koshiのお部屋2

万年三歳児koshiの駄文のコーナーです。

女子SPに寄す・・・

2014年02月19日 21時38分30秒 | スポーツ

いよいよ女子SPが始まります。
深夜なので,録画となりますが,メデイア断ちしても,結果は目に入ってしまうことでしょう・・・。
リプニツカヤ(露)が好調ですが,ここはキム・ヨナかな・・・と,思ったり,否,ステッピングアウトしても,やたら点数高いコストナー(伊)も・・・とか,非国民なことを言っていますが,8年前のトリノでは,荒川の金メダルを予想できなかったので,もしかすると・・・を期待したりして・・・(謎)


フィギュアスケートを見るようになって随分なりますが,個人的には人気選手ではなく,その次に控えるような選手を応援してきました。
女子で言えば,荒川静香や安藤美姫ではなく,太田由希奈とか中野友加里といった選手が,それに当たります。
前者のイナバウアーは絶品でしたし,後者のドーナツスピンは,軸の安定感とスピードが,世界一と思いました。
実は,この2人には妙な因縁を感じさせるエピソードがあり,05年のNHK杯は,故障欠場した太田選手の代役だった中野選手が,コストナーを退けて優勝,そしてGPファイナル(しかも3位)へ・・・というものでした。
残念なことに,その後のGPシリーズで太田選手を見ることは出来なかったのですが,一気にトップスケーターへ駆け上った,中野選手のシンデレラストーリーが,ここから始まりました。
中野選手のピークは,何と言っても08年の世界選手権でしょう。
深紅の衣装が,スカンディナビウムに映え,冒頭の3Aを見事に決め(回転不足を取られたのが残念でしたが),その後は,「スペイン綺想曲」に載せた会心の演技で,エーテボリの観衆を酔わせました。
この時点で,完全に同門にして同窓の先輩である村主章枝を凌いだ,と言っても差し支えないと思いました。
しかし,因果は巡る・・・と言うべきでしょうか。
バンクーバー五輪の出場権を賭けた,09年の全日本選手権。
SP2位でFSとの合計で197点という高得点をマークした中野選手を僅差で破り,版クーバー五輪の最後の切符を掴んだのが,鈴木明子選手でした・・・。
前年のNHK杯でも,スポット参戦だった鈴木選手が2位,中野選手が3位で何とかGPF出場と,なにやら因縁めいた対決の様相を呈していたのですが,太田選手の代役だった中野選手が,それまで日本女子フィギュア界をリードしてきた先輩の村主選手に取って代わり,やがては1つ年長の鈴木選手に・・・という交代劇が無情にも行われたことが,私としては,穏やかでは居られませんでした・・・。


でもって,太田・中野両選手が引退してからは,鈴木選手を応援してきました。
勿論,真央ちゃんや村上選手も応援しますが,ここ4年ばかりは,鈴木選手がご贔屓です。
我が街で学生時代を過ごしたというのも理由の1つですし(摂食障害に苦しんで,良い思い出は無いかもしれませんが・・・),何よりもマスコミうけしない・・・というか,マスコミが話題にしない・・・というのが,私の心の琴線に触れていたりします・・・。
13回の全日本選手権出場で,最後の最後で高得点で優勝という最高のシチュエーションだったので,ぜひ今夜と明晩は頑張って欲しいものです。
正直言って,FSでは3-3のコンビネーションは無いし(SPも回避?),難度の高いジャンプは,最後の3Sぐらいだし,きっとミスしたら大減点される恐れが有るので,厳しいでしょうが,全日本の時のように,きっちりと仕上げれば,素晴らしい演技となることでしょう・・・(海外試合での無傷の演技は見たことないですが・・・)。
技よりも,表現力とエッジワークの深い,抉りの効いたストレートステップが魅力ですので,前回のバンクーバー五輪以上に印象的な演技を期待したいです・・・。


・・・という訳で,あと2時間ちょいで開幕です。
期待の選手は,日本勢3名以外だと,トリノで見せた原石の輝きから8年のエレーネ・ゲデヴァニシビリ(グルジャ)と,アメリカ勢2人(アシュリー・ワグナーとグレイシー・ゴールド)でしょうか。
あと,中国の李子君(ジジュン・リ)も,見栄え抜群で期待です・・・。
いずれにしても,頑張れ日本女子!!


買ってしまった・・・

2013年08月07日 23時08分53秒 | スポーツ

七夕の中日である今日,安かったので衝動買いしてしまった。
8/28(水)のセレッソ戦のチケットは求めていたが(ローチケは,手数料105円取られる),これで観戦準備OKである。
丁度莫迦でかい私用のサイズだし,ついでにキャップも買おうと思ったが,生憎古着のコーナーには無かったので,今回は見送った。
ま,キックオフは19:00で,日は陰るだろうから,余り必要ではないかもしれんが・・・。


・・・ということで,俄ベガサポとなってしまった。
勿論,鮫ちゃん目当てのベガルタレディースでも着られるし(寒い時期は重ね着だ),今年は,もう1つの「聖地」であるユアテックスタジアム仙台のサポーター自由席にも通い詰めたいものだ・・・。


ベガルタの語源は,ベガ+アルタイル-つまり牽牛と職女-七夕である。
その日にこれを求めたのも何かの縁・・・と思って,通いたいものだ。
何せ,家の前からバス1本で行けるし・・・。


国民栄誉賞とは・・・

2013年04月01日 21時19分11秒 | スポーツ

長嶋茂雄氏と松井秀喜氏が,揃って国民栄誉賞を受賞した。
全くをもって慶賀に堪えない。
ま,私が数10年来の兎ファンだからそう思うのだろうけど・・・。


正直言って,ミスターとゴジラ松井が一緒・・・と,最初は思った。
年が違いすぎるし,当然活躍した年代にも大いに隔たりがある。
しかし,その功績と存在感を考えると,これで良かったのではないか・・・と首肯した。


