雀の庵と三雀庵   2011年後半は!

2011年05月31日 | 新着情報

今年も残すところ、半分と一カ月となりました、みなさまいかがお過ごしでしょうか?


さて6月から、各務原の三雀庵の定休日が水曜日から火曜日に変わります。

 

(※そして郡上 雀の庵は6月から火曜日も営業いたします!=年中無休)

 

 

こちら三雀庵の様子

雀の庵にくらべて、女性的な感じです。

こちらの写真は8名様のご予約のテーブルセッティングとなっております。







ご家族やお友達とのランチ、ディナーに、

ご夫婦の記念日に、

ご接待に、

女子会
  
スペシャルなシーンに 今後とも 三雀庵をよろしくお願いいたします。

よろしければ、ふらっとおひとり様でも お楽しみいただけるかと思います。




たまたま 8名様ご予約のテーブルセッティングです






個室もございます









バーニャカウダ  \1,000

※おすすめです!!!
  野菜の美味しさ満喫のアラカルト






お肉が苦手なお客様にはこんな前菜





オマールエビの一皿




スカンピなどもこのような感じで。

 


ソラマメのパスタ。

アンチョビが効いてます!

 

 

金目鯛はスープ仕立てでいかがでしょう

※上に乗っているのは、青のりではありません

 

 ※もちろんお肉料理もございますので!

 

 

ドルチェもどうぞ!

オレンジのジェラート

 

三雀庵も 雀の庵も

旬の素材を生かし、素材の持ち味を生かし

食べていただく方を思いやる心配りを大事にしたい。

そんな気持ちで おもてなししたいと考えております。

 

ご予約 お待ちしております。

 

 

 

 

 


梅雨入り

2011年05月29日 | 新着情報
梅雨入りの今週、みなさま いかがお過ごしですか?

例年より早い梅雨入りとなりましたが

その分夏も早くやってくるのでしょうか?

節電の夏 2011

今年は冷夏との予想も出されているとかいないとか・・・

昨年のような暑さになった日には・・・

体力勝負です!

みなさん、体力づくりしましょう。

あとは気合いです。



今年の 郡上恒例 橋からの度胸試し飛び込み、増えそうです。



※飛び込みの際は決して無理をしないでください。
 やめる勇気も試されます。



ちなみに 上の写真の橋から飛び込むのはほとんど観光客の方たちです。


少し上流の 道幅の狭い橋はこっち
観光客の人通りもすくないです。




ここから飛び込むのは、地元の小中学校の男の子たち。

写真手前の岩からデビューして、次に挑む橋です。

大人の階段登る~♪男の子たちです。





 

白洲正子さんと郡上八幡・・・・と雀の庵.3

2011年05月25日 | 新着情報
白洲正子さんが見た郡上八幡は、どんなふうに映ったのでしょう。


そして、雀の庵(その当時は個人の別荘でした)は 彼女にとって

心に残る場所であったでしょうか。






雀の庵が 個人所有の邸宅、旧塩谷邸だったころ

当主の奥様は地元の郡上紬の発展にとても熱心な方だったそうです。

詳しいいきさつはわからないのですが

そんな背景から、白洲正子さんとの交流がうまれて、しばらくここ 
旧塩谷邸(現:雀の庵)に滞在されたそうです。



※確かな文献が残っているわけではないので、都市伝説くらいに考えてくださってかまいません。

  このお話は、今もときどきご来店されるお客様から教えていただきました。
  郡上八幡出身の、昔服飾デザイナーでいらっしゃった ご高齢の女性ですが。






ふとしたときに、そんな話を思い出して

白洲正子さんがいらしていた光景を、あちこちで想像(妄想)しています。



こんな場所や






当時のまま残っている、客間のベル(お手伝いさんを呼ぶための)



