朝、6時。トロント・ピアソン国際空港出発ゲート。昨日、日本から約12時間をかけ、やっとトロントについた。これから8時25分発のAC970便でハバナに向かおうとしている。トロントからハバナまでは2300キロ。時速785キロの旅客機では約3時間半のフライトとなる。
さて、ピアソン空港の出発ロビーには書店がある。そこで、機内で読むための本を物色した。今では、紀伊国屋や丸善まで足をわざわざ運ばなくても、アマゾンで簡単に買えるのだが、どんな本が今出ているのかを実際に書棚を眺めてみることは楽しい。もちろん、私が買うのはたいがいノンフィクションだけで、昨年5月にキューバを訪れたときは、ペンギンの『Common Wealth Economics for a Crowded Planet』とヨハムド・ユヌスの『Creating a World Without Poverty』を買った。
今年はどんな本があるのだろうか。
まず、目に入ったのがアフリカの飢餓問題やオバマの本。また、ピーク・オイル関係の本も目立つ。では、農業は。そう思って棚を見ていくと、ポール・ロバートというジャーナリストの書いた「食料の末期」。そして、デヴィッド・スズキの「続グッド・ニュース」が何冊もおいてあった。ロバート氏は「石油の終わり」を2005年にも書いている。端的に言えば、石油がなくなれば食料は潤沢には手に入らなくなるという本だ。著者はジャーナリストだから、アカデミックな内容ではない。
「おい、わかっていると思うけど、これからの世の中の食い物は悲惨になるぜ。このままじゃ大変なことになっちまうぜ」
この手の本はアジテートするだけだから、どうしたらいいかを知りたければ、最後の章だけ読んでみればいい。
そこで、300ページから始まる最後のエピローグだけページをめくってみる。
「キューバはまだ自給はできてはいない。だが、これからの持続可能な食料生産に向けた貴重な実験をしている唯一の国だ」
このフレーズが目に入る。
「ほう、やはりキューバかでてくるわけか」
買うことにした。
もうひとつのデヴィッド・スズキの本も何冊も置いてある。「グッド・ニュース」の旧版は枝廣淳子さんの監訳で日本語版が出ているが、新版が2010年に出ていることは不勉強で知らなかった。
政治から始まり、生物多様性、気候変動、森林保全、水、海洋、農業、そして、最後はエコな仕事と経済という章立てとなっている。そこで、農業のセクションを斜め読みしてみる。スローフード、CSA、ロカヴォアという先進国のおなじみの内容から始まり、アフリカのサヘルでのザイ農法、そして、キューバの有機農業が紹介され、最近キューバを調査しているオハイオ州の研究者、ジョエ・コヴァッチの発言が引用されている。
「25年も農民たちと働いてきてが、これまであった中で、キューバの農民は最も幸せそうだし、楽天的で金もちゃんと支払われている」
そして、国際環境技術アセスメントの見解を高く評価し、ビル・ゲイツのアフリカでの緑の革命にケチをつけている。
「なるほど、やはり、キューバが出てきて、そういう展開になるわけか」
デヴィッド・スズキが日本のアカデミックで、どれだけ評価されているのかは私は知らない。だが、拙著『新世紀農業~アグロエコロジー計画』で紹介したバリ島の灌漑についての情報は、日本語版「グッド・ニュース」で知ったのだし、この本も買っておいて損はないだろう。450ページもあって、23カナダ・ドルとそんなに高くもない。
買うことにした。
ちなみに、デヴィッド・スズキは、バンクーバー生まれの日系三世である。大東亜戦争が始まると、なんら罪がない無垢の市民でありながら、ただ日系人というだけで、デヴィッドとその家族を含む約二万人が「敵性外国人」と見なされ内陸の収容地に強制移動させられた。その後、ドイツやイタリア移民と異なり、日系人だけを収容したことを人種差別に基づく誤りであったと1988年にカナダ政府は認め、謝罪している。
その後、デヴィッドは、米国に留学し、カナダを代表する最も著名な生物学の研究者として知られるまでになる。だが、日本では、リオの地球サミットで伝説的なスピーチをした少女、セヴァン・カリス・スズキ父親として紹介した方がピンと来る方も多いだろう。この父にして、この娘あり、というわけだ。
