piano class emi.i.

いいピアノを弾きたい

献呈

2008年12月30日 | 音楽教室
昨日最後のレッスンが終りました。
今年から新しくレッスンをすることになった生徒さんもまだ仲良しにはなれなかった去年からの生徒さん、そしてもうお互い気心が知れた?2年以上のお付き合いの生徒さん、そのお母様方、たくさんの皆さんとピアノを通じてのご縁を年末にあたり改めて感謝しています。ありがとうございました。
毎週のレッスンでだいぶ近づけたように思います。
ここ数年レッスンでよくしゃべるようになりました。
4年生女子には「どうしてそんなつまんないこと言うの?」
とおやじギャグも絶好調(爆)らしく、涙と笑いのレッスンでした。
みんなほんとうに上達しましたね。
とくに毎日コンクール小学生の部の入選はやはり大きな出来事でした。
年中さんからからずっとみてきて、6年生まで。
・・・が問題はこれからで、これからは違う先生にもレッスンを受けてもらいたいと考えています。

最後のレッスンは久々レッスンのNさんのシューマン=リストの「献呈」
素晴らしい締め括りでございました。レッスンというより「聴かせてもらった。」といったほうが正しいですね。

この無愛想なブログを読んでくださったみなさま今年一年ありがとうございました。
来年もFranzとともにいつもポケットにショパン、などというみみっちいこと(笑)ではなく体中音楽!でいきたいと思っています。




番外編 忘れたころに・・・

2008年12月25日 | weblog
うちのにゃんこは愛猫かっさん(享年9歳2003年3月没)が突然病死した翌週にネットで見つけ「動物愛護家族」のお宅から2003年4月に生後推定3ヶ月の子猫の時、2匹の姉妹をいっしょにもらってきた猫です。
かっさん亡き後すさんだ家は2匹セットじゃないと復興できないと早計にも顔だけで選んだ。
動物愛護一家のTさんは近所の野良猫を保護しては虚勢手術をし、自宅で10匹以上の世話をしている方。
生粋の3代野良生活、人間に飼われた遺伝子がない猫姉妹。名前はぽんとちい。
一緒に生活してみて全く指一本触れさせようともせず、えさを食べて2匹で仲良くテキト‐に快さそうに暮らしていた。同居している私たちに関心がない。
硬く閉ざした「人間不信」は潔いほど。
私も猫を抱っこした時の日なたの匂いやぐにゃりとした感触を味わいたいと願いつつも「エサやりばあ」に徹し文句も言わず(うそ)トイレの掃除にハゲミ、おなかがすいた時だけ顔を見せるゲンキンな猫がいるだけでもいいとすっかりそういう猫との生活に慣れた2008年かれこれ5年目、ついにちいが私が一日のうちでほっと気を抜く時間主に夜ぼーっとテレビをつけて肩の力が抜けた瞬間に押し入れから降りてきてまるでふつうの飼い猫みたいに!私の目を見てにゃあにゃあ鳴く。ひっかかれないかと不安もあるが手を出して撫でてやるとなんとごろごろごろごろ大きな声で「気持ちがいいよ」とよだれで顔をぐちゃぐちゃにする。
突然の豹変ぶりに(猫だけど)戸惑いながらもあったかい猫の体温、缶詰を食べた後の生臭い匂い(本当は日なたの匂いのはずだったが)ついに私に撫でられたいと自分から身を差し出してきた勇気?に毎晩感動をしています。いったい何があったの?どうして?と問いかけながらも呆けたようにヨダレを垂らしてごろごろとだけ応えるちい。
もう一匹のぽんはそれをしらーっと2メートルくらい離れたところから無感動に眺めている。
写真は私の左手にすっかり体重をかけて至福に見える5年半目の愛とかんどーのふたりの絆 右手で撮ったもの。かわいいでしょう?以前はカメラを向けるだけでも警戒して逃げていましたから。
来年の今ごろ2匹を抱っこしている写真をお見せできるかもしれません。(嬉)
ぽん。(黒と白の男の子みたいなメス猫です) あんたの姉さん ついに陥落したからね。
まってるよん。


必ずみる夢

2008年12月17日 | 音楽教室
中学生の頃からよくみる夢、舞台のそででもうすぐ自分の番なのに暗譜で弾ける曲がなくじたばたしている夢。
今朝は舞台にアップライトの猫足の茶色いピアノがあって外国人の太ったお客さんがグラスを片手に談笑している。きっとパウゼなんだ。
舞台(といってもおりたためる椅子と譜面台がばらばら置いてある)もジーンズ姿の若いスタッフらしい人が忙しそうにうろちょろしていてなぜか私はBeethovenを弾かなくてはいけない。と思っていて31番か13番かエロイカヴァリエーションで迷っている。最初の1ページは弾けそうだがどれもフーガが無理!楽譜があっても無理。どうしよう(泣)・・・
という悪夢でした。
(でも客席にいつもいた母や先生はいなかった!どうしたんだろう・・?)

