エスティマ日和

『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』2章まで収録の、エッセイ集です。独立しました。

名刺エレジー

2005年12月09日 | 雑記
会社がまだ株式会社になる前。つまり12年も前のこと。
その前身であった僕の会社は、名刺が木でできていました。それも桐。
桐と言えば、箪笥でも高級なものにしか使われない『高級木』。1枚50円。当時はそりゃぁちょっとした自慢でした。

この自慢の「桐の名刺」ですが、ちょうど駅弁のフタに使われるような薄切りで、木目もくっきり。
手触りも、いかにもキリ!
渡す人渡す人、それぞれ驚いてくれたものです。
「え?これって木ですか?」
「いやぁ。桐ですよ。桐!弁当のフタにも使えます」
「へぇー」
名刺を渡すときは、当然「初対面」ですから、とかく話題に躊躇するものですが
この名刺だと、それだけで話題になってくれるので、とにかく便利でした。
いわゆる「つかみはオッケー」というやつです。

ところが。

CGの開発を終えた頃(日経に掲載される前)、ひょんなことで、かの松下グループと商談をする運びになりました。
(よくこのブログには松下グループが登場しますが、まったくの偶然です。他意はありません)。
しかも先方もたいへん興味を持ち、重役陣がそろって会ってくれる、とのこと。
まだ個人会社であった弊社にすれば、これは一大商談なわけですから失敗は許されません。
私たちは数日も前から、この商談の準備をしました。

名刺のわたしかたから、プレゼンのシミュレーションまでやって、あとは本番のみ!
人事を尽くして天命を待つ、ってやつです。

そして当日。

巨大なビルの巨大な会議室に案内され、浮き足立つのを超えて武者震いさえしていましたが
頭の中では、松下重役陣と会ったときのことを、ちゃくちゃくとシミュレーションしていました。
でも、私たちには「つかみはオッケー」の桐の名刺がついていましたから、すでに導入部は安心です。

そして松下グループの重役たちがぞろぞろと登場。その数、ざっと15人。
こちらは3人で、すでに多勢に無勢で押されておりましたが、いよいよ名刺交換です。
たのんだぞ!「桐の名刺」!

ところが私が名刺をつかんで渡すより早く、先方の一番偉い人が、私に名刺をわたしました。
ちょっと黄ばんだ紙の名刺です。
そして

「弊社の名刺はリサイクルペーパーなんですよ。自然は大切にしませんとね」

確かに。リサイクルマークと、わざわざ「この紙は再生紙です」の文字。
当時は、まだまだ再生紙がめずらしい時代で、普通紙よりずっと高価でした。さすがに大メーカー。エコロジーに目をつけるのも早い。

が。困ったのは我々でした。この状況下で
「うちの名刺は木を伐採したてのやつです」とは言い出せません。

しかし、他に名刺を持っていませんから、差し出すしかない。
ああ・・・なんで桐?
急遽、通り一遍の挨拶に切り替え、名刺をわたしましたが
この一番偉い人は、しばし私の名刺を見つめながら「ほほぉ」とだけ唸りました・・・・。
まぁ、その気まずいのなんの。

これを15人分。針のむしろの「木材と再生紙の交換」を終えまして、ようやく着席。
が、松下の方々は、しばらく我々の「反エコロジー」な名刺をながめつづけているわけです。
まるで「我々松下がグループを上げて再生紙によって節約したCo2を、こいつらが使いまくってしまった」とでも言いたげな、目、目、目×30。

しばし沈黙が続いた後、件の一番偉い人が
「ま。いいでしょう。始めましょうか」

なにが「ま、いい」んでしょう?ボクたち、まだなんにもしてませんけど・・・・。

この「再生紙」VS「伐採したての桐」の雰囲気は、最後まで尾をひきまして、プレゼンはシドロモドロ。
まったくもって悲惨な商談となったのは言うまでもありません。

この一件以来、弊社の名刺も紙になったのでした。
めでたしめでたし。

めでたくねーよ!