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世上に「女性自身」が出回っている内に記事を、と思っていたのですが風雲急を告げる日韓問題に関する記事を大急ぎでアップするのに追われたことと、それから皇族への疑義は喜んでやっているわけではなく、余りにも目に余る事柄を気重く書いているだけのことで、皇室の存在否定論者でもありません。逆です。日本にとって皇室がどれほど大事か知っているので、やむをえず書いている、ということです。
「女性自身」「週刊女性」「女性セブン」という3大女性週刊誌が全てアンチ安倍政権の左翼誌であることは、繰り返し述べておきます。
その左翼誌がなぜ、こじつけをやらかしてまで皇后陛下と雅子妃の賛美記事をアップし続けるのか、その理由を考えて欲しいという訴えも、繰り返し続けています。
眞子さま・小室問題をこれらの雑誌が取り上げる時、それは日本国民としての憂慮からの観点ではなく、巧妙な秋篠宮家ディスリの筆致です。秋篠宮家は、いずれ天皇となられる悠仁親王殿下を擁する宮家なのに。それでは、都合の悪い人たちがいます。まず女性・女系天皇を画策する一派。それは皇室瓦解につながります。
▼皇太子さまが再び立ち上がる日 雅子さま人格否定会見から15年
https://jisin.jp/domestic/1704403/
《大君と母宮の愛でし御園生の白樺冴ゆる朝の光に》
1月16日、歌会始の儀で発表された雅子さまのお歌である。天皇陛下と美智子さまが皇太子ご夫妻だったころ、お住まいだった東宮御所の庭に育てられた白樺が題材となっている。
両陛下への感謝がこめられたお歌だったが、歌会始の儀が催された皇居宮殿「松の間」に雅子さまの姿はなかった。
「両陛下が出席されてお歌を披露される歌会始は今回が最後です。’04年以降欠席されている雅子さまは、今年こそは出席したいという思いも強かったはずですが、7日に出席された昭和天皇三十年式年祭の翌日から体調を崩されてしまったのです」(宮内庁関係者)
その後も発熱が続き、11日の講書始の儀、そして歌会始の儀も出席を控えられた。雅子さまにとっては悲痛な新年となってしまった。しかし、お代替わり後、新皇后の雅子さまを待ち受ける儀式やご公務の“試練”はさらに重い。
5月から11月まで即位関連行事が半年以上にわたって続く。また、両陛下から引き継がれる重要なご公務も目白押しなのだ。
「さらに安倍政権は、5~6月中に来日するトランプ米大統領と新天皇皇后両陛下の会見を計画しています。これほどの“過密日程”では、雅子さまがすべてのご公務に出席されるのは不可能に近いでしょう」(皇室担当記者)
精神科医で立教大学教授の香山リカさんはこう語る。
「雅子さまは適応障害で長期ご静養に入られて15年です。現在はかなり回復されていますが、ご病気になられる前の状態に戻られたとは言えません。雅子さまは新皇后になられてから役割を全うするために努力されると思います。しかし重圧も大きく、お疲れがたまります。いつ調子を崩されてもおかしくはないのです」
雅子さまが適応障害と診断されて長期ご療養に入られたのは、’03年12月のこと。その半年後、皇太子さまが行動を起こされたことがある。雅子さまのお出ましが完全に途絶え、国民から心配の声が上がるなか、翌年5月の会見でこのように発言されたのだ。
《雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です》
“お世継ぎ”となる男子を産めなかったのに、海外訪問ばかりを望み、公務を休み続けている――。そうしたバッシングに心を痛めていた雅子さまを守るためになさった“人格否定発言”だった。
しかし、このご発言は国民に衝撃を与えたばかりか、両陛下も困惑を示されることになった。秋篠宮さまは《せめて陛下と内容について話をして、そのうえでの話であるべきではなかったか》と皇太子さまに苦言を呈された。
それから皇太子さまは論争を呼ぶような発言は控えられるようになり、雅子さまのご体調は「東宮職医師団」が毎年1回、文書で発表するだけになった。
宮内庁はこの15年間、体調には波がおありだと繰り返し発表しましたが、もう少し具体的な説明があってもよかったでしょう。雅子さまには、ご自身が国民の前でご症状について語られるには、少なからず恐怖があったはずです。一度でいいので、皇太子さまが国民の前でその説明をなさってもいいと思います」(香山さん)