今はキャビネットと壁の間の隙間に隠れていますけど。
注:現在不通となっております。押してもだれも来ません。


こんなとこにも・・・



ちなみにこの巨大な石、当時人力で運ぶために国道を何カ月も封鎖したらしいです。
今では考えられません。



楽しいですよ!妄想・・・・・・




ご来店の際は ご自由に妄想をお楽しみください。








白洲正子さんと郡上八幡・・・・と雀の庵.2

2011年05月24日 | 新着情報



今日もお仕事お疲れ様でした。

はい、  ビールでも飲んでくつろいでください。


では つづきをどうぞ



ところが、

翌日、とんでもない事件が起きた。ぜひ会いたい
という人がいて、私は宗廣さんと一しょに、郡上八幡まで下
った。宗廣さんの友人で、京都で成功しているが、開拓民の
面倒を見、特に織物関係では全面的にお世話になっていると
いう。町でその方と会ったが、これという話
はなく、ただ私に会えてうれしいといい、しきりに「よろし
く頼む」とくり返した。それだけで私たちは別れ、私は見物
のために八幡へ泊まったが、その方が、その夜、宗廣さんの
家で自殺したのである。

無口な宗廣さんは、翌朝そのことを報告しただけで、詳しい
ことは知らないが、なんでも事業に失敗して、これ以上面倒
を見られないことを謝り、一晩中語りあかした後の覚悟の自
殺であったという。そう言えば、表情にも変に重苦しい影が
あった。それを私は雪国の人に特有な暗さとばかり思ってい
たが、そんな簡単なことではなかったのだ。宗廣さんの嘆き
もさることながら、よろしく頼まれた私の方も狼狽した。店
はまだはじめたばかりで、経験も浅く、人の面倒などみるど
ころではない。そういう風に受けとるのは、或いは僭越なこ
とかも知れない。単なる御挨拶のつもりだったかも知れない。
が、たとえ偶然の巡り合わせにしても、そういう所へ居合わ
せたことは。深い御縁があったのだと私は今でも思っている。

そんなことがあったにも拘らず、私はろくなお手伝いもでき
なかった。少しばかり売ってあげたのと、わずかの人々に紹
介したくらいである。その間に宗廣さんは、自力で大きく育っ
て行った。「郡上つむぎ」といえば、染織界では有名で、伝
統工芸の賞も既にいくつか獲得した。今や彼は一流の作家で
あり、押しも押されぬ一方の旗頭である。だが、その人柄が
変わらぬように、織物もはじめのうぶさを失ってはいない。
どちらかと言えば、技術が巧くなるより、初心を保つ方がむ
つかしいことで、自分の興味をもったものが、そんな風にの
びて行くのを見るほどうれしいことはない。開拓村の方も順
調に発展して、国から借りていた土地も、今ではおおむね個
人の所有に帰しているという。



(白洲正子 「かくれ里」より抜粋。一九七一年 新潮社)






白洲正子さんが見た郡上八幡は、どんなふうに映ったのでしょう。


そして、雀の庵(その当時は個人の別荘でした)は 彼女にとって

心に残る場所であったでしょうか。

なぜなら・・・・・





諸事情により 後半の後半につづ


白洲正子さんと郡上八幡・・・・・と雀の庵.1

2011年05月23日 | 新着情報



いきなりですが

白洲正子といえば
白洲次郎の妻として、あまりに有名です。


あらためてその経歴をご紹介すると



薩摩志士で伯爵樺山家に生まれた自らの性質や、その出自を生涯を通じ強く意識(その事で夫次郎と口論となり張り手をしたこともあった)した。

幼少期より梅若流の能の舞台にあがり、能に造詣が深く、青山二郎や小林秀雄の薫陶を受け骨董を愛し、日本の美についての随筆を多く著す。梅原龍三郎や、晩年は護立の孫で元首相の細川護熙、河合隼雄や多田富雄などの理系学者との交友もあった。また名人といわれた能楽師・友枝喜久夫の仕舞の会を自宅で開き、演芸研究者渡辺保も参加していた。

1980年代から90年代にかけ、古典美に興味を持つ女性たちを中心に、カリスマ的存在となり文庫再刊も含め多くの著作が刊行され、没後も人気は高く再編集・新版で著作が出され続けている。





