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自己流経済学再入門、その他もろもろ

行動経済学者アダム・スミス

2008-12-08 | Weblog
いちおう「経済学再入門」をうたっていますので、本日はアダム・スミスについて書きます。

アダム・スミスというと「神の見えざる手」から連想されるように、政府の介入を極力排した自由な市場経済の信奉者、という理解が一般的なのでしょうか?日本では水田洋に代表されるように「道徳感情論」に注目する流れがありますので、さすがに「自由競争一辺倒の人」的解釈はあまり目にしないように思いますが、「見えざる手」のイメージが強いのは事実でしょう。

しかし近年、「道徳感情論」のスミスを行動経済学の視点から再解釈する動きが顕著になっているようです。今年のサントリー学芸賞に選出された堂目卓生著「アダム・スミス」(中公新書)のあとがきで著者が述べておられるように、スミスの「同感」や「公平な観察者」といった概念は、脳科学におけるミラーニューロンやセオリー・オブ・マインドとも関連しています。

Journal of Economic Perspectivesにその名もずばり、"Adam Smith, Behavioral Economist"というサーベイ論文が載っています。2005年の論文なのでやや古いのですが、行動経済学から見たスミスの理論を手際よくまとめています。

著者たち(Ashraf, Camerer and Loewenstein, 以下ACLと略す)は、「道徳感情論」でスミスが用いたpassionsとimpartial spectatorをまず取り上げます。人々の行動はpassionsの直接の影響下にありますが、同時に内なる観察者であるimpartial spectator(「公平な観察者」)による自己抑制に服します。ACLはpassionsとimpartial spectatorによるdual-process frameworkが人々の選好preferencesを考えるうえで示唆を与えてくれることを示していきます。ACLが例として挙げているのは  
  ・損失回避 loss aversion  
  ・異時点間の選択 interteproral choices  
  ・自信過剰 overconfidence  
  ・利他主義 altruism  
  ・公正さ fairness
です。例えば「異時点間の選択」についてスミスは、passionsは近視眼的であり、今日の楽しみを将来の楽しみよりも高く評価するのに対し、impartial spectatorは今日の楽しみも将来の楽しみも同様に評価すると述べています。そのバランスによって人々の選好(貯蓄・消費行動など)が決まってくる訳です(ただし、紙幅の関係からか、損失回避、自信過剰とdual-processの関連はあまりはっきり書かれていません)。

ACLは、スミスが「利他主義と公正さが市場における信頼関係の形成に資する」と考えていたと指摘しています。これは「利己心が社会全体の経済的利益につながる」という一般的な「国富論」の理解とまったく逆の命題です。
利他主義の根底にあるのは同感ですが、スミスは同感は道徳的行為の源泉としては些か信頼の置けないものと見なしていたようです。例えば、人は知らない人に対しては、かなり冷淡になれることに見られるように、同感は不安定なものと捉えられます。この不安定さを緩和するのは矢張りimpartial spectatorです。
これに対し公平さは、より信頼のおける美徳です。ここでもimpartial spectatorが、他の人々によって「公平だ」と認識される規準を内面化する役割を果たします。この利他主義と公平さが市場における信頼を生み出し、さらに信頼関係が継続的取引と、そこから生じる利得を生み出す、というのがスミスの見解です。

次に取り上げられるのは消費や富についててすが、ここでのスミスはちょっと風変わりな議論をしています。いわく、「経済活動は、富や地位が永続的な幸福をもたらす、という人々が抱く幻想の産物」だと言うのです。「健康問題、拘禁状態、貧困、富裕といった状況の継続は主観的幸福度に対し長期的なインパクトを与えない」という近年の行動経済学の成果は、この説を裏付けています。この辺はスミスの幸福観とも関連している部分で、先述の堂目教授の著書にも「繁栄を導く人間本性」と題された、とてもおもしろい章があります。

このように、ACLはスミスが行動経済学の先駆者と呼ばれるに相応しいことを、手を変え品を変えて示してくれます。スミスの学説の紹介であるとともに、行動経済学の最近の成果をサーベイする意味でもreadableなので取り上げてみました。

少々付け加えると、個人的には堂目教授による「アダム・スミス」の香気溢れる筆致にとても惹かれるものがあります。この本ではスミスの社会観、幸福観があますところなく語られ、「道徳感情論」から「国富論」への展開、時論家としてのスミスも取り上げられます。この本についても書きたかったのですが、よりコンパクトで、かつ行動経済学との関連が直接述べられているACL論文を先に取り上げることにしました。今回は長くなったので、この辺で。

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