木村 和美 Architect

建築家木村和美の日常活動とプロジェクトについてのブログ

オリンピックとお盆休暇

2016-08-21 14:33:52 | Weblog

 

 

リオ2016・オリンピックが佳境を迎え、昨日は400mリレーで銀メダルを獲得した。今年のお盆はリオ・オリンピックの独壇場で、いつもは熱気のある高校野球も、ましてやプロ野球など全く蚊帳の外と言って良い。

休み前にこのお盆休暇は、少し勉強、読書をしようと思いたった。景気も何となくはっきりしないし、原点に返ってギリシャ、ローマでも勉強をしようかと思い、塩野七生の”ギリシャ人の物語Ⅰ 民主政のはじまり”を読んでみた。

毎晩寝る前に数分読むだけだから、まったく進まない。例によって分厚い本で、ペルシャ戦争の記述が長々と続く。

戦争の記述自体は、興味深く、おーこんなこともあったのか よく小さな都市国家がペルシャの大軍を破ったなと面白く読んだが、結局アテネやスパルタの武将の数人をまな板にのせ、女性から見た男の魅力を分析している感じだがそれはそれで楽しかった。

 

古代ギリシャの都市国家ポリスは、大きな一つの国家にならずいくつもの都市が乱立して凌ぎを削っていたという。それぞれの戦いも日常茶飯事であったが、それを緩和するために4年に一度森のオリンピアで競技会を開いたという。

ペルシャ戦争のマラトンの戦いの勝利を伝える使者が走った様が、今のマラソンの原型になっていると聞く。

 

このギリシャの都市国家は、この後150年の栄華ののち、ローマにとって代わられることとなるが、しかしこの間花開いた文芸や哲学は、ソクラテス、プラトン、アリストテレスと続き、キリスト教と共に、西洋のものの考え方の基礎となるわけだ。

ギリシャの都市国家は滅んでも、古代オリンピックはローマの世でも続いたが、キリスト教が正式にローマ国教となり、ギリシャ神ゼウスに捧げるオリンピックは廃止されたのだという。

しかしそれだけではなく、今と同じように、回を重ねるごとにお金がかかり、腐敗や汚職があったのも事実のようだ。

時代は変わっても同じようなことをしているということだろう。

 

お盆休みも終わりとなり、小池新都知事のリオ五輪訪問とエールの交換が報道されたが、ここはひとつ古代オリンピックを範とした質実剛健な五輪開催とよくわからない都議会、都政の民主化、透明化を望んでみたいと思った次第。

 

 

 

 

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横浜ベイホテル東急

2015-06-10 10:31:03 | Weblog

 

 昨日、久し振りにみなとみらいの横浜ベイホテル東急の和食レストラン大志満で、橋本氏と副総支配人の陣内氏に会う。

ザ・ホテルヨコハマ時代の思い出話と今のホテルを取り巻く状況について議論。大変楽しい時間を過ごした。

以前、このホテルはパンパシフィック横浜ベイホテル東急と言い、パンパシフィックのポリネシアンムードで売っていたが、数年前現在の体制になった。現状は客室の可動は勿論、レストラン等のパブリック部門も好成績とのことで、なによりである。

横浜のホテルの客室稼動の好調さは、到るところで聞いており、これを支えに多くのホテルプロジェクトが計画されている。

全国的にもそうだが、今までと相違して本格的な観光立国を目指しての実需あるプロジェクトだと思いたいがどうだろうか。

 

和食についての懐かしい話。

西麻布の交差点の近くに”さぶ”という和食処があり、十数年前にデザイナーの谷内田さんとザ・ヨコの仲間たちでよく行った。

ここの料理はとにかく素晴らしかった。 ご主人と奥さんの二人で切り盛りされていたが、今あれに匹敵する料理は中々お目にかかれない。

当時はソムリエの林さんも仲間にいたので、ワインを持ち込んで和食を頂くようなこともしたが、それを平然と許してくれる度量もあった。

料理も一級品だが、その器の選択も見事で大きなお皿で出てくる料理の一つ一つに感嘆した思い出がある。

しばらくご無沙汰をしており、その後の状況は詳しくないが、最近ご子息が六本木にお店を出されたと言う話を耳にした。

 

