Fireside Chats

ファイアーサイド・チャット=焚き火を囲んだとりとめない会話のかたちで、広報やPRの問題を考えて見たいと思います。

川口政明裁判長

2006年03月31日 09時46分41秒 | 裁判官ウォッチング
村岡兼造元官房長官への無罪判決はひさびさにすっきりとした判決だった。

仙台の筋弛緩剤事件の法廷大混乱の中での田中亮一裁判長の不明朗な判決言い渡し。
オーム麻原被告に対する東京高裁須田賢裁判長による強圧的な控訴棄却。
光市の母子殺害事件の弁護士による最高裁法廷サボタージュ。
司法の健全さへの深甚な懸念を呼び起こすニュースが続いただけに、国民常識にのっとた今回の判決はなぜか嬉しい。

光市の事件でサボタージュした弁護士の一人である安田好弘氏は、かつて麻原の主任弁護人だった。
この関係があるのか、安田弁護士は依頼人の資産隠し幇助の容疑で逮捕起訴されたが、東京地裁で無罪判決を受けている。この裁判長も川口政明裁判長であった。
安田弁護士への判決言い渡しにあたっては、「今度、法廷でお会いするときには、今とは違う形でお会いしたい」と語りかけている。

川口政明裁判長は、ひと言添えるのが好きとみえ、村岡被告に対する判決言い渡し後にも、
「今、桜が咲いています。今後のことはどうなるかわかりませんが、せめて、今夜一晩ぐらいは平穏な気持ちで桜を楽しんでみてはいかがでしょうか」
と申し添えたと報道されている。
31日のテレビに出演した村岡元長官は「被告である自分でも気づかないことを裁判長はよく調べてくれた。」と感謝の意を表している。

ちょっとググってみると、この川口裁判長は一番脂の乗り切った働き盛りなのだろうか。多くの事件を抱えて大忙しの状況である。
村岡判決の2日前には、99年の「園児割りばし死亡事故」で担当医に対し無罪判決を出している。
この裁判では、むずかしい医学的解釈についてもよく検討を加えていることがうかがわれる。東京新聞はこの判決を報じた中で、
 判決は医師の過失についても踏み込んだ。「患者が発するサインを見逃さず、患者に適切な治療を受ける機会を提供することこそが、園児の残した教訓だ」と異例の付言をした。
と解説している。

同時並行で、時効直前の足立区の殺人事件について、
記事を斜めに読んだだけなので、内容は良く理解していないが、日刊スポーツの報道では、
地裁は「公判前整理手続き」を適用。争点を絞り込んだ上で土日を除いて6日間連続開廷し、証人尋問や被告人質問を行った。
つまりは、スピードアップのために新しい裁判のスタイルを追求しているということだろうか。
3月だけとっても3つの裁判を同時に指揮し、そのうち2つでは判決を書いているということだ。



最近、一般常識と乖離した判決が散見される。
裁判官と検察との無原則な癒着や、非常識な裁判官の存在が疑われるが、確証が報じられることは少ない。
司法の健全性を回復するためには、ヘンな判決に対しては、判決内容にとどまらず、判断を下した裁判官にも眼を向け検証し、名判決に対してはその裁判官にも注目する姿勢が必要なのではないだろうか。
裁判官と国民との健全な緊張感が求められる。
選挙に際して行われる国民審査は裁判官へのチェック機能を果たしていない。


サラリーマン増税がヒタヒタと押し寄せてくる。(その2)

2006年03月31日 00時12分03秒 | ニュースコメント
森永卓郎氏のブログによると、消費税増税がいよいよ正体を現し始めたようだ。
経済財政諮問会議の民間議員は消費税率を10%に引き上げ、10兆円分の増税をもくろんでいるというのが森永氏の説。

判りやすい減税メリットを与えてくれた定率減税が廃止され、消費税が上り、加えて給与取得控除の縮小や、配偶者控除や特定扶養者控除の廃止も検討されているらしい。
このままいくと、せっかくの景気回復を国民の負担増で腰折れさせてしまった橋本内閣の失政の悪夢が再来しかねない。

それにしても、こういうサラリーマンを直撃する増税が常に<いつのまにか決まってしまう>のはなぜだろう。
そもそも国会の最大の仕事は、いくら税金をとりどう使うかを国民の前で議論することじゃないのか。
議会制政治の発祥の目的はまさにそれだったはずだ。

