レース鳩日記 勝利の翼

1933年 
ポーのレースで
デュレイ鳩舎の鳩の帰還を見守る愛鳩家達

Wシステムへの道15

2011-04-30 12:24:31 | 日記
この後3年間Wシステムを続け
その間に色々試して見たのです

例えば
ファンブリアーナがヨング・スチールに使ったテクニックも試みました
これは持寄日に巣皿を表にするのは従来通りですが
ここで♀の代わりに生後1週間のヒナを入れてやるのですが、
うちの鳩は反応しなかったですね。


また、短距離で一発やってやろうと、
リーン・ブーアの訓練法をアレンジして、
300kの持寄日に♀を巣箱で待たせる置き、
近距離を単羽訓練し
帰って♀と一緒の所をカゴ詰めして持ち寄ったりもしたのですが
結果は遅かったです


Wシステムは5年間だけと思っていたのですが勘違いでした
当時のノートを見ると5年間の後、
3年休み、再開して3年間行なってました


その間、宮崎からの1000kレースで好成績を挙げたり
何羽か活躍した鳩が出ました

またベルギーの鳩舎で見られるような、
巣箱に手を入れると突っついて来る鳩なども居ましたね
抱卵とかヒナを抱いてる鳩は、そういった行動を取りますが
分離状態の選手鳩でも、そんな行動を取る鳩が居ました、


一応Wシステムはこれで終了したのです
Wシステムにしたからと言って、遅い鳩は早く帰るわけではなく
それに鳩が残らない犠牲が多きかったです


Wシステムへの道14

2011-04-29 15:06:15 | 日記
翌日早朝
鳩舎へ上がったの良いのですが霜注意報が出るほどの寒さで
直ぐ下りてきてコタツで暖を取って居ると5時22分にブザー
予想通り第1エース帰還

連合会へ帰還報告を入れてたら、またブザーが鳴り
5時35分第2エース帰還

第2エースは持寄り時に少し痩せていたので、
どうかな~と思ってたのですが無事帰還してくれました、
持ち寄った時と状態は変わらなかったですね


2羽とも一泊してる間に疲労回復したのか
余り疲れてなかったですね
最終レースなので夕方まで♀と一緒にしてました

連合会1位、2位
当日帰りを狙ったので、それだけが不満でしたが
500k、700k、900kと全て逆風レースの中で
この2羽は良く戦ってくれました


その後は一旦分離して疲労回復を図り1週間後に再配合して2腹作出
そのまま夏を越して秋に分離したのです





Wシステムへの道13

2011-04-28 18:41:09 | 日記
GP900k持寄り日

巣皿を表にして15分後に♀と合わせる
10分後、♂が巣皿の中でウーウーと鳴いてる時にカゴ詰め
700kから約1ヶ月開いたので♀と合わせて見ました


GPへは第1エース、第2エースの2羽参加
第1エースは若干太目、輸送を考えると丁度良い肉付き
第2エースは少し痩せ気味で軽過ぎる?
不安なく送り出したのです


GPは高知県の土佐中村(現在は四万十市)
予定通りは放鳩

当日は冬型の気圧配置で北西の逆風で寒い日でした
薄暗くなるまで鳩舎で待ったのですが帰らず

その後、日没ギリギリに近場で数羽帰った情報
時間的に見て、こちらでは当日無理と判断して
オープンドアを閉めて後日帰り用のトラップ開け
ブザーをセットして鳩舎を下りたのです

Wシステムへの道12

2011-04-27 18:37:47 | 日記
GPに向け目指すはスーパーフォルムです


700k帰還後
第一週
2日間小粒を満腹、それから3日間市販配合を満腹
餌の喰いが落ちたので、その後の3日間少な目に与えます
ここまで帰還から1週間、この間舎外も休ませました


第二週
舎外再開、朝夕2回 餌は市販配合を満腹
(満腹と言ってもWシステムの♂は腹一杯は食べません
朝夕一握りずづ与えたと言うことです)


第三週
餌の喰いが落ちたので、700k同様
エレネスト・デューレーの給餌法のアレンを
持寄りまで続けました


舎外
当時のノートには、殆どバラバラで飛んでいる
15分前後飛んだら降りて、また直ぐ飛び立つの繰り返し
時には見えなくなり暫く帰ってこないこともある

遠征から真っ直ぐ飛んで来て、
そのまま一直線に鳩舎の上空を通過することも

飛び方も翼を大きく回すような
表現が難しいのですが競泳の背泳ぎのような感じです
(自由形やバタフライとは違います)

それと小指の先くらいの
コロコロした小さな糞をするようになります
それがスーパーフォルム達した状態でしょうか?

