BBの覚醒記録 

無知から覚醒に至る一つの記録です。「是々非々」がモットーで必要なら、
支持する政治家や弥栄を願う皇室への批判も厭わず。

天皇陛下は靖国神社御親拝を!!

2018-10-01 | 皇室問題

 

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靖国神社への天皇陛下による親拝がないことに対し、小堀邦夫宮司がついに物凄まじいまでの勇気を奮って発言しました。現段階ではもし発言が事実なら、としておきますが、発言自体の正当性に変わりはありません。

五十年目に大正天皇が行幸され、百年目には昭和天皇が皇后とお揃いで行幸。そして来年、靖国神社は百五十周年です。平成の御代が終わる年とも重なります。
天皇皇后両陛下の行幸がついに一回もなされないのは、奇妙なことです。
(天皇陛下が神社へ赴かれる際には、参拝、ないしは親拝でもなく行幸とすべきという論のあることは承知ですが一般的使用頻度により、下記記事は親拝を採用しています)

小堀邦夫氏は京都府立大を卒業後、皇学館大大学院などを経て伊勢神宮の神職に就かれた。1997年には「Yayoi-replicater」(神宮の本質)と題してハーバード大学で講演。奉職の一方で、神宮祭祀・神宮制度史・式年遷宮制度史・神宮教学などを基本に、神宮から未来へのメッセージをテーマとして各地で講演。

平成と世が移ろって終わる間際になってもなお、今上のご親拝がないことに対し、隠忍自重してきた英霊たちがついに決起したかとも思われる出来事です。

「靖国で会おうぜ」を合言葉に散って行かれた英霊たちの故郷は靖国神社です。サイパンやペリリュー島などの外地ではありません。しかも出かけられれば朝鮮人慰霊碑にゲリラ参拝。挙句の果ては、敵兵たちへも供養。人道的広い見地で言えばご立派なことでしょうが、天皇陛下の立場は特殊です。昭和天皇の開戦の詔の号令一下、勇躍自らの命を棄てに飛び立った英霊たちの気持ちを考えれば、逆撫ですることです。しかも、あの戦争を行く先々で反省と謝罪ばかり、英霊の皆様は日本が悪いことをした手先の犬死に扱いで御霊は浮かばれません。国内では平和憲法を護持せよと、天皇陛下の政治発言は憲法違反であるのに、それに背かれながらの二律背反のご発言をわざわざお誕生日談話として発表なさり、暗に安倍政権批判。

小堀宮司は命の危険さえ危ぶまれる内容で(事実なら)、よく敢然と立ち上がってくださったと感謝しきりです。と同時に、小堀宮司への激しいバッシングが予期され、私ども思考停止ではない保守たちは一丸となって を宮司お守りせねばなりません。個々の祈りが束になったとき、そこには思わぬ力が生じます。

 

山田宏議員。本件とは無関係ですが、愛人に隠し子がいたり、「女性問題は今に始まったものではなく、またお金にだらしない。特にバブル時代はひどくて、後援会や支援者からの資金でかなり遊んでいました」と妻に告発された男に、英霊を語って欲しくない。ばっちい。

 

「天皇陛下が唯一御親拝される」?
なさってないからこその宮司の爆発なのに、この人は何を言っているのでしょう。
また伊勢神宮へはいらっしゃるので「唯一」ではありません。他にも御親拝神社はあるし、朝鮮神社と揶揄される高麗神社さえ御親拝です。

よく陛下にものが言える、というたぐいの盲信者がいますが、これらは新興宗教の教祖を仰ぐ、信者のメンタリティと寸分も変わりません。尊崇と過剰な美化とで、目をくらまされ対象が道を踏み外してさえ、こじつけてでも美化の対象としてしまうのです。

山田氏の言う「皇太子殿下の御心」とは「雅子が、愛子が」としかおっしゃらず、国民や日本が決して主語にならないお方の御心でしょうか。天皇陛下のお言葉のなぞりで、現憲法を大切にとおっしゃる方の御心でしょうか・

