良い子の歴史博物館

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モーリス・デュプレシ

2005年03月15日 | 人物
歴史の中で、あるいは今も、「おっかない独裁者」というのがよく登場するものです。
ヒトラーとか、スターリンとか、金正日とか、・・・。
この種の独裁者は国家レベルだけではありません。
実は地方政治においても登場することがあります。

その代表として、カナダ・ケベック州のモーリス・デュプレシ州首相を紹介します。

まずカナダの政治制度を説明しますと、連邦に英国から派遣される総督がおり、
各州に副総督がいて、英国女王の代理となります。
総督、副総督は名目的存在で、実際の政治は連邦では連邦議会(2院制)が指名する首相、
州では州議会(1院制)が指名する首相が行います。
州政府は州首相を中心とした内閣によって構成されます。
地方政府も議員内閣制というのが特徴です。

デュプレシは1936年から1960年までの長期にわたって、
(途中中断があるものの)ケベック州の首相として君臨した独裁者でした。
その権力を支えたのはローマ・カトリック教会でした。

ケベック州に住む人たちはフランス系移民が大半を占めます。
公用語もフランス語です。
カナダの他州がアングロ・サクソン系の英語を話すのとは異色の存在と言えます。

さらにケベックが異色なのは、まるで中世ヨーロッパ社会みたいなのが残っていたことです。
教会が人々の生活を支配していました。
村人は日曜毎に礼拝を行い、司祭から教えられることは絶対の真理でした。
教会以外の情報源をほとんど持たなかったのです。

フランス本国では、すっかり近代化が進み、教会の権力が低下していたのに、
移民先のケベックでは20世紀に入っても、同じ状態だったわけです。

最初、ケベックはフランスの植民地でした。
絶対王政時代のフランス社会がそのままケベックに移植されたようなものでした。
カトリック教会が政治経済教育文化の全てにおいて中心となります。
後に英国が勢力を伸ばし、ケベックを支配下に置きます。
その後、フランスでは革命が起きて、社会が大きく変化しました。
アメリカ大陸でも独立革命が発生し、英国はカナダにも影響が及ぶことを恐れます。
英国はケベックの変化を望みませんでした。
そこで、英国を支持する条件で、
ケベックの支配権をそのままカトリック教会に委ねることにしたわけです。
ケベックはフランス革命、アメリカ独立革命,そして産業革命などの影響を受けなかったのです。
18世紀農耕社会の遺物が残されました。

実に300年、カトリック教会がケベックに君臨していました。
官庁、教育機関、企業、報道機関、家庭をも支配します。
あらゆる自由主義あるいは教権反対の思想を排斥するのが教会の方針でした。

デュプレシは熱心なカトリック教徒でした。
カトリックの支配権を何よりも大事にします。
カトリック教会は全面的に、デュプレシ政権を支持します。
説教壇から、デュプレシの政党に投票するように人々に呼びかけられました。
司祭が教えることは、全て正しいと信じられています。
デュプレシを褒め称えるお説教を、素朴な人々は受け入れました。

デュプレシは自由を嫌悪しました。
司教たちは,フランスで果たせなかったキリスト教国家建設をケベックでやろうとします。
両者は中世的な捕らわれから解放するものとなる教育や進歩を抑圧することに躍起でした。
ケベックの住民を圧制的な教会‐国家支配に服させることを理想としたのです。
政治と宗教の融合によって、デュプレシの長期独裁が可能となりました。

社会の発展が遅れたおかげで、ケベックには世界遺産の街並みが残るという利点があります。
できれば、そのまま博物館に保存したくなるような封建的社会です。

しかし、否応無く20世紀の文化が、ケベックにも入り込みます。
最大の変化はテレビだったと思います。
テレビで、ケベック以外の世界の様子を映像で見ることができます。
ケベックの人々は自分たちが遅れていることを知ります。
若い世代が、次第に不満を募らせることになります。
変化を求めるようになったのです。

独裁者デュプレシの死が、きっかけとなって、
変化を求める内部圧力が爆発しました。

「静かな革命」の始まりです。
州政権の交代と共に、教育と宗教の分離、技術教育の導入など一連の改革が実行されます。
マスコミはカトリック教会に不利な情報も報道できるようになります。
カトリックの影響が著しく低下していきました。

現在のケベックはすっかり近代化された社会となっているそうです。
観光地として、日本人に人気がある場所ともなっています。
(行ってみたいよう・・・)

それにしても、一人の支配者の死が大きな変化を及ぼすことが、あるんですねぇ。

4 コメント

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歴史って知ればしるほど・・・ (chloe)
2005-12-09 09:19:22
遅くなりましたがTBありがとうございました!歴史って知れば知るほど面白いですよねっ私はまだまだケベックシティについての歴史の知識を持っていませんが私が住んでいるモントリオールの旧市街と比較してみるとまた色々な観点から街を見ることができ発見もあり興味深いですよね!ではまた遊びに来ます!
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トラバありがとうございました♪ (Bella)
2005-12-01 10:41:20
モントリオールに住んでいるのですが、こっちの人からの聞きかじりでしかカナダの歴史を知らないので、とても勉強になりました(もっとちゃんと勉強しろ!って感じですよね・・・(^^;) )。



以前ブログでも書きましたが、モントリオールの人々(特にフランス系)は同棲したまま子供をつくり、事実婚で結婚しない人が多いのですが、その理由のひとつとして「ここはカソリックが昔は強かったから、それに反発してるんだよ」という人がいました(ホントのカソリック教徒は結婚するまでは純潔を保つことが基本で結婚することが求められるから、それに逆らっている、ということのようです)。聞いたときは、「そんなのあるの?」と思っていましたが、60年代まで上記のような状態だったなら、頷けますね。。。





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TBありがとうございました (春風)
2005-03-23 05:04:11
はじめまして。TBどうもありがとうございました。私はカナダに住んでいながら、カナダ史にうとくて恥ずかしいです。ほんとにケベックは異色で面白いですね。
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ケベック史の或る側面 (snowdog)
2005-03-16 08:45:46
cfsasakiさん、TBありがとうございました。



情報の行き渡らない時世では、悪代官みたいな人がいるものなのですね、国・場所を問わず。

(シンパにしてみれば好意的な権力者としての側面もあるのでしょうけど・・・)



カナダの歴史など表層的な部分くらいしか手に届くようなところにはありませんでしたので参考になりました。

ありがとうございます。
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