ミスターの全盛期は,まさに我が国が右肩上がりの経済の時代である高度成長期に被る。
即ち60年代~70年代初頭の第二次オイルショックの時までだ。
当然のことながら,V9時代と被る。
私が初めて買って貰った野球帽は,当然YGマークだったし(74年に中日がV10を阻止するまで,YG以外の野球帽を売っているの見た記憶が無く,色とりどりのYG帽が売られていた),YGマークの中心には,角度によってONが入れ替わるシールが貼られていた。多分,リアルでミスターの現役を知っているのは,私の世代が最後ぐらいになると思われるが,とにかく現役時代からミスターには華があったし,そのエピソードには枚挙に遑がない。

・2塁ベース踏み忘れの「幻のホームラン」が少なくても数本あった。
・2~3塁間に挟まれると,一目散に一塁ベースに向かった(三角ベースか?)
・球場に一茂を連れて行き,そのまま忘れて帰る。帰宅して奥様に「一茂は?」と言われて気付く。その頃,神宮球場で迷子となった一茂は「長嶋茂雄の息子です」と言っても,誰にも信じて貰えなかったという・・・。
・素振りの際,どう振れば格好良くヘルメットが飛ぶか,鏡の前で本気で考えていたらしい。
・投手である堀内の右に打球が転がると「ホリ,取るな!!」と甲高い声が聞こえ,堀内がひびった・・・。「ピッチャーゴロは取らないで俺に任せろ!サードとして一番の見せ場なんだから!」とも言ったとか・・・。
・監督時代,ベンチに一斗缶が置かれており,頭に来るとそれをげしげし蹴っていた・・・。
・遠征に行く際,上野駅まで愛車(ベンツだったと思う)で行き,エンジンをかけたまま駅前に停車して,そのまま忘れて列車に乗り込んだ。戻ってきたとき,車は有ったらしい・・・。
・独特の甲高い声で「所謂一つの・・・」というのは有名だが,「ややもすると・・・」も多用した。
・「プロフェッショナルの上の,プロフェッサーになってください」
・自宅を訪れる人に靴をあげていて,自分の履く靴が無くなった。
・監督時代に,バントの構えでベンチを出て,「代打淡口!!」
・最近,杉内と辻内を間違った・・・。
・「うーん,この試合は,1点でも多く取った方が勝ちでしょう。」
・「昨夜は遅かった。ホテル帰って,シャワー食べて,うどん浴びたら,もう12時でしたから。」
・「今日はSMAPのキムラタロウ君に会ってきたよ」
・「こっちの子は英語がうまいなあ」(米国キャンプで)
・「男だけについている袋を揺らさないようにして振れ!」(絶句・・・)
・「How old おいくつ?」
・「二岡,ここは打たなくていいぞ!」(バッターボックスには上原。二岡は隣に座っていた。)
・「昨日も午前2時に寝て,午後5時には起きましたからね。5時間も寝れば十分です」
                                                                          (以上,「長嶋茂雄伝説」,「長嶋茂雄名言集」他より)


・・・といった感じである。
勿論,こうした変なエピソードだけではなく,打点王を5回獲ったというのはチャンスに強かった証拠であり,日本シリーズMVP4回(優秀選手賞も2回)というのも,大試合に強いということだろう・・・。


では,対する松井はどうか。
07年だつたと思うが,大リーグが東京で開幕した際に,東京ドームで特大のホームランをかっ飛ばしたことがあった。
この時程,彼のような選手を同胞として誇りに思ったことはないし,今回の受賞に際しても,
「正直,現時点で自分が頂いてもいいのか,という迷いもありますが,今後、数十年の時間をかけて,この賞を頂いても失礼ではなかったと証明できるよう,これからも努力していきたいと思います」
と結んだその言葉に,やはり彼は受賞に相応しい存在であったと思う。
松井が入団した93年は,Jリーグ発足の年で,ドーハの悲劇の後,急激にサッカーバブルがスポーツ界を席巻した。
その時期に,松井はプロ野球の最終兵器だったのかもしれない。
王の後にホームラン王を獲ったのは松井であり,低迷する野球人気を支えた功績は甚大である。
私がかつてONの活躍に胸躍らせたように,90~00年代の子ども達は,松井やイチローの活躍にわくわくしたことだろう・・・。
ま,どの時期に誰に・・・という明確な基準の有るものではないので,今後も選考の際には揉めるのだろうけど・・・。
日記@BlogRanking


巨星墜つ・・・

2013年01月20日 21時56分52秒 | スポーツ

日曜夜ですので,本来は大河ドラマ「八重の桜」の感想を書くところなのですが,元横綱大鵬幸喜氏の訃報に接し,これは書かずばなるまい・・・と思っているところです。
但し,御存知のように私は住もうに関しては(も)全くの素人ですので,勝手な思いをのべることに終始すると思われます。
ま,独りよがりの駄文は私の私たる所以ですので,しょうもないと看過していただければありがたいです。


私が生まれた頃には,既に大鵬は横綱になっていました。
同時期の横綱としては,柏鵬時代と並び称される柏戸が居たのは勿論,北の富士,琴櫻,玉の海(大関までは玉乃島。現役横綱のまま急逝した)といった関取たちが居ました。
輪島の入幕は,大鵬の晩年と記憶していますので,70年前後だったのでしょう・・・。
本日付の朝日には,例の「巨人・大鵬・卵焼き」と称されたことを大鵬が嫌がっていて,長嶋や王はチームとして活躍したが,自分は文字通り孤軍奮闘だったとか,金で選手を集めたチームが勝つのは宜しくないと言ったとか,まことしやかに書かれていました。
ま,書いたのは,必要以上に巨人叩きの記事を書く西村欣也でしょうから,当然でしょうが・・・。


