オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

もんじゅ廃炉、しかし核燃料サイクルはやめられない

2016-12-22 | 原発
政府は21日、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の廃炉を正式に決定した。同日午後の原子力関係閣僚会議で「不確実性の伴う原子炉としての運転再開はせず、今後廃止措置に移行する」と明示した。
しかし、使用済み核燃料の再利用を目指す核燃料サイクル政策は維持し、もんじゅに代わる高速炉の開発は続けるという。
 
もんじゅは核燃料サイクルの中核施設で、1兆円以上が投じられながら十分な成果を出せず、廃炉になるというのに、政府はなお高速炉開発を継続すると言う。
 
原子力機構がナトリウムなどの取り扱いについて、もんじゅを活用した研究を実施、また、フランスが開発中の高速炉「ASTRID」に協力し、知見を得るという。
 
松野博一文部科学相は記者会見で、もんじゅが期待された成果に届かなかった責任のけじめとして、約5カ月分の大臣給与、賞与を自主返納することを明らかにした。一方で、運転実績が最高でも出力40%にとどまったことについて「私自身は一定の成果だと考えている」と述べた。
 
もんじゅは1994年に初臨界を達成したが、95年にナトリウム漏れ事故を起こすなどトラブルが相次ぎ、運転は250日にとどまっていた。運転再開には新たに5400億円以上が必要で、政府は「得られる効果が経費を確実に上回るとは言えない」と判断した。廃炉には約30年で3750億円以上かかると試算されている。
 
福井県の西川一誠知事は記者団に「廃炉の容認はしていない」と述べた。
 
福井県は、今年も『日本一住みやすい県』のランキング1位の評価を得ている。陸の孤島と言われてきた貧乏な福井県が日本一となれたのは、すべて莫大な原発交付金によるものだ。もしも、もんじゅが廃炉となり、他の原発も廃炉となっていくならば、また昔の様な貧乏な福井県に戻ってしまう。原発誘致しか産業の無い福井県は、原発にしがみ付くしか生きる道が見つからない!
 
9月末に核燃料サイクル政策を堅持すること、オールジャパン体制で実証炉の開発を目指すことが確認された。実証炉とは、高速増殖炉の開発において、原型炉であるもんじゅの次の段階に位置するものだ。
 
もんじゅを廃止しても従来の政策は変わらず、実証炉開発を目指そうとしている。もんじゅも、使用済み核燃料の再処理も、プルサーマル計画も全て失敗して行き詰っている。正常な頭なら核燃料サイクル政策を続けられるはずがない。それなのにもんじゅの二の舞とも言える実証炉計画を、費用と時間をかけ、やろうとしている。その理由は?
(1)たまり続けるプルトニウム
日本が保有するプルトニウムは約47トン。軍事用も含めた全世界のプルトニウム約500トンの10%近くを占め、核兵器保有国以外では圧倒的に多い。原子力発電所で使用済みになった核燃料には、重量で約1%のプルトニウムが含まれている。プルトニウムを分離し、再び原発で使えるように加工する作業を「再処理」と呼び、再処理されて生まれた分離プルトニウムを含む核燃料は、高速増殖炉やMОX炉と呼ばれる原子炉で使われる。なかでも高速増殖炉は、燃料に多く含まれる燃えないウランをプルトニウムに効率よく転換させる能力があり、使った分以上のプルトニウムを生み出すことから、何度でもリサイクルが可能とされている。それが「核燃料サイクル」だが、実用化した国はいまだない。高速増殖炉では、熱をよく伝えるナトリウムを冷却剤に使うが、ナトリウムは水と反応すると爆発するため技術的なハードルが高い。1995年に「もんじゅ」で起きた火災事故もナトリウム漏れが原因だった。先進各国の多くが80~90年代に次々と高速増殖炉の開発をやめる中、日本は核燃料サイクルに固執している。
経済産業省によると、東京電力福島第一原発の事故で国内の全原発が停止中だった昨年3月末時点で、約1万7千トンの使用済み燃料が国内の原発などに貯蔵されていた。その3分の2が再処理を待っている状態だ。再稼働の流れが強まれば、再処理を待つ使用済み核燃料がますます増えることになる。核兵器に利用可能なプルトニウムがあり余っている状態で再処理工場を動かして、さらにプルトニウムを取り出そうという発想は無知の極み。他の多数の国々がやっているように使用済み燃料を中間貯蔵した後、直接処分するという政策に変えるしかない。
(2)原子力発電を続けて利権を守りたい
もんじゅを続けて事故が起きてしまったら、原発推進の邪魔になる。できもしない核燃料サイクル政策にしがみつくことで、使用済み核燃料を青森へもっていくことができる。原発利権を得る人たちにとっては、次の実証炉開発を成功させて発電できるかどうかは、さほど重要な問題ではない。失敗しても成功してもとにかく続けることで、時間稼ぎができ、莫大な利益につながるのだ。
 
経産省と電力会社は、再処理の継続を明言し、使用済み核燃料の問題を先送りする道を選び続けてきた。莫大なコストを支払って再処理を進めるふりをしてきた。
使用済み核燃料の搬出先がないから核燃料サイクルを言い訳にするという本末転倒の非論理がまかり通る。
高速増殖炉が実現不可能な中で、核燃料サイクルを推進することは無意味であり、除染、廃炉の研究に集中すべきだろう。
コメント

もんじゅに懲りない原子力村

2016-09-25 | 原発
1983年の原子炉設置許可から33年、94年の初臨界から22年、その間、実働わずか250日で1兆2000億円もの莫大な予算が投じられてきた高速増殖炉「もんじゅ」が廃炉に向け動き出した。
 
 使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し再び燃料とすることで“夢の原子炉”“核燃料サイクルの本命”といわれた高速増殖炉「もんじゅ」。だが95年8月29 日の初発電から4カ月も経たない12月8日に冷却材のナトリウム漏れ事故が発生し運転が停止され、5年後の2010年5月には再び運転が開始されたが、その45 日後には炉内中継装置の落下事故で再び運転が停止された。その後も数々の点検漏れなどの不祥事が続き、2013年には原子力規制委から事実上の運転禁止命令が出されるなど再稼働の目処がつかない状態が続いていた。
 この間、設備維持などで年間200億円もの公費が投入されていたことなどから9月21日、ついに政府も廃炉も含めた抜本的見直しを年内までに行うことを発表、これは事実上の「もんじゅ」廃炉決定と言っていいだろう。
 しかし「もんじゅ」が廃炉になるからといって、核燃料サイクル構想じたいが頓挫したわけではない。「政府が、高速増殖炉『もんじゅ』について廃炉を含め抜本的に見直すことを前提に、新たな高速炉開発の司令塔機能を担う『高速炉開発会議(仮称)』を設置する方針であることが21日わかった」(朝日新聞DIGITAL9月21日)
 
「もんじゅ」を管轄する文部科学省からその利権を奪う経済産業省が「高速炉開発会議」を立ち上げ、電力会社や原子炉メーカーなど民間企業も参加する。莫大な予算を“利権分配”をする場となるわけだ。
 そして「もんじゅ」に代わり、経済産業省が推し進めるのがフランスの高速炉計画「ASTRID(アストリッド)」プロジェクトだ。これは工業用実証のための改良型ナトリウム技術炉だが、この技術開発を日仏で進め2030年までの実用化を目指すという。しかもこの高速炉計画はすでに2年前から決まっていた。
 
さっそく産経新聞が「高速増殖炉 『シンもんじゅ』を目指せ 核燃サイクルは国の生命線だ」(9月18日)と掲載すれば、読売新聞も負けじと「もんじゅ「廃炉」 核燃料サイクルを揺るがすな」(9月22日)と社説に掲載するなど、安倍政権親衛隊メディアはそれを後押しし、煽り続ける。
 
「もんじゅ」の廃炉費用は新たに3000億円もが試算されている。そして、相変わらず「もんじゅ」失敗の原因究明も責任論もあがっていない。また、各地の原発の再稼働、青森県・六ヶ所村の再処理工場竣工、プルサーマル推進、MOX燃料加工工場の建設、青森県むつ市の使用済み燃料中間貯蔵施設の竣工などを推し進め、そのために莫大な国費が投入されてきた。
 
「サイクル」にこだわるのには、核兵器の材料にもなるプルトニウムの問題がある。日本は現在、約48トンのプルトニウム(原爆6000発を製造可能)を持つ。日米原子力協定により、核兵器の非保有国では例外的にプルトニウムを抽出する再処理を認められているという事情がある。「もんじゅ」の廃炉は「サイクル」の枠組みの変更ということになり、国際的に日本のプルトニウム保有への懸念が高まる恐れがある。特に、同協定が2018年に改定時期を迎えることから、米国などに説明できる新たな「サイクル」の道筋を示す必要がある。
 
