蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

我愛欧羅巴影片(九)

2006年01月29日 10時07分54秒 | 昔の映画
近頃は、映画俳優の魅力がすっかり無くなってしまった。だから最近売り出し中の若手女優も男優も名前を憶えることはほとんどない。そもそも映画を観ようとしてもカタカナ表記の題名ではどのような作品なのか想像する気さえ失せてしまう。「プロミス」って聞いても消費者金融業者の悪徳商法を描いた映画くらいにしか思わない。さらにわたしは子供の頃からいわゆるハリウッドの映画スターにはまったく興味がなかった。あの煌びやかな美男美女がたまらなく好きだという人もたしかにいるが、わたしにはとても退屈で空々しくさえ感じられたものだ。
クリント・イーストウッドと聞いて知らない人はまずいないと思う。わたしがこの俳優をはじめて見たのはCBSのテレビ西部劇番組「ロー・ハイド」だった。当然ながらそのときはクリント・イーストウッドという名前を意識して番組を観ていたわけではない。彼の名前を知ったのはセルジオ・レオーネのB級活劇といってよい「夕日のガンマン」を観たときだ。それにしてもこの映画はやたらと埃っぽかった印象がある。西部劇といってもハリウッド物はというとどんなに砂塵が渦巻こうがそんなことはなかった。
悪党を追う賞金稼ぎのイーストウッドと、別の理由でやはり同じ悪党を追っているリー・ヴァン・クリーフ。拳銃の腕が頼りのイーストウッドとどこか知的な雰囲気のあるリー・ヴァン・クリーフの対照がよかった。そしてもうひとり、憎憎しくて不愉快きわまりない悪党を演じていたジャン・マリア・ボロンテ。この映画を観終わった後、記憶に残ったのはイーストウッドではなくてリー・ヴァン・クリーフとジャン・マリア・ボロンテ の二人だった。
村の粗末な飯屋でリー・ヴァン・クリーフが食事をとるシーンがある。もちろん豪華な料理など出てくるわけではない。まるで前菜みたいな簡単なとても料理とはいえないような代物を彼が食べるのだが、このシーンがよかった。主人公であるイーストウッドに感情移入している観客であるわたしは、最初のうち彼をイーストウッドの敵のように思っていたのだが、このシーンで見せるリー・ヴァン・クリーフの演技は彼の食べている料理をこの上なく美味そうに見せ、しかもその表情がなんとも物悲しくて、もしかしたら彼は単なる商売敵ではないのではないかと想像させた。わたしはこれですっかりリー・ヴァン・クリーフという俳優が好きになってしまった。
そしてこのリー・ヴァン・クリーフと双璧をなす俳優がジャン・マリア・ボロンテ。油ギトギトの髭面で、観客に一点の好感も喚起しない「理想的」ともいえる悪党を演じた彼が当時まだ三十二歳だったと後で知ってびっくりした。わたしにはどうじても四十代後半に見えたものだ。髭や油顔はもちろんメイクで、素顔の彼はかなり魅力的な風采だということを知ったのもづっと後になってからだ。それにしてもこの悪党の憎たらしさは今もって忘れられない。まあそれほどの芸達者だったともいえるわけで、もしかしたら彼はこの悪党を演じるのが楽しくてしょうがなかったのかも知れない。
監督であるセルジオ・レオーネは一九八九年に亡くなったが同じ年にリー・ヴァン・クリーフも六十四歳で亡くなっている。そして五年後の一九九四年、ジャン・マリア・ボロンテも六十一歳で鬼籍に入ってしまった。


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