それにしても,60年代~70年代にかけての大鵬は,V9時代の巨人同様とてつもなく強かったです。
黙っていても優勝していた点でも共通しています。
今なら個人的には同郷の柏戸を応援したと思いますが,当時は圧倒的に大鵬が好きでした。
勝ちっぷりは圧倒的に柏戸が良いのですが,大鵬の取り組みには柔軟性があったような気がします。
言うなれば剛の柏戸に対して,柔の大鵬と言っても良いのかも知れません。
このあたりは,後の若貴兄弟を思わせます・・・。
通算の対戦成績は,柏戸16勝大鵬21勝。
横綱昇進までは柏戸が勝ち越していましたが,最後は5連敗だったようです。
但し,千秋楽での対戦は柏戸4勝大鵬3勝だったようで,実力伯仲だったということでしょう・・・。


また1つ昭和を象徴する何かを失った・・・という気がしてなりません。
白鵬時代と巨人のV9時代は,完全に我が国の経済高度成長時代と被りますし,この時代に少年時代前半を過ごすことができた私は,幸運だったとも言えるのかも知れません。
大鵬の最後の記憶は,引退となった昭和46(1971)年の5月場所5日目,新進気鋭だった先代貴乃花との取組で,小柄な貴乃花を鞠のように転がしたものの,一瞬早く自分の足が土俵を割り,尻餅をつくという一番です。
1つの時代の終焉を幼心にも感じた当時の私でしたが,今またそれ以上の喪失感を味わうと共に,昭和が遠ざかっていくことを痛感せざるを得ません。
合掌・・・。
日記@BlogRanking


今季最後の観戦か・・・

2012年11月04日 19時50分23秒 | スポーツ

9月以来2ヶ月ぶりにベガルタレディースの試合を見に,もう1つの「聖地」とも言うべきユアテックスタジアム仙台へ。
前回の観戦は,莫迦暑い残暑の中だったが,今回は秋酣といった時期の観戦となった。
万全の防寒対策で試合開始時間以上前にin。
入場料は当然ロハ。
既にリーグ優勝及び一部リーグ昇格を決めており,消化試合とはいえ全勝がかかった一戦となった。                                              ,
ユアスタ前に並んだ人の列を見て驚いたが,入場してみると約18,000人入るスタンドの半分も埋まっていない。
やはり野球とは違うようだ・・・。
正面ゲートへ並ぶ人波・・・
延々と続く・・・
紅葉の公園を背景に・・・


早速ビールと,前回美味だった豚テキを調達。
何せ気候が気候なので,私の前に並んだ3人は焼酎のお湯割りを求めていた。
ビールは1杯600円とKスタより少し安く,タンブラー持ち込みだと100円引きになる。荷物チェックもKスタほど煩くなく,500mlまでのペットボトルは良いようだ。
ゴール後方に分熱いサポーターが陣取って歌ったり跳んだりしていたので,その真後ろを陣取る。
もう少し応援パターンを覚えたら,絶対サポーター自由席が楽しいだろう。
基本的にやっていることは「聖地」と同じだし・・・。
麦100の一番搾り美味し・・・
前回気に入った豚テキ
おねいさん方とチャルメラおじさんが試合前に営業してました。


試合は相手の日体大女子が球際に強いところを見せ,再三再四こちらのゴールを脅かすという予想外の展開で,前半はよもやのスコアレスに終わる。
2杯目のビールと唐揚げを仕入れた後半,ようやく#18中原が押し込んで1-0の辛勝。
前回の長野戦のような横綱相撲を期待したいたのだが,実に甘かった・・・。
若いせいか最後までスピードが落ちず,散々苦しめられた。
もし先制されていたら,完全に浮き足立ってしまって勝てなかっただろう・・・。
ここが第2の「聖地」

それにしても改めて見ても,鮫島嬢の存在感は際立っていた。
とにかく発するオーラが違う。
走っている後ろ姿だけでも違う・・・。
個人的には前回から良い動きをしていた#10の伊藤(FW)と#13の高橋(MF)が一押しである。
来年からは昇格ということでチケットは有料となるだろうが,行く価値は大いに有りと判断する。
鷲戦の合間を縫って,こちらの「聖地」にも行って,騒いできたいものだ・・・。



日記@BlogRanking



Tokyo,1964

2012年10月12日 21時44分12秒 | スポーツ
週末疲れで著しく執筆意欲が減退しているので,かつて某サイトに掲載した駄文を再掲載して,お茶を濁します・・・。
一昨日エントリするのをうっかり忘れていたので・・・。
 

1964(昭和39)年10月10日。
終戦より19年目,当初1940年に予定されていた東京オリンピックが開幕。
二週間にわたる熱戦の幕を開けた。

この大会に関してのエピソードは枚挙に遑がない。
例えば,私が若い頃「新人類」なる言葉が流行したが,新人類であるか旧人類であるかの基準の一つはこの東京五輪を知っているか否か,と言われていた。
また,1940年に開催することが1936年のIOCの会議で決定したものの,WWIIの為中止。ついでに代替開催地のヘルシンキでも中止となり,その4年後のロンドン五輪も中止。
戦後1948年ロンドン,52年ヘルシンキ,56年メルボルン,60年ローマを経て,ようやくの開催となった。