2月23日に59歳の誕生日を迎えられる皇太子さまは、例年のように会見に臨まれる。お代替わり前の会見は、この1回きりだ。“最後のチャンス”に、皇太子さまが再び立ち上がるのではと語るのは皇室ジャーナリスト。
現在は毎月、天皇陛下、秋篠宮さまとの“三者会談”が開かれています。お代替わりに向けた話し合いのなかで、皇太子さまは雅子さまのご体調についてもしっかり説明なさっていると思われます。今回は15年前とは異なり、お二方からの後押しもあるでしょうから、きっと雅子さまの不安を取り除く結果になるはずです」
・・・・・・ここまで
「新皇后の雅子さまを待ち受ける儀式やご公務の“試練”はさらに重い」って、どうせやられはしないのに。
皇室の内情を心得ている人には、失笑ものの噴飯記事でしょうが、斜め読みした人のために記事の骨子を要約するなら「雅子妃のあたかも人格を否定する如き皇后の仕事内容」ということであり「いずれ、また皇太子殿下が愛する妻のために、国民(と宮内庁)に対して”雅子の人格否定”として立ち上がるであろう」というごとき三文記事ではありますが、「被害者としてのおいたわしい雅子妃」という詐術文に国民の美しい誤解要素が巧みに散りばめられていること、この種の牽強付会の擁護論は即位後なおも頻出するであろうことが予測されるので、反駁しておきます。
まず、即位された後の皇后の「お仕事」については、雅子妃は入内前からご存知のはずであり、それを前提の入内であったこと。今更何を、ということです。途中で気づかれたのなら、離婚の自由はありなかには「小和田家は責任を取って引き取れ」とまで、識者の論調があったくらいです。
また、もう多くの国民はうんざりしているのですが「ご体調」という、まやかし言語を使うのは止めたらどうでしょうか。「精神状態」と正確に記すべきです。そして、そのご体調という名の公務不能になられる時がいかにも恣意的で都合のいい時である、ということも見抜かれて久しいのです。
記事にもある歌会始めなど、延々14年間「規則正しく」精神状態の悪化でお休みになられ、その反面ご静養、スキー旅行、登山などには決して訪れない不可解。
新年参賀の折の、全国中継されここぞと「ご活躍」が目立つところでは絶対に不調が訪れない都合の良さ。
精神の不安定要するに精神病を、皇室の厳しい環境のせいにするのも違います。代々の皇太子妃が粛々と務められてきたことです。皇后のお仕事も同じく。
また精神の不調は、入内後のことではなくもともと因子としてお持ちであったのではないかと再三、いとこ(男)が見舞客も絶えたまま大阪の病院に長年いらっしゃることで明らかだと書いて来ました。複数から具体的情報を得ています。これがもし事実でないというなら、宮内庁からの告発を受けて立ちます。でも事実なのだから騒いで藪から蛇を突き出して困るのはあちらです。
精神を病む人々への差別の意図は毛頭ありません。ただ、日本国の屋台骨とも言うべき皇室に入るにふさわしいお方であったか、覚悟が脆弱ではなかったかと、その奉じる宗教と併せて疑義を呈しています。
ネット記事ではカットされているようですが、本体の女性自身記事には雅子妃が「昭和天皇三十年式年祭・皇霊殿の儀」に古式ゆかしい装束に身を包まれて参内された、とあるのですが写真はおろかまともな記事一つ拾えません。
武蔵野の陵(みささぎ)で行われた「山陵の儀」には両陛下、秋篠宮両殿下、他皇族、安倍総理の参拝の様子が詳しいのに、皇太子ご夫妻については天皇皇后の代理として参内された、とだけの不自然にそっけないわずか1,2行の記述のみ。即位を目前に、マスコミ上げての雅子妃上げの時、とても不自然、本来なら十二単に威儀をただした雅子妃の画像がマスコミに宣伝されるところでしょうに。


同じく宮中神殿における古代装束の皇太子殿下のお写真もありません。
ご退位なさる両陛下と皇嗣殿下のお写真がでかでかとあるのに、不思議なことに皇霊殿での皇太子皇太子妃による祭祀へと向かわれる写真がないのです。
雅子妃の一挙手一投足が報じられている現在、奇妙なことと言わざるを得ません。雅子妃は本当に参内されたのか、という強い疑念が生じるのはかつて雅子妃の「したふり参内」が、はからずも一般人のなにげなく写メした画像を並べることで、露見した経緯が過去にあるからです。
しかも女性自身があたかも「皇霊殿の儀」における雅子さまの画像であるかのような印象操作で載せているのがこの写真です。

これは、26年前のご成婚の儀の時の画像ではないでしょうか?
