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インターネット巡回生活

ほぼほぼ、書きなぐり雑記かも

積年の疑問が解決!

2006-01-11 | 日常
梅中軒鶯童(バイチュウケン オウドウ)
浪曲師
明治35年(1902)~昭和59年(1984)
享年82歳

大正・昭和期の浪曲師。京都市の生まれ。
神戸で育つ。10歳のとき神戸の相生座で梅中軒鶯童と
名乗り初舞台。
その後、京阪神をはじめ、全国を巡業。これといった師匠
にもつかず風雪流転のうちに独自の鶯童節を確立し、昭
和10年代には、寿々木米若、広沢虎造などと肩を並べる
大看板となり、味と情緒のある節調で劇場、ラジオ、レコ
ード界に活躍し、名人・上手の称賛を得た。
「紀之国屋文左衛門」「藤堂高虎」などを得意とした。
浪花節の呼び名を浪曲と変えた初めての人ともいわれ、
晩年の著書「浪曲旅芸人」は、明治、大正、昭和の浪曲史
を語る上で貴重なものである。
出典(部分引用):http://mic.e-osaka.ne.jp/kamigata/dendou/profe/sankai.htm
上方演芸の殿堂入り

積年の疑問が解決した(と思う)。私が、3~4歳の頃、母親の
実家で、空を飛ぶ飛行機に向かい「ばいちゅうけん・ばいやー」
と叫んでいたという。母や祖母はなんだろうと、不思議そうに
見ていたらしい。写真にもその姿が映っており、小学生の頃説
明されて、妙に記憶に残っていた。

 祖父は演芸大会で浪曲を披露するのが趣味の人だから、
きっと孫の前でも「ばいちゅうけん」の名前が出ていたんだろう。
言葉に躍動感のあるから、子供心に伝わるフレーズだったんだ
ろうね。

ラジオ名人寄席
の再放送(NHK教育12:10(月~水))で、「ばいちゅうけん」と
紹介されてドキッとして、勝手に確信しちゃいました。
積年の疑問が解決されて、ぐっすり眠れそうです(いつでもグッスリ
と妻によく言われるが)
コメント
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