話すほどにいつの間にか時間が経ち、思い出話で懐かしがってばかりではなく、これからも又違った目で色々求めて行きましょうよということで散会した。

 ここしばらく、デスクワークに集中する日が続き、このブロクのメンテナンスも怠りがちだったが、この機会に少し見直してみようかと思う。

 

 

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●備えあれば憂いなし・・・プリベンティヴ・メディスン

2013-06-30 19:12:15 | Weblog

 

 

 もう6月も終わりとなった。

今年も半分の月日が経ったわけだ。早いもので明日から7月が始まる。

今年の2月に何十年ぶりかで健康診断を受け、当然だが幾つかの指摘をされ、5月の下旬に大腸のポリープを切除した。

状況そのものは特におかしくはなかったが、中々出血が止まらない。

仕方なくしばらく入院を余儀なくされ、点滴のみの絶食を数日間課せられた。

何分の一かの確率で死と向かい合うとさすがに色んなことを考える。

 

聞けば、ポリープの切除で、出血するのは0.89%と言うことだった。

不幸にしてその中の一人になったが、余り気分は良くなく、お医者さんとも結構ぶつかった。

こんなことで入院するのは、久しぶりの経験だが、結構お金もかかるものだ。

日本の医療費が膨れ上がるのも当然で、よく理解できた次第である。

政治家の人達は、今後の医療費の膨張について、以前から治療より、予防医学で対処して医療費を抑えるとか言うのが常だが、いまだに予防医学は保険診療の対象になっていないようだ。

 

20数年前、私の友人でカルフォルニアに住み、フィジカル・セラピーをやっていた人がいるが、アメリカでは当時から十分一人の医師として自立できる状況にあったと記憶している。

プリベンティヴ・メディスン(予防医学)について良く聞かされたものである。

 

”備えあれば憂いなし”とはよく言われる言葉だが、今の状況は私の実感では、いくら備えをしても何が起こるかわからない時代と世相になってきたような気がしている。

 

こうなってくると、人は何を拠り所にこれから生きていくか、最終的には信仰や宗教と言うものがまた出てくるように思う。

科学的な思考、論理的な生き方によって、安らぎを得る。安心をすると言うには、人間の精神は複雑すぎるように思う。

 

数日前から、親鸞を始祖とする浄土真宗をさらなる拡大教団とした蓮如の伝記を紐解いている。

乱世の人心を静め、説法するには、ある面で方便も必要だが、それを大衆に信じさせるには自らの強烈な生き様が必要なことがわかる。

蓮如が本格的に活動するのは50代初めから、それまでは過酷な運命に翻弄され、その体験が彼の人格を鍛え上げたと言う。

85歳で往生するが、その活動にいささかも年齢を感じさせるものはない。

 

やはり、再度自らの内に沈潜して、自分らしい生き方を探ってみることが必要かと思う。

 

 

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●クリエイティブ産業

2013-04-01 16:56:48 | Weblog

 

 

いよいよ今年も4月に入ってしまった。 先週から寒い日が続きせっかくの新年度の出発の日も台無しである。

今年は例年に比べて桜の開花が早く、この悪天候で葉桜になってしまったところも結構あるようだ。

 

この春は、仕事仲間が体調を崩し その分のコントロールと私自身の体調管理もかねて、仕事よりは色々な

周辺の環境づくりに意を払ってきた。

健康について、診断を受けたり、検査をするのはかれこれ20年ぶりになる。その間ずーと何もせず突っ走って

きたのだから、何もないということはなく、何かしらあるものだと思う。

最近は”医者に殺されない47の心得”などがベストセラーになるなど、医療に対する風当たりも強いが、

お医者さんも大変である。

 

結局のところ、何事も日本はまだまだ縦割りの世界が多く、権威のあるところほど情報の多面的な共有

が難しいと言う事か、、、、。

先日も東大の地震研究所が、立川の活断層を診断間違いして、お詫びの記者会見をしていたがこれも

典型的な例である。

私自身の健康も、基本的には専門家に任せなければならないが、自分でも色々情報収集し勉強する

必要があるのだろう。

 