いったい、日本では消費税以外の税金の決定プロセスが曖昧すぎるんじゃないだろうか。
政府にも自民党にも『税制調査会』があり、どうも自民党のそれのほうが強いようだ。とはいえ、税制の生き字引だった山中貞則議員が死去してからは、自民党税調の圧倒的影響力も薄まってきたと聞く。
代わって力を持ち始めたのが経済財政諮問会議らしいけど、そこと政府税調の関係がよくわからない。
政府税調の石弘光会長が昨年6月にサラリーマン増税色の強い税制改革案を発表したけど、これが政策決定にどんな影響力を持つのかが良くわからない。
わからないことだらけであれよあれよと思っているうちに、取りやすいところから税金を取るというのが、いつも変わらぬこの国の税制決定のパターンになってしまっている。

しかも、あれこれいじくりまわしているうちに、日本の税制は全体として複雑怪奇でグロテスクなものになってしまった。

・簡素な税体系
・透明な決定プロセス

この2つが達成されない限り、国民各層の抱く不公平感は解消されないだろう。





祝 ワールド・ベースボール・クラシック 優勝

2006年03月23日 08時15分40秒 | ニュースコメント
あれ、根来コミッショナーって、まだ辞めてないの?
集合写真になるとしゃしゃり出てくるけど。
この人の出処進退は未練がましくていやだなあ。

サラリーマン増税がヒタヒタと押し寄せてくる。(その1)

2006年03月22日 16時16分29秒 | Weblog
確定申告の締め切りに、漸く間に合った。
このところ、国税庁の確定申告書作成サイトがずいぶん使いやすくなっている。
必要事項を記入していくと、申告書類を自動的に作成し、PDFでプリントできるようになる。
これまで、何回か計算間違えで呼び出されたが、これで少なくともその手のミスだけは回避できるわけだ。

何でサラリーマンの分際で確定申告をしているかというと、平成のはじめ=バブルの最末期に、おろかにも節税マンションに手を出してしまった報い。
たとえ赤字でも損益通算で節税し、値上がり益を狙うといったバブルの投資パターンだった。
確かに当初は節税効果があったが、平成4年に土地分のローン金利を損益通算することが禁止されたあたりから節税メリットが薄れ、いまや完全に不良債権になってしまった。

そうなると、確定申告の際になるべく節税効果を出そうとあれこれ工夫するのが人情というものである。

所得税の計算には3つの段階がある。
1)かかった経費を最大限算入し、「所得金額」を圧縮する。
2)「控除額」をもれなく把握する。
3)「所得金額」から「控除額」を差し引いて「税額」を計算する。

このうち、一番手間暇がかかるのが、1)の段階。
修繕費はもちろん、交通費とか、通信費とか、ローンの金利とか。
マンション経営として認められそうな項目を最大限かきあつめる。
時々会議費として、飲食店の領収書を紛れ込ませたり、パソコン関連の費用や書籍代を算入したりする。
ハラハラドキドキしながら、せこく経費を積み上げるのだが、苦労する割にはそれほど節税効果があがらないのがもどかしいところだ。

2)の段階では医療費の領収書や保険料の証明書を集める。
ここの扶養控除や配偶者控除は金額が大きいだけに税額計算の基礎数字に多大な影響を及ぼす。

なんといっても、税額に直接的な影響があるのが3)の段階だ。
この段階では申告する立場での工夫の余地はないが、ここにある「定率減税」は税額に決定的な影響を及ぼす。
1)2)の段階で金額を圧縮しても、税額への反映は1割とか2割とかの税率がかかる。つまり、10万円分の領収書を集めても税金が安くなるのは1万円とか2万円に過ぎない。
しかし、3)の段階での定率減税はそのままストレートに税額に反映する。
25万円の定率減税は所得金額にすれば250万円ぶんに相当し、消費税額に換算すれば500万円分の消費に相当するということだ。

政府は定率減税の廃止をもくろんでいるようだが、これが実現すればストレートに税額が跳ね上がる。
サラリーマンにとっては、チマチマした節税努力を一発で吹き飛ばす大打撃だ。


(この項続く)

酒飲みはブログが続かない?

