日本製薬工業協会(製薬協)加盟社の情報公開によって、医学界に巨額の資金が流れている実態が浮き彫りになった。降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)の臨床試験の疑惑を深めることになった「奨学寄付金」については、「寄付金と呼んでも実質的には賄賂ではないか」との指摘もある。情報公開の進展と並行して、製薬業界と医学界では長く続いてきた慣行を見直す動きが出ている。【河内敏康、八田浩輔】
製薬業界から医学界に流れる資金の全体像は「ブラックボックス」となってきたが、毎年、前年度分を自社ホームページで公開すべきだとする製薬協の新しいルールが昨年施行された。13年度の加盟社すべてがルールに従った。透明化の論議に大きな影響を与えたのが米国の動きだった。薬と金の問題が後を絶たないことから、10年3月に製薬会社から医師への金を白日の下にさらす「サンシャイン条項」を盛り込んだ法律が成立。製薬会社は、どんな名目であっても医師に10ドル以上の金・サービスを提供した場合は政府に報告しなければならなくなった。日本では1990年代、香川医大病院(当時)の医師や名古屋大医学部教授らが、製薬会社に便宜を図った見返りに金品を受け取ったとして逮捕される事件が起きた。00年代後半には、抗がん剤「イレッサ」やインフルエンザ治療薬「タミフル」などを巡り、薬の承認を審査したり副作用を調べたりした医師らに製薬会社から資金が提供されていたことが判明し、「薬とカネ」の問題が批判された。製薬業界のグローバル化が進展する中、日本も透明化の流れに逆らうことはできなくなっていた。
各社が開示した情報を毎日新聞が集計すると、「奨学寄付金」は346億円だった。ある国立大教授は「私が研究室を発足させた10年ほど前は、製薬会社から1年間に約1000万円もらえた。透明化の流れで最近は製薬会社が出し渋るようになってきた」と話す。「医療関係者に最新の医学・薬学情報を提供するため」との理由で、大学教授らを講師に招いてホテルなどで開催する講演会は約15万件あり、「講演会費」は891億円だった。病院や医局ごとに開く小規模の「説明会」にも約140万件、332億円が投じられていた。高級弁当が出されることが多い。業界団体の規約で、12年春から講演後の慰労の飲食は2万円までなどと、医師らへの一定額以上の接待を自粛することになった。
情報公開の仕方にも課題が残る。個々の医師に支払った講演料や原稿執筆料の金額も対象にしようとしたが、医師側の反発で公開は1年先送りされた。これに対し、外資大手グラクソ・スミスクラインは講演料をやめる方針を打ち出している。
◇「奨学寄付金」日本特有の慣行 「ひも付き」「薬使用の見返り」
「奨学寄付金は明らかに日本独自の慣行だ。国際的に認められるのか検討しなければならない」。3日、ノバルティスファーマ日本法人の持ち株会社社長に新たに就任したマイケル・フェリス氏は、臨床試験疑惑を収束させられない日本人幹部の更迭が発表された記者会見でこう述べた。奨学寄付金は、研究や教育の振興のために提供する建前で大学などの組織に支出するが、会社は贈り先の研究室を指定できる「ひも付き」だ。日本法人は、バルサルタンの臨床試験を引き受けた研究室に向け、5大学に11億円超を「寄付」していた。
別の使い道もある。業界団体は薬の販売目的で提供することを禁じているが、ある会社の営業担当者は「自社の薬を使ってもらう見返りとして」と内情を明かす。ある国立大教授も「寄付が多い会社の薬を使いがちになる」と打ち明ける。ノ社の社外調査委員会は「一部の医療機関から露骨な寄付金の要求がある」と指摘する。ある検察OBは「寄付金と呼んでも、医師が公務員で、便宜を図ってもらう見返りであれば、賄賂と見なすこともできる」と話す。
資金の公開が進むのと並行して、製薬業界は奨学寄付金の見直しを始めている。外資系を中心に、医師に臨床試験をしてもらう必要があれば、奨学寄付金を提供するのではなく、正式に委託契約を結んだうえで費用を負担するケースが増えている。医師側では、研究発表する際、関係企業からの資金の存在を明示することがルールとなっている。
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