さて、アベノミクスが大反響で、様々な経済指標も上向き、景気回復が見込まれてきた。

まだ具体的には何も処方されてないのに期待値でどんどんと株が上がり、円は安くなり、不動産にも多くの

お金が動くだろうと言われている。 

これまで散々な目にあってきた一般の投資家も虎視眈々と、タイミングを計っているところだろう。

 

世界的には、次世代の都市型リーデイング産業はクリエイティブ産業だと言われてきた。

英国でブレア政権の時代に行政改革の中心課題として芸術文化政策への転換が言われ、それに呼応して、

1997年アメリカで”クリエイティブ・アメリカ”が喧伝されたのが発端だと言れている。

その背景には、映画やゲーム、出版や音楽、ファッション、デザインなどの著作権産業が、GDPに占める

位置が極めて大きくなってきたことがあるようだ。

 

 それに比較してアベノミクスの成長戦略は、どうも自民党の国土強靭化計画がベースの従来型公共投資

となりそうな雰囲気ではある。

地震対策、災害対策、インフラ整備などの新しい公共投資は必要だが、半分はクリエイティブ産業、いわゆる

研究開発、ソフトノウハウ投資であって欲しい。

そしてそれらは従来の縦割り方式では中々困難な、本当の意味での知識産業、情報産業づくりであって

ほしいと思う。

 

 われわれの身の廻りで、検索するとやはり大都市の再開発(交通の円滑化を基本とした周辺開発や

都心のミディアム・デヴェロップメント)そしてリゾートの社会文化資本整備(海水浴、日光浴、森林浴etc)

に投資するとなるのではないだろうか。

なぜならそれらがもっとも現在の市民生活に欠けてるものだと思うから、、、、。

 

 

 

 

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●新年おめでとうございます

2013-01-03 16:40:18 | Weblog

 

 

 2013年の新春を迎えました。

昨年の10月からキーボードを叩いていなかったことになりますが、昨年のことを総括する前にもう新しい年となりあっという間の1年だった感じがします。

昨年はデユーデリの仕事が大変忙しく、まったくブログを書く時間もなかったことになります。

仕事で忙しいなどということは、数年来なかったことでその意味では幸せで、よい年だったが、それはそれでほかの事に手が回らず、精神的にはバランスを欠いた1年だったような気がしている。

 

個人的には昨年は、甲府のホテル計画で幕を開け、箱根の旅館の調査で年末を迎えたように宿泊施設に多く時間を割いた1年だった。

私と宿泊施設の出会いは黒川さんの事務所にいたときも結構あったのだが、本格的には小杉恵さんと出会い、ペンションの事業に参画してからと言ってもよいかと思う。

小杉さんのスポーツ・セリカで夜中に東京を出て八ヶ岳山麓の原村ペンションヴィレッジに宿泊して以来、西洋の宿泊システムやその歴史、デザインを研究することになった。

振り返ってみてこの取り組みは宿泊施設の範疇にとどまらず私にとって東西文化の違いやグローバルな考え方の基礎になったとも思っている。

 

一方で、デザイナーの谷内田孝氏と知り合い、初めて取り組んだ仕事も地方のホテル計画だった。

ペンション事業とほぼ同時期のことだった。其の頃、シマ・クリエイティブ・ハウスでザ・ホテル・ヨコハマの宣伝や販売促進をやっており、当時このホテルには新進気鋭のホテルマンが多く集まり、様々な会話の中で刺激の多い交流に私も参加した思い出多きものだった。

谷内田氏は元々洋風の文化よりは和風のそれに造詣が深く、着物や料理、絵画に関する該博な知識に感心したものだったが、それが和風旅館の計画に結びついていくことも自然の流れであった。

当時の旅館は様々な問題を抱えてはいたが、関東一円にある旅館を回ってみて、その宿泊業界に占める位置と和風の文化に対する貢献は並々ならぬものであることを実感した。

 

