政治的・宗教的変革が経済と文化に影響するので,ほぼ1580年代後半から1670年代までがオランダ絵画の黄金期であろう.その特徴を規定する要素として,
・ネーデルラントの伝統的細密描写と写実表現⇔イタリア古典への憧憬とカラヴァジズムの影響
・市民社会でのパトロンの変化・非注文制作の普及(小画面化と非宗教画の発展)とプロテスタント的嗜好(教訓の表現など)
が挙げられるが,これらの影響の下に,モティーフと作風の多様性が誕生したと考えられる.
画題の分類に関しては,絵画のヒエラルキーが良く語られるが,以下のような分類が一般的であろう.
歴史画(宗教・神話・過去の歴史・物語・アレゴリー)
肖像画(個人・家族・集団)
風俗画(下・中・上流) 室内画・画中画
静物画(花・食卓・器物) 動物画・狩猟画
風景画(写実・親伊) 海景画・景観建築画
ただし,以下の例に示すように,この分類で括り切れないような主題や複数の要素が存在する作品も当然ながら存在する.
左:「アトリエの画家」ピーテル・ファン・エフモント 1640年頃?(当館所蔵)
この作品は恐らく画家自身の自画像であろうが,画面の右を占める小道具となる蒐集品に静物画の趣向を醸しながら,画中画などを含めて風俗画的な室内画に仕上げられていると見るべきであろう.エフモントはライデン精緻派で風俗画家として作品が残されているが,生涯については余り知られていない.
右:「羊飼いのいる風景」ヘリット・ベルクヘイデ 1670年頃?(当館所蔵)
前景に牧歌的な羊飼いの少年達,左中景にはロバに乗ったり坐って糸を紡ぎながら語らう婦人が,遠景には北東からみた古都アーネムの聖ヤンス門と橋が樹木の繁みの中に描かれている.一般的には風景画の範疇に入るが,風俗画としての要素も包含する.ベルクヘイデは建築画に含まれる都市景観画で名を馳せ,教会や市庁舎を市井の人々とともに正確に描いたが,このような小画面の作品も少なからず製作している.屋外の景観に群像を描いた作品を風景画とするか風俗画とするかは群像のウェイト(主題の取上げ方,簡単には画面上の大きさ?)によるかもしれない.
また,下記三点の「シャボン玉を吹く少年」の図像については,左のミーリス作品が典型的な風俗画でヴァニタスの教訓の判じ絵になっているが,それに20年先行する中央のフリンク作品は一見肖像画に見えて,消え行く運命のシャボン玉→左端の書物と髑髏→ヴァニタス,ではこれは子供の遺影として製作されたのだろうかという連想が働く構成になっている.これに対し,右の作品ではシャボン玉を吹いているのはキューピッドで典型的なヴァニタスのアレゴリーの設定と思われ,静物画の画題としての天球儀を美麗な蒐集品とみるか昇天のモティーフとみるかにもよるが,画家は古典に倣った絵画としての美しさを狙っているのは明らかである.
フランス・ファン・ミーリス工房 1663年 フリンク 1640年(ともに当館所蔵) Vincent Casteleyn 1642年(現所蔵先不明)
これらすべての作品で認めうる闇を背景に浮かび上がる構成には,カラヴァッジョの遺功が脈々と息づいている.また,ミーリスはライデン精緻派,フリンクはアムステルダムのレンブラント派(工房を独立した1640年の作),左はヤーコプ・ファン・カンペンに近いアムステルダムの古典主義的作風の好例である.向かって左に描かれている麦わらもシャボン玉に使うのでヴァニタスのシンボルの一つらしい.
当時のオランダの主要都市では,各地で作風の独自性が生まれていたと考えられている.
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