新皇后におなりになる方が神社がお嫌いとまで小堀宮司が断定したのは、雅子妃がその父親と共に創価学会員であることなど、国とその周辺のトップは周知の事実だからです。皇太子殿下が人工膀胱でいらっしゃり、24時間尿漏れ状態で厳しい精進潔斎が必要な祭祀がお出来にならないことも。
天皇とは祭祀王です。祭祀王になれない天皇は天皇とは言いません。

更に思い切って言えば、今上陛下へとそれを実質率いる皇后陛下への批判は、皇室批判ではありません。GHQの皇室弱体化政策に端を発した、今や絶大な権力と信者を獲得した反日左翼運動家への批判なのです。

天皇皇后の仮面をかぶった、反日左翼運動家でいらっしゃいます。

天皇陛下が唯一御親拝なさる、と山田議員は目が見えないのでしょうか。平成となってから御親拝は皆無です。その代わりに朝鮮神社と言われる高麗神社をご参拝というのが現実です。

天皇陛下の大御心とは、日本の海の最大の守り手「あきつしま」を手術室付きお宿に改造させ、海外に「日本が悪うございました」とGHQ史観に基づく反省と謝罪行脚にあるのでしょうか。

祭祀不能の皇太子殿下を次の祭祀王として、憲法とリンクした皇室典範を無視、生前退位なさることなのでしょうか?

昭和天皇の靖国参拝中止が、A級戦犯合祀にあり今上がそれに倣ったという説に、ブログ主は甚だ疑問を抱いています。

 

1975年、最後になった8回目の御親拝。(1945年・1952年・1954年・1957年・1959年・1965年・1969年・1975年)

歴代の天皇陛下のうち、靖国御親拝8回は最高なので、天皇陛下が靖国神社を忌避されていたことはあり得ません。

A級戦犯合祀は1978年、陛下の最後の御親拝の3年も後なので直接の因果関係はない、と言うのがシンプルな答えなのですが、しかし天皇陛下が毎年御親拝なさっていたわけではないのでA級戦犯合祀ゆえの親拝中止だとも言い切れないのと同時に、そうでないとも言えない微妙なタイムラグなのです。そこをつかれると弱いので、今までそのための理論武装を探りながら、殊更主張せずに来ました。

それに関しては、いまだ決定的理論武装は出来ていないので、傍証から述べてみます。

まず、敗戦時に昭和天皇自らGHQ本部にお出向きになられ、罪は全部自分が負う、他を罰しないでくれとわざわざお申し出になられた昭和天皇が「今更」A級戦犯がどうので、御親拝を中止されるとは思わないこと。

それに開戦の詔を発せられたのは、昭和天皇ご自身であらせられこの期に及んで、A級戦犯という戦勝国側の身勝手裁判でのラベリングを尊重なさったとは、決して思えないこと。

富田メモなるものの内容が甚だ信憑性に欠けること。

そして、ポツダム宣言受諾に関する御前会議(8月9日~10日)における、次のご発言。

忠誠を尽くしてくれた人たちの中には、当然東条英機も入っているでしょう。むしろ自らの代わりにGHQに命を差し出してくれた大忠誠の人です。その人達のGHQによる処罰を「忍びがたい」とおっしゃられているのです。
しかし国民全体を救い、国家を維持するために忍ばねばならぬと、苦衷のみ胸の表白です。

それをその後に、東条英機らが合祀されたからといって、靖国神社を忌避する理由は一つもありません。

またB,C級戦犯合祀の際には、御親拝されていらっしゃるので、殊更A級だけ排斥の理由がありません。

大変、誤解されていますがA,B,Cは未だに「会社内のこの失態のA級戦犯は」などと誤用されているように、Aがとりわけ犯罪の内容が重いというわけではありません。
戦勝国による事後法に拠る違法裁判での、単なる区分けに過ぎません。
B,Cでも処刑された人もいるし、Aでも刑を免れた人がいることを見ても如実です。

1975年秋の昭和天皇の参拝の直後に、社会党が国会に疑義を出したことが、発端の単に政治問題にすり替えられたことからの、昭和天皇のご自粛であったと思われます。

 