建築家は普通、住まいや住宅に多大な関心を抱き、生活や住まい方に対する新しい提案に腐心することがマジョリティであり、現在でも多くはそうであるが,幸か不幸か私は、黒川さんの事務所で最初に担当したプロジェクトがリゾート開発だったこともあってか、住まいより遊びの施設に多くのエネルギーを費やしてきたように思う。

昨年を振り返り、その原点に戻ったようなことではあるが、当時と比較して宿泊施設に”遊びの要素”がだんだんと少なくなってきたことも痛感する。 

とにかく経営的にも厳しくて、顧客に遊びを提供するどころの話ではなくなった。これもここ数年のグローバル経済の結果かとも思う。

 

お正月の一日、ヨコハマ駅前のホテルの”お正月中華バイキングの集い”に家族で行ってきたが、子供向けのお餅つきや獅子舞などのイヴェントもあるやに聞いたが、実際はそんなものはなくただ並べられた料理とテーブルの間を行き来するだけであった。

もっとも子供向けのこのような催しは、ホテルといえども中々難しく、スタッフも苦労しているようだった。

 

こんな具合で、今年は昨年感じたことを反省し、多少とも自分にこだわり、納得して仕事をしていきたいと思っている次第です。

2013年良い年になりますように、、、。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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●ヨーロッパの襞

2012-10-08 20:49:04 | Weblog

 

 

連休もアッという間に過ぎて、今日は終わりの日となった。

昨晩は競馬の凱旋門賞が日本でも実況中継され、日本の三冠馬オルフェーブルが勝つかもしれないとのことで、期待して見ることになった。

6年前、やはり日本の三冠馬ディープインパクトがこれに挑戦したが、3着と敗れ乗り越える壁の高さを痛感させられたものだが、今回もまた最後のラストスパートで、地元フランスの牝馬ソレミアに敗れ悲願の達成とはならなかった。

 

私は、6年前のディープインパクトも実況中継を見て、ぶっつけ本番で勝てるほど国際試合は簡単なものではないことをこのブログにも記したが、今回オルフェーブルは前走のレースを使いそして外国の騎手を起用して臨んだが優勝は難しかった。

結局何かが足りないのだと思う。

馬に聞いてもわからないだろうが、物理的なこと以外にやはり歴史の襞というか,ヨーロッパの持つ襞に人馬とも慣れることが必要ではないかと思う。

入賞ではなく優勝を目指すなら最低でもレース前半年、欲を言えば1年をヨーロッパで過ごすことではないかと思う。

 

この連休に経済評論家、長谷川慶太郎氏の”2013年大局を読む”を通読。

その中で氏はこのところ世界を震撼させたユーロ危機についての所感を簡潔に述べている。

ギリシャのEU脱退やその解体について、多くの識者がその危機を声高に吹聴するのを一蹴し、EUやユーロの成立した歴史的経緯から、しばらく不安定さはあるものの、解体はありえず、ドイツの果たす役割の力強さについて最新状況を踏まえて述べている。

 

経済的なつながりのユーロで偶々不協和音は発しても、EUの絆自体は決して壊れないと主張するところにヨーロッパの持つ長い歴史の襞を知った人間の主張の強さを実感する思いである。

氏が国際経済について特殊な情報ルートを持っているかどうか知らない。しかし様々な事実から一つの推論を導いていく筋立ては見事なものだと思う。

 

この連休に日系ドイツ人のピアニスト アリス=紗良オット(写真左)の演奏CDを聞いて、久しぶりにドイツを意識した。

彼女はミュンヘンで育ち、3歳でピアノを始め数々のコンクールで優勝をして、今スターダムにあるが、演奏や雰囲気に私の中のヨーロッパを刺激してくれた思いがある。

特にショパンのピアノ小品について独特の感性を伝えてくれる。

 

日頃は忙しく仕事をしていると、全く意識しない事どもを、この連休は思い出させてくれた。

しばらく遠ざかっているヨーロッパのことなど、古い感傷も含めて脳裏をかすめ、しばし心地良い思い出に浸ってみた。

 

 

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●バランス・オブ・パワー

2012-09-30 11:19:07 | Weblog

 

