constructive monologue

エゴイストの言説遊戯

喜劇の再演

2008年09月02日 | nazor
昨夜の福田首相の辞意表明は、たしかに一年前の安倍前首相のそれを再放送した印象が強く、それこそマルクスの言葉である「大事件と大人物はすべて二度現れる(…)、一度目は偉大な悲劇として、二度目はみずぼらしい喜劇として」が当てはまる出来事である(安倍も福田も「大人物」かどうか留保付きだが)。しかしながら安倍の場合、徹底的な批判と熱烈な支持という好悪の軸が明白であったため、突然の辞任に理解を示したり、惜しむ声が(たとえば『産経新聞』周辺などの)支持層中心に根強く存在していた(彼らにとってまさに偉大な悲劇であったわけである)。それとは対照的に、福田の場合、とりわけ外交面における親中姿勢もあって保守層の評判もそれほど芳しくなかったためだろうか、辞意表明は、「再放送」であるがゆえに、政界関係者にしても国民にとっても、瞬間的な衝撃度に比べて、その持続力や余波に関しては、一年前と比べてそれほど大きな衝撃をもたらすほどではない出来事であり、後に歴史を回顧したとき、行間に埋没してしまう可能性が高い。

また安倍の辞任をめぐる醜態は、その政治経験の未熟さに求めることができるかもしれないが、福田が後継として期待されていた理由のひとつが、そうした未熟な安倍とは真逆の、老練・老獪さを備えた政治家としての評判・イメージであったことを考えたとき、唐突な辞任劇を再演した福田は、精神的な成熟さでいえば安倍とそれほど違わない。そしてそのことは自民党におけるリーダーの人材難および選出過程のスペクタル化によるリーダーの人気と資質の乖離状況を示唆している。

たしかに福田政権が、安倍前政権の「敗戦処理」の役割を発足当初から引き受けざるをえなかった意味で、マイナスからの出発であったことは考慮する必要がある。衆参の「ねじれ現象」のため、国会運営がきわめて難しく、内政における成果をなかなかあげることができず、得意分野と喧伝された外交では、とくに対中国および北朝鮮政策において右からの強い批判にさらされるなど、政権運営において八方塞の状況に陥ってしまったことは、政権に対する意欲を喪失させ、結果として突然の辞意表明に帰結したといえる。結局のところ、一年前に日本が直面していた内政および外交上の課題はほとんど解決されずに積み残ったままであり、記者会見での首相自身の自負とは異なって福田政権の約一年間は、日本にとって無意味な時間の浪費に過ぎなかったのではないかという感想を抱かせる。その意味でも福田康夫という政治家は日本政治史において無能な部類の首相として名を残すことになるだろう。

ところで福田首相は自らの辞任がもたらす効用として、政権の刷新による国会運営の円滑化を挙げているが、すでに多くの指摘があるように、「ねじれ現象」という制度構造上の制約がある以上、たとえ福田よりも政治指導力に優れた人物に首相が代わったとしても政策の選択および遂行における自由度が劇的に改善されるわけではない。とくに現在の「ねじれ現象」は、衆議院における与党の圧倒的多数(それは郵政民営化を単一争点とした特異な選挙の結果でもある)と、参議院における野党の多数という「極端なねじれ」のため、衆議院の体現する(空間的)正統性と、より最近の世論を反映した参議院の(時間的)正統性の二つが対抗する状況を生み出した。この二つの正統性の対抗状況は、一方でこれまでの国体政治に基づいた行動規範に再考を迫り、いわゆる討議倫理に依拠した言論空間として国会を位置づける格好の機会を提供するが、他方で閉塞状況の打開において、参議院に対する衆議院の優位から最終的には数の論理が力を発揮する、「政治的なるもの」の役割が限りなく縮小し、すくなくとも民主主義的とはいいがたい「政治未満の政治」が前景化してくる。

安倍にしても福田にしても、数の論理の誘惑に引き寄せられ、最終手段であるべき再可決に頼らざるをえなかったことは、このような政治規範の内面化に失敗したことを意味する。たしかに年内の実施が規定路線となりつつある次期総選挙の結果次第で、仮に民主党が勝利すれば「ねじれ現象」は除去され、国会運営は今までよりは円滑に行われるだろうし、あるいは自民党が勝利した場合、国民の世論をより明確に反映している意味で参議院よりも「正統性」を有していると主張できるため「ねじれ現象」は解消されないにしても緩和されることは明らかである。しかし一院制への移行が実現しない限り、制度上「ねじれ現象」が生じる可能性が孕まれている以上、「ねじれ現象」をどのように民主主義あるいは「政治的なるもの」の深化=進化に結び付けていくかに関して、日本政治の今後がその基底において問われ続けることになるのではないだろうか。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 虚勢の闘将 | トップ | 終戦2008 »

コメントを投稿

nazor」カテゴリの最新記事