旅のウンチク

旅行会社の人間が描く、旅するうえでの役に立つ知識や役に立たない知識など。

タイ、ラオス 路線バスの旅 第3日

2014年10月08日 | 旅の風景
 9月23日
 結局詳しい情報まで調べる事も無いままルアンパバンへの移動の日を迎えてしまいました。とはいえ、昨日国境からのトゥクトゥクドライバーから聞き出した情報は考えてみれば充分。宿探しなどを考えると16時頃にはルアンパバンへ到着できるように移動したいところなので、8時間かかるとして8時頃のバスに乗れれば良しとしましょう。日本にいる時に見た政府観光局の情報では1時間に1本程度のバスがあって、”意外と多いな”と思っていたような記憶もあります。切符を買ったり、何だか判らなくなってウロウロしたりする時間も考えて7時半バスターミナル着を想定。ビエンチャン市内から15kmという事はここからはもっとありますから6時台には宿を出発したいところ。もしバスターミナルまでの足が上手く確保できなかった場合、国境から昨日のトゥクトゥクを呼び寄せる代案も考慮に入れるとすると6時過ぎには行動開始です。

 日本との時差2時間。しかも普段日本で早起きの私はビエンチャンでも5時台にはちゃんと起きています。シャワーを浴びて荷造りして、6時過ぎに行動開始。宿泊した町のバザールではまだ店を開ける準備中。食事はできそうにないのでこのままバスターミナルへ移動してチケットを買った後バスの出発までの時間を朝食に充てる作戦です。

 道端で待ち続ける事10分程度。ようやくトゥクトゥクがやってきました。ブレーキの調子が悪いのか私の傍に停める際、盛大なキーキー音を響かせています。"Northern Bus Terminal"と行先を告げると...通じない。発音が悪いのかとメモ帳に"Bus Terminal"と書いて見せてもやはり通じない。近くで立ち話をしていた男性2人を呼び寄せて皆に"Northern Bus Terminal"...
通じない。

 20代の頃、タイで”バスターミナルはタイ語で何と言いうの?”とタイの人に尋ねたら、”バスターミナルで皆わかるよ”と言っていた事が突然記憶によみがえってきましたが、ここではダメみたいです。

 "Northern"を省略して"Bus Terminal Luangprabang"とか、"Bus to Luangprabang"とか色々な言い方を試してみますが楽しいほど通じない。こういう時、タイなら”何だ、何だ、どうしたんだ?”と通行人がどんどんやってきて参加したがるものですが、ラオスの人はタイの人より奥ゆかしい感じで、声をかければ親切に付き合ってくれるのですが、相手から勝手に祭りに加わっては来ません。

 トゥクトゥクのドライバーは”判らないから悪いけどもう行くね”と行ってしまいそうになります。20代の頃なら行かせてしまったのち、別のトゥクトゥクを停めて同じ苦労を繰り返す勇気もなく途方に暮れたかもしれませんが、こんな日々を繰り返してきた私はガッチリとトゥクトゥクドライバーの腕をつかんで離さないのでした。私の横にトゥクトゥクを止めた貴方は運が悪いのさ!!最後まで付き合って。今度はメモ帳にバスの絵をかいて"バス"と言うと、トゥクトゥクのドライバーも周囲の人たちも"バス"と頷いています。どうやら一歩前進。次に斜め上を指さして"Luangprabang"と言うと"????"やっぱり伝わりません。もう一度絵を見せて"バス"全員が"バス"。次に遠くを指さして"Luangprabang"。ここで周囲の人の一人が空気をよんだ。"Bus Luangprabang?"。ついに答えにたどり着いたようです。タイバーツ払だと200バーツという料金を値切る事もせず、ドライバーの気が変わる前にトゥクトゥクに荷物を放り込んで乗り込みます。

 トゥクトゥクのドライバーはそれでも不安だったらしく途中、ビエンチャン市内の路地で客待ちしていたトゥクトゥクのところに立ち寄ると、ドライバーたちを集めて私のところへ連れてきました。1人が"Bus to luangprabang?"と確認。大きく頷くと、相手もトゥクトゥクドライバーに大きく頷いて"合ってるみたい"と告げているようでした。

 トゥクトゥクは町を離れ、所々舗装がはがれた悪路を越えながらどうやらバスが何台も停まっているところへやってきました。入口の看板を見ると"Northern Bus Terminal"。トゥクトゥクのドライバーは恐々私を振り返ります。私が大きく頷くとようやく笑顔。200バーツを支払ってしっかり握手をして別れたのでありました。