今年の夏は異常に長く、また暑かった夏だったが、私の仕事もここ数か月は結構忙しく、締め切りに追われる日々の連続jだった。

この涼しさの訪れとともに、やっと一段落をし、昨日今日という週末は部屋の片づけや、身の回りの整理をする時間を作ることができた。

 

ふと気が付いてみると、世の中は中国国内のデモに発した領土問題の議論で沸騰している。

先ごろ行われた次期総理を決めるという自民党総裁選も、この議論でもちきりで、この問題に強硬派の安部総裁、石破幹事長という組み合わせで決着した。

政治もそうだが経済もこの数週間の様々な事件のおかげで、結構なダメージを受けている。

中国に三顧の礼で迎えられたパナソニック松下電器の工場も大きな被害で、他の企業も含めそれぞれの生産調整を余儀なくされる状況だ。

 

このような状態が我々のような小企業には影響ないと思ったら、大きな間違いですべてがつながっていることは、あのバブル崩壊と失われた20年が教えてくれたところである。

 

さて今後どのような展開になっていくのだろうか? 

多くの評論家や識者が様々なことを言っているが、私はこの週末、元外務省、駐アラビヤ大使で、多くの国際政治に関する著書がある岡崎久彦氏の”21世紀をいかに生き抜くか”近代国際政治と日本という本を通読してみた。

この本は氏が最近、超党派の若手議員の人たちに、例のキッシンジャーの”外交”上下二巻をテキストとしてレクチャーをした結果をまとめた本で、氏の親アングロ・サクソンに基づく意見も開陳され、私のような素人にもわかりやすく響いてくる。

 

キッシンジャーの”外交”は、ウエストファリア条約以降の350年間の近代国際政治の駆け引きを集約したもので、今後の国際問題の解消はそれらの教訓に負うほかはないと結論付け、その一つは”バランス・オブ・パワ-”の原則だと言っている。

 

岡崎氏のこの含蓄に満ちた小冊の結論を一言でいうのは極めて困難で、危険なことかもしれないが、

今後対中国問題が日本だけでなく、世界的に重要な問題であることを言い、様々なアナロジーに基づいた分析の結果、それは20世紀初頭の英国とドイツの関係、また歴史をさかのぼり17世紀末のルイ14世包囲網の時代に対比される状態であることを述べている。

そして日本はこれからもアングロ・アメリカン世界の中で生きていくべきであり、具体的な方策としては集団的自衛権の行使が必要であるとしている。

 

つい先頃、1960年代アメリカの全盛時代に輝いたポピュラー歌手のアンディ・ウイリアムスがなくなった。 あのオードリー・ヘップバーン主演の”ティファニーで朝食を”ファースト・シーンを魅力的なムーン・リバーという主題歌で飾ったあの歌手である。

その美しい音楽や映画に接してわたくしたちは”自由と民主主義”というものを体感したようにも思う。

 

いま中国は、経済力と軍事力は確かに日本を凌駕するものとなりつつあるが、果たして自由と民主主義以上のものを持つことが出来る国になれるのだろうか、、、、? 

 

 

 

 

 

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●初秋の候、キチンと、、、、。

2012-09-15 18:48:13 | Weblog

 

 

9月も中旬を過ぎるというのに、暑い毎日が続いている。

今週も暑い中、熱い話ばかりでいささか疲労し、きょう土曜日午前中は久しぶりにテレビを見て過ごした。 見るとどこの放送局も自民党総裁選の番組ばかりで、5人の候補者が同じようなことを何遍も話しているのを聞くと時間が3年前に逆戻りする印象を受けた。

その中で、繰り返し聞かせられるフレーズで、キチンとやらねばならないとか、そこはキチンとおさえてとか、、、。

やたらこの言葉が頻発するのに軽い抵抗感を覚えながら、そんないい加減なことばかりが、日本の政治状況で起こっているのだということを改めて実感した次第である。

私が若いころの修業時代は物事はキチンとやるのが当たり前で、それ以上の事がどれだけできるかで評価の対象が変わったような記憶があるが、今昔の感を禁じ得ない。

 

現代は、物事は適当で良い加減なのが普通であり、だれもそれ以上を望んでいないという国民感情が世間を覆っていて、それが社会一般の停滞感や沈滞ムードを支配しているように感じる。 