「私的行為の名のもとに天皇が靖国神社に参拝されるということは、どんな答弁、どんな強弁に接しようともわれわれは断じて認めるわけにはいかない」(社会党)
御親拝は理論上は憲法89条に抵触する側面もないではなく、それが裁判に持ち出され判例として定着させては、後の天皇のためによろしくない、とお考えだったのではないかというのがブログ主の推測です。

朝日新聞が政治問題に転化、中韓がそれに相乗りした事実も指摘しておきます。国内の阿呆が言い立てるまでは、中韓も口にすら出してはいないのです。

後記 過去記事で昭和天皇による殉国七士廟への遥拝については詳述したことがあるのに、今回失念していたのを、コメ欄で補足して頂きました。

>昭和天皇は愛知県の豊田に植樹祭に行かれた際、
宿泊地としては不便な三ケ根山のグリーンホテルを所望されたそうです。
そのホテルの部屋から殉国七士廟がよく見えるから。

>朝方、ホテルの支配人が「あれが殉国七士廟です。」と言うと、
昭和天皇と香淳皇后は約20分間そちらの方角に黙祷されたそうです。
直立不動で微動だにせず。

祭祀に関してはやはりGHQの企みで、祭祀は天皇の私的行為として貶められて以来73年、その私的行為すらないがしろになって来て、新天皇皇后即位以降、天皇親修の祭祀は宮中から消え果てます。

宮中の祭祀をないがしろになさる方たちにいわんや靖国神社への行幸など、決してあり得ないでしょう。

記事を上げるのに、実はためらっていたのです。時間が十分ではないので、舌足らずの記事にならざるを得ないので。ところがタイミングよく先の記事のコメント欄に読者様がコメントを寄せてくださったので、それを転載しておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

小堀宮司を悪者にしたいメディア 「発言録音」とゴロツキ識者の「フェイク・コメント」 (らむ子)

2018-10-01 16:46:20

 

BB様、この小堀宮司の正論の件をアップして頂きありがとうございます。
昨日、ポストセブンの当該記事『「陛下は靖国を潰そうとしてる」靖国神社トップが「皇室批判」』を読んで、メディアに小堀宮司が潰されるのではと心配していました。

教学研究委員会定例会議での宮司発言とされる音声データをTwitter にアップ
スパイがいる?まさか似た声の人とか? 宮司は会議出席否定。
https://mobile.twitter.com/News_MagVi/status/1046293904574828544

さらに、皇室ジャーナリスト・久能靖と宗教学者・島田裕己コメントの時系列無視のこじつけが酷いのです。知識の無い人を誤誘導しようとする意図を感じます。



◆久能靖「昭和天皇が1978年のA級戦犯合祀以来、靖国においでにならなくなった」
2ページ目
https://www.news-postseven.com/archives/20180930_771685.html?PAGE=2

あの〜 「A級戦犯合祀」って昭和天皇最後の御親拝より、3年も後!なんですけれど。

しかも合祀の翌日福田総理が、朝日新聞の合祀報道の2日後に大平総理が参拝。
当時、合祀は問題視されていたのでしょうか?気にしてないよね〜

そもそも戦後30周年の75年。終戦記念日に参拝した初めての総理である三木総理がメディアの質問に「内閣総理大臣としてではなく、三木個人としての参拝である」と言って、かえって靖国参拝を政治問題化してしまった為、昭和天皇がその年を最後に控えられるようになったと言われている。


◆島田裕巳「昭和天皇の参拝が途絶えた経緯においても、A級戦犯の合祀より、当時の中曽根康弘首相が国際社会の反発を予想せずに公式参拝したことの影響が大きい。」
7ページ目
https://www.news-postseven.com/archives/20180930_771685.html?PAGE=7

中国のイチャモンの翌日中曽根総理が参拝したのが、昭和天皇最後の御親拝から何年後だと思っているの。
10年後ですよ、10年後!
今上天皇に対し、中国イチャモンと中曽根参拝の経緯がA級戦犯合祀よりも影響したというなら大有りでわかるけれど、昭和天皇が御親拝辞めたこととまるで結びつかない。