この五輪の為に突貫工事で作業が進められたのが東海道新幹線である。
若い方々は,生まれた時既に新幹線は博多及び盛岡まで開通していたのだろうが,当初は東京-新大阪間だった(岡山まで延伸が72年,博多が75年,東北・上越の大宮以北開通が82年)。
さらには,浜松町の世界貿易センターと羽田の東京国際空港を結ぶ東京モノレールや(当時は青い車両だった),名神高速道路もこれを契機に,急ピッチで整備された(東名は69年)。

そして,メインスタジアムである国立競技場もこの時建造されたのである。
参加国で特徴的なのは,WWIIの後米ソのご都合主義により二つに分断された東西ドイツが,同一国として選手団を送り込んだことだった。
2000年のシドニー五輪で南北朝鮮が合同選手団を送り込んだ時,私はこのことを思い出した。
尤も,共産主義の瓦解により東西ドイツが統一するには,そこから26年もの年月を要することになるのだが・・・。

種目としては,柔道が初めて正式に採用されたことが特筆されよう。
中量級で岡野功,重量級で猪熊功(浦沢直樹作「YAWARA」で,主人公の柔ちゃんに柔道を教える祖父の猪熊治五郎の名は,この猪熊選手と近代柔道の父加納治五郎からとったものと思われる)が金メダルを獲得。
無差別級の神永昭夫は,惜しくもアントン・ヘーシンク(蘭)に敗れた。
後は,「東洋の魔女」と称された女子バレー(男子は銅メダル),ウェイトリフティング・フェザー級の三宅義信(宮城県出身)等の活躍で16個の金メダルを獲得。
これは,昨年のアテネ五輪まで更新されなかった(次のメキシコで11個,ミュンヘンで13個)。

海外勢で印象的だったのは,何と言ってもマラソンのアベベ・ビキラ(エチオピア 1932-1973)と体操の「女王」ベラ・チャスラフスカ(チェコ 1942-)だろう。

アベベは,先のローマ五輪の際に履いていた靴が壊れ,ローマの遺跡を裸足で走って優勝したことから「裸足の帝王」などと呼ばれ,この東京五輪でも見事金メダルを獲得。
次のメキシコ五輪では36歳ということで出場せず(替わって代表となったマモ・ウォルディが優勝し,エチオピアは五輪三連覇を達成する),翌年交通事故を起こし半身不随となり,不幸な晩年を過ごして41歳で死去。

チャスラフスカは「東京の恋人」とも言われたが,赤軍が突如プラハを占拠した「プラハの春」と重なった4年後のメキシコ五輪では共産主義及び赤軍へ敢然と抗議。
黒いレオタードで演技し,五輪二連覇を達成する。
民主化後は家族の不幸等精神を病んで療養所に,という話を聞いて久しいが,どうなったのだろう・・・。

マラソンで見事銅メダルに輝いた円谷幸吉については多くを語るまい。
しばらく前にTVで特集を組んでいたのを見たが,次のメキシコ五輪を前に自ら命を絶つことになったことは,気の毒を通り越している。
遺書にあった「もう走れない」のひと言があまりにも痛切だ・・・。

聖火リレーの最終ランナーは,1945(昭和20)年8月6日広島市に生まれた坂井義則(現フジTV社員らしい)。
被爆の日に生を受けた若者が平和の祭典でもあるオリンピックの聖火をともす,ということで,恒久平和への願いと敗戦による荒廃からわが国の見事な復興を象徴することとなった。

公認テーマソングである「東京五輪音頭」は,三波春男が歌ったが,オリジナルは三橋三智也が歌ったらしい。
勿論作曲は古賀政男である。
そして,開会式・閉会式で選手団入場に際して演奏された「東京オリンピック行進曲」。

以前述べたことがある隣県出身の作曲家古関裕而の最高傑作である(個人的には,これと「六甲颪」と「長崎の鐘」が三大傑作と思っている)。

・・・と,まだまだこの手の根多なら出そうだが,ただでさえ長ったらしくて,
「読むのが厭になる」と評判が悪いので自粛するが,体育の日だった10月10日は,この東京五輪にちなんで制定されたのであった。
尤も,平成12年から10月の第二月曜,と変更になったが,7年前の2005年はずばり10日となった。

そして,私自身東京五輪のライブの印象は殆ど無いものの,翌年公開されたこの記録映画によって当時に立ち帰ることが出来るというものだ。

私は父に連れられて封切りを見たが,何とこれが私の映画館デビューだったりする。
制作を依頼したサイド(JOC?)は記録フィルムを,監督の市川崑は芸術的な「絵」を撮りたかったらしい。
そんな矛盾の交錯するドラマティックなフィルムは,確かにあの時代へ回帰させてくれると思う。
今から48年前の燃えた東京へ・・・。

秋立つ日,スポーツ2題・・・

2012年10月07日 21時27分58秒 | スポーツ

◎其之壱

楽天-ソフトバンク第24回戦(10/6クリネックススタジアム宮城)。
今季最後の聖地巡礼。
前日夜に,週末疲れでへろへろのところを貼り紙して,当日は下の子の友だち家族と聖地で観戦。
鷲先発の辛島は,低めの変化球のコントロールが抜群で,3回に味方の不運も有って1点を失ったものの8回を被安打3,自責点0(多分)。
打撃陣は相変わらずのお寒い内容で,2回裏に牧田の2ランで挙げたのが唯一の得点となった・・・。
終盤は再三のピンチを見事に凌ぐ。
本拠地最終戦初の観戦勝利。
これで今季の観戦成績は,16試合行って10勝5敗1分となって,大きく勝ち越すことに・・・。
感動的だったのは,試合終了直後に鷹の選手たちが,こちらを向いて一礼したことだった・・・。
そして,今季引退を表明した小久保に対して応援団のリード無しで自発的且つ盛大に小久保コールが起きた・・・。
勝ったから・・・と言われれば確かにそうかもしれないが,お互いを讃える嬉しい瞬間だった・・。
「西武に負けんな~」
と叫んだら,後方から
「西武には負けろ~」
と言った奴が居た。
どうでも良いけど,空気を読めない奴だ・・・。
今季最後なので,奮発して鷲の巣で食事をしてきた。
勿論,気勢をあげる為のスーパードライも欠かさない・・・。
来季は,何としても良い思いさせてくれ・・・。


