ここのところ事故米と称する食用に適さない輸入米が食用に流通されたとして大騒ぎになっています。もちろん事故米というのは外国で船積みされて日本に向かう途中で海水で濡れて黒カビが生えたり、もともと日本では許可されていない農薬が残留していたりして日本で陸揚げされた後に「事故米」として分類されて食品用の流通を許可されなかった米ですから、メタミドホスなどの残留農薬、黒カビ由来の高発がん性のアフラトキシンなどを含有しており、直接食品に使用されることは論外です。
今回進行中の一連の事件では、食品用ではない事故米が焼酎用としてばかりでなくかき餅や赤飯などにまで使われたのですから大問題になるのはとうぜんで、テレビは主婦らに「怖いですね」「信用できませんね」を連発させています。
しかしこの事件の結果として最初に事故米使用が疑われた関連商品の撤去を始めたのは焼酎業界でした。何故かは知りませんが、焼酎業界がもっとも慌てたようです。
このニュースを見ておかしく感じたのは私だけでしょうか。商品撤去の対象が焼酎であることに疑問を感じたのです。
焼酎は蒸留酒です。原料は米、麦、さつまいも、そば、黒糖などいろいろとありますが、これらの炭水化物を麹菌などでアルコール発酵させた発酵液を蒸留器で蒸留して高純度のエチルアルコールを取り出し、これに水を混ぜて薄めたものです。
蒸留法に連続蒸留法と単式蒸留法があり、前者によるものが焼酎甲類、後者によるものが焼酎乙類と酒税法で分類されています。
蒸留法というのは、焼酎に限らず、蒸留水、石油製品、その他いろいろな製品の製造に用いられており、沸点の差を利用した古典的な分離法の一種です。
焼酎の場合、取り出したいのはエチルアルコールで、エチルアルコールの沸点は大気圧下で概ね78℃です。したがって天辺にパイプをつけた容器に上記の発酵液を入れて約78℃に加熱すれば、パイプからエチルアルコールの蒸気が出てきますから、これを冷やせばエチルアルコールが得られるわけです。
蒸留法の利点は、蒸発しない固体物質、たとえば砂糖が発酵液に混入していても蒸発せず、また沸点が78℃以上のものも蒸発してきません。(厳密には共沸混合物、昇華性物質などが混ざることは考えられますが、焼酎の製造においては原料由来の香り物質が微量混入する可能性が一番高い。純粋アルコールなのに原料によって特有の匂いがするのはこのためと考えられます。)
最初に書いた事故米を使ってアルコール発酵させた場合、米由来のデンプンは麹菌によるアルコール発酵を経てエチルアルコールに転化しますが、メタミドホスなどの農薬や黒カビ由来のアフラトキシンなどは沸点がないか、あってもエチルアルコールよりもはるかに高いはずですからアルコール蒸留温度では揮発しないでしょう。
ですから、焼酎に農薬や発がん性物質が混入する可能性はほとんどないはずです。ここまでで「はずです」をたくさん並べたので、もしかすると混入するのではないか、と疑われるかも知れませんが、私自身が焼酎の精密分析を行ったわけではないので断定はできないだけです。しかるべき機関で精密分析すればすぐに分かることです。
くりかえしますが、今回の事故米のヤミ転用事件に焼酎業界が振り回されているのは大部分イメージの問題、メーカーとしてのイメージ、商品としてのイメージを損なうから、ということが理由ではありませんか。
もっと勘ぐれば、焼酎メーカーは焼酎が蒸留酒であるから事故米でも問題は起こるまい、と承知した上で安い事故米を原料としていたのかも知れません。少なくとも売り主であった三笠フーズは蒸留酒である焼酎の原料として使われるのであれば問題ないと認識していたと思いますし、焼酎メーカーも同じ認識のもとに長年事故米のたぐいを使い続けていたものと思われます。焼酎メーカーは、自分たちは三笠フーズにだまされた被害者である、というポーズをとっているのではありませんか。ですから余計に慌てているのかも知れません。
それが証拠に、蒸留を伴わない清酒業界では今のところ事故米転用の事実が明るみに出ていません。清酒では、農薬も発がん物質もそのまま製品に含まれてしまうからですし、第一味や匂いであからさまになってしまうでしょう。もし清酒に事故米が用いられていたとしたらその清酒メーカーの清酒は全く信用できませんし、清酒メーカーとしての良心が全く失われているとしか思えません。良心的な清酒メーカーであれば原料米に徹底的にこだわるからです。そして原料米の受け入れに細心の注意を払っているからです。納入業者のいうがまま自分達の目で確かめもせずに原料米を受け入れるなんてまともな清酒メーカーのすることではありません。「原料業者にだまされた」は言い訳にはなりません。
ただ、清酒でも問題があります。清酒製造においては、醸造アルコールの添加が認められていることです。これは、防腐・香味向上を目的として添加されるものですが、もしここで使う醸造アルコールが事故米使用のものであれば、焼酎とおなじ疑問が生じるわけです。しかし、清酒本体に事故米が使われていなければ、後添加される事故米を原料としたエチルアルコールには、残留農薬やアフラトキシンが残っている可能性はまずないでしょう。この点は事故米使用の焼酎と同じに考えてよいと思います。
それにしても、消費者がここまで勘ぐらなければならないとは情けない国になったものです。