   これまで高速増殖炉の開発に多くの国が取り組んだが、半世紀がたっても実用化できていない。今回、政府が日仏協力で取り組む考えを示す「ASTRID」は「高速炉」で、「増殖」の2文字が消えている。プルトニウムを増殖するのでなく、使うことに主眼がある技術で、それでも核燃サイクルの中でプルトニウムが一方的にたまるのを避ける意味がある。
   フランスでは高速増殖実証炉「フェニックス」が、「もんじゅ」と同様にナトリウム事故を起こして廃炉に追い込まれ、日本より早く「高速炉」に転じた。「ASTRID」は2030年ごろの運転開始を目指すが、基本設計完了予定の2019年までしか予算が確保されておらず、想定より資金がかかるのは必須だ。「日本は金蔓になるだけ」(文科省筋)との懸念もささやかれる。
 
コメント

NHK深夜生放送で原発批判

2016-09-05 | 原発
8月26日深夜、NHKで生放送された討論番組『解説スタジアム』が大きな反響を呼んでいる。NHKの7人の主要解説委員が、日本の原発政策を多角的に議論するという番組だが、驚くべきは、解説委員7人のうち6人が政府や原子力規制委員会、そして電力会社の問題点を徹底的に批判していたことだ。さらには「原子力再稼働を認めない」という驚きの発言まで飛び出していた。そのためネット上でも「国民必見」「解説委員の勇気か反乱か!」「NHKはまだ腐っていなかった」など絶賛されている。
 
司会に西川吉郎解説委員長、以下、島田敏男、板垣信幸、関口博之、竹田忠、水野倫之、髙橋祐介という解説委員。
 
番組がまず指摘したのは、各地で相次ぐ再稼働の可否そのものであり、原発の安全性についてだった。これについて板垣委員は再稼働の基準の甘さを指摘したうえで、「再稼働は認めたくない」とまで断言した。「たとえばアメリカの基準のなかには避難計画がちゃんと入っています。日本の避難計画は自治体に丸投げ。こんな甘い基準はないと私は考えているんですね。地震、津波、火山の原発リスクの三大要点が揃っている日本がですね、やっぱり原発に多く依存するのは問題だと思うわけです」
 
たしかに、8月12日に再稼働した愛媛県の伊方原発も、地震と津波についてのリスクが非常に高く、避難計画の杜撰さが指摘されている。伊方原発は佐田岬半島の入り口、付け根部分に立地していて、その先の半島部分には実に5000人もの住人が生活していることから、もし事故が起きたとき、住民の避難が事実上“不可能”になる。だが、NHKの解説委員がここまで突っ込んだ発言をするのは異例のことだ。
 
しかも、原発の問題点を指摘したのは、板垣委員だけではなかった。社会保障・経済担当の竹田委員は、そもそも規制委員会が原発の安全性について保証をしていないことを問題にした。
 
「原子力規制委員会の田中(俊一)委員長は会見のたびに『安全性を保証するものではない』と、何度も言う。基準に適合したかどうかを審査しているのであって、安全性を保証するものではないと何度も言う。規制委員会は安全を保証しない。政府も動かない。では一体誰が再稼働の、そして事故の責任をもつのか。板垣委員も重ねてこう疑問を投げかける。
 
「これまで政府はなかなか自分たちが仕切るとは言わなかったけれど、政府として責任を取るという言葉を吐いたことはあるんです。だけれども責任ってどうやって取るんでしょう? いまの福島の第一原発の惨状を見てて、お金を渡せば責任を取ったことになるのか。ならないわけですよ。災害関連死の人も沢山いるわけですから。そういうことが起きたら責任を取れないのに責任を取ると強弁することこそ問題なのであって、むしろそういうことじゃなくて、きちっと現状を説明して、こうなったらこうしますと説明をしないからいけないんだと思いますね」
 
板垣委員はさらに、コストの面での欺瞞についてもこう暴露した。
 
「なぜいま原発を再稼働するかというと、原発はいま再稼働したら、非常に安く電気がつくれます。それはなぜかと言うとですね、裏側にあるコストが入っていないからです。(略)原発はこの60年間で国家予算で15兆円つぎ込んでいるわけですよ。現在価格でいえば45兆円くらいです。それからいま、事故の対応でも9兆円使っている。こういうことですと、コストが一体安いのか、いや安くはないんだということにならざるを得ないわけですよ」
「(こうした)裏負担を国民は知らないうちにずっとやってきたし、(事故対応の)9兆円の枠も使ったらそれは(今度は)電気料金で(国民から)取るんですよ。つまり、これから原発事故要因で電気料金が上がってくる。だからいま、再生可能エネルギーで料金が上がっているなんて理屈も一方でありますけど、原発で上がってくる分も相当大きいってことを、やっぱり知っておく必要がある」
 
実際、時事通信によれば、福島原発事故収束への国民負担額は、2015年度末までに4兆2660億円に膨れ上がり、日本の人口で割ると一人につき約3万3000円になることが明らかになっている。東電は政府にさらなる支援を求めており、中間貯蔵施設に1兆1000億円が支出されることになっているが、これは電源開発促進税の名目で電気料金に含まれているもの。つまり、巨額の税金が事故後の処理で使われたうえに、さらに消費者の電気料金に上乗せされているのだ。
 
番組ではほかにも、40年を超えた老朽原発に対する運転延長決定、避難前提となる電力会社や政府による情報公開の不備など、さまざまな問題が指摘され、地元住民の安全など二の次という杜撰さや、政府と規制委員会、そして電力会社の無責任ぶりが炙り出されていった。そういう意味では、日本のテレビで原発の問題点をもっとも正確に指摘した画期的番組だったと言えるだろう。
 
しかし、不思議なのは、あのNHKがなぜこんな番組をつくることができたか、だ。たしかにNHKはもともと電力会社への広告依存がないため、原発については民放よりも踏み込んだ報道をしてきた。しかし、「政府が右といえば右」という安倍応援団の籾井勝人が会長の椅子に座って以降、政権に批判的な報道はめったにできなくなり、原発についても問題点を追及するような報道はほとんどしなくなっていた。それがどうして、ここまで踏み込むことができたのか。
 
いちばんの理由は、この放送が上層部が厳しくチェックできる録画ではなく生放送だったということでしょう。しかも、籾井会長が来年1月の会長選で再選されることなく交代する可能性が高くなって、恐怖支配が少し緩くなっている。その間隙をぬって、良識派の解説委員たちが勇気ある発言をしたということでしょう」(NHK関係者)
 
もちろん、こうした番組が放送されたからといって、NHKの状況はけっして楽観できるものではない。今回の『解説スタジアム』にはたまたま良識派が数多く顔を揃えたが、報道局幹部や解説委員の多くは、籾井会長の動向にかかわらず、政権の顔色をうかがって官邸に尻尾をふり続ける“安倍政権の犬”のような連中がほとんどだ。
 
現に、今回の番組でも、“安倍首相とマスコミ幹部の会食会”の常連で“島田スシロー”の異名をもつ島田敏男解説委員は、原発の問題点を指摘するどころか、ほとんど議論に参加しようとしなかった。唯一、高速増殖炉「もんじゅ」については「結論からいうと、高速増殖炉の事業はもう辞めるべきだ」と発言していたが、実はこれも、政府の「もんじゅ」廃炉の方針転換を知って先取りしたのではないかと言われている。
 
「しかも、島田氏は番組の最後に原子力政策についての考えと提言を聞かれ、今回のテーマとはほとんど関係のない、テロ対策の必要性を力説していた。これも、安倍政権が9月の臨時国会で成立をめざしている共謀罪を意識してのものでしょう」(全国紙政治部記者)
 
しかし、それでも、今回の番組はNHKに安倍官邸の恐怖支配に屈しない良心が残っていることを証明した。深夜、生放送で見ることのできたこの勇気ある抵抗が広がって、NHKの報道そのものが変わってくれることを切に望みたい。(リテラ 伊勢崎馨)
 
こんなことで、NHKが大評判になり、快挙と絶賛されるのだから、日本のマスコミの劣化は深刻である。委員が指摘した内容は、脱原発派が指摘してきた事柄なのだが、政府のいう通りに報道することを見せつけられてきた視聴者には新鮮であった。願わくば本来あるべき報道姿勢を今後も続けて欲しいものだ。
 
