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家族の応援歌

相談活動・短歌・シャンソン

ブログ書き下ろし小説  オレはトムだ  -8 

2015-09-02 10:47:41 | 作品
オレはトムだ。

オレはこの家は一回出て、戻ってきたのだ。

この家で生まれ、ハハや姉妹たちと暮らし、
ある日突然ハハに追い出された。

長い月日がたち、ハハも妹も居なくなり
オレが戻ってきたというわけだ。

だれも居なくなった家は淋しかったが、オレは
ゆったりと、自分の居場所を取り戻せてよかった。

この家の「お父さん」はオレが生まれたときから
実に可愛がってくれた。

なんでも自分の息子さんにオレの性質が似ている
とかで、のそのそやって行くと「トム来た来た」
と言ってくれるのだ。

そうして、放浪で片目になったオレをいやがりもせず
ブラシまでかけてくれる。

オレはこの家の敷地に背中をこすりつけ、オレの棲家と
してにおいをつけるのだ。

「お父さん」にも奥さんにも腹までなでられても安心だ。

だってオレはここで生まれ育ったのだから。

生まれたとき名をつけてくれたのは奥さんのしろみさん。

オレのほんとうの名はファントム・ジ・オピラだ。

ブログ書き下ろし小説 オレはトムだ  -7

2015-08-26 21:12:00 | 作品
オレはトムだ。

片目になったときの話をしよう。

オレは若い頃 ハハに追い出された。

すばらしくやさしく 大好きなハハが急にオレに嚙みついたのには
傷ついた。

オレはすごすごと この家を出たのだ。

裏の山を放浪し、空腹に耐えねばならなかった。

この家に ハハのもとに 妹のもとに帰りたくてたまらなかったが
オレは帰らせてはもらえなかった。

何で一緒に生まれた妹はまだ居られるのだ。

理屈はわからないが、現実を受け入れるしかない。

山を歩きヘビに噛まれた!片目を失ったときの苦しみは思い出したく
ない。

そのとき、この家に帰れないので近くのヤマダさんのうちで厄介に
なったのだ。ヤマダさんへの恩は深い。それが今の「別宅」だ。

ここのお父さんがときどきヤマダさんの家に来る。そのときオレを
トムと呼ぶ。

「なんだ、トムはここでも食わしてもらってるのか」と言った。

でもオレはそ知らぬふりをした。あの痛いとき看病してくれたヤマダ
さんへの義理だ。

おとうさんはそれをわかってくれて、トムと呼びかけないでくれる
ようになった。

ヤマダさんのところでは、オレはブチと呼ばれている。

でもオレのほんとうの名はファントム・ジ・オピラ だ。


ブログ書き下ろし小説 オレはトムである -6

2015-08-19 23:13:22 | 作品
オレはトムである。めじなとはどんな魚かお見せしよう。
 
上の赤いのがたなご、下の黒くて顔が丸いのがめじなだ。

家のお父さんは海でこれを釣ってくると、裏の流しで捌く。
釣り人のマナーは、釣ってきた魚は自分で捌くのが常識と
している。

釣ってきて奥さんに捌かせるのでは奥さんに迷惑だという
考えである。なかなか感心だ。

だから、釣りはいつも早めに引き上げてくる。つまり、
捌く時間を頭に入れているわけである。

海から車が帰ってくると、オレもいそいそする。
ハゼのときは大量にあるので、どんどん頭を分けてくれる。

オレは、生も嫌いではないが、なんといってもこのめじな
だけは、甘辛く煮含めたのが最高だ にゃん。

奥さんのしろみさんは煮たり凍らせたりする。

「トムにゃんにも煮てあげるね」と言って台所に持って入る
と、しばらくして屋根近くのぶんぶん空気が出てくるところ
から、甘辛いよい匂いが漂ってくる。

オレは今はほとんど片目だけれど、この匂いがしてくると
目は一つでも、鼻があってよかったなあ、と思うのである。

しばらくすると、ご主人の残りの骨なんかじゃなく、オレの
分としてしっかり頭も身もついためじなが半身皿にのってく
るのである。さましてくれてあるのも実にいい塩梅なのだ。

オレはトムだ ー5

2015-08-10 09:19:43 | 作品
オレはトムだ。
おうおう、少しは若かりし頃の写真だ。
よくぞ撮っておいてくれたものだ。
それでも初老の頃だけれど。

食べ物の話だ。

ここのお父さんは実に優しいのだ。

オレがぶらっとやってくると
「トムが来たぞー」といい、食べ物を持って
きてくれるのだ。

オレの餌場も専用の茶碗もあるのだけれど、
「出前・出前」と言って、敷地の端の小屋に
までも運んでくる。

おかあさんのしろみさんは、この家に来ると
めじなを煮てくれる。

これがまたあまりにもうまい!
砂糖・生姜・みりん・醤油が絶妙で、こってり
煮てあるのだ。

オレは身をしっかり食べて、骨も舐め、きれい
にたいらげる。たれも舐める。

別宅で腹が満たされていても、めじなの煮付け
だけにはかなわない。

この家の者でよかった!

オレはトムだ(ブログ書き下ろし小説) -4

2015-08-08 08:57:16 | 作品
オレはトムだ。

おいぼれてよぼよぼになって、最期はどこで
迎えるのか、自称飼い主は心配していた。

なぜ自称飼い主かというと、いつもうちの「
お父さん」は「うちの野良猫」と皆に紹介し
ていたからだ。

だが、この家で生まれ育ったオレには、やはり
ここがオレの家だ。

もう1軒「別宅」があるのだがほんとうの最期
は「うち」でと思って帰ってきた。

痩せて、きったない体になってしまった。尻尾
が上がらないので汚れから尻尾が傷になり、ひ
どく痛い。

人間だとオシメというものをつけているようだ。
ここのばあちゃんも長いことそのオシメとやら
で生きていた。

オレは元来自分の怪我はなめて治せるのだが、
ここまでおいぼれては、体が動かない。

オレが帰ってきたのを知り、おかあさんのしろみ
さんは多いに喜んでくれ、オレの寝る箱を家の
裏に作ってくれた。

毎日清潔なタオルが敷いてある。(1晩でびしょ
びしょにしてしまうが)

オレはもう、ろくに目も見えない。

箱からちょいと尻尾を出しておくと、しろみさん

「いたいた、トムにゃん、今日も帰って来てる」
と言って鼻づらまで柔らかい鶏肉の煮付けをあてが
ってくれる。

バフッ、とオレは喰らう。
この匂いを嗅ぐと、もう少しこの星に住んでいたい
と思う。

 オレの正式な名は、ファントム・ジ・オピラだ。