弱い文明

「弱い文明」HPと連動するブログです。 by レイランダー

「内政干渉」はありえない

2007年09月29日 | Weblog
 はじめに訂正を一つ。前回エントリーの追記のところで「首都ラングーン(ヤンゴン)」と書いたが、ラングーン(ヤンゴン)はすでに首都ではなく、ビルマ第二の人口を抱える都市マンダレーに近い中部のネーピードー(ネピドー)に2006年より遷っている。全然知らなかった。国軍ゆかりの地で、ネピドーは「首都」または「王の都」を意味するという。とってつけたようなネーミングである上に、「王」はいない。SPDCの恣意的なことの運び方がよく表れている。

 その軍事政権による弾圧は、日本のテレビ・新聞が伝えているより大規模で確信犯的なものになっている。ビルマ情報ネットワークがまとめた現地情報によれば、僧侶・市民への発砲は散発的ながら連日続き、27日の時点で死者は200人以上だという。
 僕は前回、インターネットによる世界からの注視が弾圧への歯止めになれば、というような淡い期待を書いたけれど、当然ながら軍政側もしたたかだ。市民のweb環境へのアクセスに制限(注:その後全面的になったそうだ)をかける一方、夜間外出禁止令によって人々が屋内に閉じ込められている、その間に僧院への襲撃、僧侶の逮捕・暴行などを進めている。目撃情報が集まりにくい場所・時間を狙って打撃を加え、次第に民衆を包囲し、締め上げようということだろう。それでも情報は(未確認ながら)集まっているし、ラングーン総合病院には100人以上の遺体が運び込まれたことも伝達されている。

 僕は今度のことで、中国・ロシアが事態の沈静化を望みながらも、国連非難決議や経済制裁などは「内政干渉」だと言って反対したのを知って、しみじみとした気分を味わっている。非難決議や制裁の実効力云々の話は別として、「内政干渉」という言い草の奇妙さに思い至ってしまった。
 「内政」だと?
 今のビルマに「内政」はない。あるのは国家テロリズムだけだ。政治とは、武器を持たない市民に発砲することなのか?少しでもマシな「政治らしきもの」を回復させるために、あるいは回復するための療養期間を確保するために、国際社会が一定の介入(たとえばアムネスティが訴えているような緊急監視団の派遣)をするのは、「内政干渉」以前の応急手当のようなものだろう。今現在のビルマへの「内政干渉」などありえない。

 だが中国やロシアがここで「内政干渉」」という言葉を持ってきて、それがある程度通用してしまう現実は、非武装の国民を場合によってはなぶり殺す権利が国家にあると、「内政」の名においてそれは許されると、国連という機関が認めてしまっていることを意味する。
 それはもちろん、国連自身の採択した世界人権宣言の精神に反する。人権宣言が謳っていることは、人間はどの国の人間であろうと、生命を脅かされることなくその国の行き方に異議申し立てすることが保障されなくてはならない、ということのはずである(特に前文を参照)。
 国連監視団の即時派遣は必要である(ビルマが国連加盟国である限りは)。一人二人の特使ではなく、国連全体の一致した意思を伝えるため──それは「理由はどうあれ、人殺しだけはストップしろ」ということだ。しかし、こういう場面でことごとく、国連は後手を踏んできた。
 パレスチナがいい例である。この60年間、何度となくパレスチナ人は生命の危機・人権侵害の危機に際して、国連の介入を求めた。そして必ず、イスラエルを擁護するアメリカの拒否権発動によってその訴えを潰されてきた。その際にアメリカは一度ならず、イスラエルに対する「内政干渉」は受け入れられない、というような言い方をしている。
 非難決議が採択されてさえ、イスラエルはそれにどこ吹く風で、制裁を受けた例がない。弾圧・占領政策を変わらず継続し、今日まで続いている。パレスチナでは、ここ2,3日の間にビルマで起きたような暴力的な弾圧事件が「何年に1回」どころではなく、ひどい時には週1くらいのペースで起き続けている(ブックマークより、P-navi infoをご参照ください)。
 それが意味していることは何か。アメリカの後ろ盾があれば、あとは「内政干渉」というカードを必要に応じて切ることによって、たいていの非難は切り抜けられる、という現代世界のルールである。中国やロシアが今それにならったからといって、アメリカがつべこべ言う資格はない。

