地理の部屋と佐渡島

2009年4月よりの佐渡単身赴任があけ、2014年4月より長岡へ。別れが絆をより深めた。今後ともよろしくお願いします。

山本五十六生家 「衣食住のことで 文句を言うんじゃ無い」

2017年03月04日 10時34分05秒 | 新潟地理歴史

新潟地理歴史・写真撮影:2017.03.04

 

 

 

大日本帝国海軍・連合艦隊司令長官 山本五十六

 

 

Photo-01 愛車ベクスターと共に

 

 

 

 

 五十六はこの肩書きの下で太平洋戦争と遭遇し最後を迎えた。明治17年生まれの五十六は旧長岡藩士高野貞吉の六男として生まれた。日本海海戦で負傷の後海軍少佐の時長岡藩家老山本家の名跡を継ぎ、妻禮子と結婚。さて、日本が米英との開戦へと向かっていく中、彼がどのような思いを持っていたか、そしてその思いがなぜ報われることが無かったか。歴史小説などを好んで読めば分かるが、言うまでも無いことであろう。

 

 

 

Photo-02 生家のある公園奥に胸像がある

 

 

 

 

Photo-03 長岡駅からここは近い

 

 

 

 明治維新以後の日本の歴史には賛辞を送れぬところが多々あるが、その中にあって山本の残した言葉には今でも支えとしたいものがある。


衣食住のことで
文句を言うんじゃ無い
とるに足らないことだ
男子には大目的を
貫徹することが一番で
それ以外は枝葉末節だ
山本義正著『父・山本五十六』

 

 この言葉は山本が長男義正に残した言葉である。自分の日常と、既に成人している子らの教育に至らない部分ばかりが見え、思わず襟を正したくなる。撮影した当日に記事作成。そしてアップロードしている。

 

 

 

 

Photo-04

 

 

 

 

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Photo-06

 

 

 

 

Photo-07 生家(復元)

 

 

 

 

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Photo-09

 

 

 

 


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写真撮影:2017.03.04 長岡市坂之上
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2017年 地理の部屋と佐渡島 
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http://blog.goo.ne.jp/dachasnowman/
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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
山本五十六 (mcnj)
2017-03-04 14:02:28
太平洋戦争開戦に異を唱えた、日本海軍の、指導者でしたね。
己の力と、敵の力を、良く、分析して、己たちが、どうすべきかを、わきまえていました。

戦争末期、情報戦争に勝ち目がない、日本軍の戦闘機で、無謀な飛行で、撃墜されましたが、自らの死を覚悟していたのでしょう。
こんばんは (karin)
2017-03-04 21:12:59
地理佐渡..さん こんばんは

山本五十六のことを、父がよく話して
くれたことを思いだしました。
尊敬していたのですねぇ。
おはよう御座います (安人(あんじん)です)
2017-03-05 05:38:09
(村夫子B U N)

山本五十六。。

横須賀の料亭 小松にもよく来られていたそうです

屏風にサインが有ったそうです

海軍料亭とも言われて居たそうです

多くの海軍の方が来られて居たそうです

昨年火災で・・復興中です









Unknown (つちや)
2017-03-05 05:59:51
お早うございます
山本五十六長官、小学校4年生の時の授業で担任から聞いて
みんなが泣いて悔しがりました。 そんな思い出が頭をよぎりました。
同じ県人として誇りを持って居たことを思い出します。
お越しの皆様へ。 (かんりにん..)
2017-03-05 08:46:33
おはようございます。昨日は午前中休み
でしたので、銀行に行き、その帰りに今
回紹介の公園に立ち寄りました。撮影
即アップ。久しぶりのことでした。

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■mcnjさんへ。
長岡が誇る偉人の一人です。昔の人は
本当に質素でした。生活が質素である
一方、身につける教養や知恵は深い。
よくよく考えますと豊かなのはどっち
だろうと考えてしまいます。

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■karinさんへ。
そうでしたか。あまり軍人を賛辞する
ことは好ましくないものと思いますが、
やはり五十六さんは別になりますよね。

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■安人さんへ。
ああ、そうでしたね。横須賀ですから
五十六さんはある意味仕事場でもあっ
たはずでした。料亭小松の再開。
嬉しいですねぇ。


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■つちやさんへ。
>山本五十六長官、小学校4年生の
時の授業で担任から聞いてみんなが
泣いて悔しがりました。

心温まる風景ですねぇ。
日本は明治維新後に行く度も戦をし、
いつの頃からか自分が巨大化してい
ると妄想し始めていたようです。
おりしも未熟な資本主義の中にあっ
て、景気の波に次第に閉塞感が漂う
中、勘違いが世を覆っていったよう
です。気をつけたいのは今もそうな
りはしないかと言うことです。

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