◎其之弐

F1GP第15戦日本GP(10/7鈴鹿インターナショナルサーキット)。
昨年は,2コーナーからS字にかけてのスタンドで観戦したことをしみじみと思い出す。
同様に秋晴れの中をTVで,ドライバーズパレードから決勝終了きでリアル観戦(予選は録画して前の晩に見た)。
予選4位,決勝グリッド3位の小林可夢偉(BMWザウバー)に対していやが上にも期待は高まる。
否,予選2位のスパではスタートに失敗した上,後方からすっとんできたロマン・グロージャン(仏:ロータスルノー)にヒットされて大幅に順位を下げたし,チームメイトのペレスばかりがレース戦略が決まり表彰台も既に3回・・・ということもあって過度の期待は禁物・・・と思い直す。
しかも,辛辣な英国メディアに対して可夢偉が,
「日本GPを走るのはこれが最後かも」
と言ったとされるニュースも流れ,はっきり言って今回もまた駄目じゃないか・・・という予感があった・・・。
しかし,決勝では絶妙なスタートダッシュを決め,1コーナーまでに予選2位のマーク・ウェバー(豪:レッドブルルノー)を見事に躱し2位へ。
ぴったりと後方に付いたジェンソン・バトン(英:マクラーレンメルセデス)に対してはタイヤ交換で抜かれることなく凌いだが,ピットアウト後にトロ・ロッソに引っかかり,フェリペ・マッサ(伯:赤馬)にアンダーカットを許し順位を1つ落とす(勿論,可夢偉の責任ではないだろう)。
終盤は再三再四バトンの猛追に遭い,10週にわたってそれを凌ぎきり,遂に3位でチェッカー。
2004年アメリカGPのシオマクタもとい佐藤琢磨以来8年ぶり,日本GPでは1990年のスマタフグリもとい鈴木亜久里以来何と22年ぶりのポディウムゲットとなった。
来季マクラーレン入りが決定している同僚のペレスは今回はついていなかったようで,一昨年の可夢偉よろしくヘアピンで大外からライコネンに仕掛けてスピン。
グラベルに填って万事休す(あそこのラインは可夢偉だけしか無理ということだろう)。
新調された表彰台では,これまた自然に可夢偉コールが起き,サーキットを埋め尽くす。
折からの日差しに伊勢湾が光って見え,知多半島もくっきりと見えた・・・。
昨年だったら良かったのに,とか,今年と一昨年は可夢偉が大活躍だつたのに,何で俺が行った時だけ・・・とか思ったりもしたが,ま,観戦とはそういうもの・・・と思って,素直に可夢偉の壮挙を讃えた。
これで何処のチームも乗せないとなったら,それこそ大変だろうに・・・。
ペレスというペイイングドライバーを失ったザウバーとしては,大幅な持参金が見込まれるシャルル・ピックを獲ってマッサと組ませて可夢偉は放出・・・という噂もあるようだが,今日はともかく今季の成績でワークスエンジンのマッサと,本家赤馬を脅かさないようにリミッターがかかるという(モンツァでは赤馬2台がペレスにしてやられたが)カスタマーエンジンの可夢偉のどちらが上かは明白だろうに・・・。
グロージャンとかセナ甥とかマルドナードなんかよりは,絶対に可夢偉の方が良いと思うのだが・・・。


・・・ということで,大いに感動と勇気を貰った。
あとはフィギュアスケートのジャパンオープンだが,TV放送は無いんだろうな・・・。
今やフィギュアスケートは,TV曲にとってドル箱と言われているらしいが,浅田真央が往年のキレを失い(3A跳ぶのは苦しいだろう),安藤美姫が出ないから放送無しか・・・。
日記@BlogRanking


蹴球雑感・・・

2012年09月11日 21時35分29秒 | スポーツ

イラク戦観戦中。
イラク戦というと,ついつい93年10月のドーハを思い出してしまう。
空前のサッカーバブルの時代のことである。
Jリーグ発足のこの年,猫も杓子もサッカー・・・といった感があり,それはドーハの悲劇によって終止符が・・・と思いきや,かえって盛り上がることになったのだから分からないものだ・・・。
そう言えば,あの時イラクのサポーターが,サダム・フセインの肖像が描かれた巨大な横断幕を持っていたことを思い出した。


全く関係ない話だが,サッカーの世界的広がりには当時の政治が密接に関係していると思う。
野球が北米を除くと中南米カリブ海諸国と極東(あとは蘭白伊といった一部の欧州)に限られているのに対して,サッカーは発祥の地たる欧州のみならず,新大陸や中東を初めとするアジア諸国,新大陸やアフリカ,豪州でも行われている。
勿論,これはサッカーが野球よりも面白く,各国の人々の心を捉えたから・・・などという単純な理由ではあるまい。
欧州発祥のサッカーが,海を遠く隔てたラテンアメリカ諸国やアジア・アフリカでも盛んなのは,何のことはない当時の帝国主義の所産だと思う。
大航海時代と言えば聞こえはよいが,何のことはない簒奪と侵略の時代である。
近世になって,欧州から南蛮人によって中南米に,英国を初めとする白人によってアフリカや中東にもたらされた・・・ということだろう・・・。
そうした意味において,近年極東諸国でF1やWCが行われるようにようになった事情と似ている。
つまり利権絡み・・・ということである。
勿論,東西文化交流などという綺麗事が最大の要因ではあるまい・・・。


