おかあちゃん(高齢者のガン)私のオッパイ(石灰化)??? とワン子

2006年8月母は肺がんと診断される。完治目的の定位放射線治療を受ける。

おかあちゃん 愛してる

2012年02月01日 13時11分17秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、おっぱいの診察に行ったことで叔母さんが心配してくれた。

おっぱいに新しい石灰化が見つかった事、胸にある影。叔母さんは他の病院へ行ったらって言ってた。
今は、病院は大変な事を言った。私は前に、他の病院の意見を聞きたいと思って、
今のクリニックにセカンドオピニオンの事を頼んでみた。
先生曰く、「そんな事は無駄」と言われたので、勝手に他の病院に行った。
次の病院では、「今のクリニックを止めてこの病院に替えるつもりなのか。それともセカンドオピニオンなのか」と聞かれた。
「替えるならクリニックから今までの資料全部をこちらにうつす。セカンドオピニオンなら治療はしない。
どちらにせよクリニックから紹介状をもらうよう」って言われた。
私は結局、その後、他の病院へ行く事はなかった。
今回、クリニックで主治医以外の先生に見てもらっていろいろの違いが分かった。
けど、それだって何をどうするなんて事はない。医師と患者の温度差を感じるだけなんだ。
60日後、主治医に診てもらう。診てもらっても、なんって事はないだろうね。
5年目に入ったので、PETを撮るという。私はね。乳がんが分かった時0期だった。
血液検査には出ていなかった。だから、主治医が血液検査してるから大丈夫。って言うのはね。
血液に出てしまえば、転移だよ。そうなる前に処置したいんだけどね。
ごめんね。おかあちゃん、私がもし長生き出来なくておかあちゃんを守れなくなったらごめんね。
私はなるだけ元気で10年は守っていきたい。お寺さんがお参りに来てくれた時に、
坊主さんに「私がいなくなったら、どうか母の位牌とお仏壇をよろしくお願いします。」って頼んだんだ。
そしたら、「若いのにそんな事言ってたら、お母さんが嘆きますよ。頑張って生きる事を考えて下さい。」
そう言われた。私が落ち込んで言っていると思ったらしい。それも、おおいにある。おかあちゃんのいない
この世に何があるのかな。って泣いてばかりいた。今だって泣かない日はないよ。でもね。おかあちゃんを
守って私は生きるよ。元気に生きるよ。出来なくなる日まで。
そんな事ばかり考えたってどうしようもないもんね。私は私らしく生きるよ。サークルに入った。その中で施設訪問
と言うのがあった。私はそれがしたいなって思ったよ。誰かの為になる事が出来たら嬉しいね。

私ね。与えらてた人生を出来る事探して、なるべく人の役に立つ事をしたいね。
おかあちゃん、私は大丈夫だよ。しっかり生きるよ。頑張るよ。

おかあちゃん、ありがとう。大大大大大好き。愛しているよ。
コメント
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