 中国・ロシアはビルマ軍政と結びついて利権を得ている。しかしその利権とは、別に軍事政権が相手でなければ保障されないようなものではない。仮に民政に移管されてもプロジェクトは継続されるよう、NLDなどとパイプを作っておくか、難しいようならASEANにそれを仲介してもらうとか、利権を保証してもらう根回しはいくらでもできる。評判の悪い軍事政権などを甘やかして、みずからの評判まで悪くして何が嬉しいのか。普通はそう思う。
 だが、むしろ中国などが恐れているのは、ビルマへの怒りが自分達の方に飛び火してくることなのではないか。つまりチベット問題など、敬虔な仏教徒を押さえつけて「近代化」を押し付けている自分達の姿と、ビルマ軍政の姿がダブってしまうこと。あるいはカレン族のような少数民族への弾圧と、ロシアのチェチェン弾圧との類似性。これらの国が本当に恐れているのは、ビルマがどうなるか、ビルマでの自分達の商売がどうなるかではなく、それが先例となって自分らの「内政」まで同次元で追及される(実際同次元だが)事態なのではないか。

 しかしそうだとしても、軍政が今ビルマの都市でくり広げている蛮行は、自分達の隠しておきたい蛮行をおのずと人々の脳裏によみがえらせる。ラングーンの街路と天安門広場が重なって見える人も多いのではないか。こんなことを放っておくのは、どう考えても中国にとっても損なはずである。
 ところが、放っておいても採算が合うとしたら。どんなに血塗られた行為も、国家の「内政」上、致し方ない場合もある、という国家観の持ち主によってそれぞれの国が牛耳られ、国同士のお付き合いのルールができあがっているなら──その中ではビルマ軍部も、それほど素っ頓狂にかけ離れた行動をとっている存在ではない。
 ビルマが今日の今日まで軍政を維持してこれたのも、今その臆病で卑劣な本性を露わに暴虐に走っていられるのも、「国家の安寧」のためには不良国民の排除も仕方ない面もあるという考えを、最大のODA援助国である日本を初めとする国々が結局は共有しているからだ。制裁強化を叫んでいるアメリカにしてからが、そうした構造を世界に張りめぐらした立役者であり(中南米の近・現代史を見よ)、今も西・中央アジア~中東においてそれを推し進めている。
 良心あるアメリカ人は、その地域の人達を苦しめてまで、カスピ海やイラクの油田なんかほしくない、と口に出すことができるし、現にそうしている。だが良心ある中国人は、ビルマの人々を苦しめてまでインド洋の油田なんかほしくない、とは声を大にして言えない。日本人はどうなのだろう。
 外務省としては細かな根回しをとっくに始めているだろうことは推測できるが、結局は今の流血の事態を軟着陸させるというにとどまって、軍事政権に本質的な反省・変化を促す(民政移管に踏み出すような)ことまでは、とても射程に入っていないだろう(その気もないのか)。せめて武器を持たない人間を撃ち殺すこと、そんなものは「内政」ではない、「内政」が正常に存在しない国を援助することはできないとして、ODAを全面凍結する旨、断固として通告してくれたらと思う。「内政」の不在に対して抗議すること、それは「内政干渉」ではありえない。


 ☆ビルマについての情報は主にビルマ情報ネットワークより。

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3 コメント

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ニヒリズムに陥りそう (所沢の人)
2007-10-01 19:18:10
まず、レイランダー様へ。今回のコメントは長い愚痴なので無視するなり割愛するなりしちゃってください。