ヨーロッパへ行って
実際のスーパーフォルムを見たことがないので断言は出来ません





Wシステムへの道11

2011-04-26 17:22:32 | 日記
700k後
GN持寄りまで25日、目標のGP持寄りまで4週間
700k後は疲労回復のため5日間巣箱に閉じ込め
その後10日間は日中は自由にしました
後は持寄りまでは舎外の時以外は巣箱に閉じ込めたのです


♀とは帰還時から夕方まで一緒にして薄暗くなってから分離です
これは毎週レースがあるわけでなく
間隔が2~3週開くのである程度の時間一緒にさせてました


Wシステムに入って約50日前後経つと
Wシステムに向かない鳩がハッキリして来ました
(もっと向かない鳩は、それ以前に失踪した鳩かも?)

700k3番手に帰ったシルバーが自由にしている日中に
巣箱に止まらず床にいることが多くなり落ち着きもなったのです
餌の喰いも極端に落ちてしまいました

掴むとガタガタに痩せてるわけではないのですが
見た目が小さくなってしまったのです
鳩が萎んだという感じです


ある日本の有名鳩舎が(誰かは忘れました)
レースが進むにつれて体が小さくなる鳩 (小さくなったと感じる鳩)は
活躍しない、落ちてしまうと言ってたことを思い出します

このシルバーは在来系の血が強い神経質な鳩なので
Wシステムには向かなかったようです

もっとも第1、第2エースもヨーロッパの血が殆ど入ってない鳩なので
系統は関係ないと思います、
Wシステムに向く向かないは
鳩自身の性格、性質の問題ではないでしょうか?


Wシステムへの道10

2011-04-25 13:27:35 | 日記
水浴び
Wシステムで気が付いたのは水浴びをしなくなると言うことです
もちろん状態が悪いのではありません状態が良くてもしなくなるのです
隣のNシステムは週1回させてますが
Wシステムだと週1回だとしない場合があるのです


500kから700kの間は3週間で水浴びは2回だけでした
週1回ではしないので10日に1回にしたのです


これはWシステムに限ったことでなく
皆さんも経験あると思いますが?
分離中の種鳩でも同じ現象が起こる時がありますよね


種鳩も週1回水浴びをさせてるのですが
冬の乾燥して風がある時などに水浴びをしない時があります
♂♀は関係なくです
不思議なのは同じ日でも♂がして♀はしないとか、
その逆の時もあります自然の摂理でしょうか?


それと
舎外の時は(朝と夕の2回)他の部屋(種鳩、選手鳩)の窓を閉めて
Wシステムの鳩達に他の鳩の姿が見えないように注意したことです。

持ち寄りは、1羽1羽仕切りに付いたバスケットに入れました

Wシステムへの道9

2011-04-24 13:04:24 | 日記
700kは予定通り放鳩されました

当日は風も無い展開
午後3時50分になろうとするころ、
突然電光石火の如く灰の鳩が飛び込んで来ました
(空を見ていたのですが全く気が付かなかったですね)

予想通り第1エースです「よし優勝か!」
直ぐ巣箱へ飛んで行くので簡単に捕まえられます、ゴム輪を打刻
(現在は自動入舎なのでこの作業は必要ないですね)


それから30分後
丁度友人が見に来て南の空を指して「来た来た来た2羽飛んで来た!」
こっちは全然分からなくて「えっ!どこどこ?」
鳩の姿が大分大きくなってから「あ~本当だ!2羽来た」

2番手は第2エースです、
竜骨を打っていたので不安だったのですが問題なかったですね 
もう1羽は他所の鳩でゴム輪も付けてなかったので
舎外の鳩でも付いて来たのでしょう?

さらに25分後
3番手は南東の方から
また友人が先に見つけて「ほら来た来た」
白っぽかったので、てっきり期待の灰刺に見えて
喜んで「あ!刺が来た!」と言ったら
「違うで栗だで!」と言われてしまいました

彼は目が良いのです 帰ったのはシルバーでした
その友人も今は帰らぬ人になりました懐かしい思い出です


残念ながら頭は弾かれ2位、7位 19位
連合会当日2割弱、翌日までで3割というレースでした
翌日が雨だったので余り帰らなかったようですが
西コースの700kは
追い風の楽な展開にでもならない限りこんなもんです


参加6羽 当日3羽 後日1羽
期待の灰刺は畑で死んでいたと
翌日に会津若松の人から電話がありました
多分当日に猛禽類に襲われたのでしょう

今回はヘトヘトになって帰った500kとは明らか違います
700kを飛んで来たので疲れてはいたのですが鳩達は元気でした

Wシステムへの道8

2011-04-23 18:46:17 | 日記
舎外は朝夕好きなように飛ばしました

この時は、どんな飛びをしたのかは忘れましたが
ノートには殆どバラバラに飛翔と書いてあります
そうです~
Wシステムの♂鳩はフォルムになると1羽1羽バラバラに飛ぶのです


中間訓練は当然しません、Wシステムは必要ない?
1940年代~60年代の歴史に名を残した鳩舎は
中間訓練についての記述がなかったような?

