新・定年オジサンのつぶやき

残された日々をこの世の矛盾に対して勝手につぶやきます。
孫たちの将来に禍根を残さないよう、よき日本を「取り戻したい」。

岸田内閣による戦前回帰の軍国主義・日本は戦争が視野に入ってきた

2023年02月20日 13時51分10秒 | 戦争と歴史

国家試験合格者はその試験内容に関する専門知識を十分に勉強すれば一般的には合格できる。
 
「一般的」とは受験資格があるか否かであるのだが、その人の生い立ちや主義主張などは受験の際の条件にはない。
 
言い換えれば、国家試験合格者でも一般常識に欠如している人間は決して少なくはないということであろう。
 
例えば日本の最高学府の大学と言われている某大学の卒業生たちはみんな人間として優秀かといえば残念ながら真逆の人物も多数存在する。
 
そんな連中はその専門知識が生かせる組織内で活躍していれば特に悪影響を及ぼすことははないのだろうが、ひとたびその国家資格保有という肩書きのまま、素人やお笑い芸人まで幅広く門戸を開いているテレビメディアの世界でその肩書にふさわしくない言動を行えば顰蹙を買い批判もされることは言うまでもない。
 
だいぶ前書きが長くなったが、16年も前だが、当時大阪府知事選への出馬を「2万パーセントない」とまで言い切っていたのが橋下徹弁護士だった。
 
コヤツは今では民放テレビ局の朝の情報番組の総合解説者という肩書でたびたび「持論」を開陳している。 
 
5日前には、「橋下徹氏 靖国参拝に持論『首相や天皇ができる環境を』メッセージの必要性説く」という記事があった。
 

元大阪市長で弁護士の橋下徹氏が16日、に自身のツイッターに連続投稿し、靖国参拝についての持論を掲載した。
 橋下氏は2月8日に出版され、話題となっている「安倍晋三 回顧録」を読んだことを伝え「安倍さんですら首相在任中一回の参拝で精一杯。二回目は無理だったと。これが現実。」とした。「首相や天皇が靖国参拝もできない国が、いざというときに自衛隊員や国民の命を犠牲にする指揮命令などしてはいけない。」と指摘した。
 さらに、参拝している他の政治家に対しては「首相の立場ではない気楽な身分で靖国参拝して自己満足している」などと厳しくコメント。「政治家たち、もうそろそろ首相や天皇が靖国参拝できるような環境を命をかけて作れ。」と呼びかけた。「防衛力の強化は予算増額だけでなく兵士、自衛隊員への国民の心も決定的に重要だ。」と自衛隊員の心理に配慮した。
 「首相や天皇が靖国参拝できる環境」のためには「戦争指導者を祀る施設と兵士のそれを分けることが必要不可欠だ。」とコメント。具体的に「A級戦犯」とは記述しなかったが、「分祀」の必要性を説いた。
 「宗教上の分祀か否かに踏み込まなくていい。首相や天皇は戦争指導者に参拝しないというメッセージで必要にして十分。兵士のみにしっかり参拝。」と“スタンス"を示すことが必要だと説明。「今の靖国では高市さんが首相になっても参拝はできない。」と参拝を欠かさない高市早苗氏の名を例に挙げて指摘した。

  
この記事内容に関してはネット上の賢明な読者から以下のようなコメントが寄せられていた。
 
●統一教会問題でも橋下氏はたまに変な事を言っていたように感じたが、国家が国家として、また天皇が国の象徴として、参拝する先が新興でもある靖国である必要性はどこにあるのか、その説明も根拠もなくそれっぽい事を述ベルことは法律家としてどうなんだろう?
なぜ、千鳥ケ淵戦没者墓苑のような施設ではダメなのか、その理由はなんだろう?
立法的な議論っぽい事を言うのなら、その言説と対立している課題にも触れて反証があるならそれを説明すべきだし、他の選択肢ではなくそれを選ぶ理由や、法的な根拠、他の法との整合性など説明すべきではないのか。
靖国問題はいつも判然とせずモヤモヤするのだが、国家ましてや天皇にまでに敬えと言うのなら、法律家として納得のいく前提、根拠、理由を説明してみてほしい。
●いざというときに自衛隊員や国民の命を犠牲にする指揮命令などしてはいけない。
この話がおかしくてですね。侵攻されたとき、抵抗すれば当然死傷者が出ますが、抵抗しなければ、数百万単位の犠牲が出ます。
参拝ができる環境は関係なく、犠牲を最小化する行動はすべきなんですよ。
橋下氏のいつも間違ってるのはここ。
増税するならまず政治家が負担を、みたいな話で、増税の是非から逃げて、政治家に負荷かけたら愚策もOKみたいな話してること。