アメリカの西海岸には全104基中の十数基程度(内6基は閉鎖)しかない。【環太平洋造山帯(火山帯)】がアメリカ西海岸を通っているからだ。巨大地震や火山の大噴火が頻発する地域であり、危険な設備を建設する事は不可なのであり、アメリカは東海岸を中心に一部の中部地域に90基が在るだけである。オーストラリアやNZには原発が存在しない。
 アメリカは原発を危険な設備である事を熟知しており、地震や火山活動の激しい地域には原則的に原発を立地しないのであり、シェールガス革命で採算の合わない原発は全廃の方向が確定している。
 安倍晋三の言う【世界一厳しい安全基準】なんて何の科学的知識もない人間が信じることであり、アメリカの西海岸地域に原発を原則的に立地していない事を考えれば、日本列島に原発が存在すべき場所はない。日本が【世界一厳しい安全基準】などと宣伝し、再稼働しようとするのは、トルコやベトナム、中東に原発輸出をしようとしているからである。どの国も、自然災害や戦争で危ない国であり、日本が良識ある国ならば、到底輸出など考えない国々である。
コメント

原発継続は倫理にもとる

2016-04-16 | 原発
2016年4月16日 東京新聞
日本はやはり地震国。九州を襲った「震度7」に再び思い知らされた。福島第一原発事故のそもそもの原因は、地震である。その原点に立ち戻り、原発の安全対策の在り方を再点検するべきだ。
今月6日、福岡高裁宮崎支部は、今回の震源地からもさほど遠くない九州電力川内原発の運転差し止めを求める住民の訴えを退けた。
高裁は、対策上想定される基準地震動(最大の揺れの強さ)を「極めて合理的」と判断した。
住民側は「国内の原発ではそれを超える揺れが、2005年以降だけで5回観測されている」と観測地の過去の平均値から基準を割り出す手法に異議を唱えていた。
瓦や石垣が無残に崩れ落ちた熊本城の姿を見ても、同じ判断ができただろうか。
国会の福島第一原発事故調査委員会は、原因は津波だけでなく「地震による損傷の可能性も否定できない」と指摘。「小手先の対策を集積しても、根本的な問題は解決しない」と結論づけた。
ところが、電力会社も原子力規制委員会も、地震の揺れを甘く見すぎてはいないだろうか。
その象徴がくしくも九電だ。九電は、川内原発の再稼働がかなうやいなや、事故対策の指揮所になる免震施設の建設をあっさりと引っ込めた。原発は無数の機器と複雑な配管の固まりだ。見かけは正常に動いていても、強い震動がどの部位にどんなダメージをもたらすか。その積み重ねがどんな結果につながるか、未解明のままなのだ。
断層のずれは、想定外の地震を起こす-。熊本地震の教訓だ。
規制委の審査を終えて次回再稼働候補とされる四国電力伊方原発の近くには、日本最大の断層である中央構造線が走っている。
今回の被害を教訓に、起こり得る地震の規模や影響をじっくりと検討し直すべきではないか。
「いつでも、どこでも、強大な地震は起こる」。地震国日本では、これこそ社会通念であり、一般常識だからである。
 
 
地震対策はある程度は個人でも可能であり、地域自治体の対応によって災害を最小に食い止めることもできる。
しかし地震によって重大な影響を及ぼされる原発という危険物の影響は自治体はおろか、国レベルでも防げない。
 
運転中の川内原発(鹿児島県)と、停止中の玄海原発(佐賀県)に異常はなかったという。活断層の真上に原発の重要施設を建設することは禁じられているが、活断層は、日本列島に2000以上走っている。いつ、どこで直下型地震が起きてもおかしくない。こういう地震列島の中で原発を維持していくリスクを改めて考えた政治家は皆無だったろう。
 
今回の地震で現地のホンダ、三菱電、ソニーは操業停止した。九州電力は川内原発を停止することなく運転している。川内を直撃していれば・・・・避難計画に含まれている新幹線・高速はメタメタなのだから、避難すら思うようにできない実態が明らかになった。今回の日奈久断層帯は、今後30年以内の地震発生確率が0~6%と予測されていた。地震の被害だけなら、何年も故郷に帰れないなんて言う状況は起こりにくい。原発の被害は未知数で、福島では地下水の遮断、廃炉の予測すら立たない現状だ。それでも原発再稼働を強行する。
 
日本の政治家は金の亡者だからリスクを合理的に判断できず、ドライに割り切るのが最上と思っているらしい。福島事故から5年経って、「福島事故は例外だった。あんな事故が自分の生きている限り、起こるはずがない」と思っているらしい。不幸にして事故にあった人たちには補償をすればよい。大多数の幸福のために原発周辺の人の生活を破壊してもよい。経済合理性の名の下で他人の人生を破壊することは、経済的自由に含まれるということらしい。「福島の事故で死んだ人はいない」のだから、政府のやることに文句を言うなと言い放つ。
 
チェルノブイリ原子力発電所の事故から28年。人が住まなくなり、朽ち果てた立入禁止区域が今、観光客に公開されている。
2011年、その周辺地域を訪ねる見学ツアーが公に始まった。よりによって福島の原発事故が起きた時期に重なってしまった。人の心の奥底には、惨劇が起きた場所を見てみたいという欲求が潜んでいる。
バスの車中で、ガイドが2日間のツアー中の注意事項を繰り返した。高濃度の放射性物質を含むキノコ類には触らないこと。戸外で物を食べたりタバコを吸ったりして、放射線を発する物質を体内に取り込まないこと。事故から28年の間に、ほとんど人の住まなくなった一帯には、バイソンやイノシシ、ヘラジカ、オオカミ、ビーバー、ハヤブサなどの野生動物がすみつき、人の住まなくなったソ連時代の集合住宅の屋上にタカが巣を作っていると言う。
 
新婚旅行でツア-に参加した若い夫婦の感想が載っていた。
29年前に起きた原発事故現場を目の当たりにして、私は福島がすごく不安になりました。多分、原発付近に住んでいた人たちはもうそこに住むことはできないんだろうと思います。そして、奇形生物の増加と生まれてくる子供の染色体異常、そして甲状腺癌の増加。これは昔のチェルノブイリでも起こってたことで、今まさに福島でも起こっています。放射能は目に見えないからこそとても怖い。それを身をもって体感しました。
こんなリスクが伴う原子力発電をなぜまだ行っているのか、意味がわかりません。放射性廃棄物の捨てる先もなかなか見つかってないというし・・・。今回のツアーで、原子力発電について深く学べて、私は絶対反対派だな、と思いました。
 
今回見学したチェルノブイリ原発事故現場とその近くの街プリピチャに行ってみて、これは日本の福島が将来辿る道だと感じました。
福島原発事故現場付近の立ち入り禁止地域は、おそらくこれからずっと人が住めず、ゴーストタウンと化すだろうし、自然がどんどん成長し、このツアーで最後に見たような景色になるだろうし。
そして、30年経ったとしても汚染された土壌や汚染水によって人が住むことができない状態が続く。
それに、ずっと止めることができない原子力発電所から出てくる汚染物に悩まされ、廃棄する場所を探すも見つからず、何の保証もないけど海の中に放出している状態で、なおかつ日本では福島の事故は完全に過去のものとなり忘れられている状態。これは本当にまずいと思います。
実際に行ってみてガイガーカウンターが鳴ることでしか、わからない放射線がとても怖かったです。もし福島原発事故後、汚染されているけど立ち入り禁止地域に設定されていない場所で、子供が泥遊びをしたり転けて怪我してしまった場所の土がホットスポットだったら・・・どうなるかは容易に想像つきます。福島原発事故は原子力発電についてしっかりと考える機会を提供しているのに、うまく活かせていない感じがするし、チェルノブイリという先例があるからその事例を基に、もっと起きた事故に対する取り組み方についても検討されるべきだと思いました。
 
ロシアもまた、原発をやめるどころか、インドなど新興国に原発を売り込んでいる。また、世界初の移動可能な洋上原子力発電所を建造中で、曳航によって、69人の乗組員とともに各地に移動するこの原発は、2016年までには稼働準備が整う可能性があるという。製造会社は、津波や海上での衝突など、起こりうる諸問題には問題なく耐えられると主張している。そして、船の形をしたこの原発は稼働中に有害な廃棄物を放出することはなく、少なくとも陸上の原発と同じくらい安全だと主張している。仮に洋上原発で問題が発生した場合は、人口の多い地域から離れた安全な場所に移動することができる。海上でのメルトダウンは問題ないという見解らしい。発電能力は70MWで、人口20万人の都市に十分だとされており、石油やガス採掘の洋上設備や、独自のエネルギー施設を維持することができない地域の港湾周辺の都市や産業などに電力を供給する計画だ。さらに、輸出用のオプションとして、海水から真水を製造する工場を追加することもできる。1日あたり24万立方メートルの真水を作り出すことが可能だ。この洋上原発には中国やインドネシア、マレーシア、アルゼンチンなど数カ国が関心を示しているという。
中国も2019年までに洋上原子力発電所の稼働を見込み、洋上の原油・ガス掘削施設や、離島や遠方の島しょ部に電力を供給することが可能になると言う。
コメント