2006年03月21日 09時31分11秒 | Weblog
文芸春秋06年04月号にあった記事。
紀田順一郎・御厨貴・坪内祐三が『日記読み達人が選ぶ三十冊』として鼎談している。
エピソード満載の面白い記事だが、その中で坪内祐三によるとハンガリー文学者の徳永康元が「酒飲みは日記が書けない」との名言を吐いているらしい。
激しく同感。

この半年ほど全くブログをお留守にしてしまった理由がこれである。

堀江社長逮捕のパターン予測

2006年01月23日 18時12分18秒 | ニュースコメント
夕方のニュースによると、地検特捜部から堀江社長への事情聴取が続いている。
報道では、六本木ヒルズの中でやっているという。

警察や検察が事情聴取をするときには、行政の施設やホテルに呼び出して行うのが普通である。
被疑者の本丸で事情聴取とは珍しい。
なぜなんだろう。

となると今日の逮捕はないのかしら。
逮捕するときは、都内某所で逮捕状を執行し、人目に付かないように拘置所に送り込む、あくまで「推定無罪」段階である容疑者の人権に配慮するからだ。

しかし、時に検察は逮捕した容疑者をマスコミのカメラの砲列の前を「市中引き回し」のように歩かせることがある。
記憶しているのはロス疑惑の三浦和義氏が引き回しをされたことがある。
やるのかしら?
特捜部はホリエモンの引き回しを・・・・?

それにしても、乙部広報は全く機能していませんね。
落第です。
資料が根こそぎ持っていかれたというのは理由になりません。
企業不祥事の場合はいつでも似たようなものです。


【23日20時35分追記】
NHKによると、
「東京地検特捜部は今夜19時55分、ライブドアの堀江貴文社長(33)を証券取引法違反で逮捕した。」とのこと。
地検に同行を求めた上での逮捕で、市中引き回しはありませんでした。


がんばれ乙部綾子さん

2006年01月17日 07時15分27秒 | クライシス
ライブドア本社への東京地検特捜部の強制捜査は、18時半の立ち入りから早朝までかかった。
ライブドアニュースによると、堀江社長自身も「午後6時40分ごろ捜査令状を見せられ、メーンのパソコン一台と関連書類を押収された。」という。

特捜部の狙いは何なのだろう。
容疑は、ライブドアマーケティング(旧:バリュークリック)に関わる偽計取引と風説の流布だというが、強制捜査の力の入れ方から見て、敵は本能寺と見るべきだろう。
ダイナシティの買収にともなう広域暴力団とのかかわりをはじめ、黒い噂はいくつか耳にしている。

寝耳に水のクライシス勃発にあたっては、広報の役割は重要である。
対応の原則は2つ。
ひとつは「クイックリー&オネストリー」。
その点早朝7時から記者会見し、質問を打ち切らず質疑に答えた堀江社長の対応は、クイックリーの観点からは一応合格である。ただし、報道されている疑惑に対して正面から答えることを避けたことは、オネストリーの面で疑問を残した。
もうひとつは「企業内部の価値観より、社会の価値観に軸足を置くこと」。
名実とも捜査に協力することがまず求められよう。
広報を担当する乙部綾子さんの真価が問われる局面である。


ヒルズ族になれなかった男

2006年01月04日 10時53分17秒 | 失敗学
ガ島通信さん経由で、毎日新聞の連載「縦並び社会・格差の現場から」に元クレイフィッシュの社長、松島庸さんがとりあげられていることを知った。
香港でIP電話などを手がける投資会社の雇われ社長をしているという。
そうか、松島さんは今香港にいるのか。
松島さんと知り合ったのは94年だから、もう12年になろうとする・・・・。

95年にぼくがプロデュースしたイベント「ネットワーカーズジャパン(おふらいんまつり)」でホームページを作ってくれたのが松島さんだった。
ぼくにとって初めてのホームページの仕事だった。
イラストにクリッカブルマップを重ね、ホームページビルダーがまだなくて手作業でタグを打っていた時代には手の込んだ仕上がりだった。
ニフティのビジネスヒントフォーラムのシスオペだった松島さんは、武蔵大学の学生の傍ら、すでにクレイフィッシュ・プロジェクトをスタートさせていた。
とにかく多忙な男で、お宅に電話をかけてもなかなかつかまらない。
ご母堂がでてきていつも申し訳なさそうに、不在で連絡がつかないと謝罪されるのが常だった。
当時、松島さんは日本のインターネットの先覚者であった高橋徹さんの東京インターネットのシステムメンテナンスを引き受けており、新宿御苑のそばにあったオフィスに泊まりこんでいることが多かったようだ。
やがて、東京インターネットが手仕舞いをするに伴い、松島さんは光通信との関係を強めた。99年ごろからのITバブルの波に乗り、00年には26歳の最年少社長としてマザーズとナスダックに同時上場を果たし時代の寵児となる。
この時ぼくのいたセクションでIPOにともなうIR業務を引き受けた。クレイフィッシュを意味するメタリックなザリガニをモチーフとした印象的な広告キャンペーンを展開し、ニュースステーションをはじめとしたTV番組にもとりあげてもらった。
しかし、そのピークも長くは続かず、01年にはスキャンダラスな混乱の中、光通信などの大株主により社長の座を追われることになる。
その後、東京や上海でいくつかの会社を立ち上げたもののうまくいかず、今、香港で何回目かの挑戦をしているようだ。
この12年の起伏のなんと激しいことか。