従って興味の対象は、勢いオリンピックや、サッカーの選手たちの活躍に溜飲を下げる方向や、お笑い番組へと向かい、経済活動ではマネー経済の隆盛へと向かう。

現在私の廻りのビジネスで、極端に言えば、マネー経済に関係しているところの仕事は猛烈に忙しく、実体経済に関係している仕事は進み具合は遅いし、金は回らない。本来の私の仕事である建築設計の仕事についてこんな状況では非常に厳しい状況だといえる。

先日書店で、”新建築”という建築界では有名な建築雑誌を手に取ったが、以前の半分以下の厚さで、企業の広告も減り、内容も貧弱なものとなってしまい残念な気持ちではある。

こんな状況を日本の政治は打開できるのだろうか?

 

この間から、時間を見つけてドイツの女性バイオリニストの”ユリア・フィッシャー”の音楽を聴いている。 youtubeだと演奏の映像も見れ、その美貌とテクニックに感心しながら、癒されている。

オーケストラをバックにバイオリン・ソロの音色が美しく響いて、3歳から始めたという完璧なまでの技巧と自信に満ちた演奏が、幻想的な世界に誘ってくれる。

パガニーニのバイオリン協奏曲”ラ・カンパネラ”などは、ラテン系のリズム感を取り入れた名曲で、静かなクラシック音楽の中にアクションのある演奏スタイルを取り入れて見せてくれ、彼女の音楽の魅力を倍増させている。 

この時代、音だけでなく、表情や演奏のスタイルでその印象が大きく変わる現代を象徴するようなバイオリニストであると思う。

 

同様に政治の世界でも、以前はその演説ひとつで、国民を熱狂させる政治家が多くいた。

今回の総裁選、同じような意見と表情の自民党の政治家の皆さんを見て、”美人コンテスト”を思い出した。

つまり、その人の実力如何に関係なく、大多数の人が良いと思うひとが総裁になるのだろうと、、、。

 

きちんとした仕事をした人が報われるような社会の到来は、なかなか遠い道のりのようだと思う。

 

 

 

 

 

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●文武一道

2012-08-04 18:41:38 | Weblog

 右:嘉納治五郎、左:三船久蔵

 

忙しく過ごしているうちに、いつの間にか時間がたって、オリンピックも佳境となった。

食事時にテレビを見ていると、まず日本柔道の放映がある。日頃は柔道など気にかけたこともないのだが、今回のように日本選手の負け試合を見るのも久しぶりのことである。

ある程度勝ち上がってから負けるのは仕方ないにしても、初戦から負ける映像を見させられるとだんだんと感情移入し、テレビに夢中で仕事が遅れることこの上ない。

 

しかし知らなかったが日本柔道はいつからこんなに弱くなったのだろう。 専門家の意見も注意深く聞いてみる。

大体言ってることは、柔道の国際化が進み、外国選手との力の差がなくなってきたことと、色々なルールや審判の判定ミスなどに引っ張られなかなか勝てないのだという。

それにしても金メダルが女子の松本選手だけというのは情けない。特に男子の重量級は全く勝てず、涙を流す選手がいるにいたってはこれはどうなっているのかと思う。

 

文武一道とは、柔道の神様と言われた三船久蔵十段の言葉で、極めれば学問もスポーツも結局一つの道であることを教え、スポーツも肉体の修練だけでなく、精神的要素が必要なことを述べた言葉である。

空気投げで、自らの数倍の体を持つ相手を、簡単に投げ飛ばす三船十段のテープが残っている。お互いが組み合い移動するうちにスパッと一本が決まる美しい申し合い。 

今の組手を取り合う手競り合いばかりで、いたずらに時間ばかりが過ぎるJUDOとは全然違う。 そして負けて呆然としてインタビューに応じる選手の姿は、なにやら今の日本社会の姿を象徴するようでもある。

 

なにやかや言っても、結局は実力不足。日々の訓練が足りなかったということだろう。 

それとどの選手も、得意技がはっきりしないで、これなら勝てるというものが伝わってこない。やはり個性を感じないのである。

目先の勝ち負けにこだわってばかりで、得意技を磨くような時間と体制ができないのかもしれない。

 