福島の子供にがんが急増

2015-10-24 | 原発
「福島県内の子供たちの甲状腺がんの発生率は全国平均の20〜50倍で今後さらに多発する可能性は大きい──」
岡山大学大学院の環境疫学の専門家である津田敏秀教授を中心とした研究グループが医学雑誌「Epidemiology」に発表した。事故当時18歳以下だった福島県民全員を対象に実施した甲状腺がん検査の数値を分析したところ、発生率は実に国内平均の20~50倍、しかも潜伏期間やチェルノブイリでのデータから今後も増加は避けられないという。
福島県の発表でも、8月31日時点で検査対象の約38万5千人のうち甲状腺がんと確定したのは104人。さらに疑いも含めると137人もの子供たちが甲状腺がんと診断されている。これは100万人に2〜3人という日本の全国平均を大きく上回る。しかし、津田教授らの発表は海外メディアやネットで大きく報じられるが、日本の主要メディアではほとんど触れられていない。福島県検討委員会は「現時点では福島で見つかった甲状腺がんは原発事故の影響とは考えにくい」と事故とは無関係の立場をとる。
 
津田教授は甲状腺がんの増加を「過剰診断」や「スクリーニング効果」によるものという政府の説明に対し、反論した。
「スクリーニング効果や過剰診断によってどのくらいの偽の多発が起こってくるのか。せいぜい2〜3倍、あるいは6〜7倍という一桁のデータ上昇しかないわけです。ところが福島県では20倍から50倍の多発が起こっている」
「WHOは2012年の線量推計に基づいて、約8倍から10倍の甲状腺がんが多発するとした。ところが線量推計のドラフトの段階で、日本政府はロビー活動によってそのドラフトの線量値を下げた。これが報道されたのは昨年末の12月7日。つまり、行うべき対策とは逆の対策をロビー活動でやっていたわけです」
(2014年12月7日朝日新聞)
2011年11月のドラフト版で 1歳児における甲状腺等価線量が、福島県浪江町で300~1000ミリシーベルト、東京や大阪で10~100ミリと推計されていた。
 日本政府が WHOに修正を働きかけた結果、1歳児の甲状腺等価線量は最終的に浪江町で100~200ミリシーベルト、東京や大阪䛿1〜10ミリに下がった。
 
そして津田教授はチェルノブイリ事故で行われた調査データを紹介する。
チェルノブイリの事故から1年後に生まれた子供、また比較的汚染が低い地域の子供たち4万2千人を検診した結果、甲状腺がんが1人も見つからなかったという。チェルノブイリ事故では甲状腺がんは5年目に激増した。
 
原発事故の健康被害をできるだけ少なく、いや出来れば皆無にしたい日本政府。ひたすら追随する現在の医学界。医学界もまた政府、電力会社の意向に従い、利権の温存を目論む“原発ムラ”の一員だった。
正確な情報は遮断され、福島県に住む人々は自衛の手段さえ取れない。
「詳細な情報を与えるだけで、有害な被爆はケタ違いに少なくなる。きめ細やかな、コストのかからない対策はいくらでも思いつく。福島県に住み続けなければならない人ほど、正しい知識を与えられなければならない」
 
来年、事故後5年目に突入する福島県。正確な情報と対策が必要だ。
コメント

フクイチの恐怖は継続中!!!

2015-05-22 | 原発
『フクシマが今後50年間で繰り返される可能性は50パーセント』
スイス連邦工科大学チューリッヒ校とデンマークにあるオーフス大学の研究者たちは、明らかにされている1946年以降の全ての原発事故の総合的な分析を行った。これらの客観的な評価を出すのは難しいことがよくある。なぜならあらゆる国では、原発に関する事故やその原因についての情報を発表するのは原子力産業であり、原子力産業の代表者たちは情報の共有をあまり望んではいないからだ。国際原子力機関(IAEA)も、事故や事象に関する全ての情報を発表するわけではない。なぜならIAEAには、原子力エネルギーを管理すると同時に、世界で原子力を普及する義務があるからだ。

研究者たちは、排出物ではなく、2013年の米ドルレートに換算した事故処理費用に着目した。トップ5に入ったのは、フクシマ、チェルノブイリ、1995年の「もんじゅ」火災事故、「ロッキーフラッツ」プルトニウム製造工場での火災事故(米国)、1957年の「セラフィールド 」原子力施設での事故だ。

研究者たちは、「今後50年間でフクシマは50パーセント、チェルノブイリは今後27年、スリーマイル島は今後10年の間に50パーセントの確率で繰り返される可能性がある」との結論に達した。
 
『“フクイチ”で新たな恐怖! 海外の研究者や政府関係者が不安視』『最悪の「地底臨界」危機進行中?』週プレNEWS
4月3日から福島第一原発2号機の格納容器の温度が約20℃から70℃へ急上昇し、2日後には88℃に達した。
それと連動するように、原発周辺の「放射線モニタリングポスト」が軒並み高い線量を記録。復旧したての常磐自動車道・南相馬鹿島SA(サービスエリア)で通常の1000倍にあたる毎時55μSv(マイクロシーベルト)を最大に市街地各所で数十倍の上昇が見られた。
 
福島第一原発1~3号機では、巨大地震直後に圧力容器内の核燃料がメルトダウンし格納容器の下部へたまった。
それは昨年4月から7月にかけて名古屋大学が2号機で実施した、宇宙線から生じる物質貫通力が強い「ミュー粒子」を利用した透視撮影で明らかになった。
さらに、同じく1号機格納容器内の底から約2m上の作業スペースで行なったロボット調査でも、数千℃の超高温デブリが圧力容器を溶かして落下した痕跡が撮影された。だが、デブリの正確な位置は特定されていないし、ミュー粒子画像に映った格納容器の底は平坦に見えた。
となると、100t超といわれる大量のデブリ塊はどこへ行ったのか? 半球状の格納容器底部の内側は厚さ約3mのコンクリートを敷いて平らになっているが、そのうち深さ70㎝ほどが事故の初期段階で高熱デブリによって溶解した可能性があると、東電はこれまで発表してきた。
 
もしも核燃デブリが格納容器を突き破れば、メルトダウンから先の「メルトアウト」に進んでいくわけだが、実は先日、調査途中で止まったロボット装置について記者会見に臨んだ東電の広報担当者は、意味深長な感想を述べた。格納容器内では10Sv(1000万μSv)のすさまじい高線量が計測されたが、それでも予想していた10分の1ほどだったと言ったのだ。その意味するところは、デブリが金属格子の作業用足場から見えるような位置ではなく、ずっと深くまで沈んでいるということではないのか。
また最近、東電の廃炉部門責任者がNHK海外向け番組で「2020年までに核燃デブリの取り出しに着手する」という作業目標について「困難」とコメントしたが、これも状況が非常に悪いことを示唆しているのかもしれない。
 
「メルトアウト」または「チャイナ・シンドローム」とは、核燃デブリが原発施設最下層のコンクリートすら蒸発させ、地中へ抜け落ちていく状態で、それが現実化するかどうかはデブリの温度次第だ。1~3号機内では4年後の今も各100tのデブリが4000~5000℃の高温を発し、メルトアウトの危険性が高いと説く海外研究者もいる。
例えば、「IAEA(国際原子力機関)」の“不測事態の管理技術会議”は、2012年時点でデブリが格納容器と下層コンクリートを溶かし、自然地層へ抜け出た可能性を指摘している。具体的にはデブリが施設地下6、7mまで沈み、直径10~15mの大穴の底にたまっているというのだ。この仮説でも地殻を突き抜けるようなメルトアウト現象は否定しているが、代わりにひとつ厄介な事態を予測している。それはデブリの核分裂反応が再び爆発的に加速化する可能性だ。
 
通常ならば、原子炉や実験施設内でコントロールされる「再臨界」は自然状態でも一定の条件が整えば起き得る。その条件とは中性子と水、地質。IAEA技術会議のシミュレーションでは、まず原発地下の水流と岩盤層が中性子の反射装置となり、デブリ内のウランやプルトニウムが連鎖的に核分裂していく。そして膨大な崩壊熱で水蒸気爆発が繰り返され、新たに生まれた放射性物質が地上へまき散らされる…。
 
