忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

わかっていることがある。「出戻りは図太い」ということだ。

2012年11月02日 | 過去記事



最近、ついに最年長利用者(当施設比)のおばあちゃんが旅立った。ニコニコしながら私とエアキャッチボール。よく笑い、よく食べていたのだが、あるとき何度目かの体調急変、どうせまた戻ってくるよ、という期待も虚しく、まあ、あっさりとしたモノだった。

娘さんや孫に囲まれながら見送られた。合掌。お疲れさまでした、ということだが、年寄りというのは病院からは帰ってくるが、なかなか、死んでから戻ってはこない。というか、戻ってきたら夜勤が怖い。いや、戻ってくるというか、ふらりと立ち寄っているかもしれない。「老人施設・本当にあった怖い話」を書いたら売れるだろうか売れないかそうか。

しかし、ブラジルのバイア州アラゴイニャスというところでは「戻ってきた」らしい。いや、正確に言うと「死んでいなかった」だけなのだが、洗車の仕事をするギルベルト・アラウージョさんがそうだ。私と同じ年の41歳。この人が道を歩いていると、出会った友人が引っ繰り返って驚いた。おまえ、死んだじゃないか、と。

いま、自宅では通夜の真っ最中。友人はその帰りだった。だから「いま、棺の中のお前を見たところだ」と言うも、アラウージョさんは「だから言ってやったんだ。俺はちゃんと生きてるよ!つねってみろよ!とね」と笑う。とりあえず、自宅に帰ろうということで「自分の通夜」に颯爽と登場、参列者はパニックになった。そりゃそうだ。

棺の中にいたのは「そっくりさん」だった。でもドッキリカメラではなく、本当に似た人と間違えていただけ、とわかる。ちなみに遺体の身元は未だ不明。こちらのほうがブラジリアンホラーだったりする。

ところで、なんでも帰ってきたり、戻ってきたりすれば「強化」されることがある。ウルトラマンも「帰ってきたら」強くなっていた。年齢は3000歳も若返り、飛行速度はマッハ6(初代はマッハ5)に、走ると時速600キロ(初代は400キロ)に、ジャンプ力は800メートルになった(初代は400メートル)。ウルトラブレスレットもある。つまり、グレードアップしていたのである。

そして「帰ってきた自民党総裁」である安倍晋三氏の代表質問だ。朝日新聞やテレビ朝日は「厳しいヤジにさらされました」「ほろ苦いデビューでした」とするが、実際に国会中継を見ながら(録画)酒を飲んだ身からすれば、ンな阿呆な、となる。「ほろ苦い」のはいま、私が飲み干した「キリン・一番搾り」になる。安倍さんのは「さっぱりしたキレ味」だった。ウルトラマンと同じく、かなりグレードアップしていた。期待以上だ。

自民党のヤジには「汚いヤジ」とか「国会の品位が」と書いた朝日新聞は、相手が民主党になると「厳しい野次」と書いたわけだが、そんな幼稚なヤジ、中身の薄いヤジにも<選挙が近くて議席が危ないという恐怖はわかりますが、しばらく静かに聴いて頂きたい>と、安倍さんは半笑いでばっさりだった。チンピラの戯言を歯牙にもかけぬ図太さだ。映像はないが、たぶん、民主党議員は「ぐぬぬ」しかなかった。その通りに過ぎるからだ。

だから朝日新聞も「社是」にチカラが入らない。代表質問、翌日の社説<野田vs安倍―党首討論で議論深めよ>でも筆がヌルイ。冒頭から<国会の最も大切な仕事は、何といっても政策論争である>と子供でもわかることを書く。日本国憲法に定められる「国会の仕事」とは大きく3つあって「法律の制定」「予算の議決」「内閣総理大臣の指名」になる。支那共産党でもあるまいし、これらすべてに「論争」ではなく「議論」の必要があるのは言うまでもない。

それから<きのう始まった衆院の代表質問で、自民党の安倍総裁が野田首相と初の論戦に臨んだ。質問1回、答弁1回の代表質問ということもあり、双方の主張にはすれ違いが目立った。それでも、ここはもっと踏み込んだやり取りを聞いてみたいと感じた場面もあった>と面白くもなんともない文章が並ぶ。当たり前のことをつらつら、並べただけだ。

田原総一郎が村上春樹の「1Q84」を読んだ感想を「文藝春秋」に載せていたが、そこには「あの本は1冊1000ページもある。読むほうも大変だが、書く方も大変だったと思う」みたいなことがあって、私はもんどりうって椅子から転げ落ちた。だからなんだ?と言うほどの当たり前のことだが、要するに「知らない」「興味ない」「わからない」なら、このレベルの当たり前を書くしかない。つまり、書くことがない。

