
地震発生の最初の夜はネットカフェにいたので、ほとんどの時間テレビかネットを観ていた。これだけ長時間テレビのニュースを観たのは何年ぶりか、というくらいに観た。いろいろな局を少しずつ観る、ザッピングという形でこんなに観たのは、それこそ阪神・淡路の時以来だろう。
翌日にはもう観る時間はドンと短くなり、翌々日には初日の10分の1くらいになった。車で出かけることがあったので、カー・ラジオも聞いていたが、いずれにしろずっと聞いていられない。
だんだん腹が立ってくるからだ。理由は細かく書く必要もないだろう。
だいたい、テレビでもラジオでも、同一局で1分が限度。1分経つと、チャンネルを変える。それをくり返しているうちに、観るもの、聞くものがなくなる。
時間の経過とともに、案の定増えてきたのは「がんばれ」の声。「被災者がんばれ」「自衛隊員がんばれ」「日本がんばれ」。
もちろん、頑張らなくてはいけない。言われなくてもわかってる。まともな人間なら言われなくてもわかっていることを、各局横並びに、これでもかと放送してくる。
美談でまとめてんじゃねえよ、と言いたくなる。ほかに報じることがないなら、放送も各局順繰りに「計画休止」すればいいのに、と思う(節電にもつながる)。
挙句は「枝野がんばれ」。枝野のがんばりと、炉心の冷却の因果関係が知りたい(あるか、そんなもん)。
同時にこれまた案の定、「これほどの大災害でも略奪等が起きない。日本人は我慢強く礼儀正しい民族だ」という自画自賛モードが現れる。買いだめに走る人が多く物が不足している、という矛盾した現実は誰もが目の当たりにしているくせに(しかも、実際は宮城で強盗や略奪も起きてるという…誰が責められる?)。
書きたいことは山ほどあるが、それはいずれ、ぼちぼち。僕が書かなくても、原発のことなど、重要な事柄については他の人がたくさん書いていて、多くの人はちゃんとそこに辿り着いていると思うので、僕は毛色の違う記事を意図的に書いてみる。
音楽でもどうぞ、ということで。
先月、ニューアルバム『Hardcore Will Never Die, But You Will』を引っ提げて来日公演も行なった、スコットランド出身の「ポスト・ロック」の旗手、モグワイ。今年に入ってから結構ハマッている。
彼らの2006年にリリースされたアルバム『Mr. Beast』(これ傑作!)の収録曲、「Travel is Dangerous」を紹介したい。モグワイは珍しいインストゥメンタル中心のバンドで、荘厳なオーロラのようなギターの轟音の厚みと、メランコリックな鍵盤のメロディの織り成す対照性が「詩」の次元に高まる、そのあたりが聴きどころだと思う。逆に、普通の「歌もの」が少ない。アルバムによっては、全曲インストだったりもする。
「Travel is Dangerous」は数少ない歌ものの曲である。詞の内容は、2000年に起きたロシアの原子力潜水艦クルスク号の沈没事故にインスパイアされて書かれたそうだ。
もちろん、その犠牲者への哀悼というのを飛び越えて、普遍的・象徴的な意味を込めた歌になっている。僕は最初にこの曲の歌詞を読んだ時から、ああ、俺達全体が「旧世界」という老朽艦に乗り合わせている、そういうメッセージではないかな、と感じていた。今、原発震災が現実のものとなって、ますますそう感じるのである。
訳詞は例によって素人判断での意訳なので、厳密にはおかしいところがあるかも知れない((?)のところなど)。原詩と合わせて載せておくので、ここは違うだろうというご指摘があれば遠慮なく。
PVはこちら。ヘンな生き物が出てくるアニメで、最初はなんのこっちゃと思っていたが、じわりじわりと意味に思い当たるような。不思議なPV。
(おまけ)
モグワイの「歌もの」ではもう一曲、2001年のアルバム『ROCK ACTION』の中の「DIAL:REVENGE」という曲が素晴らしい。ウェールズ出身のシンガーに、ウェールズ語で歌ってもらっている。ウェールズのことはよく知らないので、ウェールズ語なんてまだ使われてるのかと、そのことだけでも驚いた。日本で言えば、アイヌ語で歌っているみたいなもんだろうか。
翌日にはもう観る時間はドンと短くなり、翌々日には初日の10分の1くらいになった。車で出かけることがあったので、カー・ラジオも聞いていたが、いずれにしろずっと聞いていられない。
だんだん腹が立ってくるからだ。理由は細かく書く必要もないだろう。
だいたい、テレビでもラジオでも、同一局で1分が限度。1分経つと、チャンネルを変える。それをくり返しているうちに、観るもの、聞くものがなくなる。
時間の経過とともに、案の定増えてきたのは「がんばれ」の声。「被災者がんばれ」「自衛隊員がんばれ」「日本がんばれ」。
もちろん、頑張らなくてはいけない。言われなくてもわかってる。まともな人間なら言われなくてもわかっていることを、各局横並びに、これでもかと放送してくる。