ミャンマー政府による今回の弾圧を見ていると権力や暴力を持つ人間は弱い立場の人間にその力を濫用しまうものなのだなとつくづく感じてしまいました。「普通の国」っていわれるような国であれば憲法がその濫用を制限してしまうんでしょうけど。
人によっては独裁制だから起きた特殊な例だろって思うのかもしれませんが、民主国家だったドイツだってナチスを生み出すのだから民主主義ってのもあまり信頼が置けません。そもそも民主主義は多数意見を少数意見の者に押し付ける制度ですから。押し付けるにも限界ってものはあるんです。結局権力や暴力をもつものの上にこれらを制限するルールが必要でしょう。権力者も神の法(通常は憲法、イスラムではコーラン)には従わなければならない。
それにしても今回の出来事を見るとホント軍事力に妄信する奴等に平和ボケって言葉を返してやりたいものです。軍事力の有用性は否定しませんけどね。でも日本人は権威やら権力やらを信じすぎです。もっと自分の頭で考えてもらいたいものです。まあ権威の象徴たる日本の政府やマスコミの腰砕けっぷりを見ていると日本国民は相変わらず洗脳されているなと思い、絶望すら感じます。よくもまあビルマの民衆が悪いというようなミャンマー政府の意見を批判もせずに載せるものです。日本人が死亡したので大騒ぎしてますがビルマ国内におけるミャンマー政府の弾圧を考えればそれこそレイランダー氏がいうような政府の姿勢をもっと早くとるべきでしょう。腰抜けの私はthe yellow monkeyのjamを聴いて更に絶望感に浸ってます。

最後に絶望に浸りたくない人あるいは浸りきった人にはパオロ・マッツァリーノ著「反社会学講座」(ちくま文庫)をお勧めします。権威を笑い飛ばしてくれます。アベ自民党政府の政策(新自由主義や道徳政策)に疑問を抱いていたあるいは妄信している人にもお勧めです。言葉やデータに騙され易い自分を認識できます。私はこの本を読んで大笑いして少し元気が出ました。
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ニヒリズムといえば (レイランダー)
2007-10-02 21:11:51
>今回のコメントは長い愚痴なので無視するなり割愛するなり・・・

いえいえ愚痴でも何でも、真面目に書いてくださってる文章は、真面目に読ませてもらいますよ。

確かに、この国で暮らしていると、僕もニヒリズムに首まで浸かって、頭だけ出して息吸ってるような気分にしょっちゅうなります。ただ、それはひどい状況が自分の暮らしを直撃しない限りにおいて、ですね。
ビルマに限らず(日本においてすら)、本当に危機の中にいる人は、ニヒリズムに陥ってる余裕はありません。自爆テロをやるならわかるんですが・・・・そういう場所にいながら、自爆せずにニヒリズムに浸れるのは、ごく特権的な立場にいる人間だけではないかな。

いい悪いではなく、日本人であるということは知らず知らず、地球の上で特権的な立場を享受していることとイコールだったりします。だから謝れとか言うんではないですが^^)、それを自覚しておくのは無駄ではないと思います。
あんまり的確な返答になってないですが・・・・。

面白そうな本、紹介してくださって、ありがとうございます。書名だけはどっかで聞いたことがあるんですが、書いた人のことはよく知りません。機会があればトライしてみたいと思います。
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Unknown (所沢の人)
2007-10-03 02:01:24
丁寧なレスありがとうございます。

上のコメントはビルマ情勢を上司と議論になって一寸頭にきていい加減なこと書いてしまいました。すみません。
確かに日本人は特権的な立場を享受してますよね。私も含め日本人って傲慢なんだろうなと思います。米軍等への燃料補給は石油資源確保に必要だという議論なんかも日本は大国であるという意識が感じられる議論ですし。でも環境が環境なだけに意識を変えるのはなかなか難しいものです。
今回の長井氏の活動や他の危険地帯へのジャーナリズム活動は大国風吹かさずにできる点で貴重なんだと思います。本当に今回の事件は残念です。救いはイラクの人質事件のときのように行った奴が悪いんだというような議論が起きなかったことでしょうか。

夜分遅く失礼しました。
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