Good Life, Good Economy

自己流経済学再入門、その他もろもろ

タイラー・コーエンの「諦念」

2011-03-07 | Weblog
本日の日経の経済教室で若田部昌澄早大教授がタイラー・コーエンのeブック「大停滞」The Great Stagnationに関する議論を紹介していました。今までのところ今年最も話題の経済書と言われる作品だけに、簡潔なサーベイが日本語で読めるのはとても便利。

記事でも紹介している通り、本書は「経済成長を支えてきた容易に収穫できる成長の源泉が今や枯渇しつつある」という問題認識のもと書かれており、とりわけその原因はイノベーションの減退に求められる、としています。

そのうえで、「今回の経済危機は人々の高い期待成長率と実現可能な成長率とのギャップがもたらした」、そして「成長期待が実際に可能な成長率以上になるときバブルは起こりやすくなる」とまとめています。

今週のThe Economist誌のEconomic focusでも本書が取り上げられていますが、そこでも現代を代表する技術革新であるインターネットは、過去の革新的技術と比べより少ない雇用と収入しかもたらさない、と述べられています。

若田部教授によれば、これに対するコーエンの処方箋は(1)社会における科学者の地位を向上させること、(2)新しい現実を直視して期待成長率を引き下げること、となります。

(2)について若田部教授は「米国では珍しい”諦念”の勧め」であるとしつつ、「日本はまだイノベーションのキャッチアップ余地がある」、「規制・制度改革や貿易自由化、マクロ政策を総動員して成長期待を高める必要がある」として過度の悲観論を戒めるよう説いています。

日本はあまりにも過大な財政赤字を抱えているだけに、ある程度の経済成長は必要不可欠であるため、この主張は理にかなっていますが、それとは別にコーエンが「諦念」とも呼べる処方箋を書いたこと自体に興味を覚えます。

「大停滞」は未読なので、どのような文脈でこの議論がでてきたかは不明ですが、思わず前著のCreate Your Own Economy: The Path to Prosperity in a Disordered World(ペーパーバック版のタイトルはThe Age of Infovore: Succeeding in the Information Economy)の仏教についての言及を思い出しました。経済危機以後のインフォメーション・エイジにおいて、情報をいかに自分流に整理しながらsmartかつhappyに生きていくかを語る同書にて、内的な調和と心の平静をもたらす仏教は極めて好意的に扱われています。

なるほどコーエンのように、世界的な経済ブロガーとしてWebの世界を自在に泳ぎつつも、文化、料理等にも造詣深く、仏教的な瞑想に基づく心の平静に高い評価を与える、そんなキャラクターの持ち主には、低成長経済にあっても十分smartかつhappyに生きていく術が身についていそうな気がしてきます。

「大停滞」は純然たる経済書ですが、そこで描かれた世界観にはタイラー・コーエンのキャラクターが陰伏的に反映されていると思うと、またそれはそれで楽しい読み方ができるのではないでしょうか。