美談でまとめてんじゃねえよ、と言いたくなる。ほかに報じることがないなら、放送も各局順繰りに「計画休止」すればいいのに、と思う(節電にもつながる)。
挙句は「枝野がんばれ」。枝野のがんばりと、炉心の冷却の因果関係が知りたい(あるか、そんなもん)。
同時にこれまた案の定、「これほどの大災害でも略奪等が起きない。日本人は我慢強く礼儀正しい民族だ」という自画自賛モードが現れる。買いだめに走る人が多く物が不足している、という矛盾した現実は誰もが目の当たりにしているくせに(しかも、実際は宮城で強盗や略奪も起きてるという…誰が責められる?)。
書きたいことは山ほどあるが、それはいずれ、ぼちぼち。僕が書かなくても、原発のことなど、重要な事柄については他の人がたくさん書いていて、多くの人はちゃんとそこに辿り着いていると思うので、僕は毛色の違う記事を意図的に書いてみる。
音楽でもどうぞ、ということで。
先月、ニューアルバム『Hardcore Will Never Die, But You Will』を引っ提げて来日公演も行なった、スコットランド出身の「ポスト・ロック」の旗手、モグワイ。今年に入ってから結構ハマッている。
彼らの2006年にリリースされたアルバム『Mr. Beast』(これ傑作!)の収録曲、「Travel is Dangerous」を紹介したい。モグワイは珍しいインストゥメンタル中心のバンドで、荘厳なオーロラのようなギターの轟音の厚みと、メランコリックな鍵盤のメロディの織り成す対照性が「詩」の次元に高まる、そのあたりが聴きどころだと思う。逆に、普通の「歌もの」が少ない。アルバムによっては、全曲インストだったりもする。
「Travel is Dangerous」は数少ない歌ものの曲である。詞の内容は、2000年に起きたロシアの原子力潜水艦クルスク号の沈没事故にインスパイアされて書かれたそうだ。
もちろん、その犠牲者への哀悼というのを飛び越えて、普遍的・象徴的な意味を込めた歌になっている。僕は最初にこの曲の歌詞を読んだ時から、ああ、俺達全体が「旧世界」という老朽艦に乗り合わせている、そういうメッセージではないかな、と感じていた。今、原発震災が現実のものとなって、ますますそう感じるのである。
訳詞は例によって素人判断での意訳なので、厳密にはおかしいところがあるかも知れない((?)のところなど)。原詩と合わせて載せておくので、ここは違うだろうというご指摘があれば遠慮なく。
「Travel is Dangerous」
Who might know of this? 誰がこのことを知るだろう?
The notes we left 俺達が遺した記録
Our final thoughts 俺達の最後の思考を
And we knew they'd get ours out 俺達は知っていた それが語られることを (?)
Sink, sink 沈む 沈む
Drowned by our country 祖国によって溺死する
Old machine この時代遅れの機械は
Is crushed and forgotten 水圧で押しつぶされ 忘れられる
Never surface again もう浮上することはない
The air runs out 空気が漏れていく
The captain's first 船長は最優先
So we take to memories 俺達は記憶の中に そして
And layers of clothes 重ね着した衣服の中に閉じこもる (?)
Up there the family weeps 地上では家族がすすり泣く
Outside here(we hear) hammers 外から衝撃音が
Noises sound like the end 終末のように鳴り響く
And we will never see them 二度と彼らに会うことはない
Sink, sink 沈む 沈む
Drowned by our country 祖国によって溺死する
Great machine この巨大な機械は
Is crushed, old and rotten 押しつぶされ、腐食する
Never surface again もう浮上することはない
PVはこちら。ヘンな生き物が出てくるアニメで、最初はなんのこっちゃと思っていたが、じわりじわりと意味に思い当たるような。不思議なPV。
(おまけ)
モグワイの「歌もの」ではもう一曲、2001年のアルバム『ROCK ACTION』の中の「DIAL:REVENGE」という曲が素晴らしい。ウェールズ出身のシンガーに、ウェールズ語で歌ってもらっている。ウェールズのことはよく知らないので、ウェールズ語なんてまだ使われてるのかと、そのことだけでも驚いた。日本で言えば、アイヌ語で歌っているみたいなもんだろうか。