「展覧会の絵」

名曲中の名曲である。
と，いうより所謂通俗名曲として，マニアやディープなファンには莫迦にされそうな曲でもある。
かく言う私も，CDを数えたら４枚しかなかった(それだけ有れば十分か)。

曲の内容は至ってシンプルである。
ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキー(1839-81)が，友人である画家で建築家のヴィクトル・アレクサンドロヴィチ・ハルトマン(1834-73)の訃報に接し，ペテルブルグ美術アカデミーで開かれることになった彼の個展のためにかきおろしたピアノ独奏のための組曲が原曲である。
言うなれば，音楽によるハルトマン遺作展であり，典型的な標題音楽である。

でもって，この「展覧会の絵」が名曲中の名曲となったのは，ボストン交響楽団の音楽監督を務めたロシア出身の名指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーの依頼で為された近代フランスの大作曲家モーリス・ラヴェル(1875-1937)による光彩陸離たるオーケストレーションに依るところが大である。
私以上に天の邪鬼な友人が，
「原曲のピアノの演奏の方が素朴で良い」
と言っていたが，オケ版には原曲のイメージをさらに増幅させたような趣があり，やはり天才ラヴェルの卓越したオーケストレーションの賜物と思う。

トランペット独奏による冒頭の有名な旋律「プロムナード(散歩道－美術館の回廊)」をはさんで，10曲(というか10枚)の絵が，色彩感鮮やかに描かれる。
曲順は以下の通り。

プロムナード
　１．グノーム(こびとの妖精)
プロムナード
　２．古城
プロムナード
　３．チュイルリー庭園(パリのセーヌ川畔の美しい公園で遊ぶ子ども)
　４．ヴィドロ(ポーランドの抵抗者を処刑場に引く牛車)
プロムナード
　５．殻を付けた雛の踊り
　６．サミュエル・ゴールデンベルグとシュミイレ(金持ちと貧乏なユダヤ人の対称)
  ７．リモージュの市(フランスの陶器市場に集う女たちのおしゃべり)
　８．カタコンベ(ローマで迫害されたキリスト教徒が集う墓所での祈り)
プロムナード～死者の言葉による死者との対話(ハルトマンへの追想であろう)
　９．バーバ・ヤーガの小屋(伝説のロシアの魔法使いが不気味に飛び回る)
１０．キエフの大門(ウクライナの古都キエフに建築予定だったロシア正教会の門)　

以上であるが，これを見て感じるのは帝政末期のロシアの絶望的な世相，国を持たぬユダヤ人，スラブ民族の迫害と抗争の歴史，西欧(特にフランス)への憧れと窓口であったペテルブルグ－フランス語が公用語であった，といったことである。
曲の(絵の)内容からいってもフランスの作曲家に編曲されたことが必然であったと思われるし，ラヴェルと信仰のあったピエール・モントゥー(1875-1964)，シャルル・ミュンシュ(1891-1968)，ジャン・マルティノン(1910-76)といった歴代のフランスの名指揮者たちがロシア音楽を得意としていたことも納得できる(彼等の指揮した「展覧会の絵」の録音は残っていないようだが・・・)。
また，ロシア革命以降，パリはロシアからの亡命者で溢れていたし，世紀末に数回開催されたパリ万博で，ロシアの作曲家ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)が華やかで美しい「スペイン奇想曲」を披露して以来，フランス人はロシア音楽に対して理解があったと思われる。

・・・という訳で，極めて唐突にこんな音楽根多を書いたのは，実は明日の演奏会のメイン・プロは，この「展覧会の絵」だったりするからである。
さすが天才ラヴェルの手になる編曲だけあって，無駄な音符は一音たりとも無いと言って良いだろう。
私の楽譜は，譜面面はさほど難しくはないものの，テンポやリズムの取り方一つで曲を台無しにする可能性がある。
モーツァルトの楽曲が極めてシンプルな書法で書かれているのと同様，シンプルな楽譜では演奏者の技術は勿論のこと，音楽的なセンスが問われると思う。

・・・と，こんな駄文書いている場合ではなくて，譜読みしなくては・・・。
(EL＆P編曲のロック版のCDが欲しい・・・)