琉球大学理学部の古川雅英教授(環境放射線学)は、こう分析する。
「そうした自然界の臨界現象は、アフリカ中西部のウラン鉱山(ガボン共和国オクロ)で20億年前に起きており、当時の地層が海底にあったことが中性子による核分裂反応を少なくとも60万年間にわたり持続させたようです。その点では、大量の地下水が流れる福島第一原発の地質構造も共通した条件を備えているかもしれません」
 
飛距離パワーが強く、人体を含めて通過した物質の原子を「放射化」させる中性子線そのものの威力はとてつもない。1999年に東海村の核燃加工場で起きた「JCO臨界事故」では、ウラン化合物約3㎏の連鎖分裂で半径10㎞圏の住民約30万人が屋内退避した。
 
それに対して、質量がケタ外れに多い福島第一原発のデブリが「地底臨界」すれば、東日本どころか地球規模の超巨大原子力災害に突き進む! だからこそ海外の研究者や政府関係者たちも福島第一原発事故処理の不透明な現状に対して不安と苛立ちを募らせているのだ。
 
事実、この悪夢のような破局シナリオが決して絵空事でないことは、他の科学的事実からも裏づけられる。そのひとつ、CTBT(包括的核実験禁止条約)に基づき「日本原子力開発機構」が群馬県高崎市に設置した高感度の放射性核種監視観測システムには、昨年12月から福島第一原発の再臨界を疑わせる放射性原子、ヨウ素131とテルル132が検出され続けている。また福島第一原発2号機横の観測井戸では、今年に入って新たな核分裂反応の再発を示すセシウム134とトリチウムの濃度が高まるばかりだ。昨年秋に開通した国道6号線の第一原発から第二原発までの12㎞区間でも高線量が続いている。果たして、福島第一原発はメルトアウトで地底臨界という最悪の事態を迎えつつあるのか?
 
今回の格納容器温度の急上昇、一部地域での急激な線量アップは、原発事故が日本政府の大ウソ「アンダーコントロール」とは正反対の新たな危険領域へ入ったことを示しているのかもしれない。(取材・文/有賀 訓)
 
17日夜の「NHKスペシャル」廃炉への道 "核燃料デブリ" 未知なる闘い
番組では『40年の廃炉作業』と何回も繰り返すが、実は『40年の廃炉』には何の根拠も無い事実が浮かび上がる。
核燃料がメルトダウンして原子炉の圧力容器の下部に熔け落ちたスリーマイルの廃炉作業ですら、核燃料デブリの調査に3年、取り出しに11年(合計14年)も要している。
加圧水型で頑丈なスリーマイルでは圧力容器の中にデブリが留まっていたので取り出しに成功した。ところが沸騰水型のフクシマではメルトダウンと同時に圧力容器を突き抜けた超高温の核燃料デブリの場所の特定さえ出来ていない。番組後半では格納容器を突き抜けて、その下にあるコンクリートを溶かして沈み込む核燃料デブリを想定していて『局所的な再臨界』を心配していたのである。
海側遮水壁
汚染水の海洋流出を阻止するため、2012年5月より、1~4号機の護岸海側に遮水壁を建設している。 全長約780mの海側遮水壁は、現在、約770mまで建設された。(2015.1.1現在)
(東京電力「廃炉プロジェクト」公式ホームページより)

東京電力の『廃炉プロジェクト』によると、(今回の海側遮水壁とは別に)『凍土方式による陸側遮水壁』とのタイトルで 『凍土方式による陸側遮水壁は、高い遮水性を確保できる凍結工法を用いて地下水の流れを遮断する目的で設置される。 現在は、凍結管の設置を進めており、2015年4月に一部(凍結しにくい箇所)の試験凍結、5月に山側全体の凍結が開始可能となる見通しです。』と書いている。凍土方式による陸側遮水壁は1年以上前からマスコミが報道しているので、誰でも知っている。 ところが、海側遮水壁(鉄板やコンクリートなどの恒久的な施設)を1年も前から建設していた事実はマスコミが報道しないので、一般市民は誰も知らない。
4月22日の原子力規制委員会の検討会で、更田(ふけた)豊志委員は『(海側遮水壁の完成による止水は)・・・なかなか容認できるものではないと私は思う。』、『遮水壁だけで水位がこうなるという説明を認めるほど、私たちは(東京電力の)地下水のシュミレーションを信用していない。・・・あまりに賭けだと思う。』と指摘して、地下ダム方式(海側遮水壁の完成)による止水に反対したという。
東電の推定によると、現在は『海側遮水壁』の開口部を通じて、毎日290トンの放射能汚染水が垂れ流されている。
大量の汚染水が海へ流出している結果、最近の1日当たりの流出量はガンマ線を出す放射性セシウムが16億ベクレル。ガンマ線よりも問題の全ベータ(ストロンチウムなどベータ線を出す重い放射性物質)が4倍以上の70億ベクレルにも達している。 4年前の3・11核事故以来一貫して基準値を遥かに超える放射性汚染水が福島第一原発から海に流出し続けているが、その主役は軽いセシウム(ガンマ線)では無くて、なんと、(通常の測定器では測れないベータ線を出す)ストロンチウムなどの重い核種なのである。地下の核燃料デブリと地下水脈とが出会って再臨界を起こしている可能性が高い。
普通に考えれば、東電の海側遮水壁の閉鎖による止水は最も緊急な課題だと思えるし、2年もの膨大な時間と労力と経費をかけて建設した地下ダム(海側遮水壁)を完成させるのは当然である。 ところが、『もしも』の非常事態を心配する原子力規制委員会(日本政府)が東電の海側遮水壁の閉鎖を止めているのである。『もしも』の非常事態とは、核燃料デブリの再臨界の危険が増すということではないだろうか?

事故から丸4年が経過するが、何も収束せず、フクイチは、手に負えない状態となっている。 安倍総理の言う「アンダー・コントロール」とは、真逆の状態である。
コメント

原発を核発電所と呼ぼう-村上春樹

2015-04-25 | 原発
<村上春樹が原発推進派を徹底論破! 15万人の人生を踏みつける“効率”に何の意味がある?>
 2015.04.23 リテラ
 村上は昨年、ネット上で読者の質問に答える期間限定サイト「村上さんのところ」を開設したのだが、そこに寄せられたある質問メールに対する村上の回答が大論争となっている。メールの主は38歳の男性。「原発NO!に疑問を持っています」と題して、村上に質問をぶつけた。「私自身は原発についてどう自分の中で消化してよいか未だにわかりません。親友を亡くしたり自分自身もけがをしたり他人にさせたりした車社会のほうが、身に迫る危険性でいえばよっぽどあります。(年間コンスタントに事故で5000人近くが亡くなっているわけですし)」「この先スーパーエネルギーが発見されて、原発よりも超効率がいいけど超危険、なんてエネルギーが出たら、それは止めてせめて原発にしようよなんて議論になりそうな、相対的な問題にしかどうしても思えないのですがどうでしょうか……」
 この質問者の疑問は、福島原発事故以降、推進派の人たちがしょっちゅう持ち出してくる、へ理屈の典型だ。「原発事故で死者は出ていない」「交通事故の死者のほうが多いから、原発のリスクは自動車のリスクより小さい」「毎年数千人の死者を出している自動車を廃止せよとは誰も言わないじゃないか」……。
 村上は丁寧に反論している。
 まず交通事故死についても対策が必要と前置きしたうえで、〈しかし福島の原発(核発電所)の事故によって、故郷の地を立ち退かなくてはならなかった人々の数はおおよそ15万人です。桁が違います〉と、原発事故の被害の大きさをあらためて指摘。
 つづけて「死者が出ていないからたいしたことない」という論理に疑問を投げかける。〈もしあなたのご家族が突然の政府の通達で「明日から家を捨ててよそに移ってください」と言われたらどうしますか? そのことを少し考えてみてください。原発(核発電所)を認めるか認めないかというのは、国家の基幹と人間性の尊厳に関わる包括的な問題なのです。基本的に単発性の交通事故とは少し話が違います。そして福島の悲劇は、核発の再稼働を止めなければ、またどこかで起こりかねない構造的な状況なのです。〉
  原発事故の被害を矮小化することなく、交通事故とは次元がちがう問題であることを原則論として語るだけではない。従来の村上春樹では考えられないことだが、「再稼働を止めなければ」と現実の政策にまで踏み込んで批判しているのだ。
 ネットなどではこの村上発言に対して批判も飛び交っている。そのほとんどは、「死亡者と避難者を比べるのはおかしい」「原発も自動車も絶対に安全とは言えないから、経済的な観点を無視できるはずがない」などというもので、まったく反論になっていない。
 そもそもよく読めば、その回答は村上発言のなかにあらかじめ含まれていることが分かるはずだ。
〈それだけ(15万人)の数の人々が住んでいた土地から強制退去させられ、見知らぬ地に身を寄せて暮らしています。家族がばらばらになってしまったケースも数多くあります。その心労によって命を落とされている方もたくさんおられます。自死されたかたも多数に及んでいます。〉
 「数」の問題でいえば、15万人もの人が人生の基盤を奪われるという死に匹敵する甚大な被害を受けている。「死者が出ていない」というが、直接の死者がいないに過ぎず、いわゆる「原発関連死」は決して少なくない。……と、いったん原発推進派の議論の土俵に乗り、「数」の問題にも、「死者がいない」論にも明確に反論している。そのうえで、本質は「数」の話ではなく、「国家の基幹と人間性の尊厳に関わる包括的な問題」と述べているのだ。「死亡者」の「数」の比較に還元することは、あたかも客観的で冷静な分析を装っているが、その実、被災者・避難者の人生という“質”や、国土が世代を超えて汚染される“時”の議論を隠蔽し、問題を矮小化している。
 この「隠蔽」と「矮小化」が何者によってなされるのか。村上はその犯人をハッキリと指摘する。
〈「年間の交通事故死者5000人に比べれば、福島の事故なんてたいしたことないじゃないか」というのは政府や電力会社の息のかかった「御用学者」あるいは「御用文化人」の愛用する常套句です。比べるべきではないものを比べる数字のトリックであり、論理のすり替えです。〉
 