ところで、中曽根総理は問題の85年の終戦記念日を最後に参拝をやめた。
理由をメディアに聞かれると、なんと「胡耀邦総書記(中国共産党)を助けるために参拝を止めた」と答えた。胡耀邦は比較的親日派とみられ、中曽根の個人的友人でもあり、中曽根曰く、彼の中国国内での立場を悪くし政争の具に使われてはいけないと思ったとのこと。

実は、中曽根総理は胡耀邦総書記に親書も送った。
「私の実弟も海軍士官として過般の大戦で戦死し、靖国神社に祀られて います」としながらも、「戦後四十年たったとはいえ不幸な歴史の傷痕はいまなお、アジア近隣諸国民の心中深く残されており、侵略戦争の責任を持つ特定の指導者が祀られている靖国神社に公式参拝することにより、貴国をはじめとするアジア近隣諸国の国民感情を結果的に傷つけることは、避けなければならないと考え、今年は靖国神社の公式参拝を行わないという高度の政治決断を致しました。二四六万に及ぶ一般の戦死者の遺族は、極少数の特定の侵略戦争の指導者、責任者が、死者に罪なしという日本人独自の生死観により神社の独自の判断により祀られたが故に、日本の内閣総理大臣の公式参拝が否定される事には、深刻な悲しみと不満を持っているものであります」と、いうような内容とのこと。
86年の中国での会談は、靖国・教科書・藤尾文相発言問題に触れず表面上和やかに納まる。

しかし・・・
中曽根が気をつかった甲斐もなく胡耀邦はこの日中首脳会談の2ヶ月後に失脚。
でも失脚の理由は親日ではなく、改革開放以来の行き過ぎた思想的な自由主義を取り締まるよう鄧小平が「反自由化運動」を度々示したが、胡耀邦がこれを放置し両者の関係が悪化したから。鄧小平が胡耀邦の解任を決めた86年夏からは胡耀邦の提案はことごとく長老に反対されて「何一つまともにできない状態」になっていた。
この見せかけの日中接近は対ソ関係には有利に働いたようだが、中国側には日本が譲った事実だけが残り、鄧小平はこれを外交カードに使って反日色を強めた。
2005年4月27日王毅が駐日大使の時に「かつて政府の顔である首相、官房長官、外相の3人は在任中に靖国神社に参拝しないという紳士協定があった。」と公言。中曽根が否定し抗議しても何処吹く風。

ついでに、ノー天気に中曽根の忖度外交をいまだに賞賛しているのが学習院大学長井上寿一
https://www.yomiuri.co.jp/adv/gakushuin/opinion/op017/page_01.html

加えて島田氏は「伊勢神宮は神社の世界では別格扱いで、そこにいたという自負が小堀宮司にあるはず。その感覚には少し浮き世離れした部分があり、発言がどのような問題を引き起こすかを認識しないまま思った通りに本音を話してしまったのではないか。」
って、妄想をベースにした◯◯◯芸能以下の論評。
この人何時もそう。誰でも自分と同じと思うな!

 