 
橋下徹の「持論」に対して、同じ弁護士ながらもかつて「靖国神社問題関連訴訟」に関わっていた社会派弁護士の澤藤 統一郎がブログで橋下徹を徹底批判していた。
 
靖国美化論・靖国公式参拝促進論は、好戦派の妄言である。」 
 
橋下徹が、2月16日にこうツィートしている。
「首相や天皇が靖国参拝もできない国が、いざというときに自衛隊員や国民の命を犠牲にする指揮命令などしてはいけない」
 やや舌足らずで稚拙な一文ではあるが、言っているのはこういうことだ。
 「いざというときに、果敢に自衛隊員や国民の命を犠牲にする指揮命令ができる国にするためには、首相や天皇の靖国参拝を実現しておかねばならない」
 これは法律家の言ではない。典型的な伝統右翼扇動者の思考パターンである。こうもあからさまにものを言う人は、最近は少ない。
 もう少し敷衍し忖度して、橋下ツィートの真意を解説すれば、こうでもあろうか。
 「近い将来において我が国が戦争当事国になる事態はけっして絵空事ではない。その、いざというときには、国家は躊躇することなく、果敢に自衛隊員や国民の命を犠牲にする指揮命令ができなければならない。およそ、戦争に勝利するためにはそのような苛烈な国家意思の貫徹が必要なのだ。戦時において、自衛隊員や国民の命を犠牲にする果敢な指揮命令が可能な国家にするためには、平時から首相や天皇の靖国参拝を実現して、国民の精神を『国家のために死ねる』という精神構造を培っておかねばならない。首相や天皇の靖国参拝は、そのような手段として有効なのだ」
 これは、戦前の天皇制国家公定の思想であり、戦後は伝統右翼のナショナリズムや大国主義・軍国主義の願望の中に、連綿と引き継がれてきた想念である。
 靖国への対応は良識ある国民に重い課題である。過去の問題であるはずが、清算されずに積み残されて、「再びの戦前」といわれる時代に、靖国神社礼賛論が必ず蒸し返される。橋下ツィートもその類いの一文。
 橋下は、続くツィートでは「命を落とした兵士に尊崇の念を表すると口で言うだけの政治家たち、首相の立場ではない気楽な身分で靖国参拝して自己満足している政治家たち、もうそろそろ首相や天皇が靖国参拝できるような環境を命をかけて作れ」とけしかけている。その具体策として、「首相や天皇が靖国参拝するためには、戦争指導者を祀る施設と兵士のそれを分けることが必要不可欠だ」との提案が持論のようだが、「宗教上の分祀か否かに踏み込まなくていい。首相や天皇は戦争指導者に参拝しないというメッセージで必要にして十分。兵士のみにしっかり参拝」とも言っている。いずれにせよ、靖国神社公式参拝推進派であり、戦争推進派の言にほかならない。
 靖国とは、「君のため国のために命を捧げた戦没者を神として祀る」宗教施設であった。もちろん、伝統的な神道に基づく神社ではない。明治政府が発明した「天皇教」という新興宗教の教義に基づく創建神社である。
 靖国神社は、天皇の意向で創建され、天皇への忠死の軍人を顕彰する施設であり、新たな祭神を合祀する臨時大祭の招魂の儀には、必ず天皇自らが「親拝」した。徹頭徹尾、天皇の神社であった。
 また、戦前靖国神社は陸海軍の共管とされ、陸軍大将と海軍大将とが交替で宮司を務めた。徹底した軍国神社であり、戦争神社であった。だから靖国神社とは、宗教的軍事施設でもあり、軍事的宗教施設でもあった。
 統一教会の伝道教化活動の報道が、世論にマインドコントロールという言葉を思い出させている。オウムの報道の際も同様だった。しかし、天皇教のマインドコントロールの規模の壮大さや、その成功に較べれば、統一教会もオウムも、チャチなものではないか。権力による一億臣民のマインドコントロールに成功した天皇教体制の軍国主義的、侵略主義的側面を代表するものが、靖国の思想であり、靖国神社という宗教施設であり、国定教科書を通じて全国民(臣民)に「忠義のために死ね」と教えた教育である。マインドコントロールの極致というべきであろう。
 敗戦後の日本の民主化は不十分で、天皇という有害な存在を廃絶することができなかった。しかし、憲法は天皇を人畜無害とする幾つかの制度を調えた。その一つが政教分離原則(憲法20条)にほかならない。天皇も首相も、靖国神社に関わってはならないのだ。
 保守派は、かつては靖国の国家護持運動に取り組んだ。憲法上の政教分離原則から、その実現は困難と悟って、靖国神社公式参拝促進運動を本流としている。これもはかばかしい成果を上げ得ていない現状で、手を替え品を替えて、戦争準備としての靖国再利用に余念がないのだ。
 靖国神社礼賛論や、その一端としての公式参拝促進論は、戦争への地ならしである。「戦死者をどう追悼し、どう扱うべきかを定めずにして、戦争突入はできない」「国家が、戦死者を厚く悼む施設も儀式も用意せずに、戦死を覚悟世よとは言えない」という意識が権力側にあるからである。
 「戦争が近いことを覚悟せよ」「そのための準備が必要だ」との立論ではなく、「絶対に戦争を避けなければならない」という議論をしなければならない。橋下流の好戦論に惑わされてはならない。