 さらに、原発再稼動肯定派が大義名分とする「効率」という言葉について、こう問いかける。
〈効率っていったい何でしょう? 15万の人々の人生を踏みつけ、ないがしろにするような効率に、どのような意味があるのでしょうか? それを「相対的な問題」として切り捨ててしまえるものでしょうか? というのが僕の意見です。〉
 実は、村上は以前にも海外で、この「効率」という観点について、反対意見を表明したことがあった。それは2011年6月9日、スペインのカタルーニャ国際賞授賞式で行われたスピーチでのこと。村上は東日本大震災と原発事故に触れてこう言った。
〈(福島原発の事故は)我々日本人が歴史上体験する、(広島・長崎の原爆投下に次ぐ)二度目の大きな核の被害です。しかし今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。私たち日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、自らの国土を損ない、自らの生活を破壊しているのです。
 どうしてそんなことになったのでしょう?(略)答えは簡単です。「効率」です。efficiencyです。原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を抱き、原子力発電を国の政策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました(略)。
 まず既成事実がつくられました。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくなってもいいんですね。夏場にエアコンが使えなくてもいいんですね」という脅しが向けられます。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。
 そのようにして私たちはここにいます。安全で効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けたような惨状を呈しています。〉
 
 村上は、国際情勢についても、〈「テロリスト国家」を潰すんだと言って、それを力でつぶしたところで、テロリストが拡散するだけです〉と断じ、日本の歴史認識の問題でも明らかに安倍政権を牽制するような発言をしている。
〈ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が「すっきりしたわけじゃないけど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう」と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから。〉
 簡潔ながら、説得力のある言葉である。これらの村上の発言についてさっそく百田尚樹が「そんなこと言うてもノーベル賞はもらわれへんと思うよ」などと、ノーベル賞へのアピールかのように揶揄していたが、そうではないだろう。村上春樹はおそらく本気だ。
 「政治」からも「本気」からも最も遠いところにいた村上春樹が、国内でここまで踏み込んでいるということは、やはりこの国が相当に差し迫った危機に直面していることの証なのではないか。
 いや、ひょっとすると、村上は、かつて自身が描いてきた小説の主人公のような人たちへ向けて、発信し始めたのかもしれない。「原発推進派も反原発派もどっちもどっち」「権力批判も大概にしないとかっこ悪い」という“かかわろうとしない”態度のままで本当にいいのか考えてみてほしい──もしそれが村上の思いであるのならば、是非今後も、様々な局面で発言を続けていってほしい。(酒井まど)

 「羊をめぐる冒険」(1982)から、「ノルウェイの森」(1987)においては、政治や社会に無関心で居心地の良い個人の生き方を探す「デタッチメント」作品を書いていた。
 阪神・淡路大震災(1995)、オウム真理教による「地下鉄サリン事件」(1995)やアルカイダによる「米国同時多発テロ事件」(2001)以降、社会にふりかかる深刻な問題に関与する立場から作品を生み出すようになっている。
 社会に関わらない「デタッチメント」文化人と呼ばれる人々もコミットするほど、暴走安倍政権に脅威を感じているということか?

 先週80歳で亡くなった愛川欽也は、東京都墨田区が主催する「平和メッセージ展」に21年間も出品し、今年3月にも「反戦は 憲法を守ることです」という言葉を届けていた。 
 昔のヤクザ映画のヒーローだった菅原文太も積極的な社会派に変わり、辺野古まで行って新基地建設反対を叫んでいた。
 
 テレビ朝日は、「報道ステーション」の月~木曜日のコメンテーターを務めていた朝日新聞の恵村順一郎・論説委員(53)にかわり、朝日新聞の立野純二論説副主幹(52)、経営コンサルタントのショーン・マクアードル川上氏、北海道大学公共政策大学院の中島岳准教授、首都大学東京の木村草太准教授ら4人が日替わりで出演している。金曜はこれまでと同様、週ごとに各分野からコメンテーターを招く予定という。 古賀さんや恵村さんほどインパクトのあるコメントを言える人は皆無だ。コメンテーターランキングによると、マツコデラックスが池上彰に次いで2位だという。マツコデラックスの発言は確かに辛辣で刺激的だ。政治ネタを喋らせると・・・・本音をズバリ、それが実に面白い。

あの人いっぺん腹が痛いかなんかで国を売り飛ばしたみたいな人よ! 全部投げ出した人だからね、いっぺん!
また腹痛いって言いだすわよ、あんた!一度言った人は二回平気で言うからね!!
 
 
 あの執筆者の方の個人的な感情というのが、まあ文の中に入っていたのことは事実だと思うのよ。あれがもっとノンフィクションとして冷静にルポルタージュされてれば、きっと橋下さんも、あんなには怒らなかったはずなんだよね。だけど結局そこ感情論じゃない。でも橋下さんが何時もやってることなのよ。相手を怒らせて、で、また何か相手に言わせたことに対してぐうの音も出ないことを言って、で民意を従わせるっていうのはあの人の常套手段だから。あたしからしてみれば「お前が何時もやってることだろ、この野郎!」っていう。
 誰かを蔑んでみたり、例えば入れ墨の問題だってそうだよね。その入れ墨してる人間は全部悪だ、首にしろっていうのはさ。誰か特定の人間を駄目な人だってして、そこにみんな照準を合わせてるやり方じゃない。

「ワイドスクランブル」に出演した片山議員は新幹線で脅迫をされたと発言し、生活保護問題について触れることは「命懸け」だと涙していた。彼女のこういった言動をね、メディアでやってること自体が、はたして国会議員としてやっているのか、私人としてやっているのかっていう所でまた変わってきて、じゃあ、河本さんがいけないことをして公金をもらっていたのであるならば、あたしは今彼女に払っている公金、ようは税金から出ている給料よね、もあげたくないんですけど彼女に。
 目立ちたいんだか何をしたいんだか本当にアレを正義だと思ってやってらっしゃるのか。ちょっともうあたしみたいな正常な神経を持っている人間にはわからないんですけども。