すでに広く知られていますが
郡上八幡と白洲正子さんは 郡上紬を通じて縁のある関係でした。


そのきっかけとなったのが

人間国宝の 宗廣力三氏。


岐阜県郡上郡八幡町初音に生まれ、故郷の紬を「郡上紬」として広く世に知らしめた工芸家です。


その出会いのきっかけは
白洲正子の 随筆「かくれ里」の中で語られています。

その一部を引用させていただきます。



※ちょっとながくなりますので
 興味のある方は、コーヒーまたはワインのご用意を。



郡上紬 宗廣 力三 むねひろりきぞう

私は銀座で染職工芸の店をやっているが、ある時そこへ
一人の男がたずねてきた。疲れはてた様子で、大きな荷
物をしょっており、美濃の山奥で紬を織っているが、見
てくれないかという。店を開いていると。そういう人が
毎日のように来る。面倒くさいと思ったが、実直そうな
人間で、遠い所から出てきたのに気の毒と思い、見てあ
げることにした。ところが、思いのほかにいいのである。
文は人なりというが、染織にしてもそれはまったく同じ
ことで、少し馴れるとその中に作者の顔が見えてくる。
この人は信用できる。ひと目で私はそう思った。

宗廣力三さんとお付き合いがはじまったのは、その時か
らである。もう十五、六年はたつであろうか、何しろ熱
心な人で、それからしじゅう訪ねてこられるようになっ
た。寡黙な人なので、多くを語らなかったが、二、三度
会っている中に私はほぼ次のようなことを聞き得た。

宗廣さんは岐阜県郡上郡八幡の出で、戦前は凌霜(りょ
うそう)塾という青少年の修練場をひらいていた。「凌
霜」というのは、戊辰の役に、郡上の若い藩士たちが脱
藩して。会津の白虎隊を救援し、けなげな最期をとげた
「凌霜隊」の名にちなんだものである。

その塾が中心となって、昭和十三年に満蒙開拓団が組織
され、宗廣さんは村の若者たちを率いて吉林省へわたっ
た。彼らはおそらく凌霜隊の戦士のような意気に燃えた
ことだろう。まだ若かった彼は副団長といった格で、日
本と満州の間をたえず往復し、連絡がかりをつとめてい
たが、たまたま郡上へ帰っている時、終戦になった。
満州の開拓民がどのような目にあったか、今さらここに
記すまでもない。彼が連れて行った人たちも、殺された
り病死したりして、多くは帰ってこなかった。
残った人々の引きあげにも、二年以上かかり、帰国した
からといって、住む家も土地もない。その責任を感じて
宗廣さんは、一生を彼らと遺族のために捧げることを誓
った(そうははっきりとはいわなかったが、私にはよく
わかった)。

やがて郡上北部の白鳥(現白鳥町)と蛭ケ野(現高鷲村)
に土地を借り、引き揚げ民を収容して農地を開拓するか
たわら、養蚕に力をいれた。織物はその副産物だったの
である。

さいわいこの地方には古くから織物の伝統があった。
「延喜式」にも、美濃は「上糸国」とされており、特に耕
地の少ない北部では、曾代糸といって、伊勢神宮におさめ
る上質の糸を作っていた。そういう土地柄だから、一般の
農家でも織物は盛んだった。宗廣さんはそこへ眼をつけた
のだが、満州帰りの若い人たちは、蚕を飼うことも、物を
織るすべも知らない。彼自身もその点同じことだったが、
村の老人にたずねたり、京都から先生を呼んだりして、
まったくの一年生からはじめて行った。
それはかつての開拓精神とも相通ずるもので、その間の苦
労は並大抵ではなかったと思う。が、なんといっても伝統
のある土地であり、見よう見まねで格好はついたものの、
今度は製品をさばくのに困ってしまった。
私の所へみえたのは、ちょうどその苦しい時期で、宗廣さ
んは当てもなく行商して歩いていたのである。

私はその人物と作品に興味をもった。織物はまだ充分に形を
なしていなかったが、とかくごまかすことしか知らない商人、
ということよりごまかすことが技術であり、美徳であるよう
な工芸の世界に、これだけは一風変わった新鮮な味を持って
いた。
近頃の手織りの欠点は、地方の特色をなくしたことである。
有名な産地ほど、その傾向が強い。素人っぽさとか、うぶさ
といってもいいが、土地にしみついた土の香り、そういうも
のが彼の織物にはあった。えてしてそうしたものは消えやす
い。その人柄から見て、心配はなさそうだが、将来のことは
わからない。いったいどんな所でどんな人が織っているのだ
ろう、半ば好奇心と商売気から、白鳥村をおとずれたのは、
その翌年の春のことである。