ファンブリアーナはやらないと書いてました
教科書に載ってるのは全て長距離鳩舎なので
短中距離鳩舎は分かりません?


持寄り日
今回はカゴ詰めの10分前に巣皿を表にしただけで
♀とは合わせずに参加です
もちろん帰還時は♀を巣箱で待たせて置きます


問題の肉付きも500kの時より遥かに良く、
中肉(若干太目)で当然肉が緩んでる鳩は1羽も居ません
ほぼ思う通りに仕上がったのです


不安材料は
第2エースの竜骨が少し陥没してたことで
持寄り日の朝の打ったようですが
状態が良かったので、そのまま送り出しました!


Wシステムへの道7

2011-04-22 19:02:40 | 日記
500kは9羽参加で
当日4羽、翌日1羽、3日目1羽 失踪3羽です

700kまで3週間
厳しいレースだったので疲労回復のために5日間巣箱に閉じ込めました
その後舎外再開、日中は自由にさせて夜のみ閉じ込めたのです
(今考えると夜は巣箱から動かないので意味がなかったと思います)

そして持寄り4日前から朝夕の舎外の時以外は巣箱に閉じ込めたのです
これはポール・ジルモンなどがやっていた
舎外の時以外は巣箱に閉じ込めるシステムをやって見たのです
慣れるとちょっと追っただけで巣箱に入るので
いちいち掴む必要はありませんでした。
(巣箱に閉じ込めるのは無駄な動きをさせないためだと思います?)


落ち着かせるために窓にカーテンをつけて薄暗くもしてみました
新聞紙が読める程度と教科書に載ってたのです


餌は帰還後2日は小粒(麻の実、青米、カナリヤシード)満腹
その週は配合餌を満腹に与え翌週は配合餌を少なめに与えます、
これは持寄り週の食欲を維持するためです
(ベルギーの50年代?の競翔家ジョン・ランブレヒツのヒントです)

そして持寄り5日前から
エレネスト・デューレーの給餌法をアレンジしてやって見たのです

それは
まずエンドウ豆を与えます、それから10分~15分後に配合餌を与え
そして10分~15分後に残った餌を取り除いて小粒を与えるのです
(この当時は情熱があったので出来たのでしょうね)


またレオポルド・ボスチンからのヒントは
鳩それぞれが餌の好みが違うということです
朝1握りの餌を与えます、夕方残った餌を取り除き新しい餌を与えます
この残した餌を毎回ノートに記入するのです

つまりAの鳩は何を残したか Bが残した餌は何か1週間やってみました
その結果、
Nでも共同の餌箱で餌を多く与えれば大麦、トウモロコシを残しますよね
Wシステムでも全体的に大麦、トウモロコシ、が残ります
それに加えてマイロ、ソバも残す鳩もいました
また平均に食べる鳩、エンドウ豆を残す鳩、鳩それぞれです


第1エースはトウモロコシと大麦だけ残します
第2エースはトウモロコシ、大麦、エンドウ豆を残すのです
どうやらエンドウ豆が嫌いなようです。

Nシステムで共同の餌箱でトウモトコシ何割、エンドウ何割、小粒何割
などと与えても全ての鳩が同じ配合率で食べるのではないということです
当たり前ですが鳩それぞれ食べる配合率は違ってるのです。


Wシステムへの道6

2011-04-21 18:38:42 | 日記
500kは連合会平均で当日5割以下と言う
厳しいレースになってしまったのです


予感的中
まず第1エースが南からフラフラになって帰還、連合会4位
(当時の連合会は会員200名以上いて今の連盟より羽数が出ました)
やっと飛んで来たと言う感じでした

約8分後 第2エースもフラフラになって帰還 
しかし疲れ果てて鳩舎前の電線に止まったきり動きません(動けない)
10分後ようやく入舎 連合会21位

後続は1時間近く遅れました


次の700kは四国からの海越です
5年に1度くらいは追い風の楽な展開になることもありますが
殆どは厳しいレースになるので、
もっと肉を付けないと勝負どころか帰還も危うくなると思い
先生も居ないので教科書(鳩界誌)を読みまくったのです

以前からWシステムにすると餌の喰いが落ちて痩せると
教科書には再三載ってたので覚悟はしてたのですが
痩せた状態ではレースになりません
(逆にWシステムは重くなる心配はありません)


成功した鳩舎はそれを克服したのですから
如何に落ち着かせ、如何に食欲を維持するか
試行錯誤の始まりです

700kに向けて参考にしたのは、
ポール・ジルモン、レオポルド・ボスチン
エルネスト・デューレー の管理法、給餌法でした