  
大変わかりやすい、説得性のある内容である。
 
願わくばこの内容を橋下徹が読んでキチンと反論なりをしてもらいたいものである。
 
橋下徹よりも過激な発言をして国内のみならず海外メディアからも物議をかもした 顰蹙輩がいる。
 
イェール大学アシスタント・プロフェッサー、一橋大学特任准教授、東京大学招聘研究員という肩書なのだが、数年前の発言が最近取り上げられ、「イェール大・成田悠輔氏の“集団自殺”発言、世界中で怒られるより笑われた「あなたから切腹どうぞw」ということになった。
 
さらには、中学生にまで影響を与えているという。


 

 
昨今の嘆かわしい風潮を老ジャーナリストは冷静にこう分析していた。
 
初めて知る三浦瑠璃<本澤二郎の「日本の風景」(4720)
 
<「東京地検特捜部に狙われている菅義偉」と元朝日記者情報>
正体が暴かれてきたNHK党や参政党などに興味も関心を持たない人間だからというわけではないが、息子が持ち込んだ大型テレビを廃品回収業者に持って行ってもらい、なんとなく清々した気分になって大分経つ。したがって三浦瑠璃がどうのこうのと言われてもピンとこない。第一杉田水脈という政府高官がいたという悲劇的な事実も、ようやく認識できるようになった。笑われそうだが、目下の統一教会と神社本庁による極右カルト教団と背後の財閥についての本筋は、誰よりも見極めているつもりである。国家主義台頭の今だ!
 政教分離という歴史の教訓から手にした日本国憲法を、日本国民はしっかりと理解し、そのことを投票行動で実行する責任と義務を負っている。
 そこで最近になって話題の女性タレント「学者」を、自民党政治に参画してきた友人が、ひどく下らない人間だと評価していたことを思い出した。本日貼り付けた、友人が送ってきたYoutube動画を見てよく理解した。テレビを見ない凡人ジャーナリストは、このYoutube動画を見るようになったが、情報操作を狙う悪質なものが少なくない。それに短いものであればいいが、長いものだと見る気がしない。
 それなのに元朝日記者の発言は、しごくまともなので小一時間かけて見てしまった。三浦瑠璃の化けの皮が剥げてしまった。
 