・・・ということで,終盤。
細貝は分かるが,ハーフナーマイク投入か・・・。
・・・と思っているうちにホイッスル・・・。
前田のゴールは殊勲だし,序盤の川島のセーブも素晴らしかったが,もう2点は取らないと・・・。
関係ないけど,松木さんの声が川井ちゃんに聞こえてしまった・・・。
次は11月のオマーン,3月のヨルダンとアウェイか・・・。
そんで6月に豪とイラク。
豪戦以外アウェイとは,苦しい戦いが続きそうだ・・・。
それにしても,ドーハもジョホールバルもだんだん過去のことに・・・。
日記@BlogRanking


秋立つ日,スポーツ三題

2011年09月05日 22時29分28秒 | スポーツ

その一。
4日前,9/10の熊戦のチケットを買おうとして残席情報を見たら,何と△印。
8/27の鷹戦は,まさおvs杉内というエース対決で,当日券も完売という売れ行きだったのだが,前日深夜でも買うことができた。
土曜日はまさおの登板を当て込んで・・・にしては随分売れ行き良いな・・・と思って熊の先発を予想したら,何とハンケチだった。
恐るべきはんけつ,もといハンケチ効果である。
私が買った翌日には,コンビニでの販売分が聖地を含めて完売,昨日はオンラインでの販売も完売だった・・・。
当日は今季最大の大入りとなろう・・・。
前夜に貼り紙だ・・・。


その二。
その鷲だが,明日から本拠に牛を迎え撃つ。
明日は,岩隈vs玉三郎。
私は,仕事が佳境なので観戦は自粛。
ここのところ好調な鷲だが,それは牛も同様でゲーム差なしの3位争いとなる。
対戦成績は鷲に分があるが,玉三郎にはここ何年か全く勝てていない。
この間も勝ち試合をラズナー出すなーにフイにされたばかりである。
2勝1敗で勝ち越すことができれば良いのだが,明日岩隈で玉三郎にやられると極めてやばいことになる・・・。


その三。
韓国に辛勝したなでしこジャパンが,豪州にも勝った。
見ることはかなわなかったが,終始主導権を握った試合だったようだ。
それで1-0のこれまた辛勝というのは,次の北朝鮮戦への課題持ち越しということだろうか・・・。
劣悪の練習環境と今までにないプレッシャーの中,悪いなりにアジアで3勝したというのは,精神力によるものではないだろうか。
8日の北朝鮮戦は,力を出し切って実力で代表を勝ち取って欲しいものだ。


・・・ということで,何かと楽しみではある(その二は違うか・・・??)。
水曜は泊まりで,金曜は外廻り。
疲れを残しての土曜日Kスタとなりそうだが,体調を管理しながらうまくやりくりしなくては・・・。
日記@BlogRanking


快挙!!!

2011年07月18日 12時23分13秒 | スポーツ

上の子が3時に起きて見ていたそうですが,不覚にも爆睡しており近所から歓声が上がったので目を覚まし,優勝を知ることができました。


連続優勝の独に勝った(澤の決勝点が素晴らしすぎる)だけでも十分と思っていたのに,後半がたっち運動量の落ちた瑞には圧勝。
決勝進出しただけでも快挙と思っていたのに,0勝21敗の米にまで勝ってしまったというのは凄すぎます・・・。
被災した者として,十分すぎる勇気をもらいました・・・。


体型・高さで遜色があっても,セットプレーに徹して少ないチャンスを最大限に生かす,そして,運動量では負けないという自分たちのサッカーをきっちりとやってのけたというのが何よりも素晴らしいと思いました。
墨戦でハットを決めた澤のヘッドを見ていますと,02年W杯のクローゼを思い出すのは私だけでしょうか・・・。
奇跡の同点弾となった米戦のゴールは,もはや人知を越えた何か目に見えぬ力を感じてしまいました・・・。
選手たちの表情が実に清々しく格好良い。
どなたかがTVで言っていましたが,誤解覚悟で言えば本当に「男前」でした・・・。


思うに,スポーツにしても文芸や音楽美術,映画といったものは,人の心に直接訴え揺さぶるという無形の力を持っていると思います。
それは,やはり真実のものであるからでしょう。
例えば,難解なシミュレーションゲームをクリアしても得られるのは感動とはかけ離れたものです。
そうした意味でも,私の心を揺さぶってくれたなでしこJapanに心から感謝です。
暗い話題の多いこのご時世,暗夜に灯火を点けてくれました。
本当におめでとう,そしてありがとう。
日記@BlogRanking


復興の時・・・

2011年04月29日 22時09分03秒 | スポーツ

連休初日,天気が安定せず時雨のような弱雨が降った。
午前中は,ケーブルTVの設定変更。
ネットの回線速度が上がり,トップセットボックス(チューナー)も新しくなった。
TV本体にはHDMIで接続したので,デジタル番組は画質が向上した。
ついでに念願のフジテレビNEXTにも加入。
前回のF1中国GPの地上波放送を録画して,メディア断ちして翌日の帰宅後に見ようとしていたら,分家の伝言板の書き込みによって結果を知ってしまったので,本気でNEXT加入を検討。
次回の欧州ラウンド開幕戦トルコGPからは,ライブ観戦が可能になると共に,FPもQもオン・エアできる。


