先日、コロナ感染患者で、自宅待機になっている中、何の手違いか、自宅療養していることを忘れられ、保健所の健康観察がないまま自宅で亡くなって、1週間も経って、ようやく発見されたというニュースが流れた。人手不足で手が回らない上、新たに陽性と判定される人が膨大にあり、その手当てに追われている現状にあって、さらに、これだけ大量の自宅療養者を抱え、健康観察をしっかり行うことは至難の業と言わざるを得ない。このニュースに接し、孤独死が身近なものと感じられるようになった。
昔を思い返してみると、今から30年以上前に、孤独死なんてニュースにならなかった頃に、妻の伯母が孤独死し、1週間以上経って発見された。その人は、看護師をしており、独身で、マンション暮らしだったという。身内との連絡はそれ程頻繁に行っていなかったようだ。妻は、遠方にいて、葬儀等に参列することもなかった。私も、当時、妻や子と一緒に生活しており、孤独死何て無縁だと思い、自分自身の問題として、切実に思うことはなかったように思う。
ところが、妻に先立たれ、子供たちは独立して家庭を持ち、独り暮らしとなった今、それ程自分に無縁のことだと平々凡々と過ごしているわけにはいかなくなった。特に、熱を出して、臥せっているようなときの心細さはかなり深刻なものがある。何としても、孤独死だけは避けたいと思うようになった。
夫婦で日曜日のテニスに参加している人、何でも飼い犬が高齢で、病気がち、テニスをしている時も心配だといって、自宅にWEBカメラを付け、テニスのプレーの合間に、スマホを操作して、犬の様子を見ている。まあ、便利な世の中になったもんだ。こうすれば、遠方にいる人の様子を観察できる。ただし、我が家にWEBカメラを付けられて、息子たちが私の様子を見ていると想像したら、そんなの絶対に嫌だと思う。テレビ電話ならまだしもWEBカメラじゃ、いつ見ているか分からないし、私が何をしている時かも分からない。俺にだってプライバシーってものがあると叫びたい。まあ、勝手と言えば勝手な話なのだが・・・
いつも一緒にテニスをやっている仲間とも話した。LINEでのテニスの誘いに返事がなかったら、私の部屋を訪ねてみてねと話した。また、いつも行く隣の喫茶店でも同様の話をしてみた。マンション暮らし、プライバシーは守られている一方、人の動きには全く無関心というか情報自体が入って来ない。これが、これからの高齢者住宅の大きな課題となるでしょうね。