やはり織物の仕事で、信州から諏訪をまわり、中央線で美濃
へ出て、何度も乗りかえた後、白鳥へついた。今は岐阜から
いい道がついているが、当時は信州からでも一日がかりの旅
であった。

開拓は、聞きしにまさる貧しさで、辛うじて生活してい
るといった状態、よくもこんな所に住んでいられると思うよ
うな、荒涼とした原っぱにすぎない。その夜は宗廣さんのお
宅に御厄介になったが、家といっても掘っ立て小屋みたいな
もので、その中に藍瓶を置き、手を真っ黒に染めて働いてい
る姿に、私は心を打たれた。まわりの畑には、紅花や刈安な
ど、植物染料のたぐいも育てていられる。糸から染めに至る
まで、一貫した作業が行われており、織るのは村の人たちも
手伝った。それにしても無一物の人間が、千人近くの大世帯
を支えているのは大変な重荷であろう。泥まみれの後ろ姿を
見て、私は好奇心からこんな所へ来てしまったことを恥ずか
しく思った。

ところが、






・・・・・・・・・・文字数の関係により 後半へつづく
 






「火曜日の懐石」

2011年05月22日 | 新着情報


雀の庵
火曜日だけの 懐石料理

5月24日から はじまります。


懐石料理のテーブルセッティングです。





※リストランテ雀の庵は今まで通り、火曜日は定休日とさせていただきます。


「火曜日の懐石」は
ご予約のお客様のみとさせていただきます。


営業日:毎週火曜日
営業時間:午後6時から

一日2組、6名様までのご利用となります。

メニューは懐石コース料理

おひとり様 \10,000




料理に合う日本酒、ワインなどもご用意しております。



お料理の一部をご紹介します。










































ここで、懐石料理についての豆知識。



「懐石」とは・・・

もともと「懐石」という言葉は、禅僧が懐に温石(おんじゃく)を入れ、
空腹と寒さを紛らわしたという故事に由来しています。

茶の魅力を 十分に堪能できるよう、茶を喫する前に空腹を癒すため
一時しのぎ、茶の前に出す軽い食事というわけです。

したがって、お酒を楽しみながらながら おなかいっぱいいただくのは、
現代風の懐石料理で  本来のお茶を楽しむ前の料理は「茶懐石」として
区分され現存しているようです。

ちなみに「会席」とは・・・
「会席」は、最初は連歌や俳諧の席の料理でした。
それが冠婚葬祭に用いる儀式料理や、武士が食した 御膳料理などの影響を受けて
次第に変化し、いまでは酒宴の席の料理となっています。





懐石料理は なんだか堅苦しくて・・・

これまでそんなイメージをお持ちでしたら

ぜひ、「火曜日の懐石」にお越しください。






イタリア料理も 日本料理も

旬の素材を生かし、素材の持ち味を生かし

食べていただく方を思いやる心配りを大事にしたい。

そんな気持ちで おもてなししたいと考えております。




「火曜日の懐石」の料理をつくるのは 茶懐石に精通した 料理人 O氏。
 
詳細は近日発表いたします!

でもちらっと、写真をどうぞ




みなさまのご来店をおまちしております。



ご予約は リストランテ雀の庵まで

電話:0575-67-2355






















中京テレビ 放送日の訂正

2011年05月22日 | 新着情報
以前 このブログでご案内した 中京テレビ番組「幸せの黄色い仔犬」(郡上八幡の町と 雀の庵が紹介されます)について

放送日の訂正がありますのでお知らせします。



5月28日 土曜日
夕方4時25分から放送



石塚幸せ観光社~郡上市編~収録の様子(石ちゃんと杉本彩さんによる)はもちろん、スタジオでの料理のご紹介もあります。

ぜひ、ご覧いただければと思います。



 こちら、番組のキャラクター、黄色い仔犬くんです。





◆生い立ち

1 100年に一度、不況の時に生まれる犬。
2 前回も100年前に生まれていつの間にかいなくなった。
3 誕生日は不明だが、リーマンショックの2008年9月15日と言われている。
4 世界に一人しか絶対にいません。