作業終了後は,4年越しのスケール物を一機組み,メディア断ちした状況で昨晩録画した世界フィギュア男子FSを見る。
ま,SPでパトリック・チャン(加)が93点という莫迦高い得点を出してしまったので,勝負の行方は完全に見えていたし,後は日本勢がどこまで得点を伸ばせるか・・・という点が最大の焦点となっていたのだが,殿は冒頭の4Tが抜けて3回転となってしまったことから,例の跳び過ぎをやってしまった・・・。
期待の大輔は,ブレードを固定する螺子(解説がビスと言ったのは間違いで,ナットが無いから明らかに木螺子だ)が冒頭の4T中に飛ぶというアクシデントに見舞われ,3Sでよもやの転倒で得点が伸びない。
すべてはSP6位の小塚にかかっていた訳だが,その絶大なプレッシャーの中,小塚は完璧な演技を披露した。
冒頭の4Tを成功させると,鬼門だった2度の3Aも成功,後半の3L-3Tのコンビネーションも見事に決まりノーミス。
実力で2位表彰台のもぎ取った。
名伯楽ともいうべき佐藤信夫コーチに指導を仰いで数年。
チャンが今年大化けしたのだとしたら,小塚もここ数年でエースと呼ぶに足る世界のトップスケーターに成長したと言える。
重圧の中,自分の為すべきことをきっちりと成し遂げた若者の姿は実に清々しかった・・・。


すぐにTVをTBS系に。
鷲-牛戦は9回表2死2塁の土壇場。
エース田中が最終打者を投ゴロに打ち取りゲームセット。
本拠地開幕戦勝利ということで,特別なセレモニーがあった。
選手会長である嶋のスピーチは感動的だった。
特に,今こそ粘り強い東北魂を見せるとき,というくだりでは不覚にも涙腺が緩みかけた。
嶋には一度職場訪問で出会ったことがあったが,大変気さくな青年で好感が持たれた。
今回は,被災した方々やファンに対する感謝のメッセージもあり,試合の内容もさることながら,心に残るスピーチとなった・・・。


ベガルタも勝ったようだし,東北の,そして日本の復興を高らかと告げるような勝利は感動的であった・・・。
必ずや必ずや我が同胞たちは瓦礫の中から立ち上がり,街は復興する。
将来に対して大いなる勇気と希望をもらった半日だった・・・。
日記@BlogRanking


スキーは楽し・・・

2011年01月03日 20時31分06秒 | スポーツ

スキーバブルと呼ばれた時代がありました。
昭和末期から平成初期にかけての数年間がそれで(F1バブルと微妙に重なります),それこそ猫も杓子も用具とウェア(毎年数万円かけて最新のものを買う輩まで居た)を揃えて,スキー場に向かったものです。
この空前のスキーブームにさらに油を注ぐことになったのが,「私をスキーに連れてって」(87)なる映画のヒットでしょう。
かくいう私も,あれを見てセリカGT4が欲しくなりましたし,スキー場に向かうときは車内でユーミンかけたものです・・・。
さらに,上記「わたスキ」を制作したホイチョイプロダクションによる「極楽スキー」なるゲレンデガイド(ホイチョイ構成員自体が生まれながらの金持ちだったようで,かなりの独断と偏見に満ちたものでしたが,面白いものでした)もあり,休日スキー場に行こうものなら,とにかくリフト待ちで一日が終わるという時代でもありました・・・。
シーズンに50日スキーを履いた年も有ったくらいですし,板とか靴を新調したときは,待ちきれなくて一人で滑りに行ったことも有りました・・・。


時代は移ろい,スキーバブルは10年保たずに弾け,ゲレンデにはボーダーが溢れる時代が到来。
その後,忍耐力(何せ寒い)と経済力(スキー場は何かと金がかかるし,ボードを積む車も必要)が必要とされるスノボからも若者は離れ出し,ここ数年は休日でもリフト待ちで時間を取られることも少なくなったように思います・・・。
私が最後にスキーを履いたのは,3年前の丁度今頃・・・と記憶していますが,正月明けだったせいかゲレンデはがら空きだった記憶があります・・・。


・・・という訳で,3年ぶりにスキーに行ってきました。
何せ自宅から20数分でスキー場に着くわけですから,日帰りの4時間券で結構滑ることができます。
さすがに,初級コースはリフト待ちが10分程あったようですが,中上級コースに掛かる高速クワッドはリフト待ちが殆ど無く,何度もダウンヒルを楽しむことができました・・・。
おかげでスキー券の元も完全に取りました(これが最大の目当て・・・)。
ただ,3年のブランクは大きく,体力・運動能力が只でさえ落ちているのに加え,体も重くなっているので,なかなか勘が戻りませんでした。
なので,とにかく前半はフォームチェックに費やし,ようやく終盤に本来の姿に近くなってきたか・・・という感じでした。
尤も,最初は本日スキーデビューだった下の子に付きっきりだったので,滑るどころではなかったのですが・・・。


・・・で,数年前から思っていたことですが,ルーフキャリアやルーフボックスを積んだ車が激減しました。
これは,スキー板がカービングが主流となり,全長が短くなったことで車内に格納できるようになったことが原因なのでしょうか・・・。
私も,前の車に付けていたルーフキャリアがありますが,今の車には付けていません。
今日も,リアシートを1つ前に倒して場所を作ったので,スキーを4セット積むことができました。
こういう時ワゴンは便利ですし,私も4年前にカービングに替えたので,全長が195cmから170cmとなり,収納可能になりました。
ただ,長い板に比してカービングはエッジ断面が長い分よく回りますが,高速時の安定感と加速は長い板には敵わないと思います・・・。
思わず上体にぐらりときて逆エッジ立てて転びそうになったのは,技術的な問題の他にスキー板の特性もあるかもしれません(・・・ということにしておきます・・・)。
日記@BlogRanking


