bigjokeの ☆ SPECIAL Days ☆

安全地帯&玉置浩二が大好き♪
ダンナと2人のムスコと過ごす、平凡だけど特別な日々を、気ままに綴ります。

阪神淡路大震災

2006年01月17日 | 雑記
今日で、阪神淡路大震災からちょうど11年。
11年前のこの日、ワタシは京都のアパートの一室で大地震に遭遇した。

午前5時46分。早朝。
ちょうど大学の後期試験の真っ最中で、この日は朝一から行われる「宗教学」なんて、勉強したところで理解不能な試験に向けて徹夜で(友人にコピーさせてもらった)ノートと格闘していた。
最初、どーんと突き上げるような衝撃がきて、次にとてつもなく長い横揺れ。
徹夜の疲れもピークの頃で、意識が朦朧としていたけど、大きな揺れで一気に目が覚めた。

北陸生まれ北陸育ちのワタシは、それほど地震の経験はなかった。もちろん、そんな大きな揺れを体験したこともない。狭いワンルームの中で、一人でオロオロしてしまった。幸い、玄関に置いていたサボテンの鉢植えと本棚の本が落ちた程度で、被害はなかった。
テレビのニュースを見ると、京都は震度5。この時の報道によれば、ここが一番大きく揺れたらしいことがわかった。
15分ほど経って、近所に住んでいる友人から電話がかかってきた。その友人も一人暮らしで不安だったらしい。とりあえず、またひどい揺れがあったら待ち合わせしよう!と、非難しなきゃならない場合に落ち合う場所を決めた。

その後、特に揺れを感じることはなかったので、試験のためいつも通り原付で学校へ向かった。
教室は、かなり人が少なかった。同じ学科の友人が何人も来ていない。
どうやら今朝の地震で電車が動いていないとのことで、試験は中止になった。せっかく徹夜したけど、仕方がない。
試験がなくなったので、とりあえず寝ようと思って早々に自宅に戻った。

帰宅してテレビをつけると、すぐに目に飛び込んできたのは、阪神高速が根こそぎ倒れていて、あちこちから煙が立ち昇っている空撮映像だった。あの映像は今でも鮮明に覚えている。いったい、何が起こったのかわからなかった。
しばらくテレビを見ていて、ようやく事態がのみこめた。早朝の地震で、神戸がかなりの被害を受けた、と。震度7。あまりの震度に、最初の一報に間に合わなかったようだった。
眠気も吹っ飛び、テレビに見入っていた。
ちょうど1週間前、友人と神戸へ遊びに行ったばかり。その神戸が、爆撃でも受けたようにめちゃくちゃになっている。信じられなかった。
しばらくして、父親から電話があった。なかなかつながらなかった、と。それは心配だっただろうなぁ。

幸い、ワタシの知人で怪我をしたり亡くなったりした人はいなかった。それでも、6千人あまりの人が命を落とした。
その後、あちら方面を訪れた時、電車の窓からたくさんの更地と仮設住宅を目にした。言葉が見つからなかった。

あれからもう11年。
10年ひと昔というけど、あの日のことは忘れられない。
恐らく、今もまだ震災の痛みを引きずっている人もたくさんいるだろう。

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

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2 コメント

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大変でしたね (いりー)
2006-01-18 16:25:22
震災にあわれてたんですねー。よかった。けがもなくて。

私の友人はまさに神戸に住んでいて、

無事だったのですが、パニクったらしいです。

あ、長くなりそうなので今度詳しく記事に書きますねー。

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いりーさんへ (bigjoke@管理人)
2006-01-18 23:31:42
私は震災にあったなんて言えるほどのこともないんですけどね。それまで、あれほど大きな地震に遭ったことはないので、ビックリはしましたけど。

ご友人がパニックになった気持ちは分かります。自分の家がそれほど被害にあっていなかったとしても、かなりの間、交通機関もマヒ状態だったから大変な思いをされたんだろうと思います。

新潟の地震もあったし、東海地震が来るなんて話も聞くので、何らかの準備をしておかないといけないとは思うのですが、なかなかできません。せっかく思い出して記事にしたんだから、非常持出袋ぐらいは用意しておこうかなぁ。
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