パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

今年の関心事(今のところの)

2019年08月21日 09時08分10秒 | 徒然なるままに

人は何かを考えると言うより、何かを感じて生きている
その感じたことは直ぐに忘れられるのではなく、割合と長く心に残っているようだ
今年読んだ本を眺めてみると、今年の今までの関心事がよく分かる
とりあえず最後のページまで行ったものは

去年よりは読むペースが若干速い
だが夜の読書は年々しんどくなってきている(白内障、かすみ目で)

何といっても前半の主役は「源氏物語」だった
これはつくづく読んで「得した」と感じた
読んでない人に対する優越感もさることながら、読むことによって一気にいろんな世界が広がったからで
京都に行く楽しみが増えたし、何よりもゆかりの地で楽しむ気分が今までとはぜんぜん違う
それに平安時代の奇妙な風習(結婚のしきたり、歌の交換、仏教の影響)などが、この国の人たちは
このように生きてきたのだ、、と実感を持って感じられた
物語自体も「若菜」のあたりから物語から小説に変わる気配で、宇治十帖は今の時代でも充分に
通用するドラマティックな展開と心理で、読んでいて時を忘れるほどだった
(まさかこの物語でそんなふうになるとは思っていなかった)

次は政治がらみのこと
といっても現在のリアルな誰が、、といった話ではなく、もう少し漠然とした一般論的なもの
何故人はそのように行動するのか、、といった、そもそもの部分をちょいとかじってみたくなった
そこには最近の怒りっぽいネトウヨの存在や、庶民の(?)過激な言葉に反応する傾向に対する不思議さも
気になっているからだ(世論、群集心理、従順という心の病、そして職業としての政治)

続いて「主戦場」「東京裁判」の2つの映画と、「御前会議」「226事件」「拝謁記」のNHKの良心的な番組の
影響で「帝国の慰安婦」「天皇機関説事件」この他に再読中の「それでも日本人は戦争を選んだ」(加藤陽子)が
気になって仕方ないし、これはまだしばらく続きそうな雰囲気(多分今の政情に不安を感じているからだ)

本を読んだところで現実には何も行動していない、、
というのが、実生活者のこの手の人間(読書家)に対する厳しい言葉だが、
ガラス玉演技名人が象牙の塔で生きることの意味を説いたように(?)
本を読んで何かを感じるということは、それがみんなにできることではないし、そのように感じる事自体が
何らかの意味とか存在価値があるのではないのか、、、と思うようにしている

ところでアマゾンの欲しいものリストには、
「自発的隷属論」エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ, 西谷 修
「パンタレオン大佐と女たち」M.バルガス リョサ, 高見 英一 (慰安婦に関する小説らしい)
が待機している

でも気になるのはやはり今の世の中に漂う嫌な気配のこと
見て見ぬふりをしたり、無関心でいることは、、
過去から学べばアカンということになっているのだが、、、





コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 愛知祝祭管弦楽団の「神々の... | トップ | 気になった箇所(それでも日... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

徒然なるままに」カテゴリの最新記事