全日本フィギュア雑感・・・

2010年12月25日 20時32分14秒 | スポーツ

今年も,フィギュア全日本選手権が始まった。
CX地上波による昨日の男子SP中継の酷さについては今更駄弁を弄すまではないだろうが,番組の半分を競技以外で潰したというのは前代未聞である。
で,男子FPはF1並に深夜に追いやられ,今日は女子SPをゴールデンタイムに放送する。多分,安藤美姫と村上佳奈子の特集に相当な時間を費やすことだろう・・・。
だからオンエアは見ないで,録画終了後にCMや余計な部分をすっ飛ばして見ることになろう。
男子FSは結果が出たであろうから,所謂メディア断ちを行って(特にやほうのトップページは要注意だ),結果をうっかり知ってしまわないようにしなくてはならない・・・。


で,結果予想だが,これが男女とも全く読めない。
男子SPは,今季好調の小塚が完璧な演技を見せ2位以下に10ポイント近い差を付けたのに対して,先輩格の高橋大輔はジャンプの後の着氷の際にステッピングアウトするミスが続き,得点が伸びなかった。
さらに今季とせがノーミスだった織田信成も先のGPFで決めた冒頭の4-3のコンビネーションが失敗,さらにはストレートラインステップシークエンスの途中にエッジを引っかけて転倒,というミスが続き,小塚から10点以上のビハインドの3位となった。
その小塚と織田の間に割って入ったのが,今季シニアデビューの弱冠16歳,我が地元出身の羽生結弦である。
失うものが無い者の強みか,それとも若さか,小塚に次ぐ2位に付けたことで,俄然FSが面白くなった。
羽生が4回転を決めて,ノーミスの演技をすれば(前回は2acで失敗するなど若さも露呈したが)面白いことになろう。
まして先輩3人はGPF疲れを引き摺っている上,大輔はGPFの練習中に小塚と接触したことで背筋(?)を痛めているとの情報もある(それを一切口にせず,謝罪した小塚に対して,アクシデントだから気にするなと語ったという大輔は,さすがに人間ができている。悪いが安藤美姫とは大違い)。


・・・で,女子である。
こちらも読めない。
ま,織田同様,GPFでポディウムに上がった村上は内定という情報もあるが,5年前GPFで3位だった中野友加里が五輪代表に内定という噂がまことしやかに流れたことからもガセと思いたい・・・。
まず,台風の目は真央ちゃんと,断定したい。
但し3acは回避するのではないだろうか・・・。
ついでに3-3のコンビネーションも回避だろう。
今季不調にあえいでいるのは,おそらく産みの苦しみを味わっているのではないだろうか・・・。
彗星の如く現れ,中国杯で2位を獲り,エリック杯とGPFを席巻したときとは,体型も採点方式・基準も異なる。
したがって,今だけを見て駄目になったとか,言うことはナンセンスではないか。
例えば,トリノ五輪で金メダルを獲った荒川静香。
誰もが最高のスケーターと思っているだろうが(一応私は同郷か?),16歳で長野五輪代表となって惨敗を喫してから,彼女が国際舞台で頭角を現すのに少なくても6年はかかった(ドルトムントで行われた世界選手権で優勝するまで)。
つまり荒川は10代の時は頭角を現していなかったということになる(ソルトレイク五輪の代表選考からも漏れている)。
誰にでも好不調の波はある。
だから今季真央ちゃんは,我慢の時を迎えているのだと思う。
今や名伯楽ともいうべき存在であるかつての全日本王者である佐藤信夫コーチについた選手たちは,村主然り中野然り,そして今季大化けした小塚然り,皆長い年月をかけて大成してトップスケーターへの道を登りつめて来たのだ。
それをたかだか数ヶ月付いただけの真央ちゃんに求めるのは,以下に彼女が並優れた技術の持ち主とは言え,酷というものだろう・・・。
だから,今は真央ちゃんに対して我々は長い目で見守ってやるべきではないだろうか・・・。
ただ,並優れた精神力の持ち主である彼女のことだから,きっと復活を遂げる時は来ると思いたい・・・。
それが今日明日かどうかは分からないが・・・。


GPS2戦2勝の安藤美姫。
安定感抜群と評価は極めて高い。
先のGPFでは,SPで失速したもののFPではノーミスで1位。
売れっ子であるモロゾフコーチとのコンビも長い。
ただ,スピンのキレ味やステップのエッジワークの深さ,そして演技全体の求心力という点で,今の私はさほど良いとは思わない・・・。
ま,素人の私が分からないだけで,解説者も口を揃えて絶賛していたので,多分・・・良いのだろう・・・(・・・にしても,織田と同様,FPのグリーグのイ長調の協奏曲は合わない・・・と思うのは私だけか)。


対して,GPS2戦とも2位の鈴木明子。
いつも思うのだが,大技は無いが人の心に訴える演技が印象的だ。
ノーミスが絶対条件だが,ここ2年全日本では無類の安定感と強さを見せる(昨年転倒はあったが・・・)。
SPでは安藤を食っていたので,今回も期待したいのだが,基礎点が安藤に比べていつも辛めに抑えられる。
安藤と異なり,スピンのキレ味なんか抜群だし,無類のフットワークを生かしたステップは素晴らしいと思うのだが・・・。


そして,村上佳奈子。
冒頭の3-3のコンビネーションを鮮やかに決めれば完全に波に乗った演技ができよう。
ただ,先輩方が一堂に会す独特の緊張感の中,去年・今年のような演技ができるかどうか・・・。
失うもののない16歳の果敢な挑戦を見守りたい・・・。


・・・ということで,間もなく結果か出る。
果たして如何なることになるのか,男女とも興味は尽きない・・・。
日記@BlogRanking