Beethovenの誕生日(私的に17日)に久々『練習不足』をがつんと指摘されました。
このところ彼のことをすっかり忘れていたのだ。

以前にもこういう夢の話をしたとき 同級生たちは「私もみるよ!」と言っていました。
冷たい雨の誕生日。ショパンのノクターンを弾きたい気分ですが重いヘンレ版をまずめくってみようと思います。生徒さんたちが来る前に・・・。
夢には従う素直さ。

かばんの中のメトロノーム

2008年12月15日 | 音楽教室
帰宅途中の電車の中、座れたので本を読んでいました。
角田光代さんの「さがしもの」という短編小説です。
主人公のおばあちゃんが亡くなって、ある日おばあちゃんが彼女に会いに来た。
『おばあちゃん、死ぬの怖かった?』
『こわいもんか』おばあちゃんは胸をはった。『死ぬのなんかこわくない。死ぬことを想像することがこわいんだ。できごとより、考えのほうが何倍もこわいんだ』

・・・という箇所でほんとうにそうだろうか?と考えていたとき「ピッピッピッピッ・・・」という定期的なアラームの音が聞こえてきた。
前に座っていた若い男性もその音に反応し私の方をいぶかしげに見ていた。
買い換えたばかりの携帯電話の誤作動かと思ってかばんの中を確かめるがとーぜん何の音も発していない。
発信源は私近辺ではあるが私の持ち物からではないかも?安堵しかけても依然としてピッピッと聞こえる。
電車の中に何かあるかなあ?座席の下?とか本を閉じながらもう一度かばんを見たら、あったあった(汗)メトロノームが!なんと忙しそうに。
何年も前から持ち歩くようになりその頃はもっと注意していたのですが(刺激しないで音が鳴りませんように。って)今日はすっかりノーマーク・・・。
たしか今日のレッスンで66に合わせて子供に使ったのを思い出したが、かばんの底から出てきたメトロノームは最高値250に合わせて鳴っていました。レッスンを終え鉛筆と消しゴムといっしょにかばんに収められ持ち主とともに移動する中で66から250まで姿を変えながら小さくもはっきりと鳴っていたのだ。250というのは(1分間を250分する速さ)メトロノーム的な(クラシック音楽的)間隔ではないですよね。確かにメトロノームなんだけど・・。

慌てて止めて周囲の方々もほっと(?)音の出所、犯人がわり出され自分の世界にもどっていかれたようです。聞き様によっては時限爆弾?(・・・なんか「古い単語」)すみませんでした。

できごとより考えるほうがこわい。得体の知れない「音」もやはり無気味です。

日々

2008年12月10日 | 音楽教室
演奏のお仕事が終って、聴いてくださったみなさまに書いていただいたアンケートを拝読し、ほっと一安心。
一番嬉しかったのはショパンの幻想即興曲で「地鳴りがした」という感想をいただいたこと。きっと何かが伝わったのだと素直に喜んでいます。
まあホロヴィッツは降りてきたかはわかりませんが・・・。
お忙しい中聴きにきてくださってありがとうございました。
この会のためにご尽力いただいたみなさまお疲れ様でございました。
校長先生、トロイメライのあと退出されるご予定なのに、次の曲までの私のシューマンの話が長くなりすぎて・・なかなか退出できず・・、すみませんでした・・。お時間大丈夫でしたでしょうか・・m( )m

3月の発表会37、38名が参加予定なのですがその中の33名の曲目を決めました。(汗)
ちっちゃいおこちゃまたちは2ヶ月前で充分だと考えています。
もしかしたら大阪に転勤となった生徒さんも当日参加できるかもしれないとの朗報もあり楽しみが増えました。
やはり聴いてくださる方がいる場所はとても大切です。前回の演奏から地道な練習を重ねてきての次の演奏。この日々の練習が大きいのです。『演奏会から演奏会の間』の弾きこみ。演奏会の曲だけ一生懸命練習しても大きな成果は望めません。
そしていよいよの新しい発表の場に向けての『曲』と『成長』
その舞台を強く想像しながら練習をしましょう。
私もますますうるさくなります。
日々の積み重ねです。・・・と自分に言い聞かせながら。