雅子妃の「祭祀したふり」については、過去記事に記しました。
こちらへの抗議も訂正申込みも、宮内庁からはありません。
これも、下手に突けば藪蛇になるからではないのでしょうか。
2004年から規則正しく訪れている「ご体調の波」こと精神不安定を女性自身では宮内庁関係者の言葉として次のように擁護しています。
「儀式の始める1時間半前から身を清める潔斎に臨まれ、非常に重い装束にお着替えになりました。とても寒い日だったので、ここでお風邪を召されたのかもしれません」
この言い訳自体が、雅子妃のある日のナンチャッテ祭祀の嘘を暴いているから皮肉なことです。つまり、潔斎の時間を含めおすべらかし、十二単の着脱まで数時間かかるものを、雅子妃は半蔵門から皇居に入られた1時間後には皇居から普通の髪と洋装で出て来られています。
「適応障害」と発表されたのが2003年。発表される前の不調を入れると病歴はもっと長いでしょう。15年間そう言われ続けている病気は適切な治療が行われれば、1,2年で完治という説もありますが、これに関しては解りません。はっきりしているのは、根本治療はないということです。
不安や不眠にはベンゾジアゼピン系の薬、うつ状態に対しては抗うつ薬。ただし適応障害の薬物療法は「症状に対して薬を使う」という対症療法であり根本治療ではありません。つまり適応障害の治療は薬物療法だけではうまくいかないことが多く、環境調整やカウンセリングが重要だとされています。
「医師団」と名ばかりで表に出て来ない人達は、即位を前にご病状に関する、これまでの経過、今後の治療方針についての情報開示が義務ではないでしょうか。
適応障害が事実なら、その要因となる環境の排除が必要だとされています。つまり雅子妃は皇室を出るしか、完治はないということでしょう。
根本治療なきまま即位されると、これまでの上向いたと報じられた直後に、また「体調の波」の下降と今後も延々と繰り返され、国民はその状態にいつしか慣らされてしまうという不健康な状態が平成の次の御代にはずっと続きます。
国民に半端な期待を抱かせたまま、このままズルズルなし崩しに皇室の基幹が移行します。今でさえ、宮内庁発表の皇族のスケジュール表は東宮の欄が空白が異様に目立ちます。
東宮家のスケジュール空白なぜ
もう決まってしまったもの、こんな記事でどうにかなるものではないことも繰り返し述べています。それでも書き続けるのは50年後に真実を知る国民がいればいいという思いからです。それは皇室だけの問題ではなく、敗戦後の73年間、この日本で何が行われてきたかその俯瞰する歴史と、皇室問題は不可分につながっているから。隠蔽された真実に陽を当て見据えなければ、負の歴史は繰り返されます。
皇太子殿下じたいがそもそも、精進潔斎がおできになる身体状況にはない、とこれも繰り返し指摘させて頂きます。
平成の次の御代から、天皇親修の祭祀は宮中より消滅します。
皇室内に密かに進行、蔓延している負の要素は敗戦時のGHQの日本弱体化施策と共に、皇室弱体化計画に端を発しています。
日本が戦後抱え込んできた負の要素のあれこれと、皇室問題は無縁ではなく「全てはつながっています」。事象としての点と点をつなぎ合わせると、思いもかけない全体画が浮かび上がり慄然とします。
新皇后が企業犯罪チッソ水俣に関わるお家の出であることも、再度記しておきます。ヤフオク問題が消え去ったわけでもないことも。
雅子妃の国民騙しの「エア祭祀」については過去記事に詳述しました。
皇室から祭祀が消え果てる日 《転載ご自由に》
ついに小和田家【出自】の秘密 《水間氏の意向により全文掲載条件でネット転載可》


即位の賑わいに取り紛れ、皇室の本質と品位が損なわれる要素が見過ごされるようで・・・・敢えてこの時期に記事にしました。
祓え給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え
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