普通、書くことがなければ書かなくていい。社説の欄には「朝晩冷え込みが厳しくなりました。いかがお過ごしでしょうか」とか時節の挨拶でも書いておけばいいのだが、安倍叩きは「社是」であるからそういうわけにもいかない。デマと中傷と言われようが、なにがなんでも安倍叩きで紙面を埋めねば北京から叱られる。だから社説は<与野党を超えた課題である>としながらも安倍総裁にだけ<物足りない><明確にすべきだ>とか絡む。

朝日の中では与野党が既に入れ替わっている。<明確にすべき>は総理に向けて言うべきことだ。例えば「集団的自衛権」。野田総理は<行使容認は否定>とのことだが、ならば「集団的自衛権の行使は当然」として質問する野党代表に対し、集団的自衛権の行使を否定する根拠と対応策を<明確にすべき>であることは言うまでもない。

「エネルギー政策」もそう。国民からして<明確にすべき>は「2030年代に原発ゼロ方針」の今後、だ。「なくします」だけでは不安だと国民は言っている。不支持率は7割を超えて「辞めろ」と言われている。「近いうちに」ではなく、いますぐに解散してくださいと切望されている。それでも産経以外のメディアは「解散風」なんか吹かせていない。朝日新聞も「政局ではなく政策を」とか阿呆のひとつ覚え、自民党政権ができるくらいならば、与野党は協力して難局を乗り越えよ、とか思ってもいないことを書いている。

「安倍の墓はうちで作る」という朝日は5年前、形振り構わぬ誹謗中傷攻撃で安倍さんを墓に放り込んだつもりだった。でも、まさかこんなに早く甦って来るとは思ってもいなかった。尖閣問題も竹島も藪蛇だった。日本人は怒って石原新党までが出てきた。

民主党の「最後のカード」もとてもじゃないが笑えない。つまり、輿石と小沢に操られる細野政権で来年にダブル選挙。この白痴どもは未だ日本国民、有権者を阿呆だと思っている。それで傷口が広がらないとでも考えている。比較的に軽く負けられる、と信じている。元々鈍した連中だったが、これ以上に貧すれば鈍するつもりだ。もう「負ける」では済まない。「民主党」とは消滅するところまできている。巷の声をちゃんと聞くべきだ。

捲土重来。「漢楚の戦い」で敗れた項羽は26騎の部下と長江(揚子江)の北の町「烏江 」に辿り着く。その亭(宿屋)の主人が船を用意し、長江を渡って江東に帰れと進言する。今は逃げろ、それから出直して力を蓄え、もう一回やればいいということだ。しかし項羽はそれを潔しとせず<天の我を滅ぼすに、我何ぞ渡ることを為さん>とカッコよろしいことで敵中に斬り込み、力尽きて自らの首を刎ねて死ぬ。

これを残念なことだ、として晩唐の詩人、杜牧(とぼく)は<勝敗は兵家も期すべからず 羞を包み恥を忍ぶはこれ男児 江東の子弟才俊多し 捲土重来いまだ知るべからず>と詠んだ。意味はそのまま「勝敗の行方は兵法家でも予測はつかない。羞を包み、恥を忍んでこそ真の男子といえるだろう。(項羽の本拠地である)江東の若者には優れた人物が多い。巻土重来していたら、結果はどうなっていたかわからない」になる。

杜牧には申し訳ないが、項羽は虐殺が趣味だった。新安では秦兵20万を虐殺した。城を落とせば、そこの住人まで皆殺しにした。学問もダメ、剣術もダメ、でも自分は兵法の天才なのだ、としながら敵軍に追い込まれて「四面楚歌」。最後も兵法の誤りではなく<天の我を滅ぼすに>と「天の所為」にしてキレて死んだ。だから「帰って来られなかった」。

安倍さんは代表質問の中で「戦後の楔を断ちきる」と獅子吼した。項羽と違って反省もし、戦略を練り直して「やってやる」と戻ってきた。有権者の所為にもせず、民主党の所為にもせず、自分の責任だとして猛省した。その責任を果たすのだと帰ってきた。

そうして戻ってきた敵の初弾は「カツカレー」だった。いささか拍子抜けした感も否めないが、もう日本国民は油断しない。捲土重来。後方支援は全力で取り組みたい。




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