村の高校に辛うじて拾ってもらった。校長と簿記、珠算の先生と国語の先生との、なみなみならぬ先生方の教えでニワカ天才少年は学問のすすめに突き進んだ。
捨てる神あれば拾う神ありで花の東京に行くことになった。山奥の村から1時間はかかった道成寺駅、村の関所のお代官様にご挨拶を終え、案珍清姫の道成寺とも暫しのわかれ、親父とおふくろに見送られ、とりあえず大阪の梅田駅を目指した。
ボーと汽笛が都会の夜空に響き渡った。なぜだが悲しそうだ。
汽車の床に新聞紙を敷いて長旅の準備をした。コールタールの臭いと足の臭いがまじった、都会のいい匂いだ。
蒸気機関車はトンネルに入ると窓を閉め石炭の煙を遮断した。夜露が窓を汗ばんだ。古賀政男さんの歌でも聞こえそうだ。
弁当、お茶―。首紐をしたおじさんがホームであわただしく売っていた。汽車の窓を両手で開き、おじさん一つ。ここは静岡という。
海岸と海が宇宙のように見えた。横浜、新橋、ポ・ポ・ポ・ポーンと車掌の声を聞いたらまもなく憧れの東京だ。横浜新橋も憧れの街、随分遠くまで来たもんだ。
とうーきょう、においがほんのり甘かった。まず第一に兄の下宿先に向かった。木目の綺麗な二階につながる階段を兄と登った。
お腹も空いたことだろうから兄は町の食堂につれていってくれた。焼きそばを注文した。西の国の人はライスが主食で焼きそばがおかずのセットだ。当然、ライスも注文した。美味しかった。あのソース味は東京の品のある焼きそばだった。
兄は美少年で秀才だった。御茶ノ水駅に降り駿河台の坂道の雑踏に飲み込まれ明治大学がまぶしかった。中学の修学旅行の宿舎が近くに見えた。いつかアルバイトで宿舎に来ようとは思はなかった。
ニワカ天才少年は、得意な簿記を引っ提げて東京に殴り込みだ。
日比谷公園内の日比谷図書館に行ってみた。二階の自習室にいったら、シーンと静まり足音も邪魔なようだ。絶対にみんな頭が良さそうだ。たまらなく地下の食堂に避難してかけうどんを注文してスープを飲んだら醤油味で辛かった。これが東の国のわたしへの仕打だった。
二度と来ないと誓ったが、分厚い本を二、三冊ふろしきに包みテーブルの相手との境に置いて頭良さそうに見せたら、落ち着きを取り戻した。
こんな腐った豆(まめ)食べられないよと店長に話したら笑われた。納豆との出会いだった。西の国ではその当時、納豆がなかった。失礼!
女性が集まる、そんなにいい男でもないのにモテモテだ。ナンデダーと聞けば西の国の方言が面白いという。
バイトもいろんなことやった。粗相ないようにとは布団に人が入ってくることだ。
ウルトラマンの悪役でスーパーの駐車場に倒れていたら子供らに棒で殴られた。
ほんの一例だが西の国から来た私の東京だった。
「捨てる神あれば拾う神あり」都会には、いろんな神をみせてくれる。