気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

森へ行った日 川本千栄 ながらみ書房

2021-05-21 18:07:04 | 歌集
からだは劣化していくあなたへと渡したき麦の穂を持ったまま

夫いて息子いて今取りあえずティーバッグで淹れたような幸福

支那服の小さな子供が踊りいるラーメン鉢にて食う太平燕(タイピーエン)

タバコ屋は窓鎖しており「塩」という一文字看板はずさぬままに

少年がベッドの上に起き上がり青年になり母さんと言う

幼な児はどこにもおらず二十六半のスニーカー玄関に有り

ただ一度咳き込み死にし父ゆえにわれに介護の日々は来たらず

老いてゆくことは病を馴らすこと伸び続ける蔓かすかに揺れた

小学生の時の賞状まだ貼って画鋲に厚く埃が溜まる

お湯飲めばコロナが死ぬとメール来る善意で人ら廻し始めし

(川本千栄 森へ行った日 ながらみ書房)

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塔の川本千栄の第四歌集。わかりやすく読みやすく、どんどん読み進むことができた。一人息子が中学高校時代の歌は切実に身に沁みる。2017年10月神奈川県座間市でのSNS絡みの殺人事件や、川崎市スクールバス襲撃事件など時事詠もある。第三章のコロナ蔓延初期の連作を読み、何かのどかな印象を持ってしまった。コロナにお湯が効くという話、わたしも友人から聞いたのだった。あのときはあのときなりに必死だった。短歌は記録でありながらそれ以上のところに届く。