 
<テレビ・週刊誌総なめおばさんに文春・新潮も無様な沈黙>
 傷物物件を安く買いたたいて、それを蓋掛けして高い値段にして売りつけるという、夫妻の詐欺的ビジネスに検察がメスを入れたというのである。この女の背後に政治屋がいた。安倍晋三と菅義偉だ。
 検察は三浦夫妻の逮捕というよりも、亡くなったあべはともかく、最近菅の御用記者が賢明に持ち上げている菅に、東京地検が狙いを定めているとの検察情報を明かしている。
 安倍犯罪は菅の犯罪でもあり、とても擁護出来ない。「菅の反逆に岸田文雄サイドが動いている」というような下衆の勘繰りもあるようだ。確かに菅は宏池会から逃げ出して安倍の側近になった。安倍犯罪の処理で悪しき実績を上げた。短命だったが、首相になった御仁だ。
 問題は、この三浦事件を新聞テレビが全く報道していないということだ。正に文春か新潮の出番だが、こちらも遠慮して報道しない。言論界の死を意味する。たかだか「美人さんだから」「タレントだから」で報道しない?想像できない無様な対応が、大問題だという怒りの指摘も。
<軽薄短小・かんなくず人間ばかりのテレビ界=まともな文化人ゼロ>
 テレビ時代を「1億総白痴化」と評したものだが、それでもNHKはそれなりに国民の目線を大事にしてきた。それが安倍の10年で一変した。
 清和会最大のスポンサーである笹川ギャンブル財団の関係者をテレビに出すという予想外のことが起きた。安倍と関係する人物が政治を評論するという、それこそ国民を愚弄するような事態まで常態化した。三浦はそんな一人だった。
 全く知らなかったが、彼女は菅が官房長官時代に政府の肩書までもらっていた。菅の権力の乱用も極まっていた。
 佐藤栄作時代の官房長官・保利茂は、中曾根康弘を「かんなくず人間」と評した。マッチ一本で燃え尽きるとの意味だが、目下の新聞テレビに登場する人物は、全てが軽薄短小・かんなくず人間といえなくもない。
 まともな文化人がいない日本なのかもしれないが。
<新自由主義は縁故資本主義=権力ぶら下がり人間がテレビ占拠>
 検察に強い元朝日記者は、竹中平蔵などの新自由主義人間も俎板の鯉にして小気味よく切り刻んでいた。「縁故資本主義」とは初めて聞くが、大いに頷ける表現だ。
 縁故主義の元祖はA級戦犯の岸信介であろう。満洲国時代の仲間をかき集めて政権を転がした。清和会の源流である。文鮮明もその一人だった。侵略者であろうが、泥棒でも過去は問わない。
 何事も「国家」「天皇」のもとに集結させて、過去をチャラにする。これは目下のプーチンも使っている。ゼレンスキーもそうだろう。縁故主義で政権を維持する体制のほころびを、7・8安倍銃撃事件で国民に見せつけてくれた。
 清和会化した自民党と公明党と維新と国民民主、立憲民主党にも厳しい視線が集まっている。日本共産党も揺さぶられている。自由民主を放棄した自民党、平和を放棄した公明党、野党らしさを放棄した維新・国民民主と立憲民主党、日米安保破棄を忘れた共産党か。
 貧民強兵の戦前回帰の軍国主義・日本は目前か!戦争が視野に入ってきたような岸田内閣のもとでの検察とジャーナリストの使命は、すこぶる重いものがある。

  
 最後に、「正に文春か新潮の出番だが、こちらも遠慮して報道しない」と指摘されていた文春が久々に大掛かりな検証記事を発表していた。
  
 「《徹底検証》安倍元首相暗殺「疑惑の銃弾』
 
肝心の個所は「有料」となっているので検証に協力した人の動画を紹介しておく。
 

  

 
   
   
野党時代の安倍晋三に秋波を送っていたのが橋下徹で、政権を「トレモロシ」た安倍晋三を後ろ盾にしていた三浦瑠璃。
 
そして「疑惑の銃弾」でこの世を去った安倍晋三。
 
A級戦犯の岸信介の「縁故主義」の脈絡は延々と現在にも続き日本の政治に害毒を流し込んでいたのであろう、とオジサンは思う。  
 
    
       
  

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