無敗を誇った、ブラジルの格闘家ヒクソン・グレイシーのビデオをあらためて見てみたが、本当に勝ちパターンが決まっていて必ず勝つ。

それと先手で常に動いて小さなジャブを相手に与え、隙あらば一気に勝負にもって行き決めてしまう。 また彼は一種の戦う思想家でもあり、日本へ進出するときに、日本社会の分析まで行っている。

日本人の長所の真面目さについて、勝負において時にそれは短所でもあることを、、、、。

 

しかし、この難しい時代を生き抜くために、目先の出来事に踊らされず、得意技に磨きをかけなければならないのは、私自身の課題でもあることを、ここ数日のオリンピック報道で改めて教えられたような気持ちではある。

 

 

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●ソフトな道路の創造

2012-04-30 19:29:29 | Weblog

 

今日30日で、この連休の前半が終了する。時間が経つのがあっという間である。

今年になって少しづつ、家の部屋の移動や片付けをしていたのだが、この連休にやってしまおうと思い一気に整理したがいささか急いでやったおかげで、体のあちこちが痛い。

 

やっと今日落ち着いて、戸外に目をやると新緑の眩しい輝きが目に飛び込んでくる。

昨日から久しぶりの春らしい五月晴れで気持ちが良い。日本は梅雨のおかげで本当に気持ちの良い季節はこのゴールデンウイーク前後のひと月だけだと思うが、近年はどういうわけか雨や天候不順でそれも叶わなかった。

 

ふと新聞を見ると群馬県のバスツアーの事故が伝えられている。

7人の方が亡くなられ重軽傷は39人、痛ましい事故だ。

最近京都の暴走事故や、学童の群れに無免許運転で突っ込むなど、常識を外れた交通事故が頻繁に起きている。

バスツアーに関しては、その急増から近年様々な問題が発生しており国交省は1年前から検討会を続けてきてこの3月に報告書をまとめたばかりだったという。

 

私は、二十代後半の頃、建設省の外郭団体だった日本道路協会が募集した”これからの道路に期待するもの”という懸賞論文に応募したことがあった。

まだ黒川事務所の所員だったが、夜中の時間を利用して論文を書き提出した。

その時の審査員に黒川紀章氏も入っており、厳密に言うとルール違反だったがとにかく応募してみた。結果は佳作入選だった。

勤務時間中に、審査員だけが所有する応募論文集の合冊を、”俺が審査員なのに応募して困ったもんだ”という顔をしながらの黒川さんに渡されたことを覚えている。

 

久しぶりに思い出したがその時、道路交通の問題点を他の交通機関の海路や空路と比較検討し、道路交通のこれからの最大の問題点は”安全性の問題”にあることを指摘している。

一番身近で、日常使われる道路の問題が安全面にあることを事故のデータの中に発見したときはかなりショックだったが、当時はまだ高度成長期だったので、それほど注目された課題ではなかった。

 

私はこの安全面に対応する答えを”人間と対話するソフトな道路の創造”という言葉で当時提案した。

具体的には、道路機能に走る以外の機能を持ち込むことである。 

例えば当時スーパーカーブームで高速道路のインターチェンジは、それらの車の写真撮影をする人で一杯になった。それをイベントとして高速道路際に観覧スタンドを常設化して道路の一部として造形してしまう。

このような節を高速道路に数箇所作ることにより、走るだけの機能から生活機能、リゾート機能を持たせて、人の仲間にすることなど、、、、。

建設省からも当時議論をしたいという連絡もあったのだがそのままになってしまっていた。

 

難しいことをいえば、安全性の確保には、走る車の安全装置の工夫、道路側のハード面の工夫、ビジネス運行の場合の様々な規制や指導、運転者の心理的な側面や生理的側面への留意、その他様々な検討が必要だろう。

しかしそれ以前に、走って楽しい道路を作る工夫や乗って楽しいバスや車の生産や運行に行政が多少とも目を向けるようになって欲しいものだと今思っている。

 

 

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