しかし その年、家康と秀吉が激突した「小牧・長久手の戦」で、
佐治一成は家康の味方をしたと、秀吉の怒りに触れ、所領を没収
され、江と離縁させられた。わずか1年足らずの婚姻だった。

一成は叔父(母の兄であり信長の弟)である織田信包のいる
伊勢上野へ行き、その後 信長の娘・於振を正室に迎えた。
伊勢上野は お江たちが9年間過ごした所だ。そして一成は
そのまま 伊勢で61歳まで生きた。

お江は再び秀吉の命により秀吉の姉の子・秀勝(小吉秀勝。
関白豊臣秀次の弟)の元へ嫁ぐが、秀勝も結婚わずか4カ月後、
文禄の役で病死してしまう。だがお江は、懐妊しており、完子を
産む。

文禄4年(1595年)、お江は 徳川家康の嫡男・秀忠に嫁す。
秀忠17歳、お江は23歳になっていた。人生経験豊かな
姉さん女房だった。

一般には、お江は、佐治一成、小吉秀勝、徳川秀忠と3度結婚した
ことになっているが、秀忠の前「九条道秀」に嫁いだという資料も
あった。この「九条道秀」については、実在が確認されない。
江戸時代になって、娘「完子」が九条家に嫁いだこととの
錯誤ではないか とも。




「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

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