さて、空港の書店をテーマに、いささか長い与太話をしてみたのは、日本で流布している情報にはやはりズレがあるのではないか、ということを知っていただきたかったからなのである。書店といったが、写真をみていただきたい。ここはあくまでもトロントの出発便の待合所の一角にある本屋であって、ファッションやスポーツ雑誌、小説が中心で、ノン・フィクションや専門書のコーナーは本当に一棚しかない。日本のイメージで言えば、羽田空港やJRの新幹線の駅内にある小さな本屋のようなものだ。だが、そこに、ベストセラーとして、さりげなく、食料問題の本がおいてある。ピーク・オイルでカナダがどうなるか。「炭素のシフト」という本もベストセラーとして、山済みされている。
長野と東京間を新幹線で移動するため、JR構内の本は時々のぞくことがあるが、日本のビジネス・コーナーは、どうも違う。ピーク・オイルや食料危機の関連本はまず手に入らないし、売れない。これを民度の差、国民の問題意識の違いといわずしてなんと言おう。
いささか自己PRになるが、デヴィッド・スズキの論理展開も、拙著「食料自給率40%が意味する日本の危機」で書いたこととほとんど違いがない。つまり、ネット情報を積み上げた拙著はグローバルなインテリ水準からさほどずれてはいないということだ。いささか安心するとともに、やはり、英語情報を読み続けなければならない、というのが小さな本屋で受けたショックだった。
「欧米だけが進歩していて、日本が遅れている。実に安直な発想だ。欧米にコンプレックスを持っているのではないか」
と問われれば、「そのとおりだ」と答えるしかない。だが、デヴィッド・スズキやロバートの本が、グローバルなコンセンサスであるのならば、少なくとも、その内容の要旨を知った上で物事を考えなければ、国際感覚がどんどんずれてしまうと思うからだ。
もちろん、日本でもアカデミックな学術研究者は違う。プロのアカデミックにとっては、そんなことはあえて口にするまでもない常識中の常識であって、それをベースにオリジナルな学術論文を横文字で発信し続けている。海外の大学に留学している一流の大学生たちもそうだろう。
だが、そこまではいかないサラリーマン。つまり、新書程度は買って読むという私と同程度のプチ・インテリ大衆の間では、「農業省の食料自給率40%がでまかせである」という本がベストセラーのトップを走っているのだ。
もちろん、そうした本もあっていい。だが、それだけではバランスを欠く。多少は農業や環境に興味を持つサラリーマンや主婦、学生を対象に、英文のこうした著作のコンテンツを紹介していくこと。つまり、プチ・アカ・ジャーナリズムの仕事にはそれなりの意味がある。そう思ったりした。
さて、ピアソン空港の出発ロビーには書店がある。そこで、機内で読むための本を物色した。今では、紀伊国屋や丸善まで足をわざわざ運ばなくても、アマゾンで簡単に買えるのだが、どんな本が今出ているのかを実際に書棚を眺めてみることは楽しい。もちろん、私が買うのはたいがいノンフィクションだけで、昨年5月にキューバを訪れたときは、ペンギンの『Common Wealth Economics for a Crowded Planet』とヨハムド・ユヌスの『Creating a World Without Poverty』を買った。
今年はどんな本があるのだろうか。
まず、目に入ったのがアフリカの飢餓問題やオバマの本。また、ピーク・オイル関係の本も目立つ。では、農業は。そう思って棚を見ていくと、ポール・ロバートというジャーナリストの書いた「食料の末期」。そして、デヴィッド・スズキの「続グッド・ニュース」が何冊もおいてあった。ロバート氏は「石油の終わり」を2005年にも書いている。端的に言えば、石油がなくなれば食料は潤沢には手に入らなくなるという本だ。著者はジャーナリストだから、アカデミックな内容ではない。
「おい、わかっていると思うけど、これからの世の中の食い物は悲惨になるぜ。このままじゃ大変なことになっちまうぜ」
この手の本はアジテートするだけだから、どうしたらいいかを知りたければ、最後の章だけ読んでみればいい。
そこで、300ページから始まる最後のエピローグだけページをめくってみる。
「キューバはまだ自給はできてはいない。だが、これからの持続可能な食料生産に向けた貴重な実験をしている唯一の国だ」
このフレーズが目に入る。
「ほう、やはりキューバかでてくるわけか」
買うことにした。
もうひとつのデヴィッド・スズキの本も何冊も置いてある。「グッド・ニュース」の旧版は枝廣淳子さんの監訳で日本語版が出ているが、新版が2010年に出ていることは不勉強で知らなかった。
政治から始まり、生物多様性、気候変動、森林保全、水、海洋、農業、そして、最後はエコな仕事と経済という章立てとなっている。そこで、農業のセクションを斜め読みしてみる。スローフード、CSA、ロカヴォアという先進国のおなじみの内容から始まり、アフリカのサヘルでのザイ農法、そして、キューバの有機農業が紹介され、最近キューバを調査しているオハイオ州の研究者、ジョエ・コヴァッチの発言が引用されている。