 チケット売り場へ着いたのは7時20分頃。ルアンパバン行き7:30の表示を見て、ナイスタイミングと思ったのですが、売ってもらえたチケットは08:00発。なぜか07:30までのバスより少し料金が高いのでした。(後で判りました。08:00のバスはVIPバス。設備も良く。昼食代も含んでいます。)
30分ほどの待ち時間。朝食に充てようと思ったのですが、バス停には菓子パンやスナック菓子程度しか売っていません。出口に肉まんの屋台がありましたが、どうも”朝食”っぽくない。おまけに先ほどまでの大騒ぎで少し興奮しているのか食欲を感じないのです。食事はせずにバスを確認してバスに乗り込みます。チケットを見ながら自分の座席を探すのですが車内は暗く、なおかつ座席番号は油性マジックで手書きされているとは思っておらずなかなか見つけられません。先に乗っていた乗客の男性が座席の横の壁を指さして、”そこに書いてるよ”と身振りで教えてくれました。番号を見るとなんとその人の隣です。

 出発時刻になって、トイレへ行っていた隣の席の乗客が戻ってきました。身振りで隣のバスへ移ると言っているようです。自分もかと身振りで示すと、大きく頷いています。一緒に隣のバスへ移動。他の乗客も皆移動しているので何かの事情で機材変更の模様です。

 こちらのバスにはシート番号はありません。先ほどの男性が身振りで”もう座席番号は関係ない”と教えてくれたので、適当な座席に座ります。結局、バスは空席も目立つまま20分ほど遅れて出発。ビエンチャンのバスターミナルを出た所でいきなり舗装がはがれた悪路にバスは大きく揺れながら走ります。この揺れで450kmは相当キツイと覚悟。外は時折激しい雨も降っています。

 しばらく走ると交通量が少ないためか少し路面状況も良くなったらしく、いつの間にか眠ってしまっていました。外を見るとタイ北部のような田園風景が広がります。タイと少し違うのはバスが走っている幹線道に合流する道のほとんどは未舗装である点です。
 
 バスは時折、バス停に停車します。果物やパンを抱えた売り子が乗り込んできて車内販売を始めます。パンが売られているのがタイと少し食文化の違う所でしょうか。朝食を抜いた私はパンを買おうと思ったのですが、なぜかフランスパンが10本位入ったビニール袋を沢山抱えた売り子たち。フランスパン10本は今回の旅全部使っても食べ残しそうなので中止。

 うとうとしたり、ボーっと外を眺めたりしているうちにバスは山岳地帯に入りました。周囲には雨で浸食されたものと思われるチャップリンの帽子のような形の山々が見渡せます。相変わらず雨が降ったりやんだり。車窓からははるか遠くで激しく降っているスコールを見る事もできました。

 何度目かの停車で、ビエンチャンのバスターミナルで座席番号を教えてくれた男性が寄ってきて”降りよう。食事だ”と身振りで知らせてくれました。食堂へ入ってみるとタイでもよく見る”ぶっかけご飯”。観察していると、同じバスで来た人たちはバスの切符についているCouponを切り取って渡しています。私も3品ほどを選んでご飯にかけてもらい、クーポンで支払いました。今日最初の食事は14時過ぎ。食いしん坊の私には考えられないハードスケジュール。

 食事が14時を回っているという事は、全体に遅れているのかもしれないと考えていましたが、結局ルアンパバンへ到着したのは21時前。バスターミナルから宿探しに行こうと思ったのですが思い直してバスターミナルにある食堂兼売店で腹ごしらえ。ついでに入口にいた女性に”どこかゲストハウスを知ってますか?”と聞いてみたら”バスターミナル内にもあるし、出て左へ行ったところにもありますよ”と教えてくれました。

 食事を終えてとりあえずターミナル内のゲストハウスに料金を聞きに行くと200バーツとの事。外のゲストハウスは3軒当たってみたけれど全て400バーツ以上。ルアンパバンの中心部へ今から行く元気もなく、バスターミナルのゲストハウスへ引き返して1泊する事にしました。小学校高学年くらいの子供がフロント(?)に座っていて、料金を受け取り、鍵を渡してくれました。明日の移動のための情報を聞き出そうと、少し話しかけてみましたが、英語はまったく解さないようでした。

 部屋に荷物を置いた後、もう一度ターミナルの売店へ。立ち並ぶ売店の中で忙しく店じまいしている店の女性が手招きしています。ビールを1本売ってもらって、店じまい後のテーブルを使わせてもらって日記をつけながらビールを飲みます。隣の店ではお店の家族のバースデーバーティーが開かれているらしく、とても陽気で賑やかなカラオケ大会が行われています。ビール一本をゆっくり時間をかけて飲みながら、なんとなくラオスの歌は日本の民謡に似ていなくもないなと考えながらルアンパバンの夜は更けていったのでありました。


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