コメント

原発事故4年後

2015-03-12 | 原発
原発再稼働に前のめりな安倍政権によって、福島原発事故はすっかり隠蔽されてしまった。多くの国民の関心事だった食品の放射能汚染も、今やすっかり忘れ去られてしまったかのようだ。だが、食品汚染は事故直後とは違った形で、まるで底なし沼に引きずり込まれるかのように深く、静かに進行している。
 たとえば、「東京新聞」は今年2月20日付の紙面で千葉、茨城の水郷地帯の湖沼のおそるべき汚染の実態を報じている。記事によれば千葉県の手賀沼、印旛沼、茨城県の霞ヶ浦、牛久沼の32カ所で底土を採集しセシウムの濃度を計測。その結果、手賀沼では1キロあたり1000ベクレル超もの結果が出た箇所もあったという。空間線量は低くても、汚染された雨水などが川に流れ、沼に溜まり続けるのだ。そして汚染された湖沼などで捕れた淡水魚からは、現在でも100ベクレルを超えるセシウムが検出されているという。
 また「AERA」(朝日新聞出版)3月9日号にも、食品汚染に関するショッキングな記事が掲載されている。
「放射性物質の半減期を踏まえると、この4年間で、空間線量は56%減少した。しかし、いまだに食べ物からは、東日本の広い範囲で基準値を超える値が検出されている」
 特に顕著なのが、鹿、猪などのジビエ、原木シイタケなどの野生キノコ、イワナ、ワカサギなどの淡水魚だ。北関東ではもちろん、原発から300キロ以上離れた静岡県富士市でも360ベクレルものハナイグチ(きのこ)が確認されているという。「AERA」では自治体の検査体制に問題があると指摘する研究者のこんなコメントが掲載されている。
「北関東の『道の駅』や自家野菜直売所などで販売されているキノコ類の放射性セシウムの濃度を検査すると、基準値を超えることは珍しくないという」
 こうした事態が起きるのは、自治体の測定回数が少なく、危機意識が低いからだ。水産物も同様で、同誌は「水産物の汚染で本当に怖いのは、底土などの汚染が時間の経過によって魚や貝の体内に蓄積することだ」と警鐘を鳴らす。これら体内に取り込まれた放射性物質は、生物濃縮により海水の濃度と比べてより高濃度となる。それは時に海水の68倍(ヒラメ)、122倍(カツオ、ブリ)にまでなるという。
 では、スーパーなどで流通している野菜など、私たちが日常口にする食品はどうなのか。自治体や企業で調査は行われているが、多くはサンプル検査で月に1回程度。事故後の様々な調査によって、セシウムが取り込まれやすい食物とそうではない食物があることも徐々に判明しつつある。
 その参考になるのが2013年に刊行された『食べる? 食品セシウム測定データ745』(ちだい/新評論)だ。本書では745もの食品についての調査や、注意点などが書き示されており、それを見ると気をつけるべき食品と、比較的安心な食品が存在することが分かる。まずは野菜。警戒度MAXなのがレンコンとたけのこ、ヤーコンなどだ。レンコンは沼沢地で栽培され、事故後にはスーパーに流通しているものでも高濃度が検出されたこともある。また、たけのこはセシウムの移行率が高いので要注意だ。ヤーコンはお茶として飲むことが多いが、この粉末から2万ベクレルものセシウムが検出され、他にも多数の検出報告がある。またニラや小松菜、ほうれん草も要注意。特に、小松菜は事故から2年経っても基準値を超えるものが見つかっていて、非常に汚染されやすい野菜の1つだという。意外な盲点として気をつけなくてはならないのは自家製ハーブだ。もし汚染されている土を使っていれば高濃度に汚染されている可能性もある。同様に山中の野草や山菜も危険度はかなり高い。
 逆に安心なのはゴボウ、長ネギ、タマネギ、もやし、セロリ、アスパラなど。そもそももやしは室内で土を使わす栽培されるし、ネギなどはセシウムが吸収されにくい性質を持っている。
 魚介では、前述したヒラメ、カツオ、ブリなどに加え、マダラとフグが警戒度MAXだ。海鮮ものに絶対安全というものは見受けられない。また缶詰や瓶詰も注意が必要だという。
「検査数がまったく不足しているのが、瓶詰で販売されることの多い鮭フレークです、サケは汚染されている可能性があるため、原料が国産であれば、リスクはあり得ます」
 そして肉類。やはり危険なのは猪肉、鹿肉、そして鴨肉だという。特に猪は野生が多く、高濃度に汚染されたキノコや木の実をエサにしているため、本書でも最大級の警戒が呼びかけられている。
「下手をするといまだに8000Bqを軽く超え、肉自体が捨てられないレベルの放射性廃棄物と化している可能性もあります。陸の食べ物では、猪肉が最も危険と言えるかもしれません」
 また牛は全頭検査をしているというが、しかし14年1月には岩手県で約190頭の牛が放射性物質の検査をせず、県外に出荷されるという事態も起こっている。
 セシウム食品の傾向と対策。だが検査には抜け道があり、時間の経過とともに要注意食品も変遷する。本書でも「何からセシウムが出やすく、何から出にくいかという傾向は、時間の経過とともに少しずつ変化していくのかもしれません」と記されているように“絶対がない”“未だよく分からない”のが食品の汚染だ。 
 しかも、この汚染は今だけの問題ではない。セシウム137が1000分の1になるのはなんと約300年後。私たちは放射能という巨大な負の遺産を子孫に残すことになる――その事実から目をそむけてはならない。(リテラ 久里陽子)

 飯舘村の松茸も高濃度で食べられる代物ではないという。除染も民家の周囲だけで生活圏であるはずの山林は放置。しかも除染した小枝や袋詰めの廃棄物が民家近くに山積されている状態だ。この状態で帰還できると政治家は考える。

 報道ステーションの使用済み核燃料の世界各地の処分地の取材が秀逸だった。
 核のゴミには2種類ある。使用済み核燃料を処理する方法は見つかっていない。10万年後の安全という映画でも知られるフィンランドのオンカロは処分に成功したと思っていたが、問題を抱えているという。
 
 素晴らしいのは原発の建設許可を得る段階で最終処分場の確保などが電力会社に義務付けられていること。日本のように場当たり的に核のゴミ処理も考えずに54基もの原発を作ってしまった愚かな政権は世界広しといえども他にない。インフラ工事が進むフィンランド・ハンヒキヴィ原発も、核のゴミの行き先が決まらず建設を断念する可能性があるという。オンカロでの処分が決まっているのは6基分。処分場探しの期限は来年の6月末、それまでにオンカロ以外の場所が見つかるのか先行きは不透明だという。核のゴミ処理、廃炉などの費用を考えれば原発は決して安いエネルギーではない。福島のような過酷事故が起きれば膨大なコストがのしかかってくる。政府や電力関係者はそういう難しさを知りながらも見て見ぬふりをして先送りを続けてきた。今も核のゴミの最終処分場と原発再稼働はリンクしないと嘯く無責任さだ。

 もう一つは再処理の伴う廃液でガラス固化してキャニスターに詰めて保管するという。
 いずれの場合も不測の事態に備えて保管した廃棄物の撤収計画も怠らないという。

 
 ドイツでは岩塩層に低レベル・中レベルの核のゴミの処分場を造った。処理というよりドラム缶に詰めて捨てていた。地下水は浸透しないはずだったが、掘削工事で岩盤に無数の亀裂が入り、地下水が汚染されるという事態が起こっている。埋めた廃棄物の回収をやっている最中だという。地下水が豊富な日本はどこを掘って保管しようが、必ず地下水問題が発生する。
 日本の地下へ埋めることは不可能であり、たとえ埋設しても中間貯蔵しかできないだろう。無責任な政治家や財界のおかげで原発が核廃棄物を生み出し、我々の手に負えない事態になっている。福島の地下水を見れば世界の頭脳を集めてもどうにもならないないことは明白だ。

 最大8300ベクレル、流出量は約750トン 福島第1原発汚染水漏れ
 「海への流出はない。大半が地面に浸透したとみられる」
 
 海に放出できる放射性物質濃度の法定基準は、ベータ線を出すストロンチウム90だけで1リットル当たり30ベクレル。海への流出がないとは正直考えられないが、広範囲の地下水汚染も由々しき問題という認識はないらしい・・・・・
コメント

個体側の脆弱性

2014-08-26 | 原発
2011年3月の福島第1原発事故に伴う避難生活中に自殺した女性の遺族が東京電力に約9100万円の損害賠償を求めた訴訟で、福島地裁(潮見直之裁判長)は26日、事故と自殺の因果関係を認め、東電に計約4900万円の賠償を命じた。原発事故後の避難住民の自殺を巡り、東電の賠償責任を認めた初の司法判断。
 原告は、渡辺はま子さん(当時58歳)を失った夫の幹夫さん(64)と子供3人。
 訴状などによると、原発事故後の11年4月、自宅があった福島県川俣町山木屋地区が計画的避難区域(当時)に指定され、福島市のアパートでの避難生活を余儀なくされた。同年7月1日朝、はま子さんは一時帰宅した自宅の庭先でガソリンをかぶって火を付け、死亡した。遺族は12年5月、自殺は原発事故が原因として提訴した。
 遺族側は、はま子さんが抑うつや食欲減退などうつ病の兆候を避難後に示すようになったと主張。「原発事故による生活環境の激変で、死を選択せざるを得ない状況に追い込まれた」と訴えた。これに対し東電側は、はま子さんが事故前に精神安定剤を使っていたことなどを指摘し、「因果関係の認定には総合的な判断が必要」と反論していた。
 原発事故後の自殺を巡っては、国による原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介手続き(原発ADR)で遺族と東電が慰謝料の支払いで和解したケースもある。今回の訴訟で潮見裁判長は双方に和解を勧告したが、遺族側が「判決で東電の責任を明記してほしい」として応じなかった。【喜浦遊】
 