「25年も農民たちと働いてきてが、これまであった中で、キューバの農民は最も幸せそうだし、楽天的で金もちゃんと支払われている」
そして、国際環境技術アセスメントの見解を高く評価し、ビル・ゲイツのアフリカでの緑の革命にケチをつけている。
「なるほど、やはり、キューバが出てきて、そういう展開になるわけか」
デヴィッド・スズキが日本のアカデミックで、どれだけ評価されているのかは私は知らない。だが、拙著『新世紀農業~アグロエコロジー計画』で紹介したバリ島の灌漑についての情報は、日本語版「グッド・ニュース」で知ったのだし、この本も買っておいて損はないだろう。450ページもあって、23カナダ・ドルとそんなに高くもない。
買うことにした。
ちなみに、デヴィッド・スズキは、バンクーバー生まれの日系三世である。大東亜戦争が始まると、なんら罪がない無垢の市民でありながら、ただ日系人というだけで、デヴィッドとその家族を含む約二万人が「敵性外国人」と見なされ内陸の収容地に強制移動させられた。その後、ドイツやイタリア移民と異なり、日系人だけを収容したことを人種差別に基づく誤りであったと1988年にカナダ政府は認め、謝罪している。
その後、デヴィッドは、米国に留学し、カナダを代表する最も著名な生物学の研究者として知られるまでになる。だが、日本では、リオの地球サミットで伝説的なスピーチをした少女、セヴァン・カリス・スズキ父親として紹介した方がピンと来る方も多いだろう。この父にして、この娘あり、というわけだ。
さて、空港の書店をテーマに、いささか長い与太話をしてみたのは、日本で流布している情報にはやはりズレがあるのではないか、ということを知っていただきたかったからなのである。書店といったが、写真をみていただきたい。ここはあくまでもトロントの出発便の待合所の一角にある本屋であって、ファッションやスポーツ雑誌、小説が中心で、ノン・フィクションや専門書のコーナーは本当に一棚しかない。日本のイメージで言えば、羽田空港やJRの新幹線の駅内にある小さな本屋のようなものだ。だが、そこに、ベストセラーとして、さりげなく、食料問題の本がおいてある。ピーク・オイルでカナダがどうなるか。「炭素のシフト」という本もベストセラーとして、山済みされている。
長野と東京間を新幹線で移動するため、JR構内の本は時々のぞくことがあるが、日本のビジネス・コーナーは、どうも違う。ピーク・オイルや食料危機の関連本はまず手に入らないし、売れない。これを民度の差、国民の問題意識の違いといわずしてなんと言おう。
いささか自己PRになるが、デヴィッド・スズキの論理展開も、拙著「食料自給率40%が意味する日本の危機」で書いたこととほとんど違いがない。つまり、ネット情報を積み上げた拙著はグローバルなインテリ水準からさほどずれてはいないということだ。いささか安心するとともに、やはり、英語情報を読み続けなければならない、というのが小さな本屋で受けたショックだった。
「欧米だけが進歩していて、日本が遅れている。実に安直な発想だ。欧米にコンプレックスを持っているのではないか」
と問われれば、「そのとおりだ」と答えるしかない。だが、デヴィッド・スズキやロバートの本が、グローバルなコンセンサスであるのならば、少なくとも、その内容の要旨を知った上で物事を考えなければ、国際感覚がどんどんずれてしまうと思うからだ。
もちろん、日本でもアカデミックな学術研究者は違う。プロのアカデミックにとっては、そんなことはあえて口にするまでもない常識中の常識であって、それをベースにオリジナルな学術論文を横文字で発信し続けている。海外の大学に留学している一流の大学生たちもそうだろう。
だが、そこまではいかないサラリーマン。つまり、新書程度は買って読むという私と同程度のプチ・インテリ大衆の間では、「農業省の食料自給率40%がでまかせである」という本がベストセラーのトップを走っているのだ。
もちろん、そうした本もあっていい。だが、それだけではバランスを欠く。多少は農業や環境に興味を持つサラリーマンや主婦、学生を対象に、英文のこうした著作のコンテンツを紹介していくこと。つまり、プチ・アカ・ジャーナリズムの仕事にはそれなりの意味がある。そう思ったりした。
はじめまして
山間僻地ともうします。
>「農業省の食料自給率40%がでまかせである」という本がベストセラーのトップ
この本って具体的に書名を教えていただければうれしいです。