私が学生時代は、戸建て住宅こそが建築家が取り組む最大のテーマで、当時の一流の建築家の出世作は、ほとんど自邸の設計であった。
丹下健三さんの成城の自宅、菊竹清訓氏のスカイハウス、吉阪先生の百人町の自宅、清家清教授の私の家、黒川さんのK邸計画等々
私も独立した当初はたくさんの戸建て住宅の設計を行った。
しかしいつの間にか戸建て住宅は、建築家が取り組むメインのテーマから外れてしまったように思う。
その理由は二つあって、一つはハウスメーカーの躍進であり、もう一つは都市型住宅として、集合住宅の比率が増えてきたことであろう。
更に言えば、建築家が設計する家は実験的な要素が多く、高いお金を出して土地を購入し、更に建築家に頼んでという奇特な人が少なくなったこともあるだろう。
今久し振りに戸建て住宅の設計に取り組んでいる。
施主の意向を聞きプランニングをし、これから建築に仕上げていくところである。
経験を積めば積むほど戸建て住宅の設計は難しい。
アメリカの建築家ルイス・カーンはどんなに忙しくても必ず年に一つは住宅設計に取り組んだことは有名であるが、なんとなく理由がわかるような気がする。
写真は有名な彼の傑作ペンシルバーニアのフィッシャー邸である。
正方形を二個並べ一方を45度ずらしてくっつけたカーンらしいコンセプチュアルな作品である。
杉材を外壁に使った繊細な設計である。
日本の建築家の中では、私は芸大教授であった吉村順三さんの住宅が一番好きであった。
レーモンドに学びアメリカでも修業され、インターナショナルな感覚の上に、日本的な品格を備えた氏の設計は評価が高く、アメリカの富豪のロックフェラーの自宅も設計されている。
ニューヨーク郊外の”ポカンティコヒルの家”という和風の住宅で、いろんな意味で参考になる作品である。
変に理屈っぽくなく、伸びやかで自由な氏の作風は、特に別荘建築でファンが多く軽井沢、山中湖、熱海に多く作品が残っている。
弟子の宮脇壇さんも多くの住宅を設計した優れた建築家であるが、氏の自由な作風には、今ひとつ及ばない。
葉山の海辺に歴史家の羽仁五郎氏の自宅も設計されているし、山中湖には亀倉雄策氏の別荘、もっと言うと皇居の新宮殿の基本設計をされたのも吉村順三氏である。
思えば氏の伸びやかで洗練された作風は、色々な人との交流の結果が自然に滲み出てきた物かもしれないと思う。
そろそろ私も人の作品を参考にするばかりでなく、自分自身の個性を生かした作品を創りたい。
それには多くの経験と技術的な蓄積、施主との信頼関係とコミュニケーションが必要なことを改めて判りかけてきたこの頃である。