渡辺さんの原発事故後の自殺に東京電力の責任があるかを争う裁判の第3回口頭弁論において、東電は驚くべき論理を展開した。
東電代理人は、 「個体側の脆弱性も影響していると考えられるから、考慮した上で相当因果関係の有無を判断すべき」 と主張したのである。渡辺さんの弱さが自殺の原因だと主張し、その渡辺さんの弱さを、「個体側の脆弱性」 と表現した。被害者を人間としてではなく単なる「個体」としか見ていない言葉だ。
 
「ストレス-脆弱性」理論とはもともと労災認定の判断基準を示す理論だ。この理論は、環境由来のストレス(業務上又は業務外の要因による心理的負荷)と個体の反応性、脆弱性(個体側要因)との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方で、ストレスが非常に強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に個体側の脆弱性が大きければストレスが弱くても破綻が生じるとするものだ。業務起因性を判断するに当たっては、それらどの要因が発病に有力な原因になったかを総合判断する。そのうえで、心理的負荷の強度は「多くの人が一般的にはどう受け止めるか」という客観的な基準によって評価される。
 
 「庭で草花を育て、心優しい妻だった。しかし、家族はバラバラになり、仕事も失い、女房は先行き不安から鬱状態になってしまった。」 福島の地元で育ち、夫婦で近所の養鶏場で働きながら子供を育て上げ、立派な家を建て、家族で仲良く穏やかな老後を過ごそうとおもっていた。しかし自宅は避難区域になり仮設住宅に入り、子供達とも別居し、養鶏場も閉鎖されて職も失ってしまった。いつ元の家に帰れるか分からない仮設での生活や、住宅ローンや職をどうするかで希望を失って、絶望してしまったのだろう。「もう仮設には戻りたくない」と言った翌朝の焼身自殺。60年の人生が無になった絶望感、年齢的に再起できないと考えたであろう無力感、はま子さんの絶望感は計り知れない。
 このように24時間襲ってくる生活にかかるストレス、人生にかかるストレスを一般労働者にかかるストレスと同一視し、個体側の脆弱性云々と言う無神経さに改めて驚く。労働者の場合は職場を辞めればそのストレスからは解放されるが、被災者に元の生活に戻るという選択肢はないのである。
 
 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が原因とみられる福島県内での自殺に歯止めがかからず、今年は5月末までに8人が命を絶った。平成23年6月の統計開始からの累計は54人に上る。福島、岩手、宮城の被災3県の震災関連自殺は、今年に入って岩手、宮城両県はそれぞれ1人統計開始からは岩手県24人、宮城県18人となっている。今年に入っての福島県内の自殺者は60代が最も多く4人、次いで50代3人、30代1人となっている。「健康問題」が最多で5人。「家庭問題」と「経済・生活問題」がそれぞれ2人だった。

 県保健福祉部の担当者は「生活再建や帰還時期のめどが立たなければ、(県内の)自殺のリスクは減らない」と指摘する。
 県内では今後、災害公営住宅の整備が進み、避難者が再び各地に分散する。このため、県は市町村や関係団体と引きこもりやアルコール依存などについての避難者の情報を共有し、訪問活動を強化する方針だ。お金で苦しみが少しでも緩和されるなら、50%ルールなどで値切ることなく速やかに対処すべきだろう。
 
 (福島原発事故の賠償問題を担当している「原子力損害賠償紛争解決センター」が、避難中に死亡した人の遺族に支払う慰謝料を不当に減額していた。原発事故が死亡の原因となった度合いをほぼ一律に「50%」と決め、センター側は100%払うべきケースがあった事を認めながら、迅速な対応を優先してそのまま50%の慰謝料を支払っていた。しかも、被災者の方はこのルールを知らないまま妥結・妥協していたと報道されている。)
コメント

「安い原発」のウソ

2014-08-26 | 原発
内閣や原子力ムラが、「世界一安全な原発」「安い原発」などと嘘八百で再稼働を進めている中、電力会社の方が未来を見据えて現実的な道を歩んでいるようだ。
 
 東京電力は21日、川崎火力発電所(川崎市)に新たに建設している世界最高効率の液化天然ガス(LNG)の発電設備を報道陣に公開した。
 この設備は、排熱も発電に利用する「コンバインドサイクル方式」を採用している。出力は71万キロワットで、熱効率は61%。同じ川崎火力にあるコンバインドサイクル方式の発電設備の59%を上回る。2016年7月に営業運転を始める。
 この日は、設備の主要パーツの一つ、排熱回収ボイラーが発電所に運び込まれた。高さ39メートル、重さ3300トンの世界最大級の装置で、三菱日立パワーシステムズ長崎工場(長崎市)から船で運び、100人がかりで特殊車両に移し替えて陸揚げした。
 電力各社は原発の再稼働が見通せない中で、火力発電の高効率化や増強を急いでいる。
 佐藤浩・川崎火力発電所長は「火力の効率化を進め、燃料費を減らし、電気料金の抑制につなげたい」と話した。(朝日新聞 西尾邦明)

 火力の効率化を進め、燃料費を減らし、電気料金の抑制につなげたいという立派な心がけである。
ところが、経産省は相変わらず、原発邁進である。しかも安い原発と言っていたはずだが、電力自由化後も原発の電気料金は国が保証するらしい。
      
原発の電気価格、国が保証? 自由化後も優遇策
経済産業省は二十一日、電力の完全自由化後も、原発を持つ電力会社に損失が出ないよう支援する制度を検討していることを明らかにした。電力会社をつぶさないための現在の総括原価方式は自由化で撤廃されるが、新制度案は原発を特別扱いした「第二の総括原価」となりかねない。 
家庭用の電気料金は現状では、国の認可制度の下、電力会社が原発などの発電費用をすべて回収できるように設定できる総括原価方式で決まっている。だが、2016年4月に始まる電力の完全自由化策の一環として、総括原価方式は2018~2020年をめどに廃止され、料金は電力会社が自由に決められるようになり、競争による企業努力で消費者にとっては安くなることが期待されている。
しかし、経産省がこの日の有識者会議で示した案では、原発で発電した電気の基準価格については、完全自由化後も国と電力会社が決定し、市場価格が基準価格を下回った場合は、差額を電気料金などで穴埋めする。基準価格は総括原価方式と同様に、原発の建設費や使用済み核燃料の処分費用などの投資額を基に決めるため、大手電力は損をしない。
原発にはこれまでも手厚い優遇策が取られており、会議では九州大の吉岡斉教授が「原発は極端な優遇策を講ずるに値しない」とする意見書を提出。原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「国や電力会社が繰り返してきた『原発は安い電源』との主張に矛盾する」と批判した。(東京新聞)


 そもそも電力の自由化により電力会社以外の事業者の参入が進むと、利用者は電力会社を選べるようになるため、電気料金の引き下げが進み、廃炉費用や使用済み燃料の処分費用などを含めると最も高い発電単価となる原発は淘汰される。
 それでは困るので市場価格と基準価格の差額を電気料金などで穴埋めすると言う。

 経済界の中には、コストの安い原発を稼働しないと、日本経済が立ち行かないという馬鹿な意見が多い。大手銀行は国が保証するのを見越して東京電力に莫大な融資をした。いやしくもビジネスマンなら、政府のウソを見抜き、コスト計算ぐらいまともにやって、原発稼働が得策か、ゾンビ原発に融資するのが日本のためになるのか、自分たちの頭で判断し、自己責任で破綻してもらいたいものだ。
 原発は、ウランを使うだけならば原価は低い。しかし、廃炉費用や、使用済み核燃料の処理、原発地方自治体にばらまく金、事故を起こすと発生する天文学的なコストなどを考えると、採算がとれるわけがない。原発の将来に発生するであろうコストを計上すると、原発再稼働で値上げをしなければならなくなるはずだ。 しかも原発の再稼働で、新産業は生まれない。再生エネルギーの開発や火力発電のイノベーションで産業界は活性化するはずである。
 原発にしがみつけばしがみつくほど、将来、傷が深くなることは福島原発を見れば容易に想像できる。汚染水はおろか廃炉に何百年かかるか想像すらできない・・・・
コメント