 こんな生い立ちがあったんですね・・・・・
   知りませんでした。
何を考えているのか(いないのか)まったくわからない無表情さ加減、嫌いじゃないです。




 長万部町の、ゆるキャラ まんべくんみたいにブレイクしないかな(*^_^*)




体はカニ、耳はホタテ、髪はアイリスの花が合体して生まれた三位一体のキャラクター。
長万部町を真のサティスファクションタウンにするため日々精力的に活動している。



いいですねぇ
この とりあえず全部くっつけてみました感。



昼シャンいかがでしょう(朝から飲むのは朝シャンと言います)

2011年05月21日 | 新着情報
ここ2.3日、暑い日が続いていますが
みなさん いかがお過ごしでしょう。

これからはじまる 節電の夏にむけて企業では前倒しでクールビズがスタートしているそうですね。

一般的には 冷房設定温度は28度くらいだそうです。

・・・・きついです。

でもがんばりましょう!!

各アパレルメーカーでは 例年にも増して
涼しさを追求したスーツが販売されています。
ノーネクタイはもちろんのこと、
これまでより、一歩踏み込んだクールビズファッションが街で見られそうです。

Tシャツは、ぎりぎりOK、(ただし清潔感のあるもの)
短パンはアウト。

どこかの記事で読みました。



雀の庵で キリっと冷えたシャンパンはいかがでしょうか。



写真だけでもお楽しみ下さい!

今日も暑くなりそう・・・

川では鮎が元気いっぱいに泳いでいます。

写真ではなかなかとらえられませんが。



この写真左手が吉田川です。

梅雨入り前の新緑を楽しむなら、いまがおすすめです。

できました!

2011年05月16日 | 新着情報
昨年に続き、今年も 雀の庵 オリジナル手ぬぐいできました!






郡上の思い出に一枚、7月からはじまる郡上踊りのファッションアイテムに一枚、
また男性にはスーツに合わせる小物使い(ハンカチ)としてもお勧め(ええ、本当です)。



今回、売上の一部を 東日本大震災の義援金として 赤十字社を通じて
寄付をします。


だから 一枚一枚に心をこめて、ラッピング。




・・・・真剣です。







おもとめの際は 雀の庵スタッフまでお申し付けください。




紫陽花プラン、いかがでしょうか

2011年05月12日 | 新着情報
ご好評いただきました、4月のSAKUAプランに続き
6月は紫陽花プランをお届けします!



7月から始まる郡上祭り(今年は7月9日に発祥祭です)を前に、しっとりした雀の庵をご堪能していただけたらと思っています。






ゲストルームも、季節に合わせて模様替え




そして鮎の季節!










このブログをご覧くださった方のみのお得な裏プランです!

郡上未体験の方、リーピーターのみなさま!
おまちしています!!!

おもてなしの心 2.

2011年05月02日 | 新着情報
雀の庵は
『自然を感じ、豊かな空間で食事を愉しんでいただきたい』
そんなおもてなしをしたいと思っています。



お花を生けるチーフコーディネーターM氏


お香だって




ディスプレイの取り付けだって






心をこめて おもてなしの準備をしています。




だからこんなふうに、ふざけてる人がいると



怒ります

たまに暴言を吐いたりもします





でも基本はとっても優しい チーフコーディネーターM氏です。


そんなM氏に会ってみたいと思われるお客様は
日曜日のお昼、ぜひご来店ください。

※ただし、都合により日曜日でも不在の場合がございますのでご了承くださいね。



GWのご予約

2011年05月01日 | 新着情報


ゴールデンな一週間、皆様いかがおすごしですか?


リストランテ雀の庵は、GW中の5月3日(火曜日定休日)も営業しております。

5月4日のお昼のご予約が、満席のためお受けできない状況です。

「4日に行きたかった!!」というお客様、
申し訳ありません。<(_ _)>


それ以外のお日にちに関しましてもご予約が混み合っておりますので、
ご来店の際はぜひ お電話にてご確認くださいますよう
お願いいたします。



そしてご来店時には、おそらくみなさんが散策される いがわ小路




鯉が泳いでます。
水がきれいで、目を奪われます。

たまに落ちます


いがわ小路はゆるやかにカーブしています。
ときどき 前方を確認のうえお楽しみください。

きのう撮影スタッフの方が落ちました  お風邪などひかれていませんように