木村 和美 Architect

建築家木村和美の日常活動とプロジェクトについてのブログ

輪廻転生

2007-06-11 23:45:29 | Weblog
昨日の日曜日、踊り子号に乗り三島に行ってきた。踊り子は熱海で下田方面と修善寺方面に分岐する。雨の中を三島駅頭に立って、25年前初めて富士市の仕事でこの地へ来たことを思い出した。其の時は駅前の土地にビジネスホテルの計画を行ったのだが、今はどうなっているのだろうか

三島に大場川という川があり、15年ほど前に河川周辺の産業振興や開発整備の手段として川辺をどのようにしていけばよいかという競技設計があった。私は三島は伊豆の入口であり、三島大社の存在もあって川を神秘的な、神聖なものと考え修景していくことで、シンボル化し、あわせて観光化することを提案した(テーマは水の妖精とした)が入選は難しかった。
昨日見た大場川は以前と余り変わりなく同じように流れていた。

輪廻転生とは、肉体は滅んでも、魂はなくならず次の世にも何らかの形で蘇ることを説いた仏教の教えの一つである。唯識仏教に言う深層心理としてのアーラヤ識が
遺伝子として継承されていくこともよく似た考え方であるといってよいだろう。
伊豆に行くとこのような考えがごく自然に見えてくるから不思議なものである。

一昨日の朝日新聞に、昭和32年の愛新覚羅慧生さんと八戸の大久保武道さんの天城山心中のことが掲載されていた。これは元満州国皇帝溥儀氏の姪御と八戸の資産家の子息との心中がおよそ800年前の青森県・椿山心中の輪廻版だと話題になった。
椿山心中とは、源義経が衣川で死なず、北上する際にある女性に産ませた鶴姫と八戸の豪族阿部七朗との悲恋伝説だが、かなわぬ恋故に二人は椿山で心中する。
満州国は清朝につながり、其の先は元朝につながる。ここで源義経のジンギスカン説が再浮上するという物語も語られたものだった。

我々の人生の中でも、思いもかけぬことが現実に起こり、やはり事実は小説より奇なりを実感することが多い。どこかに輪廻のDNAが作用しているのだろう。

私の建築人生の中でも箱根や富士、三島、伊豆半島方面の仕事が契機となって物事が好転した事が多かった。やはり神々の宿る土地なのだろうか。この出会いを大切にして育てて生きたいものだと思った一日であった。