昨年の秋に、「オバマ大統領で世界大変―世界大戦ではありません」と題した拙文が「クライン孝子の日記」に掲載されました。あいにくそのあとにパソコンがクラッシュしてしまい、原稿その他関連記事もなくしてしまいました。
当時の拙文の趣旨は、ヨーロッパ諸国の首脳達には依然として人種差別が根底にあり、オパマ氏がアメリカ大統領に就任すれば、陰に陽に人種差別の風にさらされるから、アメリカの地位は低下させられるだろう、と云うことにありました。
その後のオパマ氏の動向を観察していると、人種差別の問題ばかりでなく、さらにいくつかの問題が内在していることに気づきました。
加えて、大統領選挙を間近にしてサブプライムローン問題をきっかけとしたアメリカ発の世界同時株安、世界金融危機というサイクロン並みの逆風が吹き付けてきました。
今日でさえ、1929年の世界恐慌以来の危機と声高に叫ばれているのに、オパマ大統領実現の確率が高まって、いよいよ来年1月に大統領就任となれば、今日の危機どころでない世界危機が来年にはやってくる、と覚悟しておいた方がよいのではないかと思うのです。
それではなぜオバマ大統領では世界大変なのか。
第一は、いまだに隠然たる事実としての人種差別です。アメリカ自体が今日でも人種差別国家であることは、多くの人が指摘しているところです。アメリカに人種差別なんかありはしない、というのは幻影に過ぎません。むしろ、人種差別があるからこそ人種差別を無くそうと多くの法令が施行されている、と考えたほうがよいでしょう。その中でのアメリカ初の黒人出身の大統領候補なのです。
アメリカが多民族国家であり、とくにアフリカから奴隷として主として南部棉花穀倉地帯に連行された黒人が、奴隷制度廃止により市民権を獲得したわけですが、その後アメリカの全人口に占める割合が年々増加して、黒人が一大勢力を占めるに至りました。現在では、黒人を無視しては国家として立ちゆかなくなるほどになってはいますが、一部の成功者をのぞけばいぜんとして全人口の底辺を構成していることも事実です。アメリカ映画やテレビでは、出演者の中の白人黒人の比率まで規制されている、とも読んだことがあります。数年前のハリケーン被害でも、黒人貧困層が被害者の大半を占めたことは記憶に新しいところでしょう。
それでも、アメリカ国内での人種構成や人種差別はあくまでもアメリカの国内問題ですから、国民が黒人大統領を選ぼうが、WASP(White, Anglo-Saxon, Puritan)出身の大統領を選ぼうが、それについて我々が意見を差し挟む余地はありません。しかし、これが人口1億に満たない国の話であればそれで済みますが、アメリカは経済、軍事などにおいて世界最大の国であり、アメリカがくしゃみをすれば肺炎になってしまう国が世界中にあるのです。
もっとも懸念されるのは、最近めきめきと存在を主張し始めたヨーロッパ諸国の内に秘められた人種偏見です。かつてヨーロッパは文明を興隆し、文化の発信地として自他共に許す国々が並立していました。なかでもスペインの隆盛に続くイギリスの繁栄は世界に及び、19世紀まではパクスブリタニカを謳歌していました。しかしヨーロッパ諸国は小国に分かれて数百年間互いに戦争を続けていました。ようやく現代にいたってEUとして名目上の統一を果たしつつあり、世界経済においてもアメリカ、アジアと共に一極を形成しつつあります。
そのヨーロッパの人々の心底には、ヨーロッパを逃れて新大陸にたどり着いたWASPに対する偏見があり、なかんずくかつて奴隷であった黒人に対する軽蔑の念は隠しきれないところでしょう。
もしもオバマ大統領が誕生してEUの要人と会議を行おうとすれば、はたしてヨーロッパの首脳達はオパマ新大統領が中心の席を占めて会議を主導することを認め、彼の意見に率直に耳を傾け、その言に従うでしょうか。もちろん百戦錬磨の首脳達が底意を表面に出すことなぞ毛頭ないでしょうが、軽蔑の念は通奏低音として鳴り続けるのではないでしょうか。誤解を恐れずに云えば、ウインブルドンのセンターコートに立ったウィリアムズ姉妹を見たときに感じる違和感です。
たしかに前世紀、と云っても20世紀はアメリカの世紀であり、まさにパクスアメリカーナの世紀でありましたが、21世紀の今日その威厳は地に堕ち、世界恐慌の震源地とさえ云われるに至ってしまいました。気の毒にもオバマ大統領は、その悪い時期にヨーロッパの首脳達と対峙しなければならないのです。
利に合えば賛同し、利に合わなければ巧みに拒否する。オパマ大統領はもはやパクスアメリカーナの体現者ではないのです。そこに、新大統領の危うさの第一があるのです。
第二に、これは誰もが云っていることであり、皆が懸念していることではありますが、経験不足です。オバマ大統領は、世界の牽引役にはなり得ません。アメリカの国力をバックに持とうとしてもアメリカそのものが危機的状況です。その結果、アメリカ、ヨーロッパ、アジアと、世界は各極ばらばらにそれぞれ自国を守ることばかりに集中するでしょう。そのため世界同時不況を率先して回避しようとする力は働きません。その間元気になるのはアルカイーダ、タリバンなどのテロ勢力だけではありませんか。まさに世界大変です。
第三が、オバマ大統領に大統領としての資質が本当に備わっているのか、と云う疑問です。弁舌が西欧の指導者に欠くべからざる資質の一つであることは、ジュリアスシーザー以来の常識です。そして過去にも演説が巧みな政治家が輩出しました。近くではジョン F. ケネディの就任演説が有名で、いまだに名演説の模範として生きています。
しかし、演説の巧みさと政治家の実務能力は、必ずしも比例しません。ケネディにしてからが途中で悲劇的最期を遂げたとはいえ、キューバ危機回避の決断と人類の月着陸の実現(約十年後のことですが)をのぞけば、その政策は必ずしも肯定的な内容ではありませんでした。ベトナムへの深入りも一例です。
オバマ大統領候補は、”Change!”と”Yes, we can!”を繰り返すことによって国民の共感を呼びました。しかし、いかに変革していかに国民の期待に応えるか、については未知数です。
最後に心配するのは、このケネディに酷似した演説の巧みさと同時の口先だけの危うさ、それはつい最近韓国史上最低の大統領として石もて追われた盧武鉉大統領との類似です。
盧武鉉大統領は、インターネット世代に支持されて、突然大統領期待度ナンバーワンに躍り出て大統領に就任したのですが、就任数ヶ月を経ずして人気はがた落ち、任期最後には与党からも見放される、という醜態を演じました。オバマ氏が対立候補の保守党マケイン氏をはるかに超えた献金を獲得したのもインターネットでした。ですからそこにオバマ氏の危うさを感じるのです。インターネット世代は熱しやすく冷めやく、駄目と分かれば直ちに捨てて顧みません。
アメリカ大統領は、たかだか人口4,800万人の韓国の大統領とは桁違いの権力の持ち主となります。自らの決断で核戦争のボタンも押せます。残念ながら、オバマ大統領には重すぎる責任です。
ですから、オバマ大統領で世界大変となるのです。