良い子の歴史博物館

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藤村新一 その2 石器の古さ

2005年11月01日 | 人物
昨日に引き続き石器での疑問について書く。

石器の形状から、年代を推定することがある。
簡単につくれるものは古い年代のものと断定し、技術を要するものを後の時代とする。

ちょっと待ってくれ。
仮にノルトが野山でサバイバル生活を強いられ、しかも黒曜石を見つけたとする。
不器用なノルトが作るものは、どの原人より低レベルなものに違いない。

いつの時代でも、技術を持たない人間の方が多いのではないか?
稚拙な作りの石器を古い年代と断定できるのか?

ちなみに藤村が埋めたものは、実際は縄文時代の遺物らしい。
このぐらいの時代の土器石器なら、かなりの量があちこちで見つかる。
だが、いわゆる縄文以前の遺物は、まずは最初は眉唾でないか、疑ってみるのが正しい態度ではなかろうか。
数は圧倒的に少ないし、どうにでも解釈可能なものだし。

化石も同様で、異なる地域で出土したものを、「猿」に近いものを古いものとし、
年代を定めて、標本を並べて展示されるが、実際は専門家たちの間で深刻な論争が
行われていたりしており、しかしそんなことを知らない一般の人は展示が本当だと思い込んでしまう。
詐欺だよな・・?これって。

だいたい、世界中同時に石器時代だったりするのか?
たまたま石器しか作れない人々が住んでいただけで、ずっと後代のものかもしれないじゃないか。

極めて少ない資料を元に、「科学的」データを拾い集めているが、実際は想像を膨らませたに過ぎない仮説で、しかも大抵は反論する説もあるものを、いちいち教科書に載せる必要があるのだろうか?
仮説と反論を併記するなら、ともかく。
もっと学ぶべき、より確実で重要な歴史が数多くあるのだから、「先史時代」は教科書から省くべきと思う。