新潟地震から60年が経過しました。
この地震を契機に国民のための災害保険として地震保険が誕生しました。
1923年関東大震災時も火災保険では地震災害は免責とされ損害保険会社に対する国民の怒りが爆発しましたが、新潟地震が起きるまで災害保険の誕生は損害保険会社に阻止され続けました。
時の大蔵大臣田中角栄氏により今後の大震災を見据え、特に東京や大阪で大震災が起きた場合にも補償できる地震保険の創設を訴え、国が再保険として損害保険会社の巨大な地震リスクを引き受けることによる地震再保険制度を構築しました。
この田中角栄氏のリーダーシップがなければ未だに損害保険会社の反発で地震保険は誕生しなかったでしょう。
よくこの田中角栄氏の功績に対し地元新潟で起きたからとあたかも地元のために地震保険を作ったかのような記事を見ますが、大きな間違いで事実ではありません。記者の勉強が足りなく損害保険会社関係者もよく記事で同様に地元のためと紹介しています。変ですね。
国立国会図書館に議事録が残っており先に書いたとおり将来の日本で起きる大震災を危惧した田中角栄氏の行動でした。