民主党野田政権末期の9月に,原子力規制委員会なる政府とは独立の機関が設立され,過去の津波などによる原発事故に鑑み,すべての原子力政策を一元管理することになりました。
ただし,この原子力規制委員会は,本来国会の承認を必要とされることになっているのに,野田政権倒壊のどさくさもあり,未だに国会承認は得られて居らず,正しくは野田総理の恣意に任されていると云っても過言ではありません。
野田政権に代わることになっている自民党安倍総裁も,この点は当然と云えば当然ですが,今月26日の首班指名までは手つかずのままになっています。昨日の報道によれば,安倍氏は原子力規制委員会の構成は民主党野田総理の指名のままで容認する考えであると語っていました。
しかし問題なのは,一見公平そうに見える第三者機関であるはずの原子力規制委員会なるものが,決して公平とは見えないのです。
はっきり云えば,野田総理が30年代に原発ゼロとすると明言している方針に添う規制を作ろうとしているのではないかと思えるのです。
例えば,原発建設あるいは運営に決して認められない条件として,活断層の存在があります。
これまでは,過去12乃至15万年まで遡って活動が認められなければ,それは活断層と認めないでも良い,とされてきました。
ところが,原子力規制委員会が新たに定めたのは,40万年まで遡ることと規制を強化しました。
この規定を認めれば,喫緊の課題である東北電力東通原子力発電所(青森県東通村)敷地内の断層(破砕帯)は活断層と烙印を押されて,東通原発は最悪の場合,廃炉にせざるを得なくなるようです。
しかし,破断層については,未だ理論が確立されているわけではなく,ましてや,過去40万年もの間,この場所で何が起こり,何が起こらなかったかを明言することなぞ,どんな専門家でもあり得ないはずです。いや,明言する専門家と称する人たちは,はっきり云って基本的科学知識も,確率に関する知識もないと云えるでしょう。
本当の科学者は,断言しないものです。断言できないのです。
それを断言すると云うことは,秘められた意図として政治的意図があるとも考えられます。
それは,明日12月26日には消滅する民主党野田総理の「30年代原発ゼロ」の意図に添ったものを遺そうとしているからでしょう。学者・専門家と称する人たちの間にも,御用学者がつきものです。時の権力にすり寄る学者も多いのです。
自民党安倍総裁が,野田政権が遺す原子力規制委員会委員をそのまま継承するとしているのは,明日から連立政権を担おうとしているパートナー・公明党が,将来的原発ゼロの政策に固執しているからに他なりません。
満足な資源もない日本が世界に主張できる技術立国は,世界第一級とも云える安定電源を確保できていたからです。
半導体技術ひとつをとっても,世界一安定で高精度の電源あっての技術です。
それは,再生可能エネルギーなぞという,ありもしない夢あるいは童話に近い幻想で維持されるものではありません。
いまだに原発コワイコワイ病にとりつかれている人たちに阿るセンチメンタル・ポピュリズムの弱小政党は勿論のこと,選挙での得票数しか念頭にない政治家までが,いまだに技術立国日本のあるべき姿から目を背けたままなのです。
このままでは,野田総理が意図している30年代原発ゼロの底意にしてやられます。
野田総理は,政権倒壊と引き換えに,消費税値上げ法案を成立させました。
これだけで「もって瞑すべき」ではありませんか。
城山で自刃した西郷隆盛は,最期に「もうええじゃないか」と一言遺したと伝えられています。
野田総理はよく頑張りました。それは国民の多くが野田総理の功績とするところでしょう。
「もうええじゃないか。」
変な置き土産,時限爆弾を仕掛けて去るのはよくありませんね。永遠の悪名を遺します。