95年のイベントで知り合った仲間は、インターネット草創期のサムライが多かったせいで、その後もさまざまな活躍をしている。
96年に松島氏に代わりホームページを創ってくれたのは、当時慶應SFCの学生だったRESETの仲間だ。彼らはその後、プロバイダビジネスの進出に出遅れた三菱電機と組んでドリームトレインインターネット(DTI)を立ち上げ成功させたものの、軌道に乗るや三菱電機から追われてしまった。
グループの中心にいた石田宏樹くんたちは独自にフリービットを立ち上げた。
ホリエモンがライブドアを買収し直後に黒字転換させた秘密は、フリービットへのアウトソーシングにある。
昨年はソニーCEOを退いた出井さんを最高顧問に迎え、順調に業績を伸ばしている。IPOもそう遠くは無いだろう。

知り合ったときは車椅子の中学生だった家本賢太郎くんは、中学卒業後クララオンラインを15歳で創業した。
途中、危機的状況にも陥ったようだが着実に成長し、いまや名古屋と東京に本社を構え、台湾や韓国、ポーランドなどにまたがるグローバルな業務を行っている。
家本くん自身も車椅子から回復し、昨年結婚し、暮には長子誕生。この春には慶應SFCも卒業予定で、若手経営者として広く注目を集める存在となった。

一方、起業に失敗した友人もいる。家本くんを紹介してくれたI氏はニフティで数多くのフォーラムのシスオペを務めていた。本業は九州大学医学部助手でエイズの研究者だったが、多くの仲間がITバブルの波に乗るのを見て、自身も医療情報のネットワーク化ビジネスに乗り出したものの頓挫し、失意の中で覚醒剤に手を出し逮捕されてしまった。

12年の歳月は多くの浮沈のドラマを描き出した。
毎日の特集は、サイバーエージェントの藤田社長の口を借りて「何が(ライブドア堀江社長を加えた)3人の明暗を分けたのか。藤田社長は今も紙一重としか思えない。」と記している。
その紙一重のファクターとはなんだろう。
ぼくの乏しい交友経験に基づく管見に過ぎないが、自分自身を見抜く眼力であるような気がする。
今日のITベンチャーは多かれ少なかれ資本の論理に左右されている。
期待価値>実体価値の関係式を成立させることで資金が流入し、事業拡大が可能になる。
有頂天になり、どこまでが実体価値で何が期待価値なのかを見極めないと高転びに転ぶことになる。
自ら頼むところが大きすぎ、社会からの期待価値以上に自分の考える期待価値が大きいと、焦りを生み無理を続けることになる。
今ふたたびITバブルが訪れている。自分を見極める力を持つ男のみが、このバブルを生き抜き、メジャーへの道を歩むことになるのだろうと思う。



世耕議員とブロガー懇談会

2005年12月30日 22時54分33秒 | PR戦略
年末になり世耕議員のTV出演が増えている。
年末に出版された著書「プロフェッショナル広報戦略」にテレビが飛びついたということだろうか。
世耕議員が師走のロシア出張中に、時差ボケを利用し深夜に校正を済ませたという、特急出版のタイミングがうまくフィットしたようだ。

たまたま、ロシアからの帰国直後、12月12日にインタビューして書いた記事が28日発売の「PRIR」に掲載された。
この号には、IPRAのグランプリをとった電通PRの花上君、ガ島通信の藤代さん、東洋大学の井上邦夫助教授、愛・地球博への出向から戻った青田君、その愛・地球博でプロデュースしたシンポジウムに招聘したシャンドウィック北京のデビッド劉氏などが登場。

さて、世耕氏には1時間ほどインタビューしたが、記事に出来たのは、紙面の都合により、その10分の一ぐらいでしかない。記事に出来なかったところでエキサイティングな話しが多くある。

その中でも気になっているのがブロガー懇談会。
これまで2回開催されたが、今後も年に5~6回のペースで開催したいという。
また、長期的にはブロガーに対し自民党本部への入館証も発行し、政調部会の傍聴も視野に置きたいとのこと。
平河クラブからの反発の可能性をたずねると、何かしらの軋轢があったとしても乗り越えるべき障害だと思うとの返事。
鎌倉市や長野県で始まった記者クラブの液状化現象がいよいよ永田町をも見舞うかもしれない。
政治ニュースの一次情報が市民に公開されるということだ。