資料 : 昭和天皇と歴代総理の靖国神社参拝記録(戦後〜) (らむ子)2018-10-01 17:33:12メディアに騙されないように、理論武装しよう。

☀️---昭和天皇 御親拝、🙏---合祀、🔥---火種となった総理発言、
👿---朝日新聞・反日官僚の動き、🇨🇳---中国

-----------------終戦後の靖国神社 御親拝・総理参拝と関連する出来事----------------

  1945(昭和20)年8月18日 東久邇宮稔彦総理 参拝
  〃 10月23日 幣原喜重郎総理 参拝
  〃 11月20日☀️昭和天皇 御親拝(臨時大招魂)
  〃 〃 幣原喜重郎総理 参拝
  1951(昭和28)年10月18日 吉田茂総理 参拝
  1952(昭和27)年10月16日☀️昭和天皇 御親拝
  〃 10月17日 吉田茂総理 参拝
  1953(昭和28)年 4月23日 〃
  〃 10月24日 〃
  1954(昭和29)年 4月24日 〃
  〃 10月19日 ☀️昭和天皇 御親拝(創立85周年)
  1957(昭和32)年 4月23日 ☀️昭和天皇 御親拝
  〃 4月24日 岸信介総理 参拝
  1958(昭和33)年10月21日 〃
  1959(昭和34)年4月8日 ☀️昭和天皇 御親拝(臨時大祭 創立90周年)
  1960(昭和35)年10月10日 池田勇人総理 参拝
  1961 (昭和36)年 6月18日 〃
  〃 11月15日 〃
  1962(昭和37)年 11月4日 〃
  1963(昭和38)年 9月22日 〃
  1965(昭和40)年 4月21日 佐藤栄作総理 参拝
  〃 10月19日 ☀️昭和天皇 御親拝(臨時大祭)
  1966(昭和41)年4月21日 佐藤栄作総理 参拝
  1967(昭和42)年4月22日 〃
  1968(昭和43)年4月23日 〃
  1969(昭和44)年4月22日 〃
  〃 10月18日 〃
  〃 10月19日 ☀️昭和天皇 御親拝(御創立100周年記念大祭)
  1970(昭和45)年4月22日 佐藤栄作総理 参拝
  〃 10月17日 〃
  1971(昭和46)年4月22日 〃
  〃 10月19日 〃
  1972(昭和47)年4月22日 〃
  〃 7月8日 田中角栄総理 参拝
  1973(昭和48)年4月23日 〃
  〃 10月18日 〃
  1974(昭和49)年4月23日 〃
  〃 10月19日 〃
  1975(昭和50)年4月22日 三木武夫総理 参拝
  〃 8月15日 🔥〃 (終戦記念日参拝は戦後初めて)『私人としての参拝』発言
  〃 11月21日 ☀️昭和天皇 最後の靖国神社御親拝(終戦30周年)
  1976(昭和51)年10月18日 三木武夫総理 参拝
  1977(昭和52)年4月21日 福田赳夫総理 参拝
  1978(昭和53)年4月21日 〃
  〃 8月15日 〃
  〃 10月17日 🙏いわゆるA級戦犯が「昭和殉難者」として合祀
  〃 10月18日 福田赳夫総理 参拝
  1979(昭和54)年4月19日 👿合祀されたことを朝日新聞が報道する
  〃 4月21日 大平正芳総理 参拝
  〃 10月18日 〃
  1980(昭和55)年 4月21日 〃
  〃 8月15日 鈴木善幸総理 参拝
  〃 10月18日 〃
  〃 11月21日 〃
  1981 (昭和56)年4月21日 〃
  〃 8月15日 〃
  〃 10月17日 〃
  1982(昭和57)年 4月21日 〃
  〃 8月15日 〃
  〃 10月18日 〃
  1983(昭和58)年 4月21日 中曽根康弘総理 参拝
  〃 8月15日 〃
  〃 10月18日 〃
  1984(昭和59)年 1月5日 〃
  〃 4月21日 〃
  〃 8月15日 〃
  〃 10月18日 〃
  1985(昭和60)年 1月21日 〃
  〃 8月7日 👿朝日新聞が『靖国問題』を報道
  〃 8月14日 🇨🇳中国政府が史上初めて靖国神社参拝を非難
  〃 8月15日 🔥中曽根康弘総理 参拝(終戦40周年) 『首相として公式参拝』発言
  〃 11月8日 👿小和田恒 衆議院外務委員会で『極東軍事裁判を受諾』と解釈変更
-------------------------以下略------------------------

資料 :
h ttps://iyasaaca.exblog.jp/tags/戦後歴代首相の靖国神社参拝回数%E3%80%80昭和天皇靖国御親拝/
https://www.weblio.jp/wkpja/content/靖国神社問題_歴代首相の靖國神社参拝(回数)

 ・・・・・・ここまで
 
皇室尊崇を掲げながら、その実宮中の伝統食い荒らし加担の浅慮保守が多すぎます。

 

まあ いらしたくなかったでしょうけど・・・

「陛下は靖国を潰そうとしてる」靖国神社がついに、爆発

2018-09-30 21:58:04 

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