新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

パリ・モンマルトル紀行⑪ モンマルトル墓地で出会った人たち上 エミール・ゾラ、ハイネ、ニジンスキー・・・

2017-02-07 | パリ・モンマルトル

 晴れた日、モンマルトル墓地に出かけた。墓地はムーラン・ルージュ西側の坂道を上った所にある。広さは11ha。とにかく広いので、門を入るとすぐにある墓全体の案内図で、目的の墓の位置を確認してから行動するのがベターだ。

 入り口近く、すぐにわかるのはエミ-ル・ゾラの墓。「居酒屋」「ナナ」などの自然主義文学の旗手だった作家。左手に小高くなった土地があり、そこに胸像が飾られた規模の大きな墓だ。

 ゾラは、この墓からほんの数百メートルの所に住んでいた。斜め向かいにアトリエを持っていたバジールら印象派の画家たちと交流があった。そんな中で、当初認められなかったマネの作品を擁護する批評を書いたことでも知られている。

 墓地はネコの天国らしく、あちこちで自由に歩き回るネコたちに出会った。

 ゾラの少し北側には作曲家ベルリオーズの墓。幻想交響曲で知られるロマン派の作曲家だ。

 隣にこんな姿の像も。花を携えて、今にも語り掛けそうな女性像。

 さらにハイネの墓も。

 ドイツの詩人、作家だが、30代にパリへ移住してここに埋葬されている。白いすっきりした墓だ。大理石の顔は、デンマークに彫刻家ルイス・ハッセルリーフ作。ハプスブルク家の王妃エリザベートが制作を依頼したのだという。

 慕う人が多いようで、この日も花束が置かれていた。

 北に進む道を歩いてゆくと、足を組んで考え事をしているような格好の像がある。天才といわれたバレエダンサー、振付師のヴァーツラフ・ニジンスキー。
 驚異的な腕力で空中に静止しているかのような跳躍や演技力で観客を魅了したが、若くして精神に異常をきたし、活躍したのは8年間だけだった。

 この姿は、ペトルーシュカの舞台衣装だそうだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする