それは、哀しい夢でした。
夢でしたが、現実でした。
過去の記憶でした。
「なに泣いてんだ」
どこからか、誰かの声がしました。
(だって……)
愛理はそう言いかけて、目を覚ましました。
そして今まで見ていたものが、夢だったと悟りました。
瞼には、本当に涙が溜まっていました。
「もう。泣かないって決めたのに」
愛理は自分を励ますように言いました。
「うわあ、こいつ本当に夢見ながら泣いてたのかよ」
驚いた愛理は、上体を起こしました。
目の前に、声の主が立っていました。
チサトは学校の制服を着て、腕組みをしていました。
「おはよう、チサトちゃん」
「まったく、よく寝るよな」
「お陰様で……えへっ」
照れ笑いを浮かべる愛理を見て、チサトはため息をつきました。
「あれから何日だ」
「えっと最後の『水神少女あいりん』の更新が4月だったから……もう8ヶ月?! やばっ」
「更新ってなんだよ。家に来てから何日目だって訊いてるのっ」
愛理は指を折って数えました。
「2、3……4日目?」
「最初はお金を取り返してくれた恩もあるしと思って何も言わなかったけどさ、本当に食べて寝るだけで何もしないのな、あんた」
愛理は不思議そうにチサトの顔を眺めました。
「なにかしたほうがいいの?」
チサトは怒りのあまり、思わず足踏みしました。
「掃除とか洗濯とか、しようって気も起こらなかったのかようっ」
「だって舞美ちゃん言ってたもん。愛理はお客さんだから何もしなくていいからねって」
チサトは、さっきの倍速で足踏みをしました。
「そりゃ、舞美姉ぇのことだし、言葉ではそう言うかもしれないけど」
チサトは両手の人差し指を頭の横に立て、鬼のマネをしながら「心の中じゃ、ふざけんなあの居候って思ってるだろうな舞美お姉……」と、言いました。
「舞美ちゃんが? まさかぁ。フフフ。あはは。へへへっ」
笑い続ける愛理を残して、チサトは呆れ顔で学校へと向かいました。
大笑いして哀しい夢のこともすっかり忘れた愛理は、下の階へと降りていきました。
キッチンへ入ると、朝食が用意してありました。
今朝のメニューは、お味噌汁に焼き魚、それに白いご飯でした。
「いただきます」
ご飯を食べながら、愛理は再びチサトの言葉を思い出し、笑っていました。
「舞美ちゃんが、まさかね」
面白くなった愛理は、試しに想像してみることにしました。
愛理に「なにもしなくていいのよ」と言い、仕事へ向かう舞美ちゃん。
家を出たとたん「ちっ、アイツ本当になにもしねえぜ」とつぶやく舞美ちゃん。
機嫌が悪いので、道端に落ちているゴミを思い切り蹴飛ばす舞美ちゃん。
そのゴミが隣の奥さんの頭に直撃し、怒られる舞美ちゃん。
「うるせえっ。ボーっとしてるほうが悪いんだろうが」と逆ギレする舞美ちゃん。
隣の奥さんとの取っ組み合いの喧嘩に発展する舞美ちゃん。
隣の奥さんをボコボコにし、唾を吐きながら去っていく舞美ちゃん。
愛理は自分の妄想に爆笑してしまいました。
(ないない、アリエナーイ)
しかし噴水公園で舞美に初めて会ったときのことを思い出し、笑うのをやめました。
(あの時の舞美ちゃん、鋭い目をしていた。
拳法のような構えもしていたし。
笑顔の舞美ちゃんしかイメージできないけど、もしかしたら本当は……)
突然、愛理は鳥肌が立ち、震えが止まらなくなりました。
「ご、ごちそうさまでしたっ。た、大変おいしゅうございましたっ」
急いで立ち上がると、自分の使ったお皿を洗いました。
それでも震えは止まりませんでした。
(これだけじゃ駄目だよね。でも私、お皿洗いくらいしかできないし……)
前回『お手伝いさんいりませんかー』と言ってまわっていた愛理でしたが、実際、家事をしたことがありませんでした。
お皿洗いだけは、自分の頭のお皿を洗うのと同じだったので、得意でしたが。
(掃除してみようかな。
したことはないけど、やってるところを見たことはあるから、きっと大丈夫だよね)
根拠のない自信を胸に、愛理は二階へと上がっていきました。
(つづく)
夢でしたが、現実でした。
過去の記憶でした。
「なに泣いてんだ」
どこからか、誰かの声がしました。
(だって……)
愛理はそう言いかけて、目を覚ましました。
そして今まで見ていたものが、夢だったと悟りました。
瞼には、本当に涙が溜まっていました。
「もう。泣かないって決めたのに」
愛理は自分を励ますように言いました。
「うわあ、こいつ本当に夢見ながら泣いてたのかよ」
驚いた愛理は、上体を起こしました。
目の前に、声の主が立っていました。
チサトは学校の制服を着て、腕組みをしていました。
「おはよう、チサトちゃん」
「まったく、よく寝るよな」
「お陰様で……えへっ」
照れ笑いを浮かべる愛理を見て、チサトはため息をつきました。
「あれから何日だ」
「えっと最後の『水神少女あいりん』の更新が4月だったから……もう8ヶ月?! やばっ」
「更新ってなんだよ。家に来てから何日目だって訊いてるのっ」
愛理は指を折って数えました。
「2、3……4日目?」
「最初はお金を取り返してくれた恩もあるしと思って何も言わなかったけどさ、本当に食べて寝るだけで何もしないのな、あんた」
愛理は不思議そうにチサトの顔を眺めました。
「なにかしたほうがいいの?」
チサトは怒りのあまり、思わず足踏みしました。
「掃除とか洗濯とか、しようって気も起こらなかったのかようっ」
「だって舞美ちゃん言ってたもん。愛理はお客さんだから何もしなくていいからねって」
チサトは、さっきの倍速で足踏みをしました。
「そりゃ、舞美姉ぇのことだし、言葉ではそう言うかもしれないけど」
チサトは両手の人差し指を頭の横に立て、鬼のマネをしながら「心の中じゃ、ふざけんなあの居候って思ってるだろうな舞美お姉……」と、言いました。
「舞美ちゃんが? まさかぁ。フフフ。あはは。へへへっ」
笑い続ける愛理を残して、チサトは呆れ顔で学校へと向かいました。
大笑いして哀しい夢のこともすっかり忘れた愛理は、下の階へと降りていきました。
キッチンへ入ると、朝食が用意してありました。
今朝のメニューは、お味噌汁に焼き魚、それに白いご飯でした。
「いただきます」
ご飯を食べながら、愛理は再びチサトの言葉を思い出し、笑っていました。
「舞美ちゃんが、まさかね」
面白くなった愛理は、試しに想像してみることにしました。
愛理に「なにもしなくていいのよ」と言い、仕事へ向かう舞美ちゃん。
家を出たとたん「ちっ、アイツ本当になにもしねえぜ」とつぶやく舞美ちゃん。
機嫌が悪いので、道端に落ちているゴミを思い切り蹴飛ばす舞美ちゃん。
そのゴミが隣の奥さんの頭に直撃し、怒られる舞美ちゃん。
「うるせえっ。ボーっとしてるほうが悪いんだろうが」と逆ギレする舞美ちゃん。
隣の奥さんとの取っ組み合いの喧嘩に発展する舞美ちゃん。
隣の奥さんをボコボコにし、唾を吐きながら去っていく舞美ちゃん。
愛理は自分の妄想に爆笑してしまいました。
(ないない、アリエナーイ)
しかし噴水公園で舞美に初めて会ったときのことを思い出し、笑うのをやめました。
(あの時の舞美ちゃん、鋭い目をしていた。
拳法のような構えもしていたし。
笑顔の舞美ちゃんしかイメージできないけど、もしかしたら本当は……)
突然、愛理は鳥肌が立ち、震えが止まらなくなりました。
「ご、ごちそうさまでしたっ。た、大変おいしゅうございましたっ」
急いで立ち上がると、自分の使ったお皿を洗いました。
それでも震えは止まりませんでした。
(これだけじゃ駄目だよね。でも私、お皿洗いくらいしかできないし……)
前回『お手伝いさんいりませんかー』と言ってまわっていた愛理でしたが、実際、家事をしたことがありませんでした。
お皿洗いだけは、自分の頭のお皿を洗うのと同じだったので、得意でしたが。
(掃除してみようかな。
したことはないけど、やってるところを見たことはあるから、きっと大丈夫だよね)
根拠のない自信を胸に、愛理は二階へと上がっていきました。
(つづく)