「選挙には行かれましたか」。昨日の夕方、出かけたある店で、担当の女性に聞かれて虚をつかれました。ちょうど1カ月ほど前、同じ人と話したときに、彼女は「私は新聞も読まない、ネットニュースも見ない、テレビは好きだけど、報道番組は見ない」と言っていたからです。年齢はおそらく20代半ばから後半、都内に1人暮らしの女性です。
「私は行ったけど、あなたは行ったの」。答えはもちろん行っていないし、行く気もないようでした。もっとも、その時点で行きたくても、店が終わって帰る頃には、投票も終わっています。ただ、それだけでなく、生まれて一度も行ったことがないとも言っていました。行ったとしても、いったい誰に投票したらいいか、わからないとも。
「社会に不満があるなら、行った方がいいんじゃないの」。答えは「別に不満はありません。今のところは」
批判するのは簡単ですが、こんな感じの人は大勢いると思います。実際に投票率は、日本全体で5割を少し超えたくらいですし、都市部に住む20代に限定すれば、もっと低いでしょう。どうせ投票しても世の中は何も変わらないからとか、入れたい人がいないとか、少なからず社会や政治や政治家という人種に失望して選挙に行かない人もいるでしょうが、こうした白票を投じる意識で行かない人は、もっと上の世代に多いような気がします。
彼女たちが生きてきた時代背景は、就職難で、いい大学を出ても、女性は特に希望どおりの大企業には入れないし、内定を獲得するには何十社受けて1社というような感じだったと思います。でもそういう世間的に「それが普通」とされている就職戦線をくぐってきた人は、もう少し政治に関心を持っているし、政治と近いところに存在しています。公務員になった人はもちろん政治と密接ですが、一般的な大企業に就職した場合でも、正規雇用、非正規雇用の問題を間近に見て、毎年のベアやボーナスで経済を感じることもできるでしょう。上司や先輩にあらゆる世代、ライフステージの人もいて、その人たちの意見や悩みを聞くこともあるかもしれません。
でも今、そんなライフスタイルの20代社会人は、それほど多くいません。実際、産業構造自体が変わり、いまや都市部で働く大部分の若年世代が第三次産業従事者、そのなかでも比較的安定し高収入の大手金融業などで働く人より、介護医療、教育サービスなどを含む小売・サービス業に就く割合が圧倒的に多いと思います。彼らはたとえ大企業であっても、まず配属されるのは接客部門であることが多く、土日休暇は少ないのが現状です。ハードワークで、給料も正社員であってもそれほど高くない。パートより正社員がびっくりするほど優遇されているわけでもなく、むしろ休みがとれずノルマが重く大変です。だからといって、生活できないほどひどい待遇でもなく、手に職や資格を持っている人は、熾烈な大企業の採用戦線を勝ち抜き、一般事務職で配属された会社員より潰しが利きます。例に出した政治に関心のない女性の持つ技術も、就労ビザがとれればですが、外国でも通用します。
まさに今のところは、政治に関心を持たなくても生きていけます。
でもこういう人にも選挙に行ってもらわないと、投票率は上がりません。でも誰に入れたらいいか見当もつかない人に、本音では行ってほしくないとも言えます。だからといって、行かなくてもいいかというと、彼女自身も微かに自覚していたように「今のところは」不満がないだけで、いずれ社会構造が自分自身に、彼女たちの世代に影響を与えるときがきます。
どうすればいいのでしょうか。今を一生懸命生きている人に、投票に行くのが当たり前の私たちでも別の意味で誰に入れればいいか途方に暮れる選挙に、絶対に行けというのは無理があります。
結局、教育段階で、例えば中学や高校の社会の授業を改革して、偏向的な内容ではないディベートや論文のカリキュラムを加えること。そうしたなかで、政治と生活の関係や国際社会も含めた今の社会構造を学ぶ機会を増やすしかないかもしれません。