もし、ブロガーが自民党本部を闊歩するようになると、その動きは民主党に波及し、地方自治体からも追随の動きが出てくるだろう。
平河クラブの(そして既存ジャーナリズムの)弱点は、政局報道になると必要以上に張り切るのに、政策報道にはからきし弱いところだ。いまでも自民党は政策マターは平河クラブではなく各省庁の記者クラブで発表する傾向がある。

民主党もシンクタンク「プラトン」をたちあげ、自民党もシンクタンクの慣らし運転を開始している。今後は政策報道の重要性が増すだろう。
にもかかわらず、既存ジャーナリズムはポスト小泉の政局動向ウォッチングに地道を挙げる体質から脱皮できないだろう。
おろそかになる政策報道をカバーするのが興味本位でテーマを追いかける個人ブロガーなのではないか。、
とはいえ、個人ブログがビジネスとしては成立しがたいことは、泉あいさんの状況が示唆していると思う。
オーマイニュース型は日本ではうまくいかないだろう
と湯川鶴章さんは指摘する。ぼくもJANJAN、ライブドアPJ、ツカサネットなどパブリックジャーナリストを抱え込んだオーマイニュース型の組織ジャーナリズムは日本では困難だと思う。
求められているのは、ボランティア精神に裏打ちされた“独立した”個人ブロガーをつなぐ仕掛けであり、そのビジネスモデルではないだろうか。

世耕議員のインタビューに続き、今回の衆院選で自民党広報の戦略パートナーとして「コミュニケーション戦略チーム」にも参加したプラップ・ジャパンの矢島社長にもインタビューを行ったが、こちらは口が堅かったですねえ。
まあ、黒子としての配慮は当然でしょうね。

スケート連盟はむざむざチャンスを逃すのか

2005年12月19日 23時33分53秒 | PR戦略
浅田真央がロシアのスルツカヤを抑え、GPファイナルで優勝した。
国際スケート連盟の年齢制限規定に3ヶ月満たない15歳の浅田のオリンピック出場問題がにわかに注目を浴びたが、なぜか国際スケート連盟も日本スケート連盟も消極的だ。
国際スケート連盟のチンクアンタ会長は「日本スケート連盟から申請があれば、理事会・総会を開き検討するが、日本スケート連盟からその動きはない」と語り、日本スケート連盟の城田憲子フィギュア強化部長は「一人のために総会の開催を要求するのは非現実的」として動こうとしない。
浅田真央のトリノ見送りの流れは既にできているようである。
ところで城田強化部長の及び腰はなぜなんだろう?
今回は3人の代表枠に浅田のほかに5人の候補がひしめきあっている。それぞれの選手とコーチに対する配慮なのか。
トリノからバンクーバーに向けての長期戦略の一環なのか。

PRの視点から見たとき、今回の浅田の世界一は、日本スケート連盟にとっての願ってもないチャンスである。たしかに安藤美姫というスターを擁してはいるものの、安藤・浅田の2枚看板が揃えば、トリノでの高視聴率は疑いない。子どもたちのフィギュア熱も高まり、裾野が広がるだろう。
少なくとも、世界スケート連盟への申請は行うべきである。
トリノで日本選手がメダルに届かなかったときのエクスキューズにもなるはずだ。
それに、スケート界のドン堤義明を不祥事で失ったいま、失地回復の足がかりになるのではないか。
日本のマスコミは浅田問題を追いかけるはずだ。これにより世界スケート連盟マターからIOCマターに格上げになる。
欧米のメディアも浅田の世界一の実績から無視できまい。女子フィギュアは冬季オリンピックの華なのだ。

札幌の銅メダリスト、ジャネット・リンは日本中の注目を集めた。
サラエボ、カルガリーで2連覇を果たし引退したカタリナ・ビットは、リレハンメルオリンピックで復帰したものの7位に終わった。
しかし「花はどこに行ったの」の曲にあわせ、ユーゴ内乱で廃墟となったサラエボへの思慕の思いと平和の尊さとを訴えた彼女の演技は、世界中の感動を誘ったのだ。
オリンピックの女子フィギュアはこれまでさまざまな物語を紡いできた。
浅田がカルガリーでも好調を保っている保証はない。
オリンピックがスポーツの至高の祭典であるならば、彗星のように登場した新たなる物語の担い手、浅田真央を欠くのは余りに惜しい。